内観の法  文学博士 医学博士  富士川游述  東京中山文化研究所  はしがき  一。この小冊子「内観の法」と題するものは、余が東京中山文化研究所に於ける婦人精神文化研究會の席上にて、十数回に渡りて連続的に講話したるものを筆録したるものに係る。昭和七年の秋、巳にこれを刊行せるが、幾くもなくその製本が賣り尽され、再版を求められることが急なりしを以て、ここに多少の訂正を加へて、第二版としてこれを公にすることになつたのである。  二。余が講話の趣旨とせるところは聴者をして宗教の要義を考へしめやうとしたのであるから「内観の法」と言つても、それが宗教の心のはたらきをあらはすことにつきて、大要を演述したに過ぎぬのである。それに講話の時間に制限があつて、十分に余が考を演述することの出来なかつた点もあつた。彼此と不備の点の多いのを遺憾とする。  三。この書を出版することにつきては厚徳書院の尽力の多大であつたことを一言して、その厚意を感謝する。  昭和十一年二月下院  東京中山文化研究所に於て  富士川游記  内観の法目次  人間の生活  儘ならぬ浮世  自然法則  人事の齟齬  銘々の心の世界  自分で苦しむ  心を法本とす  気を煎る  心持一とつ  心の分別  心の相  識  根と境と識  六識  末那識  阿頼耶識  差別の相  因と種子  虚妄の世界  心の世界に入る  煩惱具足  道徳の心  規範  偽善  自己を責む  宗教の心  宗教と道徳  道徳と内観  我の所在  身体内  身体の外  分別の虚妄  現実の心  心の影  身びいき  仏心  心の本性  夫婦喧嘩  首尾を繕ふ  仏縁  分別を離れる  自身のこと  自身を見よ  自分を知る法  心の穢れ  客塵  念念生滅  事実顛倒  波斯匿王  有為転変  本性不変  演若達多  迷妄の心  恐るべきもの  三毒  四の安慰  心の鬼  自分のもの  五蓋  貪欲蓋と瞋恚  睡眠蓋  疑蓋  五結  六垢  六蔽  五欲  五欲貪著  自浄其心  悪と見る  煩悩  根本煩惱  貪瞋煩惱  慢煩惱  無明と疑  不正見  十大煩惱  我見  辺見  邪見  見取見  戒禁取見  十使  五純使  五利使  見惑  思惑  貪欲増  瞋恚増  愚癡増  隨煩悩  小随惑  中随惑  大隨惑  迷理と迷事  煩惱具足  煩惱を鎮める  制御と受用  忍受と逃避  驅逐と修習  最後の説法  修道得果  愚迷発心集  大乗仏教  観心の法  煩惱即菩提  真宗  本心を観る  観心成仏  心と念  本心本性  悪念  己を立つ  本心を養ふ  修行  即心成仏  菩薩乗  解脱  断悪証理  安心立命  心学  思索の誤  実踐履行  広大の世界  観心成就  慮智  慮智と本心  明徳  無念無慮智  広大靈知  仏と凡夫  意馬心猿  罪悪生死の凡夫  念仏往生  戒定慧  順彼仏願  定散二門  持仏名  本願の念仏  凡夫の出離  聖道の教  凡夫直入  内観の徹底  心の現実  如実了知  心の相を知る  外面的の知  物知れる人  知らぬに似たり  悲歎述懷和讚  性善性悪  悪性  善性  反省意識  無戒  凡夫成仏  全体の否定  言念無実  地獄一定  無我の心  善悪を知らず  業縁  業報にまかせる  仏の催促  真実の宗教  内観の法  富士川游述  人間の生活  我々人間の現在の生活は、まことに複雑なるものでありますが、一言にてこれを言へば、心に物を思はせて、思はせた心に使はれて居るのであります。貧乏して居れば金銭を得やうとして心配しなくてはならぬし、若しこれがあれば彼れが欲しいといふやうに、種々のものをそろへて、これを自分のものにしたいといふ欲望が起るのであります。たまたまそれを自分のものにすることがありて、それも夢の間のことで、有つたものもすぐになくなつてしまふ。そこで有るものは失はないやうに、無いものは得やうとする。それがために過ぎ去つたことや、未来のことをいろいろに考へて、彼や此やと心配せざるを得ないのであります。かういふことは貴い人も、賤しい人も、皆な一様でありませう。心に物を思はせて、思はせた心に使はれて、一生涯心の休まることはありませぬ。  儘ならぬ浮世  雨が降つては都合の悪い時にも、雨は遠慮なく降ることがあります。暖かければ善いと願つても、しかしながら寒くて堪らぬことがあります。寒くあるべき筈の所に、却つて暖かいこともあります。病気は誰しも嫌でありますけれども、しかし自分の勝手でもつて病気を免れるといふことも徹底的には出来ないことであります。我々の念願といふものはいろいろありますが、それが叶ふものでないことは言ふまでもないのであります。  自然法則  おほよそ世の中の一切の物は自分が此世に出た前からあつて、自分はそのあとからこの世に出て来たのでありますから、それが自分の思ふやうにならぬのは当然でありませう。我々は自然の一部として自然界の中へ現れたのでありますから、その自然に帰順すべきものでありませう。しかしながら我々は自然の法則に從ひたくない心を持つて居るのであります。自然の法則としては生れたものは皆な死ななくてはならぬのでありますから、我々人間も生きて居る以上死ななくてはならぬのであります。しかしながら、我々は死にたくないといふ心をもつて居りますからして自然の法則に従順せぬのであります、従容として死に就くといふことは我々には出来ないことでありませう。  人事の齟齬  人事も亦同じことであります。慈愛といふ心によりて繋がれて居る筈の親と子の間にも、時には意見の衝突がないとは限りませぬ。親密であるべき筈の兄弟にも喧嘩が起ることは少くないのであります。久しき間親しかつた友達とも喧嘩分れをしなければならぬやうな場合もあります。信頼して居つた人が背いて、人物を見損つたといふやうな後悔をしなくてはならぬこともあります。飼犬に手を咬まれたと言つて落胆しなくてはならぬ場合もあることが少からぬのであります。我々が常に人事の齟齬に遭遇することは人間社會の常態であるといはねばなりませぬ。  銘々の心の世界  自然にしても、人事にしても、皆な人々がそれぞれ自分に相応した各別の心によりてそれに接するのでありますから、それが自分の思ふやうにならぬことが多いのは当然であります。たとひ自然の法則といふものは善くこれを知つて居るにしても、その法則に從ふといふことは自分に都合の善い時だけでありまして、その法則が自分の心にかなはないときには、常に苦しみや悩みを感ずるのであります。人事も同じことであります。人々が銘々に特別なる心をもつて居るのでありますから、たとへて言へば、銘々が皆な一つの独立した国を持つて居ると同じことであります。銘々の心の境といふものが皆な別々でありますから、国がちがへば言葉もちがふのは勿論のことであります。そこでたとひ言葉の音は同じであつてる其国其国の意味が互に相違して居るのでありますから、通訳がなければお互にはその言葉の意味が分らない筈であります。それを通訳なしに、お互の心で以て、その言葉を解禁しようとするから、そこで動もすれば誤解が起るのであります。お互に邪推をしなくてはならぬのであります。かやうにして人と人との間に衝突が起るのは無理のないことであります。  自分で苦しむ  兎角、浮世は儘ならぬと嘆息するやうになるのは、要するに、此の如き自分の心を本とするからであります。そこで私は、西行法師の歌を想ひ起さざるを得ぬのであります。      心にて心に物を思はせて          身を苦しむる我身なりけり  まことに、自分の心で、心に物を思はせて、思はせた心に使はれて居るのでありますから、結局、我々は自分の心で自分を苦しめて居るのであります。  心を法本とす  此の如き次第でありますから、浮世は儘ならぬとかこつのも、その責任は自分にあるのであります。浮世が儘ならぬのではなく、浮世を儘にしやうとする心が、浮世は儘ならぬとなげくのであります。この法ということにはいろいろの意味がありますが、今ここで法と申すのは一切の事物といふことであります。三界は唯一とつの心、一切の事物は皆な心から起るといふのでありますから、苦しみも、樂しみも、その外一切の世界も皆な自分の心によりて現はれるものであるといふのであります。  気を煎る  「二狂談」と申すむかしの書物の中に、気を煎る、気を焙じるといふことが書いてあります。それは我々が心の持ちやうで、或は気を煎つたり、気を焙じたりするといふことを説いたのであります。銘々の心の持ちやうが違ふために、一とつのことが全く反対に思はれるといふことを平たくたとヘて説いてあるのであります。それは、むかし一人の愚かなる老婆がありまして、男の子を二人持つて居りました。兄は草履屋、弟は下駄屋をして居りました。然るにこの老婆は雨が降れば草履が賣れないといつて兄のために泣き、日が照れば下駄が賣れないと言つて弟のために悲しみ、毎日毎日悲しみ通ほしたのであります。賢こい人がそれを見て、毎日嬉しいことがあるのにこなたは何故そのやうに泣くかと申しました。さうするとその老婆は、私は下駄屋と草履屋と二人の子供を持つて居りまして、降るにつけ照るにつけ、兄弟の品物が賣れまいと考へて、そこで悲しいのでありますと申しました。ところがその賢い人が言ふのに、それは愚かなことである、雨が降るときには下駄屋が繁昌する、日が照るときには草履屋が繁昌する、さう考へたら毎日嬉しいではないかと言ひました。さう言はれてその老婆が本当にさうであつたと言つて、毎日泣いて居つたものが、毎日よろこぶやうになつたと申すのであります。かやうに自分の心で悲しむのは気を煎るのであります。それをよろこぶのは気を焙じるのであります。かういふやうに「二狂談」に説いてあるのであります。  心持一とつ  かやうに心持一とつで事物の価値がかはるといふ話は、むかしの心学の書物の中に澤山に出て居ることでありますが、百ある栗を五十宛に二つに分けて、二人の人が喰ひ初めました。一人は一番うまいやつから一つ一つ食つて行つたら五十が皆なうまかつた。一人は一番うまくないやつから食つた。さうすると皆なうまくないといふ言葉でいひあらはさなければならぬやうになつたといふのであります。固より同じ栗でありますけれども、一番うまい方から食つて行けばすべての栗がうまいといはれる。一番うまくない方から食へばどれだけ食べてもうまくないといはねばなりませぬ。かういふやうに、銘々の心の持ちやう一つで同じ事柄が苦しくもなり、楽しくもなり、その相が全くかはるといふことは、誰にでもよく分ることでありませう。  心の分別  釈尊が或る時、大慧菩薩に向つて話をせられたことに  「仏は智慧の眼で以て、物そのものの相といふものを見る。それが外道、即ち他の教の説く所と違ふ。他の教の説くところは境界は心の分別から出るということを考へないから物の真実を見ることが出来ぬ」  と申されたのであります。境界といふことは、世間の一切のものを指しているのであります。世間一切の事物は自分の心の分別から出るのであるのに、さういふことを考へないから、そこで説くことが真実でない。仏は智慧の眼を以て、物そのものの相を見るから、そこで他の教の説く所とは違ふといはれたのであります。これによりて見ると、世間一切のものは皆自分の心の分別からあらはれたものであり、全く幻のやうなものであるといふことを知らねばならぬ。さうすると迷といふものは全くなくなるものであると釈尊は説かれたのであります。  心の相  これを聞いた大慧菩薩は、釈尊に向つて、誠に尊い教を承はりました。すべての菩薩はさういふ教によつて、自分の心の世界に這入り込んで、他の境界の相から離れ、それによりて真実の道理に相応するやうになると聞いて居りますから、何とぞ私のために、その心の相に就て説明をお願致したいと申したのであります。そこで釈尊がそれに対して、心の説明をせられまして、識のことを説かれるのであります。大慧菩薩はさういふことをよく知れば、それによつて銘々の自分の心の世界に這入り込むことが出来るものと聞いて、その説明を願つたのでありますが、さういふことがよくわからなければ、我々が真に内観するといふことは出来ぬことでありませう。  識  識と申すのは、すなはち我々の心であります。釈尊はこの識といふものは四つの縁で以てそれが出来ると申されるのであります。一つは境界といふものは自分の心から現はれたといふことを知らずに、その境界を認めるのであります。世間一切のものは自分の心の分別からあらはれるものであるが、それを知らないで、それを自分の心とは離れたるものと認めるのであります。たとへて申せば此所に花がある、この花は自分の心からここにあらはれたものであるけれども、花は花、自分の心は自分の心と別々に考へて居るのが我々の常であります。今一とつはその始めもわからぬ、遠い昔から虚妄といふものがしみつきで、物に執著するのであります。それから三つには識といふものは境界に執著するはたらきを持つて居るのであります。もう一つは我々の心は種そのものの相を享樂しようとするのであります。この四つの縁があつて我々の識が出て来るのであると釈尊は説かれたのであります。  根と境と識  この識の説明を、一見してわかり易いやうに、表に響いて御覧に入れませう。  [六根] [六境] [六識]   眼   色   眼識   耳   声   耳識   鼻   香   鼻識   舌   味   舌識   身   觸   身識   意   法   意識  眼前の境界を写す 末那識  妄心を我と認める 阿頼耶識  根本の識  この表により説明致しますと、先づ我々が眼で物を見る、それは眼の根であります。この根で見らるるものは色であります。色といふのは形であります。耳にて声を聞く、鼻で香を嗅ぐ、舌で味ふ、身体で物に觸れて知る。意で法といふものに接する。その眼と耳と、鼻と舌と身と意とは心の根でありますからこれを六根といふのであります。さうしてこれが心の根となりてその根がそれぞれの境界に接して識といふものを起すのであります。六根が六境に対して起て来るのが識、眼から眼識、耳から耳識、鼻から鼻識、舌から舌識、身から身識、意から意識、この六識があらはれるのであります。  六識  此の如き眼耳鼻舌身意の六識のはたらきは、世の中のものを我々の心の中に写すものであります。眼前のものを写すのであります。今日の心理学の言葉にて言へば感覚や知覚や概念などのことを申すので、我々の心が外界のものを受取るはたらきであります。我々人間はこの六識によりて、赤い花は赤い花、白い花は白い花、美しいものは美しいもの、快いものは快いものと、受け取るのであります。普通に心といふのはこの識のことであります。  末那識  しかるに、かやうにして、外界の事物を受け取りて、これを写すのであります。それをまとめて自分(我)と認める心がなくてはなりませぬ。これを末那識と申すのであります。前の六識は支那の言葉に翻訳して、この末那識と後の阿頼耶識とは印度の言葉をその儘に用ひてあるのであります。それは前の六識は人々の現実の心のはたらきでありますから支那の言葉もありますが、後の二識は、説明のために用ふるのでありますから、これを支那の言葉に訳さずに印度の言葉をそのままに用ひたのであります。  阿頼耶識  かやうに、眼耳鼻舌身意の六識では現実の世界を写すだけで、そこに我といふものをあらはして現実の世界のものに執著する心をあらはすのは別に末那識と申すもののはたらきであります。これを前の六識に次ぎて第七識とするのであります。さうして、その末那識を始め、すべての識の根本をなすものは阿頼耶識と申すのであります。この根本の識はたとへて言へば海のやうなもので、根本の阿頼耶識といふ海の上に起る波が末那識を始め眼耳鼻舌身意の六識であります。この識の説明は、仏教の学問の上には隨分くわしく説明せられて居るのでありますが、今はさうくわしくお話致す必要はありませぬ。ただ我々の心の根本をなすものは阿頼耶識といふものでそれを第八識とするといふことだけを説明して置きませう。  差別の相  かやうに、我々は自分の六識によりて眼前の一切の境界を写し、さうして我といふものがはたらきて、それによりて、世の中に差別の相があらはれるのであります。前に申したやうに、末那識といふものが、我といふものを造つてその我がすべてのものに執著するために差別の相が生ずるのであります。それ故に世の中の差別の相は虚妄の相であります。若し執著の心を離るれば差別の相はなくなりて平等といふことになるのであります。さうしてそれが虚妄の相を離れたる真実であるとせられるのであります。  因と種子  しかるに、すべての凡夫は何時も邪しまな心を起し、愚癡に目をつぶし、我といふ幻のやうなものに執著して、いろいろな行をするから、苦しい身体が出来上るのであります。釈尊はこれを説明して、業といふものが因で、識が種子で、それがだんだんと成長して来るといはれるのであります。業と申すのは、これまで長い間、過ぎ去つた間に、為したこと、考へたこと、行つたこと、総てさういふものが集積した結果を指しているのであります。それが因になりて、その口の中に識の種子が植ゑられて、その種子がだんだんと成長するのでありますが、それに無明といふものがかぶさり、それから愛の水がそれを潤ほし、我といふ水をそそいで、さうして邪しまの見を揩オ遂に苦しみの世界といふものが造り上げられるものであります。  虚妄の世界  しかしながら、その世界は全く我々の心の造る所であつて、事実には存在するものではありませぬ。全く虚妄の世界であります。それ故に我々が見るところの一切の法といふものは、皆虚妄であります。然るに我々がこの虚妄の世界を認めて真実に存在して居るやうに考へるといふことは、全く我々の迷執の心のはたらきによるのであります。それ故に、すべて三界は心の造るところであると知らなければならぬ。しかしながら、釈尊はその心といふものは見ることが出来ない、色でもなく人間でもない、幻のやうなものである。それ故にその心を本としてさうして道を求めるといふことがあれば、一とつ得ることはないと説いて居られるのであります。又釈尊が申されるには、この心を求めて行つたら心もなく法もなく、全く空であるといふことを知らなければならぬであらう。それ故にすべての法といふものは仮りの名である。その実は全く虚空である、仏法は智慧を以てさういふ相を明かに省みて行くことである。これより外に仏法はないと言つて居られるのであります。  心の世界に入る  かやうにして、我々は釈尊の教に從ひ、自分の心の相を明かにして、自分の心の世界に深く這入ることを努めなければなりませぬ。内観といふのは、かやうにして自分の心の世界に深く遺入つて行くことを申すのであります。さうしてかやうな内観の法がすなはち宗教の心をあらはすのであります。道徳も固より同じく内観の法でありますが、しかしながら道徳にありて自分の心の世界に這入ることは甚だ不徹底のものであります。そこで徹底して内観するといふことは、必ず宗教の心でなくてはならぬのであります。  煩惱具足  内観して、自分の心の相を見ますると、そこに「我」といふ執著の心が見つかるのであります。この執著の心は悪いものであると考へられるのであります。若し内を見た積りで、しかもそれが善いものであると考へられたら、必ず外の方を見て居るのであります。これがすなはち高慢といふ心の相であります。内の方を見れば必ず我々の心は悪いにきまつて居るのであります。それ故に、仏教ではこれを煩悩具足といふのであります。煩悩といふことにつきては後にそのことを詳しく申しますが、内観して自分の心の有様がまことに煩はしくして我々を悩ますものであるとして、澤山の煩悩が具足して居るといふ意味であります。それを道徳的に考へていうときは罪悪深重と申すのでありますが、煩悩具足といふのも同じことであります。自分の心の相を内観して、いかにもそれがよろしくないものであると知つたときに煩悩具足であるといふのであります。  道徳の心  内観して、自分の心がよろしくないといふことがわかれば、如何にかしてその悪いものを善くしたいといふ心持が必ず次で起るに違ひありませぬ。それは全く道徳の心であります。さうしてこの道徳の心が人から人に伝へられるときには、それは必ず規範になるのであります。それ故に今日我々が道徳と言つて居るものは規範であります。現に道徳といへばしてならぬといふことと、せねばならぬといふこととの箇條を規範として澤山に挙げてありまして、それをつとめるべきことが説かれて居るのであります。  規範  たとへば親に対して孝行しなければならぬ、人に対して深切にしなければならぬといふやうなことを何百となく数へ上げて、それを規範として、その規範を守ることが勧められるのであります。今日の所では、この規範を守ることが道徳であるやうに思はれるのであります。ところで、この規範を守ることが出来れば、それでよいのでありますけれども、実際にはそれが守れないのでありますから、内観を深くするとき、道徳の規範というものは、実に苦しみの種をさらに増すものであります。人に対して深切にしなければならぬといふ道徳の規範がありましても、しかしながら人に対して深切にするといふことは実際容易のことでありませぬ、本当の意味に於て人に深切であるといふことは我々に出来ることではないと申してもよいことであります。人を助けて置けば自分もまた助けて貰ふことがあらう。積善の家には余慶があるといふやうな心持で人を助けるのが我々の常でありますが、それは必ず功利的の心であるといはねばなりませぬ。  偽善  しかるに、さういふことに気がつかず、道徳の規範を守らうとつとむるところに、動もすれば偽善に陥るのであります。人の前でうまいことを言つて、胡麻化して、当座をつくらふことがつとめられるのであります。それは自分の身体が汚いが、それを洗つて清潔にしないで、ただ外の体裁をよくするために、立派な著物を著るのと同じやうなことであります。著物を脱げば直に汚ない身体があらはれるのでありますが、著物が立派であるためにそれで当座はすむのであります。しかしながら、自分の心の中に深く這入つて内観するときは、自分ながらその偽善の甚しいことに苦しまざるを得ぬのであります。  自己を責む  真に道徳の心を強くあらはして居るものは固より深く自己を責むべき筈でありますが、善の心にありては徒らに人を責め、あの人が悪るい、この人が悪るい、世間が悪るいと言つて、しかも自分を責めることはないのであります。人は皆、他の人を裁判することにつとめて自己を裁判するものはないのであります。それで心の休まるわけはないのであります。これも同じく心に物を思はせて、さうして思はせた心に使はれて居るのであります。道徳が人間の道であるといふことは論を俟たないことでありまして、その規範を守らなければならぬことも亦勿論であります。しかしながら、道徳の規範を遵守することの十分に出来ない我々としては、それが偽善に陥るのが常でありまして、到底道徳の行が徹底しないことが明かであります。  宗教の心  内観することが出来て、自分の心の浅ましい相を見たときに、立つても座つても居られないといふ人があります。立つても座つても居られないといふ心持は、悪るい心を直さうとする心持がはたらいて居るので、それはすなはち道徳の心であります。もし真に自分の心の相を見るとき、それは全く道徳の心を離れるのであります。それはまことに如何ともすることの出来ぬものであります。自分の心といひながら、なほそれを外の方からながめて、それを自分の望むやうにしようと考へて居るときには、如何にしてか、その目的を達せむと努力するものでありますが、かやうな心のはたらきがなくなつたときにそこにあらはれて来るのが宗教の心であります。  宗教と道徳  まことに釈尊が言はれるやうに、「我」といふものは虚妄なもの、幻のやうなもので、その「我」といふものが、考へることは皆な虚妄であります。思ふことも又皆な虚妄であります。一切幻のやうなものであると知るときには、かやうな自分の心で、真実といふものを求めることが出来ないことがわかるでありませう。しかるにその心を以て真実を求めやうとするところに道徳といふものが行はれて居るのであります。それ故に道徳が不徹底に終ることを知らねばなりませぬ。宗教といふものはその我といふものを全く否定して行くのであります。道徳にありては規範が理想とせられて、どうかさうありたいと望むのでありますが、事実としては、道徳の目的に叶ふやうに、自分の心持をつくらふて行かねばなりませぬ。しかるに、宗教といふ心持になると、その一切の心は当てにならないと否定をするのであります。我々がどんなことを考へやうと、その考へ一切が幻のやうなものであるから、当てにならないとそれを否定するのであります。それによりて我々は、益々自分の心の中に這入りてその浅間しい相をみとめ、仏教の言葉で申せば、必ず地獄に堕るのは必定であるということが明かに知られるのであります。そこに「我」といふものが否定せられて居るのであります。そこにあはれて来る心が宗教といはれるものであります。  道徳と内観  かやうに、「我」といふものを否定するときに、そこにあらはれて来るものが宗教といはれるものでありますが、その「我」を否定するといふのは畢竟するに「我」といふ意識の価値を無くするといふことであります。自分を自分と知るところの意識が価値を無くしたときにあらはれる心のはたらきが宗教に外ならぬものであります。それは、しかしながら道徳の心に本づくものでありまして道徳に背きてあらはれるものではありませぬ。道徳といふものは、巳に前に申したやうに内観によりてあらはれるものであります。我々が内観をして「我」といふものを見つけて、さうしてその「我」が悪いものであるということが知られた時に、如何にしてか、その悪いものをよくしやうという心がはたらくのでありまして、これが道徳の心であります。ところが実際にはその道徳の心では、如何ともすることの出来ないことが多くあるのでありますから、どうしても宗教といふ心が起きて来ねばならぬのであります。さうして、かやうに道徳から宗教があらはれて来るやうになるには、その「我」といふものの価値をなくせねばならぬのでありますが、釈尊はこの「我」といふものは、夢幻のやうなもので、全く虚妄なものであるといふことを諄々として説て居られるのであります。無論、釈尊が言はれるやうに「我」といふものは夢幻のやうなものに相違はないのでありますけれども、しかしさういふ「我」を除いては、我々には外に「我」といふものはありませぬから、虚妄であるところの我といふものをよく吟味しなくてはならぬのであります。それで先づ釈尊がそれにつきていろいろ説かれました言葉をしらべて見ますと「形は心のなす所、心は諸法のなす所、心は識を作り、識は感情を作り、感情は更に転じて心に入る、心は実に司配者である、心は志を起して行ひをなし、行は命をしてなすものである」といふやうな説明をして居られるのであります。いかにも一切の衆生が曠劫の昔から、生死の苦界を流転して居つたといふことは、全くこの虚妄の心がはたらいて居るからであると言ふべきであります。  我の所在  元来、我々が「我」と言つて居るのは、すなはち我々の現在の心に外ならぬものでありますから、ここには、これを我々の「心」としてお話致しませう。その「心」といふものは、一体身体の中にあるものか、身体の外にあるものか、何所にあるものか、これが第一の問題であります。たとへば、私の身体と言ふ言葉を用ふるとき、「私」といふものが、身体を持つて居るやうに聞えます。私の著物とか、私の家とかといふやうな時にも、家や著物と私とは対立して居るのであります。さうしてその「私」は私の心といふ場合にはその「私」といふものが我々の心の外にあるやうに思はれるのであります。そこでその「心」といふものは、身体の中にあるものか、何所にあるものか、それを穿鑿せねばならぬのであります。  身体の内  釈尊がお弟子の阿難に向つて、「心は何所にあるか」と尋ねられたときに、阿難は「それは身体の中にあります」と申しました。ところが、釈尊が言はれるのに、「若しお前の身体の中に心があるといふならば、自分の身体の中のことがよく知られさうなものである。たとひ肝臓とか、心臓とか、胃とか、といふものはわからぬにしても、しかし或は髪が生へるとか、爪が生へるといふやうなことはわかりさうなものである。然るに実際我々にはそれがわからぬではないか。さうすれば心が身体の中にあるといふことは出来ない筈ではないか」と言はれました。そこで阿難は「さう言はるれば、さうに違いありませぬ。考へて見れば、自分の心といふものは、身体の外にあつて、さうして自分の身体の中を見ぬものでありませう」と申しました。  身体の外  さうすると釈尊は「それならば、若し心といふものが身体の外にあるものならば、身体と心とは全く離れたものであるから、心で知つたことも身体ではわからぬし、身体が覚つたこと心では知らぬ筈ではないか」と言つて、自分の手を出し、阿難に向つて「今お前はこの手を見るだらう、さうすると心の中にそれについて、何とか考へを起すだらう。さうすれば、身体と心といふものは繋がつて居るではないか。心が外にあるといふことは出来ぬではないか」と言はれました。阿難は閉口して「どうも私にはわかりませぬから、どういふことであるか教へて頂きたい」と哀願したのであります。さうすると、釈尊が言はれるのに「衆生といふものは曠劫の昔から、業といふものに繋がれて、さうしてその根本を知らない。我々が生死の苦みを受ける、その根本は虚妄の心であるのを自分の本性として居るから、さういふやうに間違つた考の起るといふことを知らぬ。もう一つは、覚りの本体であるところの清浄の本心といふものを知らない」と言つて、それから自分の手を出し、その指を屈めて、阿難に向つて「これをどう見るか」と問はれました。阿難は「私の目で指の曲つたのを見て、私の心で曲つたのだと知るのであります」とさう返答したところが、釈尊が「それはお前の心ではない」と申されたので阿難が驚いて「さうすれば、何が私の心でありますか」と問はねばならぬことになりました。  分別の虚妄  釈尊はそれに対して「それはお前の分別である。指の曲つたのを見るといふことは分別である。分別は全く虚妄なものである。然るにお前は心の本性といふものを知らないから、さういふやうに分別するものを自分の心と思ふから間違ふのである。それはお前の心ではない。お前の分別である。」かう言はれたので、阿難は大に驚いて「もう少し詳しくそれを説明して頂きたい、さうでなければわかりませぬ」と申したのであります。そこで、釈尊はそのことにつきて詳しくそれを説明せられたのであります。  妙心  釈尊が言はれるやう「すべて一切の法といふものは困縁から起つて来る、物にしろ、心にしろ、皆心から現れて来るのである。お前が自分の身体と思い、自分の心と思つて居るものも、妙心といふものからあらはれるのである。その妙心の中にお前が身体と思ひ心と思つて居るものが出て居るのである。しかるに、お前は妙心といふものを知らないから、そこで覚りの中で迷つて居るのである。それで、その心が中の方に這入つて騒いで見たり、外の方に出て驅けずり廻つて、さうして騒がしい妄想といふものを現はして居るものを、それを自分の心と思つて居る。さういふ風に、身体と心といふものを、分別するのは全く間違である。それは心の虚妄の相で、その奥に妙心といふものがある」と言つて、我々の心のはたらきをばくわしく説明せられたのであります。  現実の心  前段に識の説明のときに、申したやうに、我々の目から入り、耳から入り、口から入り、鼻から入り、皮膚から入りて、識をあらはすのは、唯だ現在目の前にあるものだけを取り入れるのであります。それをまとめて自分といふものを考へるのは末那識といふものがありて、それによりて自分といふ執著を起すのであります。今、釈尊が阿難に対して説明せられたのは、全く、この識のことを詳しく説明せられたのであります。この説明によりますと、妙心といふものがあつて、それが我々の本当の心である。我々がいろいろのことを考へるのは分別の心によるので、それは全く虚妄の心であるといはれるのであります。さうしてそれはただ理窟を申されるのではなく、現在にあらはれるところの自分の心のはたらきを説明せられたのであります。つまり現実の心の相を申されたのであります。  心の影  むかしの心学の書に「勘善小語」といふ本がありますが、その本の中に「心におこる事、善悪ともに心のかげなり、もとより心の是といふものなし、いはんや、よしあしのかたちあらんや、あらゆる思ふことは皆心のちりあくたにて、本来の心は不生不滅不垢不浄にして、なほ虚空のすべてかたちなきがごとし、ただいつのむかしより善悪邪正のかたちをおこし、まことにありと思ふより、これをとりていよいよまよふ、なにがあるものぞ、あるものなければ又なしと、認むるものなし、しかるをしらず鏡のかげ水の月、谷のひびきをまことと思ひ云々」と書いてあります。まことに、世の人々は、憎いとか、可愛いとか、或は貧富とか、善悪とかといふ心を起して自ら思ひ苦しむのであります。すべて我々が思ふことは皆心の塵あくたにて、本来の心は不生・不滅・不垢・不浄といふて、虚空のやうなものであるといふのであります。釈尊の言はれるところの妙心がこれでありまして、それが本当の我々の心である。我々がいろいろのことを考へるのはその影であるといはれるのであります。  身びいき  むかし、或る人が盤珪禅師に向つて「私は生れつき短気でありまして、すぐに腹が立つて困りますが、どうか短気がやむやうな教へを願ひたい」と、かう言つて頼むだところが、盤桂禅師が言はれるのに、「そなたが短気と言はれるのは、六根の縁に対して、向ふものに取合ふて、身のひいき故に我思惑を立てたがるために起るもので、決して生れつきではない」と言はれ、さうして、「親の生みつけたものは不生の仏心唯一ツだ」と言はれたのであります。親は仏心しか生みつけはしないので、短気は自分の身びいぎのために自分でこしらへたのであります。それ故に「直さうとするより出かさずに居るのが近道である」と言つてその人を戒められたといふことであります。まことに盤桂禅師の申されるやうに「出かして置いて直すといふことは雑作であります。」自分で腹を立てて置きながら腹を立てまいとすることは雑作であります。腹を立てないやうになるのが近道であります。  仏心  そこで盤桂禅師はこの仏心といふものを説明して「仏心と申すものは不生・不滅で御ざるによりて、面々の心に此仏心そなはりてあるではござらぬか、その仏心あること御存じなきにより、何れもが迷はつしやるで御ざるぞ。迷ふといふは、いかなることで御ざるぞなれば、我身にひいきの御ざるによりて迷ひまする。我身にひいきが御ざるとは、いかやうなることなれば、まづ何れもの隣の人が我事をそしりたりといふことを聞て、これを憤り、其人を見ては悪み聞えぬと思ひ、其人のものいふことをあしく聞なしなどいたすことは、これ我身にひいきの有ゆへで御ざる、かくの如く憤り腹立ちますれば、我にそなはりたる仏心を修羅道の罪にかへまするで御ざる」と言つて居られるのであります。  心の本性  かやうに盤桂禅師の説明は、釈尊が我々の心につきて説かれたところと大体に於て同じものでありませう。我々には本来、妙心といふものがあり、その妙心は真実のものでありますが、我々の現在の心は唯だ自分の分別によりて、自分の都合のよいやうに考へるところの末那識のはたらきによるものであります。盤桂禅師が言はれるところの身びいきのはたらきによりて、我々は迷の世界を造り上げるものであります。釈尊は又、心の本性といふことを説て居られるのでありますが、その心の本性といふものは誠に清らかなものでありまして、「内にもなければ外にもない、内と外との中間にもない、あらゆる形を離れ、あらゆる世界と性を同じくしない、我々が目で見たり耳で聴いたりする一切のものとは全く異つたものである。それ故に我々には現れて来ない、我々の感覚を通じては現れて来ない、何故かといふと心といふものは諸々の分別を離れたものであるから、それが心の本性であるから、それは虚空と同じ物である」と説明して居られるのであります。釈尊が、かういふ意味で言はれるところのものは盤桂禅師が仏心と言はれるものと同じでありませう。釈尊の言はれるところによりますると、それは我々が知ることは出来ないものであります。我々の身体のはたらきによつて出来る心といふものは分別の心でありまして、善いとか悪いとか、暑いとか寒いとか、何とか蚊とか言つて、しかもそれを自分の気に入るやうにしやうとする心持でありますから、それは我々の本当の心ではありませぬ。本当の心は「我々の身体の中にもなければ外にもない、中と外との中間にもない、形を離れ、あらゆる世界と其性を全く違へて居るものであるから、決して現れるものではない、虚空と同じやうなものである」といはれるのであります。 @ 夫婦喧嘩  盤桂禅師は、元来播州の人でありますが、伊予の大津に庵がありまして、其所に行つて逗留して説教して居られたことがありますが、或る時、大津より二里ばかり距りたる在郷に、大津から嫁にいつたものが夫婦喧嘩をして家を出て、大津の庵にて禅師の法を聴聞して自分の罪悪を悔悟した話が、その法話に載せられてあります。それを読むで見ますと、「此夫婦常に仲あしく喧嘩がたへませなんだが、後大喧嘩を仕出し、一人の子も夫に渡し、この女房家出を致し親の所へ帰りまするに、夫、幼少の子を抱へ、女に申しまするは、汝が帰るならば此子を川へながすと申掛ました。女の申まするは、其方へ渡し申すからは、いかやうに致されてもかまひ御ざらぬと申しました。又夫が申しまするは、たとひ其方親方へ帰りたりとも著類道具は一つも戻さぬと申せば、此家を出るからは著類道具惜からずと申捨て、大津へ參りました。其おりふし諸人それがしの説法を聴聞にとて、參詣いたすを、此女人見て親の所へは帰らず大勢に打交り、それがしの庵に參り、其日の説法をよく聴聞致し、説法終り諸人退散いたすより此女房も帰り道にて親の隣りの人に逢いました。此人申されまするは、何として参られたぞと申せば、我ことは今朝夫婦いさかひいたし、是まで參つたが、大勢説法の場へ御ざるのを見てよき折柄參りあいたりと存じ、まづ親の所へは參らず、參詣いたしました。今日の御説法はみな私の事で御ざつた、扱々恥かしや、今日我等夫の家を出ましたは、みなみな我心のあしきゆへにて、夫は我を親の方へ戻しともながり、いろいろと申し、姑もろとも留められましたれど、我等よしなき事に腹を立て、姑、夫にも腹立たせました、今日の御説法にて我身のあしき事をとくと合点いたしました程に、親の方へは參らず、これより在所へ戻りて我あやまりをざんげいたし、二人の衆へ降參いたし此の有がたい御説法を語り聞かせ、後世をすすめませいでは聴聞致した甲斐は御ざらぬといひました」  首尾を繕ふ  「さうすると隣りの者の申すは、其方夫婦いさかひいたし、是まで来り、又在所へ帰らうとは沙汰の限りなり。そなた一人帰らるるものか、親の所へ参られよ。在所へ我等同道いたして、しゆびのよきやうにして戻さうと申せば、彼女房いやいや何のしゆびと申事も御ざらぬ。とにかく我等が悪ふ御座るゆへ、二人の衆のきげんをとり、首尾よきやうに致して、其上に有がたい御説法を我等ばかり聴聞いたして何のせんも御座らぬ。二人の衆に聞かせましてこそ、聴聞致したと申もので御ざれと、二人道すがら咄しまするを、此者どもの前後にあり合ふ參詣の人々聞て扨も此女房きどくなる人かな、今日一座の説法を聴聞いたして我あやまりを悔み、女の身として是は希代のためしと感じ、今一人の者は、扨々無分別なる申分かな、一人帰らうといふをおしとめ、我首尾を繕ひ戻さうといふは何事ぞや。此者は大津の住人なれば、此説法もさいさい聴聞いたすであらうが、あしき異見かなえて、聞ほどの人々此者をしかりました。扨て在所へ帰らうと申したる女房に前後の人々申さるるは、扨もそなたは感じ入たる心底かな、是よりいそぎ在所へ帰り申されよと申せば、いかにも帰る合点で御座るとて帰りたと申す事で御座る」  仏縁  「それから後、その女房が夫の方へ帰りまして、そして姑と夫に自分の無分別で各々方の心に背いて家出をした、誠に悪かつたとその罪を謝した。そしてその女房が言ふのに、各々の御心にそむき家出をいたし、親の所へ帰らむと存じ、大津へ参りました。今日の家出は仏縁とこそ存じ候へ。道にて參詣の大勢に変はり、御寺へ參り、御説法聴聞いたし候へば、御説法一つも余事なく、皆我等が身の上の事でござりました。是を聴聞致して、我等が心底のあしきことをよく知りました程に、親の方へも參らず、御寺よりすぐに帰りました。我等が心あしきままに、何れへも野心を起させました。是より我等をいかやうになされて腹をゐて下され。かやうに申す上はいか程つらきめにあひますとも、さらさら御恨みござりませぬ」と言つて謝罪したところが、無論その夫も姑も、意趣のあることではありませぬから、快よく迎へて家に入れました。さうすると、その女房が盤桂禅師の有難い説法を諄々と二人に話しまして、到頭その姑と夫と三人連れで「身ども逗留の内に三人連れで、さいさい聴聞に參りました」と、かういふ話が盤桂禅師の法話の中に記載してあります。  分別を離れる  簡単なる話でありますが、しかし、この話の中には実に重大なる意味を含むで居ると思はれるのであります。盤桂禅師の説法をばただ一席、聴いただけで、忽ちにして自分の心の悪るいということを懺悔することが出来たのは、実に不思議のことであります。その不思議がどうして起つたかと申すと、それは言ふまでもなく、分別の心が止むだために、そこに本性の妙心があらはれて、その本性の妙心に導かれたためであります。盤桂禅師の説法は、前に申した通ほりに、人間は仏心といふものを生れつき持つて居るのであるが、身びいきの心が強くあらはれるために、喧嘩や争論などが起るのであると説かれたのでありませう。これを聞いて、それが自分のことであると受け取つた彼の女房の心はたしかに分別の心を離れて居つたのであります。分別の心を離れて、そこにあらはれるものは真実の心即ち仏性でありますから、彼の女房はこの真実の心に動かされて、禅師の説法を聴いたことを喜びて、家出をしたのは却て仏縁であつたと有難く思ふことが出来たのであります。前にたびたび我といふものを否定すると申したのは全くこのやうな心の状態をいふのであります。  自身のこと  盤桂禅師の説法が、一から十まで、すべて自分のことを話されたものであると感じた、彼の女房の心には、全く内観が徹底して、自身の罪悪の相が十分にわかつたのであります。徹底して自身が悪るいといふことがわかつてみると、何も他人に頼みて謝罪して貰ふ必要はないのであります。自分が悪るいのであるから、自分が謝罪して、元のやうにして貰ふより外はないのであります。しかるに、それまで永い間、説教を聴いて居つた隣の人は、いまだ内観が徹底せず、喧嘩をして家を捨てて来たのだから直ぐ帰るのは都合が悪るからうから、自分が連れて行つて謝罪をしてやらうと言つて居るのであります。首尾を結ぶことを考へて、彼此と分別をして居るのであります。さういふやうに、分別の心をはたらかして居るところには真実といふものはありませぬ。どうにかして自分の都合のよいやうに、体裁や、外聞をつくらはふとあせるのみで、これによつてただ苦しみが増すのみであります。  自身を見よ  この女房が自身を内観することが出来たのは、まことに不思議であります。自分が身びいきのために癇癪を起して、自分をも、他人をも苦しめるのであると知らされて、盤珪禅師がただ自分のことのみを話されて、余の事はすこしも言はれなかつたと感ずるところに、分別の心が全くなくなつて居つたのはまことに不思議であります。いかにして、この女房が此の如くに、その分別の心を取り去ることが出来たか。それはこの女房が、癇癪を起し、腹を立て、夫や姑にあたり散らして、全く自分がさわぎ立て居るところに直面したために、盤珪禅師の説教がその直面した自分そのままであつたために、すぐにそれを受け取ることが出来たのであります。分別の心がはたらいて居るときには、それはただ外の方のみを見て、決して内の方の自分を見ることがないのでありますから、さういふやうなことでは、本性の妙心があらはれることは決してありませぬ。まことにこの女房の如きは、内観の徹底したものといはねばなりませぬ。  自分を知る法  釈尊は、しからば如何にして自分を知ることが出来るかといふ問題に対して「自分を知るといふことはあらゆる境界、あらゆる事物に求めることは出来ない。色受想行識、若くは我、若くは我所のどれにも求めることは出来ない」と言つて居られるのであります。その意味は我々の考を以てはこれを如何ともすることが出来ない、我々の分別の心によりては自分を知ることは出来ないと、かういはれるのであります。さうすればどうしてそれを知ることが出来るかと申すと釈尊は「それは道を修めて心の障りを除く外はない」。分別の心をやめようとして努力してもそれはやむるのではありませぬ。しかるに道を求めて、それを修め、さうして、これによりて心の障といふものを除けば、そこに真実の心があらはれるのであります。  心の穢れ  ある梵志が釈尊に向つて「この近傍に首好と云ふ河があります、その河の中に這入つて浴すれば心の穢れが水に従つて流れると、自分の父が教へてくれました。そこで私は日に三度その河に這入つて浴するのを常として居ります」と申した。そこで釈尊はその梵志に言はれるのに「河の中に這入つて浴したところで、身体の垢は除くことが出来やうけれども、心の垢は、それでは取れないだらう、お前は誰からさういふ教を聴いたか」と聴かれました。「それは私の父が教へてくれました」と梵志は答へました。さうすると釈尊は「さうかお前の父は道を得て居るのか」。梵志が言ふのに「イヤ道は得て居りませぬ」さうすると釈尊が言はるるやう「自分が認く道といふものは心から出るものである。心が正しからざれば志といふものは、決して綺麗でない、志が綺麗でなければ、道を得るといふことは決して出来ない。そこで河に浴してもそれは唯だ身体の垢が取れるだけである、心の垢が取れるわけはない、心の垢が取れなければ駄目だ、それだから道を修めて心の穢れを除くといふことは、道を修めることが大切である」と説明せられたのであります。実際、我々が心といふのは分別の心で、彼此と計ふ心でありますが、これを自分の本当の心と思ふのは間違である、そこで自分の本当の心といふものを知らなくてはいかぬ、どうしてそれを知るか、それは法の如く道を求め、さうして道を修めて、心の障りといふものを除かなければ駄目だと、かう説明して居られるのであります。内観がさういふやうにしてだんだん進んで行くところに、迷から離れ、苦みの世界から離れることが出来るものでありませう。心の障を除くといふやうな場合でも、我々は常に外の方をながめて、この梵志のやうに、河に浴して、その心の垢を除かむと努力するのでありますが、それによりては、決してその目的を達することは出来ぬのであります。どうしても、我々はその心の内をよく観ねばならぬのであります。  客塵  釈尊はあるとき阿難に向つて、次のやうに申されました。「一切の世の大小の事業は皆な客塵に属するものである。物の見方に伸び縮みがあるわけではない。たとへていふと、四角な器には四角な空がある。円い器には円い空がある。しかしながらこの空といふものに、円いとか、四角とかといふものがあるわけはない。器が円ければその中の空というものも円い、器が四角であればその空といふものもまた四角である。唯器に從つて空が四角になつたり、或は円くなつたりするのである。それ故に、その器を取り去れば円い空とか四角な空とかといふものがあるわけはない。それと同じやうにすべての衆生は自分の分別の考のために本心を失ひ、物に使はれて居るから、そこで世の中の物の中に、大きい物を見たり、小さい物を見たり、いろいろな差別をするのである。しかしながら、その差別の相を取れば、一切の物の正しい相が判かつて、それは如来と同じやうになるのである。それで心も円くなり身も円くなり、明かに其場を動かさずに一切の物の中に十方の国土を受け容れるであらう」。  念念生滅  まことに、釈尊が申されるやうに、一切の衆生が曠劫の昔から、生死の苦界を流転して居るのは、全く常住の真心を知らずにもろもろの妄想を真実と誤まるからであります。一切の衆生は、始めも知らぬ昔から、妄想の我といふものに執著し、その我といふ心が念念に生滅することを知らないために、物に執著し、愛したり、憎むだりするによりて輪廻するのであります。輪廻と申しても、通俗のお説教にあるやうに、前の世で犬か猫であつたのが、この世で人間に生れるといふやうなことでなく、何時までもこの生と死との世界を流転してこの生死の苦界を離れることが出来ぬといはれるのであります。  事実顛倒  それから、釈尊は大衆に向ひて、次のやうに申されました。  「すべての衆生といふものは、客塵煩悩のために誤まられて居る。煩悩といふものは何時も動いて止まることがない。それは丁度、客のやうなものであり、又塵のやうなものである。見よ阿難の頭は動いても、見方といふものは少しも動くものではない。又自分が手を開いたり又閉ぢたりしても、しかしながら見方には少しもかはりがない。然るに汝等は何故に動くものを自分の身体と思ひ、境界と考へて、常に動かない本心といふものを知らないで、顛倒して事を失ひ、迷の巷を辿つて居るのであるか」  大勢のものは釈尊の説教を開いて、成程、自分等は客塵煩悩に迷はされて居る、自分等は自分の心の奥に真実の妙心といふものがある、その真実の心を失はないやうにせねばならぬと、その心が開けて大に喜むだといふことであります。  波斯匿王  この時、大衆の中に居つた波斯匿王といふ王がその座から立ちて、釈尊に向つて、「さうすると、その不滅の心の境地をさとるにはどうすればよいのでありますか」と尋ねたのであります。釈寧はかういふ場合に、すぐにそれはかうだとは言はないで、必ずその人をして自分でよく考へさすやうに、いろいろなことを反問せられるのが例でありますが、この時にも釈寧は波斯匿王に向つて「あなたの身体は金剛のやうに固いものでありますか、何時までも生て居つて、何時までも堅固なものでありますか、又はあなたの身体は無くなつてしまふのでありますか」と聞かれたのであります。さうすると、波斯匿王は「私の身体は無くなるに相違はありませぬ」と申した。釈尊はそれに対して「今無くならないのに、どうして無くなると言はれるのでありますか」と聞かれました。  有為転変  そこで波斯匿王が答へて申すのに、  「世の中は有為転変でありまして、丁度火がだんだんと灰になつて行くやうに、念念に私の身体は変つて行くやうに思ひます。私が子供のときには皮膚が潤澤でありました。少しく長じた頃には更に血気に充ちたこともありましたが、年を取つてみると、身体が大分衰へました。心も大分昏くなつたやうに思はれます。素よりその変化は極めて僅かづつ変つたのでありますから、はつきりは覚えませぬけれども、しかしながら、だんだんと変つて今日になつたのであります。二十歳の時に、それを十歳に比べれば老年でありました。三十歳の時には、それを二十歳に比べれば年寄でありました。今私は四十歳を過ぎて居りますが、これを三十歳の時に比べれば余程衰へて居ります。三十の時にはもつと元気があつたやうに思つて居ります。細かに考へて見れば、月と共に、年と共に、又日と共に、私の身体は変つたのでありますから、私の身体は刹那の間と雖も止つては居なかつたものと思はれます。それを考へれば私の身体は無くなるのだと思ひます」  すると釈尊が「あなたはよくこの身体が無くなるといふことを知つて居られますから、その無くなる身体の中に、無くならないものがあるといふことを説明致しませう。」と申されました。  本性不変  そこで、釈尊は王に向ひて「あなたは恒河の水を御覧になつたことがありますか」と聞かれました。王はこれに答へて「私が三つの時に母親に伴はれて、初めて恒河を見たことがあります」と申しました。そこで釈尊は王に向つて、「その時の恒河の水と今日の恒河の水と比べてどうでありますか」王の曰く「昔も今も水は同じやうに流れて居ります」さうすると釈尊が「髪はだんだんと白くなり、顔にはだんだんと皺がよつて、老年となられた今と、子供の時であつた昔とくらべて恒河の水にも若いときと、年を取つたときの差別がありますか」と問はれました。さうすると波斯雀王は「恒河の水が年を取つたとは思ひませぬ、昔の通りであります。子供のときに見たのとをなじことだと思はれます」と申しました。釈尊はそこで「顔に皺がよつても、物の本性には皺がよらない。皺のよるものは変化をするけれども、皺のよらないものは変化しない。変化するものは滅びるけれども、変化せぬものは滅びることはない。そこで異教者達が言ふやうに、人が死んで後に滅亡するものではないではないか」と、かう説明をせられたのであります。これを聞いて居つた阿難は疑を起しまして、「さういうことを仰せになるならば、私共が、見たり聞いたりすることに生滅がないということになりませうか、見たり聞いたりすることに生滅がないといはれるのに、何故に我々が本性といふものを失つて顛倒な考を起して居ると仰せになりますか」と質問しました。釈尊は「それは汝等が分別の妄想を以て見るからである。汝等の考といふものは分別の妄想である。だから、間違ふのである。」と説かれたのであります。  演若達多  釈尊はそこで、舎衛城に居つた演若達多という人のことを話されました。それは演若達多といふものが、或時鏡を出して自分の顔を見たところが、自分の頭には、顔もなければ目もない、そこで大に驚いて、自分を化物だと考へて、非常に狂ひ廻つたといふことであります。釈尊はこの話をして、これは演若達多の心が狂つて居るからである、気が狂つて居るから、鏡を見て、自分の顔や目がないと思つて、さうして狂ひ廻つたのである。それとをなじやうに、我々の心の奥にある妙心といふものから、迷の起ることは決してない、唯だ我々の分別の妄想がより合ふて、迷に迷を重ねるのである。演若達多も心が狂つて居るから自分の顔や目がないと言つて、さうして恐れて狂ひ廻るのであるけれども、さういふ狂つた心が止んで見ると、別に頭が外から来るわけはない、元からあつた頭を自分の心の狂つたのが止みて、その顔も目も認められるのである。又狂つた心が止まぬにしても、頭がないわけはない。我々の分別の心が妄想を造つて居るのもその通りである。そこで心の狂ひといふものがやめば、すなはち菩提だ、すなはち淨かなる心は法界に滿ちて居る。丁度玉を持ちながらその玉の値打を知らないで以て、乞食をして居るやうなものである、たとひ貧しい生活をして居つても玉は何所まで玉である、玉は何所までも玉として貴いものである、唯だそれを知らないから玉を持ちながら貧乏して居るのである、若し偉い人があつてその玉であることを知らせてくれ、その玉といふものの価値がわかつたならば、必ず富むのである。心が樂しむわけである。しかしながら別に玉が来るわけはない。かういふ卑近の例を奉げて、すべてのものが、自分の本性といふものを失ひ、生死の巷を流転するといふことを繰返して説明せられたのであります。鏡を磨いて、それを綺麗にすれば、明るい光澤が現れるとをなじやうに、我々の体も、我々の心も、皆な幻の垢であるから、その垢を磨いて取つてしまへば、清らかな光といふものがその所に出るものであるといふ説明を諄々として居られるのであります。  迷妄の心  かやうに釈尊が説明せられたことは、これを要するに、我々が現実にあらはして居るところの心の相を内観してそれは全く迷妄であるとせられたのであります。釈尊から後に出来た仏教の書物を見ますると、この心の相といふものは、随分くはしく説明がしてあるのであります。しかしながら、ここに重要なのは学問的の説明ではなくして、実際にはたらいて居るところの自分の心の相を内から観ることであります。畢竟、迷妄の心の有様を知るといふことが第一でありますから、かういふ意味で、古い仏教の書物に纏めて書いてあることを、これからお話を致さうと思います。それも仏教で使つてある言葉を説明をするといふことを主にして申上げて見たいと思ふのであります。  恐るべきもの  釈尊の説かれたところによりますると、我々の心といふものは、実は恐るべきものである、悪獣よりも甚しい、毒蛇よりも甚しい、火よりも甚しい、賊よりも甚しいものである。さういふ心は、それを折伏しなければならぬ。制御しなければならぬ。かういふのが大体の釈尊の考であります。それは固より自分の心をよくしやうといふ考が強かつたために、悪るいといふ心の相がはつきりと見えたのであります。若し釈尊が自分の心をよくしやうといふ心持で無かつたら、さうまで自分の心を悪るく見られるわけはないのであります。釈尊にはその心を浄くする心持が極めて強かつたのであります。そこで自分の心をば毒蛇より恐ろしい、悪獸よりも恐ろしい、賊よりも火よりも恐ろしいものである。それを放逸にしてはならぬ。心のままにして置いたらどんな悪るいことをするかわからぬから、どうしてもそれを抑へつけることに精進努力せねばならぬと説かれたのであります。  三毒  仏教にて我々の心を説明することは種々でありますが、その第一は三毒と申すことであります。この三毒は三根ともいふのであります。貪欲・瞋恚・愚癡の三つ、これを三毒といふのであります。第一は貪欲毒であります。悪るいから毒と名を附けるのであります。貪るといふのは迷つた心で以て、一切の順境のときに、自分の方に引取つて飽くといふことを知らない、足ることを知らないのであります。第二の瞋恚毒といふのは迷つた心で以て、一切の自分の心にかなはぬときに腹を立てるのであります。貪欲毒といふのは、順境のときに、何でも蚊でも引き取りて、自分のものにしやうといふのでありますが、瞋恚毒というのは、順境でなく、自分の思ふやうにならぬために癇癪を起し腹を立てるのであります。第三の愚癡毒といふのは、智慧が足らないので、物の道理がわからぬ、それだから一名無明といふのであります。我々の現実にあらはれて居る心持といふのはこの貪欲と、瞋恚と、さうして愚癡の三つに尽きて居るのであります。さうして、それは煩悩でありますからこれを三毒の煩悩といふのであります。我々はこの三毒の煩悩を捨てなければならぬのであるが、それを捨てるためには道を修めなければならぬと説かれるのであります。  四の安慰  釈尊は、人々が若しこの三毒を捨てたならば、四つの安心が得られると説いて居られるのであります。その一は若し死んだ後に来世といふものがあつて、この世で悪るいことをしたら来世で悪るい報があるといふことがありとすれば、それならば、この三毒を捨てて居れば死んだ後に善い結果を得るといふ安慰がある。二には若し来世といふものがないといふことになりて、此世で悪るいことをしたからとても、次の世で悪るい報を得ることがないとしても、それでも自分がこの三毒を捨てれば、現在腹も立たず、愚痴も起さず、貪りもしないために苦しみといふものは起らぬではないか、それが一つの安慰である。三には若し悪るいことをしたために、悪るい報があるにしても実際、この三毒を捨てたならば悪るいことを考へないのだから、どんな報があらうとも苦しみにはならぬ、これが一の安慰である。四にはたとひ悪るいことをしても悪るい報がないといふやうなことがあつても、悪るいことをせぬのだから心といふものは何時でも綺麗な自分を見ることが出来る。かういふ風に、三毒の煩悩を捨てることは安慰を得るものであると説いて居られるのであります。  心の鬼  しかしながら今、現在、この世界に生きて居るところの我々が、この三毒の煩悩から離れるといふことは決して容易ではありませぬ。古の人の歌に     たかぬ火の胸にし燃て苦しきは           心の鬼の身をせむるなり  焚かぬ火が、心の中で燃えて苦しいのであります。粟津義圭師が著はされたる「巻懐五十坐法談」の中に、  「凡そ我等が身に具えた貪瞋癡の三毒、目には見えねども、不断胸の中に在て、是れが為に煩ひ苦しむ、此の三毒が追付形を現して、地獄の猛火、阿防羅刹となる。故に、小寒氷大寒解陽之近故、老而無道心、地獄猛火近故履霜堅氷至、冬の節寒気が強ふなれば水が結て氷となる、然るに小寒に結んだ氷が大寒に入てはますます厚く張りつめさうなものなれども、思ひの外小塞の氷が大寒に入て測《とけ》る、是は何かなれば大塞に至れば春の陽気が近よるゆへぢや。夫と同じ道理で若い時は兎も角も、年よりたればそろそろ後生ごころも出来て、地獄の沙汰も怖畏《こはく》なり、未来ゆくすへのことを心に掛りがちぢやに、思ひの外年よるほど弥々慳貪邪見になり、貪欲つよければ瞋恚もつよし、後生気もなければ物のあはれも知らず、我身は金鐵で鍛錬たやうに思ふて後世願ふ志の発らぬはただ事ではない。地獄の焔が身に近づくゆへぢやとある。「華厳経」に、心如工画師。能画諸世間。無法而不造。法界性一切唯心能作地獄と。十界の依正は皆心からあらはれる、高手の画工が山水でも花鳥でも、我こころに任せて自由に書きあらはす樣に、地獄も餓鬼も人間も天上も皆衆生の心から現はれる、牛頭馬頭も外から来りた者でなし、刀山剣橋も他人がこしらへ置くではない、皆銘々の一心から形をあらはすほどにたかぬ火の胸にて燃て苦しきが、やがて地獄の權与《したごしらへ》、我身をせむる焔にてある」  かやうに説いてあります。三毒の煩悩を捨てなければ解脱することが出来ぬといふことはわかり切つたことであります。又三毒の煩悩を捨てれば、精神の安慰を得るといふことも釈尊の言はれた通りでありませう。しかしながら、実際に於て、現実の我々は到底、この三毒の煩悩から離れるといふことは出来ないことが実際であります。  自分のもの  そこで問題が起つて来るのであります。よく考へて見ると、三毒の煩悩を捨てなければ解脱することは出来ないと説かれるところの釈尊の教を聞て、それが自分のものとなるのは、ただ三毒の煩悩を捨てることの出来ない自分であるといふことだけであります。三毒の煩悩は実に恐るべきものであるから、それを捨てなければならぬといふ教を聞て、なるほどさうであると感心するのも尤のことでありますが、しかしそれはその教が自分のものになつたのではありませぬ。たださういふことを聞いて理解したに過ぎませぬ。それを自分のものとするには教の通りに進んで行かなければならぬのであります。釈尊は正しい道を修めて努力して三毒を捨てよと言はれるのでありますから、その教の通りの道を修めることに努力するといふことは、まことに当然でありますが、それは決して自分のものにはならぬのであります。それが自分のものとなるのは、自分にはその道が修められないといふ事実であります。さふいふ現実の自分が見せられたるときに、それは頼むに足らぬことが知られてそこにあらはれて来るところの心が宗教といはれるものであります。  五蓋  第二は五蓋といふことが説かれて居るのであります。蓋といふのは蓋であります。それは我々が仏の道を修めて行かうとするのにその心に蓋をしてこれを妨げるといふ意味であります。その五蓋といふのは貪欲蓋、瞋恚蓋、睡眠蓋、掉悔蓋、疑蓋、この五つであります。「法界次第」と申す書物に説明してあるところを拔いて、それを和訳して申すと、大略次の通であります。  蓋とは即ち蓋覆の義、謂く、諸の衆生、この貪等の五惑に由りて、心識を蓋覆し、正道に於て明了する能はず、三界に沈滞して出離する能はざる也。  一、貪欲蓋、貪欲とは引取厭くなきを貪と曰ふ、希須榮慕を欲となす、謂く、諸の衆生、世間男女、色声、香味、觸法及財寶等の物を貪愛し厭足あるなし、この貪欲を以て心識を蓋覆し禅定善法発生する能はず、三界に沈滞して、出離を得ず、故に蓋と名づく。  二、瞋恚蓋、瞋恚とは即ち忿怒の心なり、謂く、諸の衆生、或は違情境上に於て、或は他人を追憶し、我を悩まし、及び我親を悩まして、忿怒を生ず、この瞋恚を以て心識を蓋覆す、禅定善法発生する能はず、三界に沈滞して出離を得ず、故に蓋と名づく。  三、睡眠蓋、睡眠とは意識?熟を睡と曰ひ、五情闇冥を眠と曰ふ、諸の衆生、この睡眠を以て心識を蓋覆し、禅定善法発生する能はず、三界に沈滞して出期あることなし、故に蓋と名づく。  四、掉悔蓋、掉悔とは掉動なり、身故なく遊行するを掉となす、掉し己りて思惟し心中憂悩するを悔となす、謂く、諸の衆生、この掉悔を以て心識を蓋覆し禅定善法発生する能はず、三界に沈滞して出期あるなし、故に蓋と名づく。  五、疑蓋 疑とは猶予決せざる義、即ち疑惑なり、謂く、諸の衆生、無明暗鈍真偽を別たず、猶予の心常に決断なし、この疑惑を以て心識を蓋覆し、禅定善法発生する能はず、三界に沈滞して出期あるなし、故に蓋と名づく。  貪欲蓋と瞋恚蓋  以上に奉げたのは「法界次第」といふ書物に纏めて挙げてあるのでありますが、しかしながら、釈尊の説教にもそのことは出て居るのであります、その第一の貪欲蓋は、極めて低級な欲に執著して居ることを申すのであります。それから第二には瞋恚蓋で怒り腹立つ心によりて道を修めることが妨げられるのであります。この貪欲と瞋恚とは前に三毒の説明のときに申した通りであります。  睡眠蓋  第三の睡眠蓋につきては、前段に挙げたる説明にもある通ほりに「睡眠とは意識情熱を睡と曰ひ、五情闇冥を眠と曰ふ、諸の衆生、この睡眠を以て、心識を蓋覆し、禅定善法発生する能はず、三界に沈滞して出期あることなし」。眠ると言つても、唯だ夜寝床を敷いて寝るだけではないのであります。心が眠るのが大なる蓋であります。心がうかうかくして居つては駄目であります。多くの人は目を開いて眠つて居るのであります。目は開いて居るが心が眠つて居るのであります。或る菩薩が、居眠をした、さうすると、その睡眠を貪るのを戒めて、釈尊が言はれるのに「汝、そんなに睡らないで起きないか、臭い身体を抱いて、何時まで寝て居るか、元来、人といふものは種々の不浄の結晶に名をつけたものである、矢のやうな勢を以て重い病気が肉体を襲ふと、不浄に動き出して身体は苦痛の集團になるのである。一切の世の人は総て死火に焼かれる、汝その死火を免れようとは思はぬか」といふやうなことを言はれたのでありますが、これは全く心のことを言はれるのであります。心を眠らせて居つてはならぬ。よく心の目をあけて、一切の物の相をよく見なければならぬといふことを説かれて居るのであります。我々の心が眠つて居つては、正しい道を修めることは出来ないことは無論であります。  掉悔蓋  第四の掉悔蓋といふのは、これは精神が散乱することをいふのであります。心が安定しないのであります。心が安定をしないといふことは、毎日毎日の生活にどれだけ妨げをするかわかりませぬ。ああであらうか、かうであらうかと、どうなるかわからぬ未来のことを心配する。又最早如何ともすることの出来ぬ過去のことを何とか蚊とか言つて後悔をする。さうして、一番我々に大切な現在といふものは少しも考へに置かずして、うろたへ廻つて居るのであります。それを掉悔といふのであります。これは正しく正しい道を踏むことを妨げるものであります。  疑蓋  第五は疑蓋であります。疑といふのは猶予決定せざる義とありまして心が決定せぬことであります。これは全く智慧が足らぬからで、それ故に迷ふのであります。ああであらうか、かうであらうかと迷ふ。そこで疑ふ。凝ふといふと生活の全体が間違ふのであります。若し我々が常に疑といふことを深くすれば生活は殆ど出来ないことでありませう。朝起る、飯をたべる、その飯に疑が起つたら飯はたべられない。毒味をしなければならぬ。しかし平気でたべて居るのは毒を疑はぬからであります。自分の家庭で造つた御飯には毒はないとして、それを疑はない。自然に出来る毒もあるし、腐つて毒になることもあるし、誤つて毒の這入ることもあるし、ひどくなれば故意に毒を入れることもある。毒がないとは限らない、けれども疑はない。若しさういふことを十分に意識をしてこれは疑はなくとも善いと、さう考へて疑はないのはまことに結構であります。ものの道理がはつきりわかつて、さうして疑はないのは結構でありますが、ただ何となしに疑はない、それだから毒に中つて死ぬことがあります。食物ならまだ善いのでありますけれども、心であると大変であります。心であると疑ふべきところに疑はないで、さうして疑つてならぬところに疑ふからよくないのであります。改めていふまでもなく、我々の智識は疑ふことによりて進むものでありますから、学問には丸呑みにすることなくして、先づ疑ふて後に研究して行かねばならぬのであります。疑ふといふことは我々の心の計度であります。しかしながら、宗教の場合にありてはそれに反してこの計度を離れねばならぬのであります。若し計度が盛になればそれがために修業は妨げられるのであります。  五結  三毒・五蓋の外に、五結といふものが説かれて居ります。結とは繋縛の義で、その意味は、衆生が煩悩妄惑のために諸の悪業を造り、その衆苦のために繋縛せられて、三界を流転して生死の苦しみを離るることが出来ぬといふことであります。その五結といふものは次の通ほりであります。  一、貪結 衆生が三界生死の法に貪著して、広く不善を行ふによりて、未来の苦果を招きて、解脱することを得ず。これを貪結と名づく。  二、恚結 衆生の心に悩害ありて広く不善を行ふ。これによりて能く未来の苦果を招きて解脱することを得ず。これを恚結と名づく。  三、慢結 自から恃みて他を凌ぐを慢といふ、衆生、常に我慢邪慢等を起して広く不善を行ふ。これによりて能く未来の苦果を招きて解脱することを得ず。これを慢結と名づく。(我慢とは己の能を恃みて他を凌侮するなり。邪慢とは塔廟に禮せず、三寶を敬せず、経典を誦せざるなり)  四、嫉結衆生利養に耽著し、心に厭き足ることなし、若し他の榮を見れば即ち妬心を起し、広く不善を行ふ。これによりて能く未来の苦果を招き、解脱することを得ず。これを嫉結と名づく。  五、慳結 衆生、利養に耽著し、資生等の物に於て、其心□惜して貧乏に恵施すること能はず、広く不善を行ふ。これによりて未来の苦果を招き、解脱することを得ず。これを慳結と名づく。  六垢  三毒・五蓋・五結の外に六垢と六蔽とが説かれて居ります。垢といふのは穢れることであります。この六つの垢が、真心を汚穢するが故にこれを垢と名づけるのであります。六垢は次の通ほりであります。  一、誑垢 誑とは虚妄なり、不実の言を以て己を欺き人を欺くなり。  二、詔垢 詔とは侫なり、巧言を以て悦を人に取り、それをして己に親厚ならしむるなり。  三、驕垢 驕とは慢なり、己を重んじ、人を軽んじて謙譲の徳なきなり。  四、悩垢 悩垢は侵撓なり、利樂の行なくして、常に侵撓の心を懐き、人をして其所に安ぜざらしむるなり。  五、恨垢 恨は怨恨なり、一言の意に忤るものあれば即ち瞋忿の心を起し、常に怨恨を懐くなり。  六、害垢 害は傷害なり、慈憫の徳なくして、惨毒の行を行ひ、物を傷害するなり。  この六つの垢はこれを纏めて煩悩垢とも言はれて居るのであります。そうして、その誑と驕とは貪より起り、害と恨とは瞋より起り、悩は見取より起り、詔は諸見より生ずるものであるとせられて居るのであります。  六蔽  薇とは蔽覆の義で、真心を覆ふものであるとせられるのであります。この六薇は次の通ほりであります。  一、慳心 衆生、この慳悋によりて心を蔽覆し、布施を行うこと能はず、縦ひ布施を行ふも亦、好物を以て人に与ふること能はず。これを慳心と名づく。  二、破戒心 衆生貪瞋癡等の煩悩によりて心を蔽覆し、悪行を行ひ、禁戒を堅持すること能はず。これを破戒心と名づく。  三、瞋恚心 衆生、瞋恨忿恚によりて心を蔽覆し、事を歴、境に対して常に他に対して悩害を懐き、忍辱の行なし。これを瞋恚心と名づく。  四、懈怠心 衆生、懈怠によりて心を蔽覆し、精進して聖道の行を勤修すること能はず。これを懈怠心と名づく。  五、乱心 衆生散乱によりて心を蔽覆し、禅定を妨げ、風中の燈の如く、光明ありと雖、物を照すこと能はず。これを乱心と名づく。  六、癡心 衆生、愚癡によりて心を蔽覆し、智慧なく、一切の事に於て皆、知ること能はず、邪法を受著し、正見を起さず。これを癡心と名づく。  かやうに、五結といひ、六垢といひ、又六蔽といひ、食・瞋・癡の三毒を、いろいろに別けて説明したやうなもので、この外にも、種々の名目や分類などがありますけれども、大体同じやうなものでありますから、これを略しまして、ただ今一とつ、五欲といふものを挙げてお話することに致しませう。  五欲  五欲といふものは衆生が色・声・香・味・觸の五境に対して欲心を起すが故に名づけるのであります。この五欲は能く人を牽きて諸の魔境に入らしめるものであるとせられて居ります。五欲といふのは次の通りであります。  一、色欲 色は即ち世間、青黄赤白及び男女等の色なり、人は色を以て情を悦ばしめ意に適ふが故に、至て貪求し、恋著して三界を出離すること能はず。これを色欲となす。  二、声欲 絲竹環珮の声及び男女歌詠等の声、よく衆生をして樂著して厭くことなからしめる。これを声欲と名づく。  三、香欲 男女の身香、及び世間一切の諸香、よく衆生をして樂著して厭くことなからしめる。これを香欲と名づく。  四、味欲種種飲食肴?等の美味、よく衆生をして厭くことなからしめる。これを味欲と名づく。  五、觸欲 男女の身分、柔軟細滑、寒きとき体温かに、熱するとき体涼しく、及び衣服等の種々の好觸よく衆生をして樂著して厭くことなからしめる。これを觸欲と名づく。  ここに挙げた五欲は普通に説かれて居るものでありますが、五欲は又、財欲等の五つであるとせられて居ることもあります。それは次の通ほりであります。  一、財欲 財とは即ち世間一切の資財なり、人財物を以て己を養ふの資となす、故に貪求恋著して捨てず、これを財欲となす。  二、色欲 色は即ち世間、青黄赤白及び男女等の色なり、人は色を以て情を悦ばしめ意に適す、故に貪求恋著して三界を出離すること能はず、これを色欲となす。  三、飲食欲 飲食は則ち世間肴?衆味なり、人は必ず飲食を仮りて身に資し命を活かす、故に貪求恋著して厭くことなし、これを飲食欲となす。  四、名欲 名は則ら世間の声名なり、人は声名によりてよく親を顕はし己を榮へしむ、故に貪求樂著して止むことを知らず、これを名欲となす。  五、睡眠欲 睡眠は即ち情識昏昧して睡眠するなり、人の睡眠も亦、時節あり、若し怠惰放縦にして樂著厭くことなければこれを睡眠欲と名づく。  三毒は前に申した通ほりに貪欲・瞋恚・愚癡の三つでありますが、五欲といふのは眼と耳と鼻と口と身体とが、外界の事物に觸れて、あらはれるところの欲望を指すのであります。すなはち色欲・声欲・香欲・味欲・觸欲であります。眼で物を見ると、それが欲しくなり、耳で聞くことが気に入るとそれを聞きたがる。かういふ風に、我々の感覚はすべて欲望を起すものであります。言ふまでもなく、それは我々の欲心を起すものでありますから、これを欲と名づけるのであります。又これを五塵とも名づけるのであります。それはそれが真理を汚すものであるために塵とするのであります。又、財欲・色欲・飲食欲・名欲・睡眠欲を五欲とする説もあります。何れにしても我々の迷妄の心の相を示したものであります。  五欲貪著  「智度論」といふ漢訳のお経に、五欲に実なくして害があることを説いてあります。その文句を直訳して申しますと  「かなしいかな、衆生、常に五欲のために悩まされる。而してこれを求めて巳まず、この五欲は、これを得れば転た劇しく、火の疥《おこり》を灸ふるが如し、五欲益なきことは狗の炬を咬むが如し。五欲は争を増す、鳥の肉を競ふが如し。五欲は人を焼く、逆風に炬を熱るが如し。五欲は人を害す、悪蛇を践むが如し。五欲実なし、夢の所得の如し。五欲久しからず、仮借の須叟なるが如し。世人愚惑、五欲に貪著し、死に至るまで捨てず、これがために後世無量の苦を受く」  いかにも、この説のとほりであります。多くの人々は常に五欲に悩まされて居りながら、なほこれを求めて巳まないのであります。五欲といふものはこれを得ればますますこれを得ることを欲するものであります。五欲にはなく、実なく、又それは久しからざるものであります。しかるに、多くの人々はその真相を明かにせずして、徒らにそれに貪著するのであります。  自浄其心  かやうに、我々の心は三毒・五欲の煩悩に執著して、死に至るまで、これを捨てぬのであります。この心の有様をば、或は三毒とし、或は五蓋とし、或は五結とし、或は六垢とし、或は六蔽とし、その他、種々にこれを区別し、それにいろいろの名がつけられて居るのでありますが、要するに、自分の心の相を見て、いかにもそれが醜悪のものであるとするのであります。自分の心をば善いとするのでなく、全然これを善くないとして説明せられて居るのであります。釈尊はそれ故に、すべての人に対して、五欲の業は危険にして恐怖が多く、毒蛇と同居するやうなものであると、いつでも語つて居られるのであります。釈尊はかやうに、自分の心の善くない有様をよく見て、それを正しく淨くせねばならぬと教へられたのであります。そこで  「諸悪莫作、衆善奉行、自浄其心是諸仏数」(法句経)  といふ釈尊の有名の教が起つたのであります。何と言つても、心が一切の本でありますから、その心を正し、浄くせねばなりませぬ。悪いことをしないやうに善いことをするやうにつとめて、自からその心を浄くすることが諸仏の教であります。  悪と見る  人の性が善であるとか、或は悪であるとかといふことは、いろいろ議論のあることでありまして、それは哲学上重要の問題であります。しかるに、今ここに釈尊が言はれるやうに、我々人間の心の相を悪と見るのは、性が善であるか、悪であるかといふことを議論するのではありませぬ。自分の心の相を見て、それがいかにも五欲に充ちたものであると考へるときに、それを悪と見るのであります。若し善いことと善くないこととを別けて考へるときには、我々の心が全部善くないとは言はれぬことでありませう。たとへて申せば、欲望ということは、まことに危険で恐怖の多いものでありますが、しかしながら、我々人間の進歩は全くこの欲望の心があるためであります。一概に欲望が善くないとは言はれぬことでありませう。しかるに、その望を悪と見るのは、要するに、道徳の心が強くあらはれて、欲望の善くない方面を見るためであります。精確に言へば、欲望そのものが善くないというのではなくして、欲望そのもののために迷ふことの善くないことを知るのであります。つまりそれを悪と見るのであります。  煩悩  此の如く、我々が自分の心の相をながめて、或は三毒、或は五蓋・五結・六垢などといふやうに、その醜悪の有様を見るとき、いかにも、それは煩はしいものであり、又それがために身と心とが掻き乱だされるものであります。そこで、仏教の言葉では煩悩としてこれを一括して居るのであります。煩悩の二字を分けて、上の煩は身を煩はすものであり、下の悩は心を悩ますものであると説明することもありますが、さういふやうに限られたものではなく、我々の心のはたらきが、身と心とを煩はし又悩ますものであるといふことから、これを煩悩と名づくるのであります。  根本煩惱  仏教では、古い時から唯識学とでも申すやうな研究がありまして、煩悩の心の状態につきても種々の説明がしてあります。しかしながら、さういふ唯識学のことを今ここでお話致す必要はありませぬ。ただ前に、六識のことを説明したと同じやうに、煩悩といふものの現実の相を明かにするために、必要なることだけをお話致さうと思ひます。仏教にて、煩悩を大別して根本煩悩と随煩悩とするのであります。その根本煩悩と申すのは、すなはち無明惑でありまして、根本無明の惑のために一切の煩悩があらはるので、これを根本煩悩といふのであります。さうして、この根本煩悩に属するものは貪、瞋、慢、無明、疑、不正見の六大煩悩であります。無明といふのは智慧がなくして、真理がわからぬことをいふのであります。無明のためにいろいろの惑が起り、その惑が本となりていろいろの煩悩があらはれる。その無明に本づく惑をば根本の煩悩と名づけるのであります。一切の煩悩の根本となるといふ意味であります。煩悩の一番の本源であるといつてよいものであります。これから、この根本煩悩の一々につきで、概略説明を致して置かうと思ひます。  貪瞋煩惱  根本煩悩の第一は貪煩悩であります。よろづのものを貪ぼりて、有るが上にも欲しく、つたなき心なりと説明してあります。貪の心を持つて居るもので、若しその力が強ければ威力を以て他のものを取る、若しその力がないものは人に從ふてこれを求めるのであります。第二は瞋煩悩であります。自分に背くことがあれば必ず腹を立てる心であります。相手が言つたり、行つたりすることが、自分の気に入らぬときに瞋るのであります。相手が言つたり、行つたりすることが善いとか、悪いとかといふことでなく、たとひ、相手の言つたり、行つたりすることが自分のためには利益になることで、それが気に入らぬときには腹を立てるのであります。忠言は耳にさからふと申しますが、実際我々は自分の気に入らぬときには、たとひ自分のために利益であることでも瞋恚の焔をもやすのであります。他の人が自分に対して追従することは必ず自分のために不利益でありますけれどもそれには腹を立てず、忠告は必ず自分のために利益でありますけれども快くこれを受けることは出来ないのであります。寶暦の頃大進庵行願師が著はされたる「夜話」の中に「貪欲瞋恚愚癡の三毒は悪者の親方にしてどうもかうもならぬものなり、見ればほしくなり、聞けばほしくなり、さわればほしくなり、見ず聞かずすれば、心の内でにへかへる。瞋恚も是に同じく、蚊や蜜にまで腕立して顔に蚊があれば力一ぱい我顔の痛むもかへりみず、打たたき、蚤も是非には命を取り、我を喰殺さば解死人ともいふべきに、蚤の口で一口や二口喰ふたとて殺すには及そうもなきものぢや、又蚊を殺すにも力も何も入らず、小指の端にて、さわりても死ぬるものを、力まかせとは、いかなる遺恨のありけるにぞ、さほどにいやならば、蚊や蚤の居る国へ一所に生れぬがよささうなもの、但しは小さしとて掠めたまふかと、蚤や蚊にいはれたら一言もあるべからず、さてこの貪瞋の二つは愚痴よりぞ起れり、愚痴を退治せずんば何ほど修行の工夫を癡しても蓮の糸の如く切ても切るべからず、又死しても切れまじ、永劫を経ても切れまじ、これ覚悟せずんばあるべからず、形は死して心は死せず、一世に思ひ誤まると、永劫あやまるなり」とあります。まことに貪瞋の煩悩が頑固として、これきりといふことなく、何時起るやも知れず、まことにいろいろの煩悩の根本をなすものと言はねばならぬのであります。  慢煩惱  根本煩悩の第三の慢煩悩といふのは、我身を恃《たの》みて、人をあなどり、少しも謙下《へりくだる》といふ心のないのであります。自分の身体につきて高慢の心を起し、自分の力量につきて高慢の心を起し、自分の財産につきて高慢の心を起し、自分の位置につきて高慢の心を起し、常に自負の心がありて、他のものを凌ぎ侮る心があるのであります。  無明と疑  第四の根本煩悩は無明煩悩であります。よろづの事物の道理にくらき心をいふのであります。三毒の中の痴毒と同じことであります。一切の譜法に於て明了するところなしと説明してある通ほりに、一切の事理を了知せざるのであります。それから第五には疑煩悩であります。これは、心が猶予して定まらず、疑惑によりて真心を乱すものをいふのであります。真理に迷ひて或は苦か樂か、或は常か無常かといふやうなことに疑を起すのみでなく、事相として或は如来の有無、地獄の有無などにつきて疑をいだきて猶予するものなどを疑煩悩とするのであります。  不正見  根本煩悩の第六は不正見煩悩であります。これはその見るところが正しからざるが故に、遂に邪悪の見を起すに至るのをいふのであります。見るところといふのは考へるところでありますから、思考の不正を指していふのであります。一に悪見といはれて、僻事《ひがみごと》を強く思ひ定めて真の道理を知らざる心であります。かやうに、根本の煩悩を六つに別けまして、貪と瞋と慢と無明と疑と不正見とが、我々の浅間しい心の本をするものであると説くのであります。  十六煩惱  第六の根本煩悩の不正見煩悩をば更に五つに区別して、我見又は身見、辺執見、邪見、見取見、戒禁取見又は戒取見とするのであります。さうして、この五つの煩悩をば、前の貪、瞋、慢、無明、疑、の五つの煩憫に加へて、これを十大煩悩と名づくるのであります。つまるところ、六大煩悩といふのも、十大煩悩といふのも同じことであります。  我見  我見は身見とも名づけられるのであります。人間には我といふ常住不変のものは決して有ることはないのに、それを有るものと誤まり考へて、それに執著することが深く、我が身とか、人の身とか、我が物とか、人の物とか、きびしく別つ心を我見又は身見と名づけるのであります。我といふ常住不変のものが主となりて、我々の身体や心があらはれると考へるのは、正しくない考であります。仏教では色・受・想・行・識の五蘊が集りて、我々の生命があらはれるとするのでありまして、その色蘊は身体、余の四蘊はそれぞれ精神のはたらきに属するものでありますから、それが集合して居るときには生命があるけれども、五蘊が散乱するときには死滅があらはれるとするのであります。その集合も散乱も共に因縁によるものでありまして、別に常一主宰の「我」といふものがあるのではないと説くのであります。それ故に、我とか、我の物とかといふことはない筈であります。かやうに真実の事理に背きて我がありと考へるから、我と他人とを別ち、自分の物と他人の物とを区別して、自他の界をつくるのであります。「五陰の中に於て妄りに身ありと計し、強て主宰を立て、恒に我見を起し、我と我所とを執する、これを身見と名づく」と説明せられるのであります。  辺見  辺見煩悩は、くわしくいへば辺執見煩悩であります。これは偏僻の考といふ意味でありまして、五蘊の外に、「我」といふものが実際に存在して居るものと考へ、それが真理であるとして、その「我」といふものが、死したる後には消えてなくなるとしたり、又はそれは何時までも続くものであるとするのであります。それを断見及び常見とするのであります。中道は不断・不常であるのに、或は断とし、或は常とする偏側の見をなすのであるから、これを辺見といふのであります。「我身を計し、或は断、或は常、断に執して常を非とし、常に執して断を非とし、ただ一辺に執す、故に辺見と名づく」と説明してあります。  邪見  邪なる心によりて転倒の妄見をなすのを邪見煩悩とするのであります。邪見といふ言葉は本と仏教から出て、今は通俗の用語となつて居りまして、その意味は元来の仏教の言葉とは相違して居るのであります。今ここでは仏教の意味でいふのでありまして、それは罪悪といふこともなく、功徳といふこともなく、地獄・餓鬼・畜生の果報もなく、人間・浄土・菩提の果報もなしと思ふ心であります。これを因果撥無の邪見といふのであります。  見取見  見取見煩悩といふのは、その字義を解釈すれば、見を取る見といふことで、見といふのは前に挙げた我見、辺見、邪見であります。この三つの見を取りて、それに執著するが故に見取見といふのであります。此の如き思考は固より正しいものではないが、それを正しいものと誤まり考へて、それが他に勝つて居るものとし、又それによりて清浄の果を得るものとして、執著するのであります。  戒禁取見  戒禁取見煩悩、略して戒取とも名づけるのであります。戒禁とは戒とは戒行のことで、禁とは禁止のことであります。この事をなせ、彼の事をなすこと勿れと制止することをいふのであります。かやうな戒行や禁止が、仏教以外の外道の教に立てられて居るのを善いものとしてその禁戒を取り、或はその禁戒を説く人を貴しと思ふて、その禁戒を守りて、身を苦しましむる心であります。外道の苦行とて無益に髪を抜くやうなことを善いものとする考であります。これを戒禁取見煩悩といふのであります。これも前の邪見と同じやうに、その意味は限られたもので、婆羅門の苦行の輩が戒禁とするところのものを善いものと、採用するのを指していふのであります。  十使  かやうに、貪・瞋・慢・無明・疑・不正見の六大煩悩の中で、第六の不正見煩悩をば更に我見・辺見・邪見・見取見・戒禁取見の五大煩悩とし、前の五大煩悩に併せて十大煩悩とするのでありますが、この煩悩は、又一方より見るときは、我々を使ふものであります。我々はこれ等の煩悩に使はれて日常の生活をなすものであります。それ故に、これを十使とも名づけるのであります。さうして、この十使をば更に五鈍使と五利使とに区別するのであります。  五鈍使  五鈍使といふのは、貪・瞋・慢・無明・疑の五大煩悩を指すのであります。これ等の五大煩悩は実に鈍く、ねばりついて、なかなか頑固のもので、これを離すことが容易でありませぬから、そこでこれを鈍使と名づけるのであります。  五利使  五利使といふのは我見・辺見・邪見・見取見・戒禁取見の五大煩悩を指すのであります。これ等の煩悩は鋭利で、前の五鈍使のやうに鈍くないのであります。たとへば我見とか、辺見とか、邪見とかといふやうなものは、道理に暗いためにあらはれるのでありますから、その道理が十分にわかれば容易にそれから離れることが出来るのであります。それ故に鈍使に対して利使と言はれるのであります。煩悩の心の性質からいひますと、五鈍使と言はれる方のものは感情の範囲に属するものであります。それ故に頑固としてこれを抜くことの出来ぬものであります。五利使といはれる方のものは智慧の領域に属するものであります。それ故にその迷妄はこれを除き去ることが左ほどに困難のものではありませぬ。鈍使といひ、利使といひ、その言葉はまことに妙でありますが、その煩悩の性質に頑固のものと、頑固にあらざるものとを区別したのは理屈にかなつたことであります。  見惑  粟津義圭師の「浅溝録」の中に、次のやうなことが書いてあります。  「煩悩に根本煩悩・隨煩悩といふがありて、身見・辺見・邪見・見取見・戒禁取見、これを互利使の煩悩といふ。貪・瞋・癡・慢・疑、これを五鈍使の煩悩といふ。この五利使・五鈍使を根本の十煩悩と名づくる。これ等の煩悩が本となりて、無量無辺に枝葉がさいて来ることぢや、時にかの五利使の煩悩は、邪師・邪教・邪思惟によりて起る妄分別な煩悩ぢやによりて、これを見惑と名づけられたが、見惑頓断如破石といふて、煩悩を断ずる日には、見惑は石を破るやうに一度にさつぱり埒があひて根切がしやすひ、云々」  まことに、単純なる思考の錯誤は、これを改むることはあながち困難ではありませぬ。  愚惑  五鈍使は思惑であります。粟津義圭師は、これを迷事の惑として、次のやうに言つて居られるのであります。  「五鈍使の煩悩を迷事の惑と名づけて、蓮の絲の切れかぬる如く、地黄煎のねばるやうで、断じにくひはこの五鈍使の煩悩ぢや」  それから進みて、粟津義圭師は迷事の惑につきて説明して居られるのであります。前に申し上げたところを更によく説明することになるのでありますから、少し長い文句でありますがそのままをここに紹介致しませう。  「五鈍使といふは第一が貪欲、男女の色欲を始め、次では財欲、金銀財寶をむさぼる根性、貧しひものの其日すぎ、まふけにや食へぬといふやうな族は、こけたらば土でつかむといふも尤じやが、長者富に飽かず、穴の側のぞきにかかり居て、とめどもない大欲を起し、ためるほどたまるものをばためたがり、塵の浮世にすむは何時まで、さりとはつもりもない不量見のただ中じや、けれども、これが凡夫の持ち領、この病を貪欲といふ。  瞋恚といふは腹立てること、違境に遇て起る、何ぞや我が気にくわぬことがあると、むらむらと腹が立つ、ああ思へば夢の浮世ぞかし、よしなひことに焔をもやし、修羅の業をこしらへやう樣はないと、たしなむで見ても、生れつきた煩悩の病、燒かねば直らぬ。  愚癡といふは因果の道理に闇く、くどくどして物事に思ひわけのなひこと、何事も世々の報ひと思ふにぞ、人のつらさもわすられにけり、先の世によくよく悪作《わるさ》して置たりやこそ、このやうなことにもあへと明めたらば、何につけても人を怨み世をかこたふ樣はなけれども、物にゆきあたりては、そのあきらめが出来ぬものぢや。人をかこつ段か、竟には神仏まで御うらみ申すやうになる、是が愚癡の病。  慢といふは自慢。驕慢、何れに我身をたかぶり、ちやつとしても我を先き立てて人を見下し、萬事に肩を怒らし、鼻をたかふしたがる、これも凡夫の一と病。  疑といふはうたがひ、世間出世の因果の道理を疑ふて、仏説に三世を説いてはあれども、過去といふことがあるか、未来といふことがあるか、地獄天堂あることか、ないことかとなやむは疑といふものぢや。願ふべき我のちの世は有りや無しや、無ければこそ此世にはすめ、人間と生れて後世は願はにやならぬことにきまりたを、凡夫の浅ひ智慧で、あることや、ないことやと疑ふて居るが、そのうち、ないといふ方へははまり易い、若し有ると思ふたら、何時の知れぬ命を以て、ぢつとしては居られぬ筈ぢやに、無いと思ひ極めたが、此世に気をゆるして住むで居る。すむとは鷲が飛で天にいたると、かすむばかり高ふあがりて虚空にすむで居る。手ぢかひ処に居たらば人にとられふかといふ恐もあれども、あれほど高い処に居れば其気づかひないによりて、気をゆるしてすむで居る。今もその如く、後生あることと知つてあらば、何時知らぬ無常の娑婆、ぢつとして居られたものではなけれども、有ることか無いことかと疑ふたあげく、おほかたないといふ方へかたづけてしまふたりやこそ、浮世心に心おとしつけて、後生何とも思はずに居るではないか、生死家以疑為所止と仰せられたは此ぢや、これを疑煩悩といふ。これ等の五つを五鈍使と名づけて、三界流転のきづなとなる。何れもの胸の中にことごとく具へて居る」  まことによく説明してあると思ふのでありますが、これによりて、五鈍使が我々の心にあらはれて、我々はそれに使はれて居るのであることが明かにみとめられることでありませう。  貪欲  五鈍使はかやうに迷事の惑として、我々の心に悉くそなはつて居るものであるが、しかしその中に、五鈍使のそれぞれに強いものと弱いものとがあり、貪欲の強いものもあれば、これに対して瞋恚の強いものもあります。すぐれて貪欲の深いものは、無暗に腹を立てぬが得である、短気は損気と、だくだくばしりも胸算用、腹を立てると、どうも損になると考へて、貪欲のために瞋恚をあらはさないものもあります。これを貪欲揩ニいふのであります。  瞋恚  瞋恚の強いるのになりますと、一朝の怒りにその身を忘れ、あとでの難儀は些も考へず、雷の如くにどなり散して人に傷つけ、或は器物を損して、後に冷靜の心に立ち返りて後悔すれども巳に及ばぬのであります。夫婦喧嘩などで鍋や釜をたたきわるなどは、損失といふことはよくわかつて居るのでありますが、それを堪忍することが出来ぬのであります。これを瞋恚揩ニいふのであります。  愚癡  貪欲増や、瞋恚揩フやうに、愚癡の心が強いものもあります。論語に「女子与小人為難養」とありますが、これは愚癡揩いふのであります。それには何事にも決断のない、まはり気のもの、愚癡なものとして、女子を見て居つたのでありますから、そこで、女子と小人とは、あしらひ悪《に》くいものであると孔子が言はれたのでありませう。もとより愚癡は女子に限つたものではありませぬ。男子でも同じことであります。たとへば、何とやら鹽梅がわるく、食事がむまくない、医者に見て貰へばたいしたことはないといふ。それから服薬し、養生してみても、兎角はきはきしなひ、そこで迷ひだし、やれ祈願よ、やれ施餓鬼よと、騒ぎだす。このやうなが世間にままあることであるが、その本は皆此方の愚癡な、得手勝手な心よりして、いたづらに身を苦しめ、心を悩ますのであります。  隨煩悩  根本煩悩の大略は、前に申した通ほりでありますが、この根本煩悩に隨ひて起るところの煩悩にも亦いろいろの種類があります、これを随煩悩と名づけるのであります。これを隨煩悩といふのは煩悩に隨ひて起るといふ意味で、一に隨惑といひ、又根本に対して枝末惑ともいふのであります。隨煩悩には二十種ほど挙げられて居りますが、この二十種を更に小、中、大の三種の隨惑とするのであります。  小隨惑  小隨惑に属するものは次の十種の煩悩であります。  一、忿 現前見聞の事につきて腹を立てる心であり、瞋煩悩があらく顕はれるのである。杖を取りて人を打たむと思ふほどに怒る心。  二、恨 人を恨む心、忿の起りしときのことを心に貯へて残念口惜しと押へ忍ぶこと能はずして心の内、常に悩むのである。  三、悩 嘗て忿恨せしことを思ひ、或は現前の違縁に觸れてひがみ戻り、心の中常に安からず、言語険しく、腹くろく、毒々しき心。  四、覆 名利を失はむことを恐れて罪を造るを覆ひかくす心である。隱覆して発露せず、又懺悔せず、後には必ず悔み悲むことがある。  五、誑 名聞利養を得むとして、殊勝なる相をあらはし、心に異謀をめぐらして矯ましく、徳あることを現はさむとする偽の心、この心が増して誑惑者となる。  六、詔 人を瞞まし迷はさむがために、事に觸れて方便をめぐらし、人の心を取り、或は我が過をかくす、心に無きことを曲げて人を取り込まむとて巧言令色をなす。  七、驕 我身を盛なるものと思ふて、おごり高ぶる心、己が才学名声等に染著してうぬぼれて誇る心。  八、害人を哀れむ心なく、情なき心、この心増せるものは世の中に慈悲性もなきものと言はれるものである。  九、嫉 我が身の名利を求むるが故に、他の人の榮へたるを見聞して深くねたましきことに思ふ心。  一〇、財寶に執著して人に施す心なく、いよいよ貯へむとのみ思ふ心。  以上十種の煩悩を小隨惑と名づけるのであります。それはこの十種の煩悩が一一各別にあらはれて、それが?に起ることがないからであります。  中隨惑  中随惑にするものは次の二種の随煩悩であります。  一一、無慚 身にも法にも慚ぢず、善根を軽しめ、諸の罪を作る心、己れの本分を顧みて慚づることをせず、依用すべき聖教に照して慚づることをせず。  一二、無愧 世間の見聞にも恥ぢずして、諸の罪を崇むる心、世間の譏刺を憚らず、法律等に対して恥づることがない。  以上二種の煩悩を中隨惑と名づけるのであります。それは悪心の起るときにこの二種のものは必ず?に起るのである。しかも小隨惑のやうに各別に現はれるのでなく、又後に話すところの大随惑のやうに悪心の起るときには必ず?に起るものでないからであります。  大隨惑  大隨惑に属するものは次の八種の隨煩悩であります。  一三、不信 貴ときことを見聞しても、なるほどと願ふ心なく、穢れ濁れる心、かかる人は多く懈怠である。  一四、懈怠 もろもろの善事をなすことに懈り懶き心、かかる人は多く不信である。  一五、放逸 罪を防ぎ善を修する心がなく、恣に罪を造る心、防ぐべきことにも、修すべきことに放逸で、すべて心を守護せず。  一六、?沈《こんちん》 重く沈み溺れたる心、何となく心をくらくし、軽安の身心をタぶることが出来ぬ。  一七、掉挙《てうご》 動き騒しい心、兎角心が浮き浮きして落ちつかず、物に移り易き心。  一八、失念 取はずして物を忘れる心、所縁の境に於て明記せず、かかる人は多く散乱である。  一九、不正知 知るべきことを謬りて解する、従つて物を邪曲に解し、事を毀り戒を犯す。  二〇、心乱 心を散し乱す心。心が馳流して、境の上に一定せぬのである。  以上八種のものを大隨惑とするのであります。それは悪心すなはち汚染の心の起るときに必ず相応して起るからであります。  迷理と迷事  かやうに、煩悩には根本煩悩の六種(細かに別けて十種)と、隨煩悩の二十種と都合二十六種の煩悩が区別せられるのでありますが、それは全く我々の心のはたらきの理性と感情とを、悪るいものとして見たのでありまして、つづめてこれを言へば、前にも申したやうに、貪欲・瞋恚・愚癡の三毒に帰するのであります。さうして、この貪欲と瞋恚とは思惑と言はれるもので、すなはち、迷事の惑であります。愚癡は見惑と言はれるもので、すなはち迷理の惑であります。事に迷いて思が惑ひ、理に迷いて見が惑ふのであります。かう説明しますると、仏教にて煩悩といはれるものは、我々の現実の心の全体でありまして、その全体の心のはたらきが道を修めるために邪魔になる、正しい道を進むのに妨げとなるといふ意味に於て、これを煩悩と名づけられたのであります。無論、我々の心のはたらきは、これを他の方面から見れば、さう善くないものに限つたものではありませぬ。それ故に、ここに煩悩といふのも、巳に前に申したやうに、これを煩悩と見るのでありまして、絶対に善くないものであるとするのではありませぬ。煩悩にはまた、繋縛とか、具縛とか、罪悪とかといふやうな称呼もありますが、それも皆、我々の心のはたらきを悪るい方に見たのであります。さうして、さういふ風に、我々の心のはたらきを悪るく見るのが宗教の心のあらはれる本であります。  煩惱具足  しかし、此の如き煩悩の一々がいかにして起るものであるかといふやうなことは、今これをお話致す必要はありませぬ。煩悩を分析して説くときにはいろいろ細かいこともありますが、さういふことは宗教のことを考へる上には、決して必要のことでありませぬ。宗教のことを考へるに方りましては、我々の心はいかにも煩悩を具足して居るものあるといふことを知ればそれでよいのであります。それ故に、煩悩を分析して考ふることを止めて、単に煩悩具足の言葉にて我々の心の現実の相を示すことにて十分であると言はねばなりませぬ。  煩悩を鎮める  此の如く、我々が十分に内観して、我々の心の現実の相が、いかにも煩悩具足といふべきものであると知つたときに、誰人にも起るべき考は、いかにしてか、この煩悩を鎮めやうとの念願でありませう。釈尊が祇園精舎に居られましたときに比丘等に向つて、説かれましたことの中に、煩悩を鎮める法が示されて居るのであります。それに拠りますと「煩悩といふものは見と、制御と、受用と、忍受と、逃避と、駆逐と、修習とによりてこれを鎮めることが出来る」と説かれて居るのであります。見といふのは考であります。考るべき法を考へないで、考へてはならぬ法を考へるために煩悩が起るのでありますから、考へてはならぬ法を考へないやうにしなければなりませぬ。考へてはならぬことを考へるために煩悩が起きて来るばかりでなく、巳に起つて居るところの煩悩が搨キするのであります。釈尊がこのことにつきて第一に説かれたことは「我」といふ妄見を捨てねばならぬといふことでありました。「我」といふその実体のないものに、妄見を起して、執著し、「我」とか、「我がもの」とかと区別し、従つて及「我」と「他」とを区別することが煩悩を起す基でありますから、この妄見を捨てることによりて煩悩は鎮められる筈であります。  制御と受用  釈尊が制御によりて煩悩を鎮めるといはれるのは我々の感覚を鎮めることをいふのであります。耳目鼻舌身の五根は五欲を起す本でありますから、この五根とそれから起るところの五欲を制御することによりて煩悩が鎮められるのであります。目で見たり、耳で聴いたり、鼻で嗅いだり、口で味つたり、身に觸れたりすることはすべて皆、それぞれの欲望を起すのでありまして、それが煩悩を起すものでありますから、それを制御することが肝腎であるといはれるのであります。受用によりて煩悩を鎮めるといはれるのは、衣食住などは身体を養ふために受用すべきものであるから、贅澤なる、享樂の目的に受用すべきものでないと言はれるのであります。身体を養ふために受用すべきものを享樂の目的に、受用するためにいろいろの煩悩が起るのでありますから、その受用に注意すれば、よく煩悩を鎮めることが出来る筈であります。  忍愛と逃避  忍受といふのは、暑いとか、寒いとかといふやうなことに堪へ忍ぶ、人が悪口を言はうが、殴らうが、さういふことに堪へ忍ぶことをいふのであります。さういふ忍受の力によりて煩悩はよく鎮められるものであると釈尊は説かれたのであります。逃避といふのは悪るい場所と、悪るい友達とを避けることであります。昔の妙好人の中には、他の人々が悪口などをいふ場処にありて、耳を掩ふてそれを聴かぬやうにしたのもありました。さういふ場所に近づくためにいろいろの煩悩が起つて来るのでありますから、それから逃避することは煩悩を鎮めるために重要のことでありませう。  驅逐と修習  驅逐といはれるものは、三毒の悪るい心を驅遂することであります。貪欲の心や、瞋恚の心や、害心などの悪心を驅逐し、破碎し去るのであります。修習といはれるのは、欲を離れ、汚れたる心を無くして仕舞ふやうに修行することであります。この三毒の煩悩を驅逐すべきことと、それがために修習をつとむべきことは釈尊が常にお弟子に向つて説かれたところでありまして、廢悪修善には重きを置かれたことは言ふまでもないことであります。  最後の説法  釈尊が齢八十歳に遂して、身体が漸く衰へ、まさに入滅せむとせらるる前に、ある夜、大勢の比丘等に向つて、最後の説法をせられたのでありますが、それはまことに深切鄭寧に、煩悩を鎮めるために人々がつとむべきことを示されたのでありました。その大略を申せば、次のやうであります。  「戒は第一安穩の功徳の住処である。それ故に、よくその戒に住し、それから五根を制し五欲に入らぬやうにせねばならぬ。この五根は心を主とする。それ故に、汝等は必ずよく心を制せねばならぬ。  汝等はもろもろの飲食を受ること、まさに薬を呑むやうにせよ、好きものにも、悪しきものにも、功徳の増減がありてはならぬ。汝等は善を修むるにつとめて、睡眠の定めに一生を空しくしてはならぬ。煩悩の賊は常に我々を伺て居るから、自から覚めて自からを救ふことをせねばならぬ。  慚愧は鐵の鉤の如く、よく人の法に戻るところの行為を抑制するものである。慚愧を知らぬものは禽獣に等しきものである。  若し人が来てきれぎれにきざむことがありても、汝等は自から心を修めて瞋るとか、恨むとかしてはならぬ。必ず口を護りて悪言を吐かぬやうにせよ。  悪食と悪口とは他を傷けずして却て巳を傷つけるものである。  忍の徳は持戒苦行の及ばぬところである。若し驕慢が起れば早くこれを滅ぼさねばならぬ。?《うたがふ》の心は道に違ふ。?《うたがふ》は人を欺くものである。  少欲はもろもろの功徳を生ずる。多欲はもろもろの苦悩を生ずる。もろもろの苦悩を免れやうとするならば足ることを知らねばならぬ。  汝等若し勤め励むならば、事として、難きものはない。点滴の水がよく石を穿つやうなものである。  汝等は正念を求めねばならぬ。正念であればもろもろの煩悩の賊が遺入ることが出来ぬ。汝等心を摂むれば心は定の中にある。心が定の中にあれば世間生滅の相がよく知られる。  智慧は無明を照す燈である。汝等は必ず聞き、思ひ、修むる智慧を以て自己を恵むがよい。種々に戯論すれば心が乱れる。放逸を戒めねばならぬ。無量の善は不放過から生ずる。私は良医の病を知りて薬を説くやうなものである。これを知りて呑まぬのは医の咎ではない。又善き案内者の人を善道に導くやうなものである。これを聞いて行かぬのは案内者の罪ではない。」  まことに、釈尊の教は深切鄭寧に煩悩を鎮めることを示されたものであると申すべきであります。釈尊は平生常に、かやうな教を説いて居られたのでありますが、この最後の説法は、それを一纏にして示されたものであります。  修道得果  此の如く釈尊の教はこれをその所説の表面より見れば修行の法と申すべきものであります。しかしながら、我々が、その貴とい教を鏡として、それに対して自分の心を観るとき、釈尊の教のやうに、道を修めて、無上の果を得ることは甚だ以て難いといふことが知られるのであります。恵心僧都の「往生要集」の中に  「今この婆婆世界は、道を修め果を得ること甚だ難し、何となれば、苦を受くるものは常に憂ひ、樂を受るものは常に著す、苦と云ひ、樂と云ひ、解説を遠離す、若しくは昇、若しくは沈、輪廻にあらざるはなし、発心修行するものありと雖も、亦成就し難し、煩悩内に催し、悪縁外より牽く、たとへば水中の月、波に隨ふて動き易きが如し云々」(原漢文)  と述べてあります。恵心僧都は天台宗の高僧でその名が遠く支那にまで伝つたほどの人でありますが、その内観は、到底、釈尊の貴とい教を成就することが出来ないと知られたのであります。鬼も角も修道得果の法は我々愚劣のものに取りては甚だ難事であるに相異ありませぬ。  愚迷発心集  解脱上人は恵心僧都より後の人でありますが、同じく道心堅固を以て有名の高僧でありました。鎌倉時代の初期に、明慧上人と併びて当時の仏教が釈尊の精神を失ひたるを慨嘆して、これを釈尊の昔に復へさうと努力した人であります。しかるに、この解脱上人ですら、その著「愚迷発心集」の中には、次のやうな告白をして居られるのであります。  「倒見邪見の惑業、幻夢の前に起ると雖も、実我実法盛に睡り、未だ長夜の中に?《さ》めず、境界はこれ夢の所縁なりと聞けども、夢に同夢を知らず、諸法は皆心の造る所なりと説けども、宛かも影に向つて憤喜をなすがごとし、中に就きて、宿習は本と薄く、発心却て無く、妄念競ひ起る、出要何事ぞ、なまじひに、世間を捨て、僅に深山の洞に移ると雖も、隱遁はただ名のみありて殆ど一行を守ることなし、猥に仏を頼むと称すと雖も聖に通ずべきの誠を致さず、たとひ教文に向ふも、すべて如法を欲するの心なし、性罪闇深、戒珠永く光を隠し、遮罪塵の如く積り、法水流を通せず、善きことは懶く、悪しきことは好む、名を求め、利を貪る、然る間、等閑の言の端には身の錯《あやまり》を悲しむと雖も、真実の心の底には其過を改むることなし、仮令、隨分の勤あるも、尚ほ以て憑み難し、たまたま道場を望み、罪垢を心水に洗はむと欲すれば、散乱の浪忽ち動きて、一塵も清からず、稀に尊容に向つて、迷闇を覚月に照さむと欲すれども、煩悩の雲厚く覆ひ、長夜猶ほ深くして、妄心の迷は往昔の串習なれば僅に起と雖も弥々盛なり、菩提の道は、今新なる行業なれば、励むと雖も速かに忘る、手に念珠をめぐらして数ふと雖も、余念相乱る、口に実號を習ふと雖も、心脣と調はず、勤むるところのもの、巳に以て実なし、云云」  まことに徹底したる内観であると申す外はありませぬ。恵心僧都といひ解脱上人といひ、古来我邦にはその類の少ない道心堅固の高僧でありますが、しかもこの徹底したる内観によりて、自分には釈尊の教の成就し難いことを告白して居られるのであります。  大乗仏教  巳に染汚の悪心に気がつき、さうして、この煩悩を鎮めるために、釈尊が説かれたやうに、道を修め果を得ることを期するにしても、実際我々が自分の心の相をよく観るときは到底その事が成就せぬものであることが知られるのであります。しかしながら、それは、我々の智慧を以て、釈尊の教を受け取るからであります。釈尊が入滅せられましてから六七百年後になりまして、釈尊が説かれたる教が段々と多くの人々の心を経て、所謂大乗仏教といふものがあらはれるに至つたのでありますが、大乗とは大きなる乗物といふ意味で、それ以前の宗派が小乗で、乗物が小さかつたから、従つて乗る人が少なかつたとするのに対していふのであります。早く申せば、大乗仏教以前の仏教は聖者にあらざれば進むことが出来なかつたが、大乗仏教には多くの人々が進むことを得るといふ意味で用いられた言葉であります。我邦に傅はりて奈良朝時代から盛に行はれた仏教はこの大乗仏教に属するものでありますが、その中で、我邦にありて最も発達したものは天台宗であります。天台宗は伝教大師(最澄)が創められたる仏教の一派でありますが、大師はその発願文にも  「愚が中の極愚、狂が中の極狂、塵禿の有情、底下の最澄、上は諸仏に違し、中は皇法に背き、下は孝禮を闕ぐ、謹みて迷狂の心に隨ひ、三二の願を発す、無所得を以て方便となし、無上第一義のために、金剛不壞不退の心願を発す、云々」  と述べて居られまして、前に申した恵心僧都や明慧上人などと同じやうに、愚中の極愚で、到底聖者の道を進むことは出来ぬものと告白して居られるのであります。かやうに内観が徹底してゐる人の前に、釈尊の教が、宗教となりてあらはれたのが、すなはち大乗仏教でありまして、それは釈尊の教説をその語句の表面の通ほりに理解して勤むるところの修行の法とは異なるものであります。  観心の法  天台宗にありて、その規模とするところは観心の法であります。「心地観経」に「よく心を観ずるものは究竟して解脱す、観ずること能はざるものは究竟して沈渝す」とあるやうに、心を観ずることが諸仏の秘要とせられ、衆教の肝心とせられるのであります。今ここにむつかしい論説を挙げることは略して、ただその大要を申せば、天台宗の依拠とするところの「摩訶止観」に「一色一香無非中道」とありますが、一色一香といふのは草木瓦礫、山河大地、大海虚空等一切の萬物は皆、中道でないものはないといふのでありまして、中道といふのは真如とか法身とか、法性とかといはれるのであります。そこで、真如といふものは遍ねく宇宙に存在するものでありますから、その真如と我と一とつものであると知るときは、萬法は心の造るところであるから、萬行を一心に具へ、一念に一切の法を知るのであります。これを正覚を成ずるといふのであると説くのであります。これを真如観と名づけるのでありますが、所謂小乗の教を奉ずるものにありては、この真如観を知らなかつたから、長い歳月の間に、骨髄を推き、身命を捨てて、難行苦行し、すなはち修行の法によりて煩悩から離れることをつとめたのであるが、修行の法が、愚劣の我々に取りて修道得果の目的を成就することが出来ないものと知つた所謂大乗仏教の天台宗にありては、我心すなはち真如の理なりと観ずることによりて煩悩から離れることが出来ると説くのであります。  煩惱即菩提  前にも挙げた恵心僧都は「真如観」と名づくる仮名書きの著述の中に、我が心こそ真如なりと知れば悪業煩悩も障ならず、名聞利養も却て仏果菩提を得るの料となることを説いて「真如の理といふは広く法界に遍して至らぬところなく、一切の法は其数、無量無辺なれども真如の理を離れたるものなし、亦萬法を融通して一切となせば萬法一如の理と名づく、されば煩悩も即ち菩提なり、生死も悪業も解脱なり」と述べて居られるのであります。さうして恵心僧都は天台宗の依拠とするところの「法華経」は一切衆生をして我は即ち真如なりと知らしめるものであるとまで極言して居られるのであります。  真宗  世の中の教といふものは現実のことで、たかが身体一とつの上のことにつきて説くのであります。仏教から申せば此身は今生一旦の仮のものであるのに、世の中の教はその仮のものを修める世話をする教であります。仏教はこれに対して心法をさとることを宗とするものであります。さうして、心法は人間の本体でありまして、その本体を修めるところの教でありますから、仏教を指して真宗と称するのであります。すなはち仏教は真実の宗教であるといふほどの意味であります。  本心を観る  しかしながら、心法をさとると申しましても、我々が自分と考へて居るところのものは、矢張、身と同じやうに、仮のものでありまして、しかも、その位のものだけが、我々に知られて居るのでありますから、どうしても、その心の真実の相を観るといふことが大切であります。そのことにつきては、前に巳に説明した通ほりに、元来、我々の心は真如であるべき筈でありますが、著によりて仮りに、「我」といふものを造つたのでありますから、そこにいろいろの迷倒の心があらはれるのであります。釈尊の説かれるところによりますると、我々の心の真実の本性は妙心といはれるものであります。又は清浄の本心と言はれて居るのであります。この妙心が、分別の心によりて虚妄の相をあらはして居るのが、我々の心の常の有様であります。それ故に、その心の本性に立ちかへるために、精進努力せねばならぬのであります。かやうにして、仏教は萬物の体性を審かにし、一心の本源を究め、生滅縁起の由来を尋ね、迷悟昇沈の究竟を示すものであると申して差支ないのであります。  観心成仏  巳に心を問題とする以上、仏教にて観心の法が重く見られたことは言ふまでもないことでありますが、前にも申したやうに天台宗にては、観智究竟して、煩悩即菩提、生死即涅槃と了達すれば、煩悩塵労がそのまま菩提、生死の迷がそのままさとりとなるのであるから、すなはち、観心によりて仏と成ることが出来るといふのであります。  真言宗にては父母所生の身、即ち大覚位を証すと説いて、父母が生みつけたこの肉身に直ちに五智の寶冠を現はして、大日如来の形をあらはすと教へるのであります。  華厳宗にては初発心時便ち正覚を成すといひて、観心の法を重く見て居るのであります。これは華厳宗にては法界唯心の観を本として、その説を立てて居るによりてかやうに本心を観ることによりて仏となることが出来ると説くのであります。  禅宗は仏教の中にて、最後にあらはれたものでありますが、この宗は一名を仏心宗ともいひまして、是心是仏を説くのでありますから、心法を重く見て居るのであります。前仏後仏、以心伝心と習ひて、直ちに人の心を指して仏と申すのでありまして、成仏とは言はぬのであります。さういふ訳でありますから、心法においては、その他の宗旨と相違した説明をして居るのであります。  心と念  今、禅宗の是心是仏のことにつきて説明いたさうと思ふのでありますが、むつかしい理屈は拔きにして、ただ肝要の点だけを申して置きませう。それから、このことにつきては、禅宗の大家がいろいろに説明して居られるのでありますから、どれをお話致してもよいのでありますが、今は無難禅師の法語の中に書いてあるものを挙げてお話いたしませう。無難禅師は先づ心と念とを別けて次のやうに説いて居られるのであります。  心  仏なり、神なり、天道なり、見聞覚知の主なり、萬法を離れて萬法にわたり、生死をはなれて常大安樂なり。  念  見聞覚知の主なり、色欲利欲嫉妬深くまよひ常に身を思ふ故苦なり前を願ひ後を悔ひ我相高慢甚つよし  この説明によりて見ますると、無難禅師が「心」と言はるるるのはすなはち真如で、釈尊の言はれる妙心でありませう。神道でいふところの神も、儒教でいふところの天道も同じものであります。この心は広く宇宙にみちみちて居るのでありますから、萬法を離れて萬法にわたるということが出来るのであります。親鸞聖人の「唯信勁文意」に、涅槃を説明して「涅槃をば滅度といふ、無為といふ、安樂といふ、常樂といふ、実相といふ、法身といふ、法性といふ、真如といふ、一如といふ、仏性といふ、仏性すなはち如来なり、この如来、微塵世界にみちみちてまします、すなはち一切群生海の心にみちたまへるなり」とあるのも同じやうな意味で、我々の仮りの心の本体とすべきものは仏であるとするのであります。それ故に、無難禅師は「心は無一物なり、無一物は天地の形なり」「心は神といひ、天道といひ、仏といふ、三国にわたり、言は別にして本と一体なり、ここは直ちに性のただしきをいふなり、無一物になりたるときのことなり、凡夫のあやまりここにあり、無一物ならば見聞覚知あるまじと思ふ、聖人は見聞覚知直ちに無一物なり、ここをよく心得べきことなり」と説いて居られるのであります。  本心本性  無難禅師が「心」と言はれるものはかやうに本心本性のことを指されるのであります。孔子が不知を本心といひ、子思が天命これを性といひ、曾子が物に格ると説いたのも皆、本心本性のことであると言はれるのであります。我々の身の外は天であります。それ故に、人々の胸の中に何も無きは天より与へられたるもので則ちそれが性であります。本性本心であります。この本性本心の動くときは慈悲であり、柔和であり、正真であります。若しこの本性本心を本とすれば、身の念なく、萬事に染らぬ心にて見聞覚知することが出来て、よろづのことをなすことは明かであります。この本性本心を体にして萬事を行ふときはその人は則ち聖人であるといふべきであります。  悪念  しかるに、我々には常に身の念があります。身の念は常に本性本心に背きて地獄の種を造るものであります。無難禅師はそれを説明して「我身は八萬四千の悪あるものなり、その中に大将とかしづく色欲、利欲、生死、嫉妬、名利、この五つなり、世の常にして退治しがたし、晝夜悟りを以て一々に身の悪をほろぼし、清浄になるべし。悟りといふは本心なり、ものの是非邪正をよく知り、邪を去り、正をたもつて、深く護り、常に坐禅して、如来をたすけ、工夫して悪を去り、年月功つもりて必ず心安らかなるべし、いよいよ怠らず、つとむるに及びて五欲をほろぼし、悟を成就して地獄餓鬼畜生修羅の苦を離れ、平常を守り、其功つもり、後にはなにもなくなり、萬法にまかせてとがなし」と言つて居られるのであります。  己を立つ  無難禅師は更にこれを説明して次のやうに言つて居られるのであります。  「人の苦しみは己を立つる悪念なり、この悪念の向ふところ苦しむなり、上一人の悪は天下の苦しみ、国は国の苦しみ、家は家の苦しみなり、上一人仏道を行ひ給と、天下の上におはしませば天下おしなべて、子と思ひたまへり、天下の民は親とあがめたてまつるなり、仏道をして正しからざれば死して後のことと思へり、大なる誤なり、人々常の心を知らで、身を思ふ悪念にまかせぬるによりて、かなしきかなや、我が目、我が耳口鼻手足にいたるまで心の敵となりて、その苦しみの向ふところ、人は言ふに及ばず、草木国土まで苦しめ、僅かの命の内に、行住坐臥、我が身を直に地獄・餓鬼・畜生、修羅として天下をたもち、国をたもつ甲斐なく、それより下つ方は、或は寶を持てば寶に苦しめられ、貧なれば貧と苦しみ、死して後直に畜生の形を受くること疑なし」  かやうに、人々に備はつて居るところの本性本心は無一物のものであるから、その心が動くときは、主君に向つて忠となり、親に向つては孝となり、夫婦兄弟朋友に向つてはその品々によりて正しき道を行ふのであります。しかるに、かくの如きありがたきものが我が心に備はることを知らずして、萬事我が意にまかせ、身の悪にだまされ、人の上をいろいろに善悪につけて嫉みそねみ我身我心かたときも安からずして常に苦しむのである。さうしてその悪念に引かれて、死して行く世も浮ぶことがない、まことに浅間しきことの限であると説かれるのであります。  本心を養ふ  是心是仏の禅宗の教では、それ故に、本性本心を養ふやうに修行することが主とせられて居るのであります。それにつきて無難禅師は次のやうに言つて居られるのであります。  「ある人に本心養ふやうを教へて曰く、本心見つくるとひとしく赤子をそだつるやうにすべし、行住坐臥、思ひ入て、七情の気にけがすことなく、本心守れば終に長生して萬物心にかなはぬことなし、かかるありがたきことをおろかに思ふ、あさましきことなり、人の大事にして、一世の疑はるる起請文の極意これなり。おろかに思ひばちうくること疑なし、人界に生をうけ、ありがたしいふこと別にあらず、此生にて解脱を得むためなり、しかるにこの世を知たるを大事と思ひ、妄念にひかれ、たちまち死にのぞみて、いかがせんとなげく、何としてかなはんや、仏出世したまひ、本心を敬へ、直ちに生死萬物をはなれ此身あること慥《たしか》にして、たしかになきことを知り、見聞覚知慥にありてたしかに無きを知る、かかるありがたき事、此道修行の功徳なり、おろかにしては入りがたし」  修行  これを要するに、是心是仏の教にありては、本性本心を見ることが第一とせられるのでありまして、これを見性すると申すのであります。すなはち本性本心が直ちに仏であることをたしかに見ることであります。さうして、それが悟りを開いたといはれるのでありますが、この悟を開くには勿論、修行を要するのであります。修行につきて無難禅師は  「修行といふは、人々身のとがを去るべし、立居につけて我とがを、我が心に見せて去ることを怠らねば遂に去りつくして、我身直に虚空、虚空直に我身なり、うたがひなし、其時、生も死、萬物すきとのかれて大安樂なる故、極樂といふ、願ひ求むることなき故仏といふ」  と言つて居られるのであります。無難禅師は又  「凡夫即仏なれども知らざる故に、身のために苦しむなり、悟りて如来に身の悪さらせよ、是を修行といふ、いさぎよくなるとき仏なり」  とも言つて居られるのであります。無難禅師の意は、かの悪念を払ひ果てたるところに本来空をさとり、生もなし、死もなし、萬物一もなしと思うこともなしと知り、修行すれば日々夜々安樂なりといはれるのであります。  即心成仏  かやうに、観心の法が、天台宗を始め、真言宗、華厳宗、ならびに禅宗に説かれて居るのはこれを要するに、即身成仏の法であります。それ故に、それは大乗の教の中にありて仏乗と名づけられて居るのであります。煩悩即菩提、生死即涅槃を説いて、煩悩を持ちながらその身のままにて菩提のさとりを開き、生死の迷そのまま涅槃の位を得るとするのであります。禅宗のやうに是身是仏を説く教にありても「煩悩即菩提を問ふ人に、いかにも仏説の如し、彼れ曰く、我がごときの凡夫のわざ菩提ならば、仏法のわけなし、予云ふ、道理なり、仏は心なり、心のなすわざ煩悩即菩提、生死即涅槃、疑ひなし、修行せぬ人は菩提即煩悩なり、身の念出づるは、少しも善事なし、あさましきことなり」と無難禅師が言つて居られるやうに、禅宗にては「身をなくするなり、身に八萬四千の悪あり、身なければ大安樂なり、じきに神なり、直に天なり、我家に仏といふなり」とありまして、すなはち即身頓証の法を説くのであります。  菩薩乗  同じく大乗の教の中にても三論宗にては八不中道を説くのであります。八不中道とは不生、不滅、不断、不常、不一、不異、不来、不去と説いて、一切の我々の考を否定して、先づ念を排ひ、無相の観をなして、それから布施、持戒、忍辱、精進、禅定、智慧の六行を修して、菩薩となり、それから更に進みて仏に成るとするのであります。また、法相宗にては萬法唯識を観じ、布施、持城、忍辱、禅定、精進、智慧の六度を修行して、三祇劫を経て菩薩から仏に成ると説くのであります。それ故に、これ等の教をば大乗の中の菩薩乗と名づけるのであります。  解脱  此の如き大乗の教は、仏乗にしても、又菩薩乗にしても、要するに現世にありて苦悩を解脱することを説くのであります。早く言へば解脱の教であります。解脱といふことは「涅槃経」に出て居りますが、それに拠りますと、解脱とは無碍自在の義であります。一切の衆生はすべて仏性を有して居るのでありますが、しかしその心に執著を生ずるによりて自から迷倒してもろもろの繋縛を受くるのであります。若しよく一念のはたらきによりて妄をはなれて真に帰し、繋縛がなくなるときには、すなはち諸仏如来と同一に、無碍自在であることが出来るのであります。要するに解脱とは此の如き心の境地を指していふのであります。  断悪証理  前にも巳に申した通ほりに、仏教の説にては、一切の法は皆、内縁の和合によりて生ずるものでありまして、その自性は本と空にして、我とか我所(我もの)とかいふやうなものはないのであります。それ故に、この理を証《さと》ることが出来れば無碍自在を得るのであります。既に一切の法が空であるということを知れば、一切の差別の相を観ずることがなく、諸法無相でありますから、從つて無碍自在であります。若し一切の法が無相であるといふことを知るときには、三界にありて願求するところはありせぬ、願求することがなければ、生死の業を造ることはありませぬ。生死の業がなければ、從つて果報の苦しみがありませぬから、全く無碍自在であります。すなはち、今生にありて解脱することが出来るのであります。さうして、その目的を達するためには断悪証理して、煩悩妄執を滅除することが第一の要件であります。すなはち、世間を出づるための聖道を修めることによつて煩悩惑業の縛を断除することが出来、生死の苦しみを離れ、善根を増長して慧命を資益すると説かれるのであります。  安心立命  しかしながら、此の如き解説が果して今生に於て得らるべきものであるかどうかは我々に取りて実際上の重大問題であります。又仮に今生に於て、此の如き解脱が得られるとすればそれはすなはち仏でありませう。少なくとも仏と同一のものでありませう。若しこの世界に於て、仏と同一の境地に達するものであるとせば、仏教といふものは不用のものでありませう。宗教といふ心のはたらきは、我々が仏に背きたる態度に気がつきて、しかも到底仏にはなられぬといふことの考が徹底したときに起る心持であります。華厳宗の大徳として有名なる明慧上人の言葉に「我れ常に志ある人に対していふ、仏になりても何かせむ、道を成じても何かはせむ、一切求め心を捨てて、徒者になりかへりて、兎も角も、私にあてがふことなくして飢来れば食し、寒来れば被ふるばかりにて、一生はてたまはば、大地を打ちはずすとも、道を打ちはずすことはあるまじ」とありますが、これは一切の求むる心を無くすることが安心立命の本であるといふことを極端に言はれたものでありませう。解脱すれば巳に凡夫でなく、解脱することがなければいよいよ解脱を求めむとするのでありますから、それによりて安心立命の境に到ることは覚束ないことであります。私は此の如き解脱を説く教は、道徳的の精進努力を主とするもので、それは無論、宗教に入るの道でありますが、しかしながら、それ自身宗教の主旨たる安心立命の心境に至るものではないと考へるのであります。  心学  徳川幕府の時代、我邦に心学といふものが興りて儒教及び仏教と共に世の人々を教化するの教として行はれて居りました。心学といふのは心の学問というほどの意味にて、主に儒学を本として、民衆のために通俗的に実践道徳の教を説いたものであります。それ故にこの心学にありても本心を知り窮めるといふことが大切とせられて居るのでありますが、このことにとつきて、奥田頼杖と申す人の著はされた「心学道の話」の中に、次のやうなことが述べてあります。  「頓阿法師の髑髏の賛に    かへしみよおのが心は何ものぞ     色を見声を聞くにつけても  サア何ものぞ何ものぞ、お前さん方も、私も髑髏にちがひはないが、最前から此やうに、バチヤバチヤいふたり、バチヤバチヤ聞いたり、おかしければ笑ひ、かなしければ涙を流し、天窓をかいたり、顔をなでたり、この髑髏のはたらくは元来、マアどふであらう、色を見、声を聞くにつけても、チト吟味してごらうじませ、しかしまた、このやうに、滅太に工夫の吟味のといふと、自然うろたへた御方どもには、ヲットよしよし心得た、おれもこれから、その本心とやらいふものを、何でも一とつたづね出さふと、内へかへつて土蔵の二階や、納戸の隅まで、質に取られた阿房を見るやうになつて、線香たてたり、手を組んだりして、あれであらうか、是であらうか、此所か、そこかと、滅多無上に私案分別をひねくりまわす人があらふかも知れぬが、ソリヤ提燈ともして暗を見つけやうと、尋ねまはるやうなものゆへ、百年かかつて工夫なされても、とても分りはしませぬ」  思索の誤  それから、進みて「心学道の話」には次のやうに述べてあります。  「世間には大悟徹底、すまし顔の我慢菩薩もあるものゆへ、さういふ人がこれを聞くと、エエなんぢや、心学の何が見るかの、何が聞くかの、イヤ大学の致知じやの格物ぢやのと、そりや何でもない知れたこと、そんな鈍い狭い修行が何の益にたつものかと、自身の眼のせまいことには、さつぱり気がつかず、めつた無性に虚空なことや、大きなことをいひさへすればよいかと思ふて、自心仏といふものはそんな小さいものじやない、天地萬物一体空、その空やぶれて直指を得る   三界に須弥や三洲も打ち込みて    咽にささえずぐつと呑みけり  その眼から見るとは、天地といへども鷲の卵、無量無辺の真空仏などと、無性やたらに虚空をにらみて、いつの間にやら、足下の下駄と草履をはきちがへるやうなことしたり、天井の埃はらふことばかり習ふて畳の上の掃除するすべさへ知らぬ人もあるのじやが、そりや皆、むかしの知識高僧達が、この世界の凡夫どもは、かの道身の執著から、種々さまざまな夢を見てうなされて居るゆへに、その眼をさましてやらふとて、都卒じやの、空寂じやの、イヤ八識じやの、九識じやのと、めつたやたらに放された空鐵砲の音にたまげて、生気うしなふて居る人達ぢや」  自身の心の本性を観るべきだと言つても、それは決して、得手勝手に考へて、徒らに空想の世界を造ることをいふのではないと説くのであります。この点に於ては、仏教を奉ずる人々が動もすれば観心の理屈に走ることの無益であるといふことをよく諷刺して居るのであります。  実踐履行  それから又  「物を洗ふ水瓶には水の垢がへばりつき、垢を治とす糠袋には糠の粕が残るとやらいふこともござりますが、教へもてうどそのとふり、仏といへば仏に縛ばられ、悟りといへば悟りに迷ふて、肝心な、おのれおのれが勤めにやならぬ孝悌忠信の道を余所にしたり、大切な天命の家業職分をば捨て置いて、虚空を見つめて死にいそぎする、うろたへものが、折々は出かけるものゆへ、それをむかしの達磨大師も気の毒に思はれたやら、世塵を捨て道を求めむと欲するものはあたかも兎角を求むるが如しといふて、今日の世の勤めの外に、別に道といふものを尋ね求むるは、てうど有りもせぬ鬼の角を尋ねるやうなものぢやと、大きな眠玉をむきだして、いましめておかれましたり、又孔子さまも隠れたるを索め、怪しを行ふ後世述ぶることあらむ、吾はこれをせずと警めてお置なされました」  かやうにして、心学にては、実践履行を主とし、徒らに高尚深遠なる理論を追究することをせぬと教へるのであります。  広大の世界  そこで、更に進みて  「さらばと申して、当門でも、かの小成に安ずるとか申すやうに、屈んでばかり居るがよいと申す訳ではござりませぬ。随分徳には進みもし、上達もせねばならぬことじやが、上ぼるといふても、めつたに利口になつたり、発明になつたりすることではござりませぬ。ただ、何にも知らぬ唯の親仁になりますのじやから、まあまあ足下の近い所の低い修行から精出してするがよい。さうするといつの間にやら正実に、おれがおれがの六根の底がぬけて、さてもさても広大なありがたい世界じやといふことが得心が出来ます、云云、それを一とつ、仏法のことでいふて見ますと、まづ日蓮宗ではこの世界の惣ぐくりを一天四海皆帰妙法といふてあつて、この三千大千世界みな妙法の中のはたらきじやといふてあり、又念仏宗では光明遍照十方世界、念仏衆生、摂取不捨といふのであつて、活きた阿弥陀の光明は遍ねく十方世界を照して、お前さんがたも、私も、その御光明の中にすくひ取つて助けぬいてござるけれども、此方等が、かの念仏の衆生といふ六根の底のぬけた真実の信心といふものにあらねば、その御光明を我からへだてる故に、いつまでも成仏することは出来ぬから、それで念仏の衆生だけをすくひ取りて捨てたまはずといふてある」  いかにも、よく内観を深くして、執著の世界から離れるべきことが、通俗によく説かれて居るのであります。六根の底がぬけると言はれるのは、我々の思慮分別の心のはたらきが無くなることを指しているのでありますから、禅宗などで悪念を払ひのけるといふのと同じやうな意味のものであります。ただそれを天台宗や華厳宗や真言宗や禅宗や、乃至は法相三論の諸宗などで説くやうに、六つかしい理論を離れて、道徳を実践履行して進み行くところに迷倒の心を去りて、無碍自在の広大なる世界に出づることが出来ると説くのであります。  観心成就  まことに、我々が観心によりて解脱の境に至ることの出来るといふことは疑のないことであります。しかしながら、我々に取りて、重要の問題とするところは、我々にありてこの観心が成就するかどうかといふことであります。浄土真宗の碩学超然師の「里耳談」の中に  「わがままよ心の中の傀儡師       仏ださふと鬼を出さふと  これは華巖経の三界唯心造の心をよみたるものなり、凡そ世間は人に腹を立てさせんとも、喜ばせうとも我が心のままなり。瞋拳笑面を打たずといふ俗語の如く、いかほど腹立ちて居る人にも、笑ひ顔を以て向へば、さながら打もたたきもせぬものなり。それも一度や二度は皺面も解けねども、向ふの怒るほど、こなたは恭しく、いかにも柔和にあしらへば、遂に心のとけるものなり。たまたま穩かにあしらうても、向ふの人が解けねばこちらからも又腹立てかかる故にもとのものになるなり。鏡にうつる影のことも恐ろしい顔がうつると、つくづくみれば、おのれが怒れる容なり。これよりよく考ふれば、刀山剣樹もみな吾心より変じ出だせるものとせらるるなり。されども、煩悩即菩提と合点して罪はつくれども、生死即涅槃とて火の中へ飛び込むものはなし、深き理は観心成就せずばあきらめ難し」  観心が成就せざれば、その深き理はあきらめ難いものであるから、それが我ものとなることは到底期待せられぬことであります。かやうにして、観心によりて成仏することは我々に取りてまことに容易のことではないと申さねばなりませぬ。観心によりて成仏することが容易でないといふことは取りもなほさず、それによりては我々の宗教があらはれるものでないといふことであります。言ふまでもなく、観心は我々の心を観ることでありますが、その内観が、十分に徹底せず、我が心といひながら、なほ客観に考へたる我が心を観るのでありますから、それがどうしても、我々の思考の上にあらはれたる我が心の外に出ることが出来ぬのであります。さうして、それ故に、かやうな内観によりては十分に安心立命の境に到ることが出来ぬのであります。  慮智  文化四年に出版せられた心学の書物に「丹堂遺稿」といふものがありますが、これは荒木忠庵といふ人が著はしたものであります。この書の中に次のやうなことが述べてあります。  「問て云く、本心とは如何、答て云く本心則ち明徳なり。師の云く、おのおの心といふものは如何なるものと思はるるぞ、弟子答て云く、心は方円に從ひ、行かむと思へば行き、坐せむと思へば坐す、心次第にて立居を致し申すといふ、師の云く、それは本心にはあらず、念といふ、慮智といふ、皆意志の類にて本心とさす所にあらず」  前に申した無難禅師が念といはるるものを、ここには慮智と言つてあります。本心といふものは、この慮智を離れて、一切を照すものでありまして、立てば立ちたるを照し、坐すれば坐したるを照し、分別なしにさまざまのことをその儘に照すもので、更になす業もなく、晝夜共に明かであるものであるといふのであります。それ故に、我々が現に心と思ふて居るところのものはこの本心ではなくして慮智であると説くのであります。慮智とは彼や此やと分別する智慧といふ意味であります。  慮智と本心  それから又、この書物の中に次のやうなことが書いてあります。  「何れもの心と思はるるものは皆慮智にて本心にはあらず、その証拠には、何にても悪きことをたくらみ居るに、何程の悪人にても、これよからぬことなりと思ふ心地自然とあるなり、これにて慮智と本心と二たつあることを知りたまふべし、本心なきもの一人もなし、この本心に信《まか》する人を聖人といふ、慮智の私にまかせる人を小人といふなり、たとへば病人ありて、チト見舞たきと思ふ心出来るは本心の照すはたらきなり、しかれどもいそがしきか、六ヶしきかで行かぬは慮智のはたらきなり、又何にても為すべきことをせずに居れば何処やらゆつくりとせぬは明徳が明らかなるによりてなり」  誰人にも本心といふものがありて、それによりて常に我々の心のはたらきがあらはれるのである。しかし魚が水の中に居て水を知らぬやうに我々も慮智のみを用ひて、この本心を知らぬのであると説くのであります。  明徳  「丹堂遺稿」の中には、更に次のやうな説明を加へてあります。  「人を誹りて居るところへ、其人来れば何とやら気味悪しく、顔赤く汗を催す、其人それをかつて知らねども明徳が明らかなるによりて気味わるきなり、其人はいか樣譏て居られたそうなとうつるなり、又人を譽めて居る所へ、其人来れば只今其方をけしかず譏りて居たるといふ、其人却て微笑を含む、又盗みする人ほど悪人はなけれども人にかくすは明徳が明らかなるによりてなり。又金子人の見ぬ所にあるを盗むべきと思ふ心も慮智なしにふつと出れば本心の働きのやうにも見へる、なるほど身びいきの習気といふものにて、悪念ふつと出るといへども、本心のはたらきにあらざる証拠には、出ることは出ても、若しこれが知れたらば悪からむと思ふ心出るなり、これ本心にあらざる証拠なり」  かやうに、我々の心には本心と慮智との二つがあるといふことを繰返して説明したのであります。  無念無慮智  かやうにして、本心といはふるものは、無念無慮の智で、我々にわからぬものである。さうして我々がそれを知るのは慮智によるのでありまして、それが平生、我々の心のはたらきとして知られるのであります。その外に、本心といふものが別にあることを知らねばならぬといはるるのであります。そこで同じ書物の中に  「寒ければ唯さむいと知る、知つたはあと、慮智の分際なり、ひだるければ唯ひだるきと知る、知つたところは慮智なり、太鼓がどんとなれば早どんと知る、知つたはあと、知るより前に、本心の明徳にて埒があくなり、その時あきたる跡を慮智が知るなり」  かくの如くに説明してあります。無念無は、これを言葉にあらはすことは出来ぬが、慮智はいかやうにもこれを言いあらはすことが出来るのであります。それ故に、ここに本心といひ、明徳と言はれるものは、仏教にていふところの真如に比すべきものであります。  広大靈知  此の如く、心学の上にて本心といひ、明徳といふところのものは仏教の上にていふところの真如或は妙心などと同じものでありまして、前に挙げた無難禅師の心と言はるるものがすなはちこれであります。それから無難禅師が念と言はれたものがすなはち慮智で、煩悩若しくは縁慮といふものもこれと同じものであります。そこで、仏教にて、この心のことにつきて説かれて居るところを約めて申しますると、「衆生が、無始よりこのかた、常に認めて我心として居るところのものは縁慮・客塵・虚妄の心で、たちまち起り、たちまち滅する、無常の法に属するので決して真の我心ではない。真の我心といふものは広大靈知なるものである。しかるに、それが惑の雲に覆はれたるがために自から覚知せざるのである。しかるに、妄惑が巳に除かれると、その心は淨真なるもので、十方の諸仏と、一切の衆生と、この我心との三つのものは差別がない、これがすなはら菩提心の体である」といふのであります。  仏と凡夫  かやうな次第でありますから、仏教にて仏といはるるものは、自身に自心をよく知るものをいふのであります。仏と申しても決して別のものではありませぬ。自身に自心をよく知らざるものを凡夫といふのであります。凡夫といへども自身に自心を知ることが出来るやうになれば、それが仏であります。さうしてそれは自心で自心を知ることでありますから、誰にでもそれは知らるべき筈でありますが、しかしそれを知ることが実際容易でないのは全く我々の心想が贏劣であるがためであります。  意馬心猿  まことに法然上人が申された通はり「定善の観門はかずかずにつらなりて十三あり、散善の業因はまちまちにわかれて九品あり、その定善の門に入らむとすればすなはち意馬あれて六塵の境に馳せ、かの散善の門にのぞまむとすれば又、心猿あそんで十悪の枝にうつる。彼れをしづめむとすれども得ず、是をとどめむとすれどもあたわず」して、我ながら我が心の贏劣にして取りとめのつかぬものであるといふことを欺かざるを得ぬのであります。法然上人が言はるる通ほり「観無量壽経」に説くところの往生の因は定散二善の中に漏れたるもの はありませぬ。定善とは息慮凝心と申していろいろの念慮を息めて心を凝すことであり、散善とは廃悪修善と申して善き行をなし悪き行をやめることであります。しかしながら我々のやうな心想の贏劣なるものは到底そのことが成就せぬのであります。観心によりて成仏することはまことに困難のことであります。  罪悪生死の凡夫  そこで、罪悪生死の凡夫といふ言葉があらはれたのであります。善導大師が深心のことを説かれたる言葉に  「一には決定して深く我が身は煩悩具足せる罪悪生死の凡夫なり、善根薄少にして、曠劫よりこのかた、常に流転して出離の縁なしと知るべし」  とありまして、我々はまことに煩悩が具足したる罪悪生死の凡夫でありまして、定善も出来ず、散善も出来ず、観心も出来ず、修行も出来ず、どうしても、罪悪生死の凡夫として、尋常の法にては仏に成ることは出来ぬものであるといふことに気がつかねばならぬのでありす。仏教の言葉にてこれを機の深信といふのであります。  念仏往生  此の如く、内観が深刻となりて、観心成仏が駄目であるといふことが知られたとき、我々が求むべきものは念仏往生であります。さうして、これは観心成仏を求むる心よりも更に深刻に自心を内観したる結果としてあらはれて来るものであります。法然上人があるとき門人に対して話されたことがその伝記に載せてありますが、それを見ると上人の内観の次第がよくわかるのであります。  「出離の志深かりし間、諸の教法を信じて、諸の行業を修す、凡そ仏教多しといへども、所詮、戒・定・慧の三学をはずさず、所謂小乗の戒・定・慧、大乗の戒・定・慧、顕教の戒・定・慧、密教の戒・定・慧なり、しかるに我がこの身は戒行に於て一戒をもたもたず、禅定に於て一もこれをえず、人師釈して戸羅清浄ならざれば三昧現前せずといへり、又凡夫の心は物にしたがひてうつりやすし、たとへば猿猴の枝に伝ふが如し、まことに散乱して動じやすく一心静まりがたし、無漏の正智なにによりてか起らむや、若し無漏の智劔なくば、いかでか悪業煩悩のきづなをたたむや、悪業煩悩のきづなをたたずむば何ぞ生死繋縛の身を解脱することを得むや、かなしきかな、かなしきかな、いかがせむ、いかがせむ」  かくの如く法然上人は仏道を求め、教法を信じ、もろもろの行業を修めて、始めて我が心の贏劣にして、戒・定・慧の三学は到底これを成就することの出来ぬ身であるといふことを悟られたのであります。  戒定慧  そこで、法然上人は、戒・定・慧の三学の外に  「ここに我等ごときは、すでに戒・定・慧の三学の器にあらず、この三学の外に我心に相応する法門ありや、我身に堪えたる修行やあると、よろづの智者に求め、諸の学者にとふらひしに、教ふるに人もなく、示すに輩もなし」  別に自分の心に相応する法門があるかと多くの学者に尋ねられたが、当時の学者は一人として、戒・定・慧の三学以外に成仏の法があるといふことを知らなかつたのであります。少なくとも誰一人として、法然上人に戒・定・慧の三学以外の法を示すものはなかつたと言はれるのであります。実際さうであつたらうと思ひます。或は萬法皆空の真理を明かし、或は悉有仏性の妙談を説くなど、仏教の哲理は、いろいろに説明せられたのでありますが、実際の問題としては戒律を保ち、禅定を修め、智慧を研くことによりて菩提を獲るといふこと以外に、別に成仏の法はないとせられて居つたのが当時の実情でありました。  順彼仏願  法然上人は巳むことを得ず、自身に経典を檢閲して  「なげきなげき経蔵に入り、かなしみかなしみ聖教に向ひて、手づから、みづから、ひらき見しに、善導和尚の観経の疏の一心専念弥陀名號行住坐臥不問時節久近念念不捨是名正定之業順被仏願故といふ文を見得てのち、我等がごとくの無智の身は偏にこの文を仰ぎ、もはやこのことはりをたのみて、念念不捨の称名を修して決定往生の業因に備ふべし、ただ善導の遺教を信ずるのみにあらず、又あつく弥陀の仏願に順ぜり、順彼仏願故の文、ふかく魂に染み、心にとどめたるなり」  善導大師の「観無量壽経」の疏をよみて、彼の仏の願に順ずるという文句に感激して、遂に称名念仏の生活に入られたのであります。固より法然上人の前にも、又その同時代にも、内観を深くした高僧は少なくはなかつたのであります。恵心僧都の如き、明慧上人の如き、又解脱上人の如きその最もすぐれたる人でありました。しかしながら、内観を深刻にして、仏に遠き身であることを知れば知るほどますます努力して仏に近くやうにと精進することに一生懸命でありました。しかるに法然上人は「我はこれ烏帽子もきざる男なり、十悪の法然房、愚痴の法然房が念仏して往生せむといふなり」と言つて、自からが戒・定・慧の三学の器にあらざることを深く信じて、ただ阿弥陀仏の弘願に順ふて往生することをつとめられるのであります。  定散二門  法然上人が善導大師の解釈に本づきて「観無量壽経」の要旨を説かれたるところを見ると、往生の要門は二つありまして、それはすなはち、定善と散善との二門であります。定善とは思ひをやめて心をこらし、散善とは悪を廃して善を修するのでありまして、この二つの行をめぐらして往生を求め願ふのであります。さうして「観無量壽経」には定善の十三観が説いてありますが、それは日想、水想、地想、寳樹、寶池、寶樓、花座、像想、真身、観音、勢至、普観、雑観の十三観であります。これはその名称によりてわかるやうに種々のことを観念するのであります。つぎに散善の三福が挙げられてありますが、それは一には父母に孝養し、師長に奉事し、慈心を起し、殺生せず十善業を修すること、二には戒律を持し、威儀を犯さず、三には菩提心を発し、深く因果を信じ、大乗の経典を読誦する等であります。約めて言へば、息慮凝心の定善と、廃悪修善の散善とを以て、往生の行とするのであります。それ故に何れにもあれ、ただ有縁の行に赴きて、功をかさねて、心の引かむ法によりて行をはげむときは皆悉く往生を遂ぐべしと法然上人は説かれて居るのであります。  持仏名  それから「観無量壽経」には無量壽仏の名を持すべきことが説いてあります。すなはち釈尊は定善と散善との二門を説き了りて後に、阿難に向つて「汝よくこの語を持せよ、この語を持するといふは即ち無量壽仏の名を持するなり」と説いて居られるのであります。これを仏の弘願とするのでありますが、弘願といふのは「大無量壽経」に説いてあるやうに「一切善悪の凡夫の生るることを得るものは、皆、阿弥陀仏の大願業力に乗じて、増上縁とするのであります。これを平易に言へば、仏の国に往生せむと思はむものは、常に阿弥陀仏の名を念じ巳むことなきときは必ず彼国に往生することを得るといふことであります。さうしてこの弘願に順ずるといふことは、すなはち、仏の名號を持することであります。  本願の念仏  法然上人が深戸の三郎へ遣はされたる手紙の中に、次のやうなことが書いてあります。  「おほかた生死を離るる道、様々に多く候へども、その中にこのごろの人の生死を出づる道は極樂に往生するより外には、こと道はかなひ難きことなり、これ仏の衆生をすすめて生死を出させ玉ふ一とつの道なり、しかるに、極樂に往生する行、又樣々に多く候へども、その中に念仏して往生するより外にはこと行はかなひ難きことにてあるなり、その故は念仏はこれ弥陀の一切衆生のために自から誓ひたまひたりし本願の行なれば往生の業にとりては念仏にしくことはなし、されば往生せむと思はば念仏をこそはせめと申候へ、況や又最下のものの法門をも知らず、智慧もなからむものは、念仏の外には何事をしてか、往生すべきといふことなし、我おさなくより法門を習ひたるものにてあるだにも念仏より外には何事をかして往生すべしともおぼへず、ただ念仏ばかりをして弥陀の本願をたのみて往生せむと思ひてあるなり」  まことに法然上人は年若くして叡山に入り、仏教を修め、一切経を読まれたことが五度に及び、聖道諸宗の教門に通じ、智慧第一の譽れがあつたといふことであります。それに勉強せられることが人にすぐれて「我れ聖教を見ざる日なし、木曾の冠者、花洛に乱入のとき、一日聖教を見ざりき」と、人に話されたほどでありました。しかしながら、それによりて出離の道には達せられざることがわかつたのであります。始めは智慧を以て到達せむと求められた道が、智慧が十分にありてもなほ到達することが出来ぬとわかつたのでありますから、上人も随分と苦慮せられたことでありませう。  凡夫の出離  法然上人の伝記によりますと  「上人聖道諸宗の教門にあきらかなりしかば、法相三論の碩徳、面々にその義解を感じ、天台華厳の明匠、一々にかの宏才を賞む、しかれども、なほ出離の道にわづらひて、身心やすからず、順次解脱の要路を知らんために、一切経をひらき見たまふこと五返なり、一代の教述につきて、つらつつら思催したまふに、破れ難く、此も難し、しかるに慧心の往生要集、もはら善導和尚の解義をもて指南とせり、これにつきてひらき見たまふに、彼の釈には乱想の凡夫、称名の行によりて順次に浄土に生まるべきむねを判じて、凡夫の出離をたやすくすすめられたり」  とありまして、法然上人は恵心僧都の「往生要集」によりて凡夫の出離につきての法を知り、しかもそれが善導大師の解釈に本づくものであるところから、善導大師の著述を精読して、遂に一心専念弥陀名號が、彼の仏の願に順ずるものであるが故に正定の業であるといふ文句を探りあてられたのであります。  聖道の教  此の如く法然上人が善導大師の解釈に本づきて、凡夫の出離の道はただ本願の念仏にありといふことを知られたのは、承安五年の春で、上人の年は四十三であつたといふことであります。法然上人が叡山に這入つて仏道修行を始められたのは年齡十五六歳の頃であつたと伝へられて居りますから、ざつと三十年の間は、仏教の学問をせられたのでありまして、三論・法相・華厳・天台の諸教に説かるるところの教理をあきらめられたのであります。しかしながら、それは固より宗教ではありませぬ。いはゆる安心立命の道ではありませぬ。生死の苦界を解脱するの法ではありませぬ。仏教に於て生死の苦界を解脱し、安心立命の境に到るには、巳に前にも申したやうに戒・定・慧の三学を修めねばならぬのでありますから、それを実際的に申すならば観心修行が重要のことであります。これが仏教の上に於て安心立命を得るための教として知られたところのものであります。しかしながらそれは言ふまでもなく、聖者にありて始めてその目的が達せらるべきものでありますから、これを聖道の教と名づけられたのであります。  凡夫直入  法然上人はこの聖道の教によりて、我々凡夫が仏となることの至つて困難であることに気をつけられたのであります。それは固より我々凡夫の身心がいかにも贏劣にして、戒・定・慧の三学を修めてその成就をなすことが出来ぬといふことを知られたからであります。法然上人の内観はかやうにして、その当時まで有名であつた幾多の高僧に比して、甚だ深刻であつたのでありませう。その内観が深刻であつたらばこそ、我々凡夫がいかにして生死の苦界を脱離すべきかに苦心せられた結果、その智慧がこの点につきては何の役にも立たぬといふことを知られたのでありませう。さうして、かやうに空虚となつて居つた上人の心は、善導大師の順彼仏願故の交句に遇ふて深き感激を受けたのでありませう。これによつて法然上人はここに凡夫が直ちに仏の世界へ入ることが出来るの道は本願の念仏にあることを知られたのであります。凡夫が凡夫そのままに仏の心の国へ往くことが出来ることを知られたのであります。凡夫が聖者となることは固より至難でありますが、凡夫が凡夫のままにて仏の願に順じて被国に往くといふことは決して至難の業でないことが知られたのであります。さうして、それはただ仏の本願を信じて、その名號を称へるのみでありまして、法然上人は、四十三歳の頃、「末世の凡夫、弥陀の名號を称せば、彼の仏の願に乗じて、たしかに往生を得べかりけりといふことはりを思ひ定め、たちどころに余行をすてて一向に念仏に帰せられた」といふことであります。  内観の徹底  我々の肉観が道徳から始まりて宗教に終る。といふことは、巳に述べたとほりでありまして、若し内観が徹底せぬときにはその道として考へられるところのものは全く道徳の範囲を越えることの出来ぬものであります。むかしから、仏教の高僧たちが、内観のことにつきて説かれたことはまことに細密にわたりて居るのであります。若しその通ほりに、内観が出来て、全く我々の思慮分別から離れることが出来たならば、何れの人も皆、一様に念仏往生の宗教を味はれたことでありませう。我々の慮智をはたらかして、いろいろのことを考へればこそ、種々と込み入つた考もあらはれるのでありますが、その分別の考を取り去りて、その内観が徹底したときには、念仏より外に我々が生くべき道はないといふことが明かに知られるのでありませう。しかしながら、その内観を徹底するといふことが我々に取りて一大問題であります。さうして、我々の宗教生活はこの内観を徹底せしむることに要義を存するものであるといふことを強く唱道せねばならぬのであります。  心の現実  しかしながら、内観して自分の心の相を明かにするといひましても、これを細密に分析して、いろいろに記載するのみにして、それによりて我が心の実際を観ることが出来たとは言はれませぬ、かやうな場合に、自分の心といひましても、それはただ我々の考の上にあらはれたる自分の心でありまして、現実の自分の心ではありませぬ。慈雲和上の法語に  「大法衰ふ中に就て憐れむべきは教者じや、身を終るまで、煩悩がいくつあるの、無明がいくつあるのといふて、数へごとのみをして居て、畢竟じて煩悩無明は実にいかなるものといふことを知らぬ」  とありますが、実際さうであります。前に段々と詳細にお話を致した煩悩の説明でもさういふものであるかと知つただけでは、決して我が心を内観したのではありませぬ。  如実了知  それから又、「慈雲和上法語」に  「煩悩とは目前の境界にだまされた所の名ぢや、別事ではない、前境に愛を起すを貪の煩悩と名づく、愛に違ふを怒るをば瞋煩悩と名づく、実の如く境界を了せざる故に癡煩悩と名づく。決徹して信ずることがならぬ故に疑煩悩と名づく。無明とは内に於て自の心相を認めて自心が自心にだまさるるところの名じや、別事ではない。甚深微妙の事を解するにも及ばぬ、広く経論を見るにも及ばぬ。只手近く、煩悩無明といふことを実の如く了するばかりでも、思ひ半ばにすぐる筈じや」  とありますが、何れにしても如実にこれを了知するといふことが肝要であります。  心の相を知る  内観のことをば段々と深く説明しましたが、要するにそれは自分の心の相を如実にありのままに知ることに外ならぬのであります。ところで、我の心のありのままの相は仏教の言葉にて煩悩具足とか罪業深重とかといはれて居りますが、これは煩悩に満ちてゐる、或は罪業が甚だ深いといふ言葉で、愚悪の二字に帰するのであります。我々が若し実の如くに自分の心を了知したならば、必ずかやうな言葉でこれを示されなければならない心の相でありませう。しかしながら、これを知るということにつきては深く考へねばならぬことでありまして、単に自分の心は煩悩具足である罪業深重であると知ることだけでは、内観が徹底したものとは言はれませぬ。なるほどさう言はれるならば自分の心は煩悩具足である、罪悪深重であると知られたにしても、実際、それはたださう考へたに過ぎませぬ。さうであると合点したに過ぎぬのであります。ここに自分の心の相をありのままに知るといふのはさういふ意味でいふのではありませぬ。  外面的の知  此の如きはこれを外面的の知と申すべきでありませう。一体我々の心はいつでも外へ外へと向つてはたらくものでありまして、内面的にこれを了知するといふことは甚だ困難であります。兼好法師の「徒然草」の中に高倉院の法華堂の某の律師が鏡にうつる自分の顔の醜き相を見て、痛く悲しみ、それ以来鏡に向はず、ただ置経したといふ話を挙げて、奇特のことであるとして、次のやうなことが書いてあります。いかにも自分の心の相を内面的に見るといふことは容易のことでありませぬ。しかし、これを内面的に見なければ、決して如実にこれを了知したとは申されませぬ。  物知れる人  「徒然草」には次のやうに書いてあります。  「かしこげなる人も、人のうへをのみ計りて、おのれをば知らざるなり、我を知らずして外を知るといふ道理あるべからず、されば己を知るを物知れる人といふべし、形醜けれども知らず、心の愚なるをも知らず、芸の拙きをも知らず、身の数ならぬをも知らず、年の老ぬるをも知らず、病の冒すをも知らず、死の近きことをも知らず、行ふ道の至らざるをも知らず、身の上の非をも知らねばまして外の譏を知らず」  まことにその通ほりであります。私を知らずして他を知るといふことは出来ぬ筈でありますから、我を知るものこそ物を知れる人でありませう。しかしそれが容易に知られぬのでありますから、我々は遂に物知らぬ人に終るのでありませう。  知らぬに似たり  それから「徒然草」には更に進みて  「但し形は鏡に見ゆ、年は数へて知る、我身の事知らぬにはあらねども、すべき方のなければ、知らぬに似たりとぞ言はまし。形を改め齢を若くせよとにはあらず、拙きを知らば何ぞこれを思ふことこれにあらざる、すべて人に愛樂せられずして衆に交るは恥なり、形醜く心おくれにして出で仕へ、無智にして大才に交はり、不堪の芸を持ちて堪能の座に連り、雪の頭を戴きて盛なる人にならび、況や及ばざることを望み、恊《かな》はぬことをうれへ、来らざることを待ち、人におそれ、人に媚るは人の与ふる恥にあらず、貪ぼる心にひかれて自から身をはづかしむるなり、貪ぼることのやまざるは命ををふる大事、今ここに来たれりと、たしかに知らざればなり」  循々と我々が無知であることを説いてあります。少しばかりは無知であることを知つたにしても、それをどうすることもなく平気ですまして居れば、知らぬと同然であります。  悲歎述懷和讃  親鸞聖人の作に悲歎述懷和讃といふものがありますが、これは聖人が自身の懐を述べて、その醜きありさまを悲歎せられたものであります。その内に   悪性サラニヤメガタシ 心ハ蛇蝎ノゴトクナリ   修善モ雜毒ナル故ニ 虚仮ノ行トゾ名ヅケタル  といふ一句があります。仏教の説に依りますと、今は末法の世であるから、我々凡夫の胸の中には何時も三毒の煩悩が滿ちて居る、むさぼりの心、怒り腹だつ心、愚痴の心、この三毒の煩悩は、とつてもとつても後から後からと生えて来る雑草のやうに、到底我々の力ではこれを払ひ除くことの出来ない、悪るい心であるから、親鸞聖人は自分の心の相を内面的に見て、悪性更に止め難しと言はれたのであります。  性善性悪  性とは生れつきといふことであります。人間の性といふことにつきましては、むかしから儒者の間ではいろいろに説がわかれて居りまして、先づ生れつきの性は善いものであるが、人間に物欲といふものが出て来て、それに迷はされて本性が害なはれるといふやうに説くこともあります。これは孟子の説いたところで性善説と言はれるのであります。又人間は生れつき悪るいものであるとする説もあります。これは苟子の説いたところであります。つらつら世の中の有様を見ると、暴虐にしてその君を減するものがある。不幸にしてその親を殺すやうなものもある。自然のままに振舞ふときは一つとして普いことはない。このありさまを見ればどうしても人間の性は悪るい、そこでこの悪るい性を抑へ、教育して善いものにして行かなければならぬ。かういふやうにして善いことをするのは偽である、偽とは人為の力によりてするのであるといふのであります。又今一とつは、生れつきは善くも悪るくもないが、育て方によつて善悪いづれかになるといふ説もあります。  悪性  かやうに性は善なりといふことも、又性は悪なりといふことも、ただ一面からの観察であります。又さういふ意味にていふところの善悪は、善と悪とをくらべていふのであります。善は悪に対し、悪は善に対して比較していふのでありますから、結局はをなじことに帰するのであります。ところが今、親鸞聖人の言はれた悪性は決してさういふことではないのであります。親鸞聖人は人間全体の心を悪性と言はれたのでありまして、それは聖人の肉体の微底してみることを示すものであります。つまり聖人が悪性といはれるのは、我々人間の心に三毒の煩悩が満ち満ちて居ることを指されたのであります。むさぼりの心、自分の気に入らぬことに対して怒り腹だつ心、物の道理を辨へぬ愚痴の心、この三毒の煩悩が、そのまま我々の心の有様であることを観て、斯樣な心の有様を悪性と言はれたのであります。  善性  仮に悪性の反対があるとしたら、それは善性といはるべきものでありませう。しかしこれは我々人間の心にはなく、それは全く仏の心であります。悪と善とを一とつ心の内に置いて、差別をつけ、比較して言ふのでなく、人間の心全体が悪性であります。それ故に磨いても、つくろつても、決してよくなることは出来ぬのであります。さうして久遠劫からこの三毒の煩悩をうけついで来て居る我々の心でありますから、更に止めがたいのであります。聖徳太子の言葉に、「世間虚、唯仏是真」といふことがありますが、親鸞聖人の申されることもこれと同じく、世間は一切虚仮で、真実といふものはただ仏のみであるとせられるのであります。  反省意識  かやうに、自分の心を内面的に観るときは、むさぼり、いかりはらだち、愚痴の三毒の煩悩に満ち満ちて居るのでありまして、それ以外には何物もないのであります。親鸞聖人はこの有樣を観て、これは全く悪性であると感ぜられたのであります。元来、仏教にて煩悩といはれるものは人間が生きて行くにははたらかなくてはならない本能でありまして、本能そのものは善悪を超越した自然の作用であります。この善でも悪でもない心の有樣を観て、それを如何にも浅ましく感じ悪いと感じたとき、始めてそれを悪るいとするのであります。反省によつて我々の意識の上にあらはれるところの自己の評価であります。かやうに三毒の煩悩に滿ちたる我々の心を全体に悪性とするといふことは、内観の徹底せることによりて始めてあらはれることであります。言葉をかへて申せば、内面的に自分の心の相をながめて、貪瞋痴の三毒の煩悩に満ちて居りて、これを如何ともすべからずと知つたとき、そこに自からあらはれるところの心持が、すなはち悪性であるといふことであります。  無戒  固より親鸞聖人以前の高僧たちも罪悪深重とか煩悩具足とかといふことは言つて居られるのであります。親鸞聖人に近い所では法然上人も同様に愚痴とか罪悪とかといふことを強く主張して居られるのであります。しかし、法然上人が自分の心の相を浅間しいと見られたのは、仏教の根本とするところの戒・定・慧の三学が出来ぬものであるといふことに重きを置かれたやうであります。法然上人が書かれたものやお話などを綜合して考へると、法然上人が自分は愚か者であると言はれる、その愚かといふのは、仏教にて説かれる正見や正思推の出来ぬことであります。又自分は罪深いと言はれるのは、仏になる修行として戒律を持せねばならぬが、その戒律を持することが出来ぬと歎げかれたのであります。煩悩になやまされてこれを抑へることの出来ぬのは、禅定の修行が出来ぬことを憂へられたのであります。無戒の凡夫であるということを内観して、それを悲歎せられたのであります。  凡夫成仏  此の如きは煩悩具足の泥凡夫と名づけられるもので、かやうな泥凡夫は仏になることが出来ないとせられて居たのであります。それは言ふまでもなく、かやうな泥凡夫には戒・定・慧の三学をおさめることが出来ないからであります。しかるに法然上人は、たとひ三学は出来なくとも、仏の慈悲によりて、仏となることが出来るのであるから、自分の分別を捨ててただ仏にすがるべきであると説かれたのであります。此の如く煩悩具足の泥凡夫が仏となることが出来ると知られたのはたしかに法然上人の発見であります。  全体の否定  法然上人が此の如く凡夫成仏の道を見出されたのは全く凡夫の自覚に本づくものでありますが、それは前にも申したやうに、三学を修むることが出来ぬといふやうな意味のもので、部分的に我の価値を否定したものであつたやうに思はれました。しかるに親鸞聖人の内観は更に進みで人間の心全体を否定して悪性さらに止め難しとせられたのであります。  言念無実  親鸞聖人が晩年に著はされたる「唯信鈔文意」の中に、次のやうに説いてあります。  「いま、この世を如来のみのりに末法悪世とさだめたまへるゆへは一切有情まことの心なくして師長を軽慢し、父母に孝せず、朋友に信なくして、悪をのみ好むゆへに、世間出世みな心口各異、言念無実なりと教へたまへり、心口各異といふは心と口にいふことみなおのおのことなり、言念無実といふはことばと心の内と実ならじといふなり、実はことといふ言葉なり、この世の人は無実の心のみにして、浄土を願ふ人はいつはりへつらいの心のみなり、ときこへたり、世を捨つるも名の心、利の心をさきとするゆへなり、しかれば善人にあらず、賢人にもあらず、精進の心なし、解怠の心のみにして内は空しくいつはりかざりへつらふ心のみ常にしてまことなる心なきと知るべし」  かやうに凡夫の心を言念無実として徹底的に全体的に否定して居られるのであります。  地獄一定  法然上人も本願の念仏には智慧や慈悲の助けをさすべきでないと説いて、我々凡夫の分別を否定して居られるのでありますが、しかしそれは助けをささぬだけのことで、さすべき助けはまだあるやうに思はれるのであります。たとへば、法然上人の教に従つて唱へる念仏は、三学の修行が出来ぬが故に仏にすがる、自分は仏になることの出来ぬ愚かな者なるが故に、仕方がないから念仏するといふ風に聞えるのであります。かやうに仕方がないから唱へる念仏といふのは実に不安定な心でありませう。しかるに親鸞聖人が説かれるのは、どうにかすればどうにかなるといふやうな不安定な心ではなく、全く如何ともすることの出来ぬ悪性の人間だから、行くべき先は地獄である。全く地獄一定であるとせられるのであります。しかしそれも、内観の徹底せぬ人々に取りては必ず不安の心でありませう。  無我の心  我々にとりて、一番大切なものは自分であるから、何でもその自分にとりて都合のよいやうに考へるために、すべての迷ひがおこつて来るのであります。しかるに、親鸞聖人のやふに、全体を否定して悪性更にやめ難しと考へるときには大切にすべき自分も全く価値がないことになり、煩悩具足・罪悪深重の意味も徹底して地獄より外に往くところのないものであるといふことが明らかになるのであります。釈尊が無我といはれる心はまさに此の如き境地でありませう。  善悪を知らず  親鸞聖人の内観が此の如く徹底して居つたことは、その他の言行によりてもよく窺はれるのであります。ここにその一二の例を挙げて申すと、第一に「歎異鈔」の中に  「聖人のおほせには善悪のふたつ総じてゐて存知せざるなり、そのゆへは如来の御こころによしとおぼしめすほどに知りとほしたらばこそ、よきを知りたるにてもあらめ、如来のあしとおぼしめすほどに知りとほしたらばこそあしきを知りたるにてもあらめ云々」  とあります。我々が善いとしたり、悪るいとしたりすることは、ただ我々がさう思つてゐるだけでありまして、それが果して善いことか悪るいことか我々には解らぬのであります。若し我々に仏の認めたまふ善悪を知ることが出来るならば、我々も亦善悪を言ふことが出来るのでありませう。さうでない限り我々に善い悪いといふことの真に言へる道理がないのであります。我々が日常生活に於て法則と言ひ、真理と言つてゐることも、実に我々の都合によりて仮定してゐるものにすぎないのであります。親鸞聖人のやうに真理を鏡にしてそれに向つて自分の心をはつきり内省させられた上からは、悪を度し善を修めることの出来ぬことを痛歎して善し悪しの二たつは全くわからぬと言はれるのであります。ただ善悪の二つを知らぬと申されるのではありませぬ。  業縁  かやうに深く内観せられたる親鸞聖人は、  「善き心の起るも宿業のもよほすゆへなり、悪事のおもはれせらるるも悪業のはからふゆへなり」(歎異抄)  と言つて、すべてのものが業縁のもよほすところであると説いて居られるのであります。悪性更に止め難しの心の上から見れば必ずさうでありませう。かやうな心の相は、他から見れば実に謙虚なものであります。謙虚の心は実に平和のものであります。宗教はまさに、此の如き平和の心の和を求むるものであります。  業報にまかせる  親鸞聖人あるとき、弟子の唯円房に向ひて、自分のいふことを信ずるかと問ひ玉ひしに、唯円房は決して仰せに背きませぬと申し上げました。然らば人千人を殺せ、これによりて往生は一定すべしと申されたところが、唯円房は仰せでありますけれども私の器量では人一人を殺すことも出来ませぬと申し上げました。ところで聖人の申されるに、これにて何事も心に任せぬといふことが知られるであらう。一人にても殺すべき業縁がないから殺さぬので、我が心の善く殺さぬのではない、さるべき業縁の催せばいかなることでもするであらうと教へられたのであります。ここに親鸞聖人の内観が徹底して煩悩具足・罪悪深重の意味を深く感知せられたことがわかるのであります。さればこそ  「されば善きこと、悪しきことも業報にさしまかせて、ひとへに本願をたのみまゐらすればこそ他力にては候へ」(歎異抄)  の考が起るのであります。さうして、これは内観が徹底した相で、そこにあらはれたる平和の心持がすなはち宗教と名づけられるものであります。  仏の催促  かやうにして、親鸞聖人は念仏するのも自分がとなへるのではなくして、すべて仏のもよほしによりて唱へさせられるのであると申されるのであります。そこには我といふものの価値は全く否定せられ、ただ業縁の中に動いてあるところの我をながめてそのあはれなる相を悲しみて居るのみであります。これはちやつと浅薄に考へると彼の宿命とか運命とか天命とかといふやうな考へと同じやうに思はれますが、運命とか、宿命とか、天命とかといふものは、自分とは別に存在して、自分はその命にしたがはなければならぬのでありますが、業縁といふのは全く自分のはたらきによりてあらはれるのであります。我々が過去の長い間考へたり、言つたり、行つたりしたことが消えないで、業となつたのであります。広く言へば、あらゆる原因が自分を中心として果を結むだのであります。それは結極自分がさうなるやうにしたのであります。それ故にそれにさしまかせるといふのは、いかにもその浅間しき相をながめて如何ともすることの出来ないことを悲歎することをいふのであります。さういふやうに内観が徹底したときに、我々は全く分別の心を離れて、始めてすべての苦痛を去ることが出来るのであります。さういふ安心の状態がすなはち宗教の境地であります。  真実の宗教  かやうに、叙述したるところを総括して考へて見ますと、内観といふことにもその程度にいろいろありまして、普通に反省と言はれて居る場合は道徳的の内観でありまして、自身の心の愚悪なる相を省みて、その愚悪を改めやうとするのであります。しかるに、内観の度が更に深くなりまして、自身の心の愚悪が人間の本性であり、妄念は凡夫の自体であるといふことを知るに至れば、それを改めやうとしても改むることの出来ぬ自身の力の弱きことに気がつくのであります。ここに自からにしてあらはれるところの心のはたらきが宗教と名づけられるものであります。それ故に宗教といふものは世間の多くの人が考へて居るやうに道徳的の理想を目標として努力するものではありませぬ。又二三の宗教にありて説かれるやうに、その胃潰が止みて始めて宗教の世界が開けるものではありませぬ。特別なる神聖の心の状態であるときにのみ宗教があらはれるものでもありませぬ。我々が自身の心のはからひを止めて愚悪なる心と知りながらそれを如何ともすることの出来ぬほどに自己が否定せられるときに、自身は自身より偉大にして崇高なるものの中に安息して居るものであるといふことが感知せられるのであります。この偉大にして崇高なりと感ぜられるものを神仏として禮拝するところに宗教の心が円熟して居るのであります。それ故に、神や仏を認識するといふことも、論理的の決裁によるのでなく、直観的にあらはるるところの偉大なるものを感知するのであります。從てそれに本づくところの行為も意識したる結論によらずして、何等意識することなしに、その偉大なるものに動かされて為すところのものが自から道徳の規範に背くことなく、論理を超越しながら理性に戻ることなく、それによりて我々の精神生活は正しく導かれて行くのであります。 昭和十一年三月十日 印刷 昭和十一年三月十三日 発行 東京市麹町区内幸町一丁目二番地 発行者 中山文化研究所 右代表者 秋山不二 東京市小石川区高田豊川町三十番地 印刷者 長宗泰造 東京市小石川区高田豊川町三十番地 印刷所 厚徳社 東京市小石川区高田豊川町三十番地 発行所 厚徳書院 振替口座東京九〇六三一番 文学博士・医学博士 富士川游述 正信協會発行