真宗  緒言  吾人の身体は、甚だ複雜のものであるが、その根本たるものは細胞で、細胞は分裂によりて増殖し、相集まりて組織を成し、組織は又、相集まりて器官を成し、この器官の活動によりて吾人はその生命を維持するのである。その器官の数多き中に、感覚の器官があつて、その活動によりて認識の作用が起り、それから思考・記憶・判断・意思等と、段々に種々雑多の精神作用が現はれる。これ現在の事実である。解剖学・生理学・心理学等の学科は、この現在の事実を研究するものであるから、これ等自然科学を修むる人々の中には、人生にはこの現在の事実以外には何物もない、この現在の事実を離れたるものは悉く空想・妄談であるかの如くに論ずるものが尠なくない。しかしながら、深く考へて見るに、この現在の事実の根柢には尚ほ或物がありて、それは吾人の意識には現はれざれども、吾人の精神生活が確かにこれによりて支配せられて居るといふことは疑を容れぬところである。而して、この或物は吾人の意識に現はるるところの現在の事実の個性的であり、差別的であるに反して、普遍的のものであり、平等的のものである。自然科学は、現在の事実を科学的に研究して、一々の事実につきて精細の説明を与ふるものであるが、研究の極点に達して、吾人の智力の及ばぬ所に至れば、これを自然の法則又は真理とする。この自然の法則又は真理は畢竟、現在の事実と、その根柢に存するところの或物とを結びつけるための言葉で、吾人がこの言葉を用ふる以上、差別的の現実の根柢に普遍的の或物が存在することを認めるといふことは無論である。故に、自然の法則又は真理といふも単に論理的にこれを推定するのではなく、自然の法則及は真理と名づくべき或物が、事実として宇宙に行はれて居るのである。若しそこに或物が存在せぬとすれば、吾人はこれに就て考ふることは出来ぬ筈である。要するに、自然科学は現在の事実を研究することによりて、この現在の事実の根柢に或物があるといふここを発見して、これを自然の法則又は真理と名づくるのである。されば、吾人が現在の事実と認識するところのものも、実際、事実の一部で、その事実の根柢に或物があるといふことは疑のないことである。これ吾人の精神生活は、現実として個性的・差別的であるが、その根柢には普遍的・平等的の或物がありて、差別的の精神は常にこの普遍的の或物に向ふ所以で、それが理想と名づけらるるものである。これによりて考えるに、吾人の精神生活は、現実と理想により成り立つもので、現実の奥には必ず理想があり、理想は決して現実を離れぬものであるといはねばならぬ、吾人、若し現実のみを見て理想を忘れ、又は理想に走りて現実を離るるときは、精神生活の根柢を失ふ訳であるから、吾人にして若しその精神生活の根柢を確実ならしめんとせば、現実の個性的・差別的の精神を、理想の普遍的・平等的の或物に觸れしむることが必要である。この精神の作用がすなはち宗教と名づけらるるものである。故に宗教は吾人の精神生活の貴重なる一部として、何れの時代を問はず、その教育、学術、工芸、法律、道徳、習俗、約言すれば文化の根柢をなして居ると同時に、一面より見れば、教育、学術、工芸、法律、道徳等、すべて吾人の精神生活の発達と共に、宗教はますます精練せられて、幼稚の域から高等の境に進むものである。これ人類の歴史の上にありて、確乎たる事実で、これを空想・妄談として排斥すべきものではない、斯の如く、宗教は、吾人の精神生活の一部であり、文化の要素を成すものであるから、歴史的にこれを観察するに、宗教が、文化、殊に学術及び道徳の上に、著しい影響を及ぼしたことは疑を容れぬことであるが、若しそれが学術と道徳とから離れたる場合には、宗教としての価値が無いばかりでなく、却てこれがために不良の影響を文化の上に及ぼしたる例が尠なくない、又宗教は元来、理想の方面に向ふものであるから、動もすれば普遍・平等に走りて、現実の人生に遠ざかるの弊がありて、それがために宗教は徒らに思想上の遊戯たる に過ぎずして、人生の力になることが出来なかつた例も尠なくない。仏教は釈尊が、人生の事実を観察して得たるところの真理に本づきて、教を立て、正道を践むことによりて理想の妙境に到達することを期するのであるから、その信仰は知識的に確立せられて居る。自然の事相を研究して、知識の限を尽して認識したる真理を崇敬し、これを信仰するのであるから、知識の進歩と共に、その信仰はますます確実となるので、決して科学と相離れることはない筈である。「又自然の法則又は真理の発見を目的として研究の歩武を進むるところの自然科学の精神は、すこしも仏教と衝突することはない道理である。余がこの小著は、この次第を明にせむことを欲して、輓近《ばんきん》の科学の思想の上よりして、仏教の神髄を説明せむと試みたものである。一面にありては、自然科学者の多数が現実に執著して理想を忘れ、宗教を以て現実を離れたる空想・妄談であると排斥し、一面にありては宗教の多数が科学を無視し、現実を離れて理想に走り、遂に人生の力となること能はざるの有様を呈せる今日の場合に方り、若し余のこの小著が、志ある人の目にとまり、此点に於て、多少の参考ともなることあらば、余に取りて、実に望外の幸福である。  大正八年五月下完  富士川游  目次  宗教  仏教  弥陀教  親鸞聖人  大無量壽経  阿弥陀仏  摂取不捨  南無阿弥陀仏  絶対他力  浄土往生  生死の問題  救濟の意義  安心生活  真宗  宗教  其一  宗教とは何ぞや〇生命の欲望〇幸福滿足の欲望〇境遇の制限〇力の微弱○精神上の苦痛〇人間の感覚を超越せる精神的本態又は權力の信仰○欲望の客観的発現〇宇宙の刺戟に対する反応  (一)宗教はもとより信仰に属するものであるから、心より心に伝へらるべきである。文書を以てその妙味を説明せむことは極めてむつかしき事といはねばならぬ。しかれども、真実の宗教は、決して盲目的に神秘的のことを信仰するのではなく、その信仰の対象は、今日の吾人の知識によりて十分にこれを説明することを得べきものであるから、余はここに「真宗」につきて、少しく叙述しやうと思ふ。それには、まづ宗教の本態と根原とに就て、大要のことを、記述するの必要がある。」宗教とは何ぞやといふ問題は、古来、宗教学者・哲学者・心理学者・言語学者・人類学者等の間に、盛に討論せられたるものであるが、余は、輓近の知識によりて、これを心理学的に説明して、「宗教は人類の感覚を超越するところの精神的本態、又は権力の信仰、この精神的本態又は権力に依憑するの感情、及び、この精神的本態又は権力と和合せむとするの欲求である」とするのが最も正当であると信ずる。然らば此の如き人類の感覚を超越するところの精神的本能又は權力の信仰は如何にして起るか、それに依憑するの感情と、それと和合せむとするの欲求とは如何にして起るか。まづ、この問題に就て説明せねばならぬ。  (二)全体、吾人の精神生活にありて、その動機になり、吾人の精神を活動せしむるものは、欲望であるが、中に就て、生命の欲望と幸福・滿足を求むるの欲望とは、その最も著しいものである。」生命は吾人が既に所有して居るものである。それを一日でも長く維持しやすといふ欲望は甚だ強い。この欲望は、平生は、あまり現はれては居らぬが、生命の上に、何か危険が来るときには力を極めてこれを防ぐのである。たとへば、疾病は、生命の上に、直接の危険を致すものであるからこれを恐れて、どうかして疾病に侵されぬやうにと願ふ。しかしながら、吾人は絶対に疾病を免れる方法を知らぬから、疾病に罹りて遂に死亡するといふ結果に到達せねばならぬ。死亡するといふことは生命を全く失なふ所以であるから、吾人はこれを怖れて、何時までも生きて居りたいと願ふ。  (三)吾人は、又、幸福を望み、滿足を求むる。この欲望は甚だ強く且つ限が無いから、如何なる境遇にありても、それで十分滿足であるとの感は起らぬ。たとへば、貧困の時には富貴の人の物資に富めるを羨むけれども、既に富貴を得ればこれを維持しやうとする欲望のために苦しみて、却て貧乏生活の安樂を羨む場合もある。他の人からは羨まれる身でも、その人の心には始終不滿足がある。隴を得て蜀を望むといふことは実に吾人の欲望の常である。」此の如き欲望は限もなくあらはれて来る。しかも吾人の力と境遇とは、この欲望を満たすことが出来ぬ。吾人の境遇は制限せられたものであるといふことは、吾人が人生の経驗を積むに從て、ますます明かに自覚せられるが、しかも吾人が幸福・滿足を望むの欲はますます劇しくなつて来る。  (四)吾人は此の如く、劇しい生命の欲望と、幸福・滿足の欲望とを持つて居る。すなはち、簡単に言へば、完全に生きたいといふ欲望が甚だ強い。しかるに、これを実現することは到底吾人の力の及ぶところではない。吾人は人生の経驗を嘗めて、ますます明瞭に、吾人が知覚するところの世界が、理想の世界と、実際に於て、一致せざることの甚しいといふことを認める。從て、吾人は人生の経驗を積み、思考を深くするによりて、ますます現実の世界に対して不満足の感を起すやうになる。而して、此の如く、外的に無力なる吾人は、また内的にも無力で、その実行が常に理論に伴なはず、又自分の思ふ通りに実行するの力が無い。ここに精神上の苦痛が起るのである。  (五)此の如き、精神上の苦痛は、如何にしてこれを免かるべきか。吾人は既に自己の弱小にして力のないといふことを自覚して居る。この場合にありて、人間の信頼するに足りないといふことも経驗によりて認知して居る。故に、吾人は自己よりも偉大なるものを求めて、これは依憑し、和合し、それによりて滿足の感情を得て以て精神上の苦痛を去らむことをつこめる。ここに、吾人類の威覚を超越するところの精神的本態又は権力の信頼が起るのである。これすなはち、吾人の精神の奥底に潜めるところの欲望が客観的に発現したのである。たとへて言へば、飢ゑたるときに食を欲し、渇きたるときに水を求め、睡むたいときに眼瞼が閉づると同じやうに、身体の内部から、衝動的の刺戟が現はれて来て、どうしてもさうせねばならぬやうになるのである。この点よりして言へば、宗教は、宇宙の刺戟に対する吾人人類の反応である』と見て差支ない。  其二  文化生活に於ける事実○人類と宗教〇宗教の表現〇宗教の価値〇宗教の形式○伝承的信條〇宗教の排斥〇精神の空虚の補充  (六)宗教の本質が、吾人の精神の内部にその根柢を有することは、上に言つた通で、実際、宗教は、科学・文学・美術・道徳等と同じく、人類の文化生活に於ける事実である。故に、何れの時代を問はず、何れの地方を論ぜず、又その文化の如何を問はず、如何なる人種と雖も、一として宗教を持たぬものはない。英国のラボック氏は、嘗て、世界の人種の内には、何等の宗教をも持たぬものがあると言つたが、これは調査の粗?なるがためで、ロスコッフ、タイロール、ペッシェル等諸氏の近時の調査に拠りて、宗教は何れの人種の間にも行はれて居るといふことが証明せられた。」然れども、これまで、?史的に知られたる各種の宗教は、其実、宗教の表現で、決してその本質ではない。從て、他の社會的生活の形式の如くに、単に一時的のもので、それには発起きと、生長と、衰滅との時期がある。その中には既に世界の歴史の舞台から去つたものもある。猶ほ存在して居るけれども、化石のやうになつて、殆ど発達せぬものもある。」此の如く、宗教の表現は常に変化して、時々、消長・盛衰がある。その形式は或は亡びることもある。しかしながら、宗教の本質は、人類の精神生活の現象として、人類と共に生存する。故に、人類の発達史は、取も直さず、宗教が、下級のものより上級のものにまで、発達したる歴史に外ならぬといふべきである。  (七)然るに、世の中には、宗教を以て、人類の発達の暫時の間に存するものとして、今日では、宗教は既に不必要になつたといふ学者もある。又殊に知識階級の内には、宗教は人智の猶ほ幼稚なる時代に、宇宙の現象を神秘作用に帰して説明したるもので、畢竟、愚昧なか人類の迷信に過ぎぬものであると論ずる人もある。有名なる仏国の哲学者アウガスト、コムト氏の如きは、自家の実証論の見地から、実在と実利とを具備せぬ形而上学は今日に於ては吾人に不十分であると説き、想像的に、実在を仮定し、これを神として崇拝するところの宗教は、最早、今日には不必要のものであると論じて居る。又独逸の生物学の大家ヘッケル氏及び化学の泰斗オストワルド氏の如きは、彼等の所謂一元論の見地から立論して、感情や想像で出来上つた宗教の信條に反抗し、経驗と理性とによりてこれを批評して、既成の宗教は過去の遺物として見るべきもので、今日の人生には無用のものであると説いて居る。」しかしながら、コムト氏の説にしても、ヘッケル氏又はオストワルド氏の説にしても、其にその専門の学術の見地から見て、伝承的の宗教の信条若しくはその儀式が、今日の社會に意義なしといふだけのことで、宗教が吾人の文化的生活の要素を成して居るといふ事実を否定することは出来ない、率直に言へば、これ等の学者は、歴史的宗教の形式に対して不満を懐くもので、決して宗教の本質を否定するものではない。故に、コムト氏は既成の宗教を排斥したけれども、それによりて生じたる精神生活の空虚を感じ、これを填充せむがために人道教を起さざるを得なかつたのである。ヘッケル及びオストワルド氏も同様で、彼等は基督教を排斥するけれども、これを除くがために精神上に生じたる空虚は、所謂一元論的の思想的組織で、これを補充せねばならぬのである。  (八)宗教の信仰は、知識なき下層の人類のためには必要かも知れぬが、相当の知識を有するものは、必ず此の如き迷信を排斥するといふ人がある。これ等の人は、宗教がその根柢を精神の奥底に有することを知らず、信ぜずして可なることを信ずるものであるかの如くに誤まり考へて、宗教の形式を排斥するのである。故にこれ等の人の中には、「我は宇宙の法則を信ず、この信念は、宗教上の信仰と同じく、吾人の活動を律するものである。」といふやうな説をなすものが多い。しかるに「我は宇宙の法則を信ず」といふことの内には、明かに自己より偉大なるものを信仰し、これは依憑するの感情を存して居る。これすなはち、宗教の本質に外ならぬのであるから、これ等の所説は、畢竟、「宗教は到底、吾人の生活より排斥せらるべきものでない』といふことを、裏面より証明するものである。  其三  宗教の発達〇前生気主義時代〇生気主義時代〇自然崇拝〇天体崇拝〇動物崇拝○初歩的自然観〇因果の追求○精靈崇拝〇死亡〇夢及び失神〇精靈信仰〇至善本態の信仰〇至善本態の意識○利他的衝動○内省  (九)此の如く、宗教が、吾人の精神の奥底にその根祇を有し、吾人の精神生活の重要なる一成分として、文化と親密の関係を有するといふ事実を証明せむがために、ここに少しく詳かに宗教の発達に就て敍述するの必要がある。」原始の人類はその五官の作用で、僅に周囲のものを認識するに止まる。これを一個人の精神の発達に比較すればおよそ二歳位までに相当する。此時には固よりまだ自然界に於ける精霊を認識することはない。これを前生気主義(Prianinismus)の時代に名づける。」第二期は生気主義(Animismus)の時代である。この時代の人類は、その周囲のものを見ること、およそ二歳乃至四五歳頃の小児と同様で、動物及び植物は無論のこと、日でも、月でも、風でも、雲でも、山でも、川でも、その他、何物でも皆、生命を有して居り、又精神を有して居るものと考へる。それ等のものに感覚があることは、丁度自己と同様であると信ずる。又これを權力として感じ、それが自己に対して恩恵を垂れ、又は懲罰を加ふるものと考へる。これは初歩的の衝動で、無意識的に動物の状態であつた時から引き続きてこれを有して居る。無意識的に、本能的に、そのものを人格化する。この衝動は詩歌の衝動に近似せるもので、タイロル氏が言へる如く、原始の人類の自然観は、今日の吾人の詩歌であると言つて差支ない。」而して、原始の人類は、幼若なる小児の如くに、利己的であるからこれ等のものを恐れる場合、それが自己よりも有力であると考ふる場合、これを崇拝することによりて何等かの利益があると信ずる場合、それに対して希望するところがある場合には、それを崇敬して、依憑の感情を生ずる。これが、宗教の根本をなすのである。」故に、この時代には種々の崇拝の形式が認められる。すなはち、著しく目に著き、多くは精神を有するものと考へられる物及び現象(例之、石、山、樹、森、川、湖、海、太洋、風、雲等)の崇拝(狭義の自然崇拝Physiolatrie)。天、日、月、星、光、日蝕、雷、電等の崇拝(天体崇拝Sabaismus)。著しく目に著き、又は利害の関係を有する動物の崇拝(動物崇拝Zoolatrie)等、すなはちこれである。  (一〇)生気主義時代の人類は、此の如く、自己の周囲に生命を見て居る。自然界の現象及び事変はすべて生命を有し、又權力を有するものと信ずる。それがために、その或物は吾人に対して恩恵的・慈愛的のものでありと感ぜられ、或物は、危険であり、或物は驚怖・驚愕・苦悶・憂愁の種子となる。從て、それに対して諂諛《てんゆ》し、請求し、崇敬し、依憑するの感情が起るのである。」この初歩的の自然観を助くるものは、各個の現象及び事変に際して、その原因又はこれを起すものを求むるの衝動である。故に、人種学者オスカル、ペッシェル氏の如きは、この因果の追及が宗教の根本をなすものであると言つて居る。  (一一)宗教的文化の第三期に現はるるものは精霊崇拝(Spiritismus)である。」精霊崇拝は、生気主義の一段進歩したものであるが、その極めて幼稚なるものは幽霊の信仰である。精神が或物に限られないで、自由にその物から離れて、それが地上や空中を彷徨するといふ信仰である。」原始的の人類の間には、両親又は祖先の精靈が、その子孫に対して恩恵的の作用をなし、守護的の精霊となりてこれを助けるといふ信仰があつて、これを崇敬するの風がある。この精霊崇拝は自然崇敬と同じく、生活の事実の上に基づくものであるが、中に就て、最もこれを奨進するものは死亡の事実である。昨日までは生命を有して、彼此と奔走せる人が、今日は既に冷たくなつて反応なき身となつた。見ることも出来ず、聴くことも出来ず、呼吸することも出来ず、言語を発することも出来ず、意識は全く無くなつたのである。この驚くべき現象を見て、しかる思想の幼稚にして、空想と事実との区別を誤り易き原始人類は、精霊が肉体を離れたといふことで、死亡の現象を説明するのである。」夢と失神との現象は、更に、精靈が独立して存在するといふことを信ぜしむるの原因となる。これによつて、精靈又は精霊の一部が、身体から離れて、諸処を遊動するものであるといふの信仰を生ずる。」身体を離れたる精靈が、自然界に拡がりて、各種の自然現象の内に入りて、ここにその作用を逞しくするものであるこの信仰が生ずる。」すべて見らるべき生活は身体と精神との二種から成り、この身体と精神とは互に区別せらるべく、其人の死亡せる後には、身体と精神とは相別れ、精神は独立して、その存在を続けるものであると信ずる。」この精靈の信仰の上に、宗教の根本が存するのである。  (一二)今日までの学者の多数は、この自然崇拝と精靈崇拝とを以て、宗教の根本として居る。しかるに、フォン、シュレーデル氏は、更に至善本態の信仰を以て、宗教の根本の要素をなすものとして、この自然崇拝と精霊崇拝とに加へて居る。フオン、シュレーデル氏の説に拠れば、この至善本態といふものは精靈でなく、又自然現象とも同じからざるものである、或は天と関係ありとして天に住むものとせらるることもあるが、この本態は決して死するものでなく、その本性は不明であるが、しかも常に恩恵的の光明を放つものとして、原始人類に考へられて居る。それ故に、吾人はその意思に從ふて、善いことをなし、正しきことをなすべきである。」この信仰は精霊崇拝の発達せぬ以前から既に行はれて居るから、もとより精霊崇拝に基づくものではない。アウストラリア土人は、これまで宗教を持たぬものとして知られて居つたが、近頃の調査に拠ると、精霊崇拝と、自然崇拝と、至善本態の信仰とを持つて居るといふことが明かになつた。その至善本態の信仰に基づくところの戒律にしては、老人に服從すること、人に対して親切なるべきこと等の単一なる道徳的規約が行はれて居る。アフリカの土人も、神の信仰を持つて居るが、その神といふは、至善本態のことである。しかるに、他方にありて、精霊崇拝が盛であるために、この至善本態の信仰は目につかぬのである。  (一三)動物にありても、既に倫理の萌芽があつて、それから愛情の本能が起きて来る。相互に助けるといふ愛情があるために、種属の利益のためには、克己・犠牲の本能があらはれる。生殖衝動の強きがために、与へられたる場合に、個人は喜むで死に就く、母の慈愛の本能は母をしてその子のために犠牲たるに甘んぜしむる。自己保存といふ利己的の衝動に併せて他の利益のために自己を犠牲にするといふ利他的衝動がある。これ等はすべて事実に存在して疑のないことであるが、何が故に、斯くあらねばならぬかといふときに、至善本態が意識せられ、その本態は見ることも出来ず、聞くことも出来ぬけれども、人たるものはすべてその意思に從ふべきであると考へしめられるのである。  (一四)自然崇拝と、精靈崇拝とは、自然界及び人類の生活に於ける事実に基づきて起り、又常にその度を増して居る。然るに、至善本態の信仰は、これに反して自己の精神の内部に入りて、深く自己の内面を省察するといふことによりて起るものである。すなはち、自己の内面を省察すれば、利己的の衝動に併せて利他的の衝動が現はれて、その利他的の衝動は他より来たれる意思として、利己的のものと争闘する。ここに至善本態の信仰が起きて、それによりて自己の利益、しかのみならず、生命をも犠牲に供するまでの愛情が起きるのである。而して利己的の衝動は理解し易く、説明を要しないが、利他的の衝動は実に不思議のもので、自己の意思でなく、他の「自己より偉大なる或物」の意思であると考へられる。ここに宗教の根本が存するのである。  其四  宗教の歴史〇自然的宗教又客観的宗教○超自然的宗教又主観教〇倫理教〇基督教〇仏教  (一五)宗教の根本の三種の中にて、何れが古くて、何れが新しきかは、明かにこれを言ふことは出来ない。実際の所、原始的人類の宗教の内にも、この三種の根本が既に存在して居り、それが種々に発達して今日の状態に達して居るのである。」その発達は固より長い間の歴史で、簡単にここに叙述することは出来ぬが、約めて言へば、数千年の経過の間に、宗教は動揺し、又変化して居る。その内に、根本の要素としてますますその力を強くして居るのは至善本態の信仰である。」自然崇拝を人類の精神生活に比較すれば覚官的で、精霊崇拝は精神的に相当し、至善本態の信仰は倫理的部分に比せらるべきものであるから、至善本態の信仰がますますその力を強くすることは理の当然である。  (一六)宗教の発達の歴史を見ると、原始人類の時から、無意識的に、漸次に発達したものがある、これを自然的宗教又は客観教と名づける。この自然的宗教にありても、高等のものになれば、神の概念は十分に純化せられて居る。」自然的宗教にありて、すべての神は精霊であるが、すべての精靈が神である訳ではなく、精靈の或物が、他と明かに区別せらるべき性格を得て始めて神となるのである。すなはち、始めは盲目的の自然力であつたものが、漸次に人類の理想として現はさるる神となるのであるから、精霊は漸次に人類化して、道徳的要素の力がますます加はるものである。しかしながら、この種の宗教では、自然的要素と、倫理的要素との調和が、まだ欠げて居る。」この自然的宗教から、個人的教租によりて故意に改革せられたる宗教が新に生まれる。これを超自然的宗教又は主観教と名づける。この超自然的宗教は、倫理的の覚醒に、その端を発するもので、自然的宗教の神が自然的であつたのに反して、精神的・倫理的・人格的となり、素朴なる現象を離れて他の精神的活動と一致したものとなる。」超自然的宗教の神の概念の内には、主観的・道徳的理想が客観化せられて投影せられて居るが故に、此種の宗教は倫理的要素を以てその特徴とする。故に、一にこれを倫理教と名づける。今日の世界の大宗教たる基督教も、仏教も、共にこの倫理教に属するものである。 (参考書籍) 1)Ir.Scheiermacher,UberdieReligion.RedenandieGebildetenunterihrenVerachtern.Heraus geyebenVonR.Oto.3.Null,191;シユライェルマッヘル宗教論、文学士石原謙訳 2)".Jums,ThePsychologyofBelief.1889.3)C.P.ThieleOutlinesoftheHistoryofReligion.7th.Ed.1905. C.P.Thicle,Einleitungindie.Religionswissenschaft.1925. 4)R,Eucken,perWahrheitsgchaltderReligion,1912.「宗教の真諦、三亜良器」 5)J.B.Frate,ThePsychologyofReligiousBelief.ngo6.「 水野十冠助船艦料 6)Boutroux,Science&ReligioninContemporaryPhilosophy.London.1912.7)Schroeder,WesenundUrsprungderReligion,ihreWurzelnundderenEntfaltung.1905. 8)宗教哲学、文学士石原謙著 9)JamesII.Leula,ThePsychologicalOriginandtheNatureofReligion,1909.  仏教  其一  釈迦牟尼仏〇隠遁〇苦行〇瞑想〇典理の認識〇体驗〇成仏〇解脱の道〇仏教  (一)仏教は釈迦牟尼仏が説かれたる教である。故に、釈迦牟尼仏は仏教の開祖であるが、彼の基督教や回同教の開祖のやうに神の子の化身ではなく、西暦紀元前六世紀の半ば頃に、印度の迦毘羅国の王族の家に生れた人である。釈迦牟尼仏は出家の後に得たる尊称で、本名は悉達多である。母は悉達多が生れたる後七日に亡くなつた。父の浄飯王は悉達多を寵愛し、その幼年時代を安樂なる生活の下に、悉達多が思ふままになさしめた。年十七にして悉達多は耶轍陀羅を迎へて妃となし、金殿玉樓の裡にありて、地上の歡樂を極むることを得るの身となり、間もなく一子を挙げた。然るに、此頃、悉達多は思を生・病・老・死の問題に替め、漸く人間界の快樂の恃むに足らざることを悟り、遂に人生の苦悩を排除するの方法を発見せむことを志し、二十九歳の冬、その最愛の妻子を捨てて、隠遁の生活に這入つた。  (二)道を求めむとして出家したる悉達多は、数論派哲学の学者や、勝論派哲学の大家に就て、人生の苦悩を解脱するの道を問ひ、或は寺院内に勤行せる僧侶を尋ねて大覚を成ずるの法を聴いた。しかるに、これによりて滿足の解決を得ることが出来なかつた」ここに於て悉達多は自から思索を深くして平等・無我の真理に到達せむと欲して、象頭山に上ぼり、感覚を抑へ、欲情を制して、最も厳格なる苦行に入つた。」斯くして六年を過ぎた所が、身体は疲せ衰へて、既に死に陥らむとするに至つた。悉達多が、解脱の道を求むるに熱心の余り、感覚を抑へ、欲情を制して修めたる苦行も、徒らに身体の衰弱を致すに過ぎなかつた。  (三)そこで、悉達多は苦行を棄てて、瞑想の道に入り、省察を深くして、吾人の内部にあるところの光明に信頼せむと志した。斯くて、一夜、菩提樹下にありて禅定に入つて居るときに、頓に真理を認識することが出来た。人生の苦悩の根本と、これを消滅するの道を悟つた。この真理の認識と、これをその生活の上に実現することとによりて、悉達多は、大覚な成じで、遂に仏陀となつた。釈迦牟尼仏すなはちこれである。」仏陀とは菩提を獲得したる人である。菩提とは阿耨多羅《アヌツタラ》三貌三菩提《サムヤクサムボデー》といふ梵語の略称で、阿癖多羅は無上の義、三貌三菩提は正?智又は正?道の義である。平易の言葉にて言へば、吾人が人類として、到達し得るところの智的及び道徳的完全の理想の境である。」釈迦牟尼仏は、此の如くにして、自己が認識したる真理を、あらゆる人類に宣伝しやうと決心し、諸処を巡廻して、自己が解脱したやうに、人々が解脱するを得るの道を説いた。これが、すなはち仏教である。  其二  宇宙及び人生の真相〇無常〇無我〇涅槃〇三法印○宇宙の組織及び発展○物質の法則〇輓近の一元論〇仏教の宇宙観〇縁起論○業感縁起論〇頼耶縁起論〇真如縁起論〇法界縁起論〇実相論○事相差別論○性相差別論〇性相無別論〇事相融通論〇真如  (四)釈迦牟尼仏の教は、此の如く、思索の結果、認識したる真理をば、生活の上に実現するによりて、人生の苦悩を解脱するの法を説くので、決して超自然的の天啓を伝ふるものではない。故に、仏教にありては、萬物の創造者であり、又その主宰者である」といふやうな、不可知的の超自然的の或物を崇拝して、その意思に従ふことをつとめず、どこまでも現に活動して居る世界の存在の事実に、推論の基礎に置き、精細なる観察と攻究とによりて、宇宙と人生との真相を知り、それに基づきて、全然内部の改造を成し遂げて、理想的及び道徳的生活の安全なる境地、すなはち涅槃に達せむとするのである。」釈迦牟尼仏はもとより、三千年後の今日の吾人が持つて居るやうな精密なる自然科学上の知識を手にすることは出来なかつたが、しかも自然科学の根本問題に著目して、今日の自然科学上の精神と矛盾しない宗教を興された。  (五)仏教を、他の宗教より区別するところの根本の原理は、無常・無我・涅槃の三法印である。法印とは、公文に印を得て信ずべきと同じく、無常・無我・涅槃の三個の印で、これが仏説であるといふことを定めるといふ意味である。若しこの三法印がないときは魔説で、決して仏教ではない。」宇宙の一切のものは一として常恒なるものなく、すべてこれ無常である。ただ変化あるのみである。然るに、衆生がこれを悟らずして、無常の一切の中に、常想を執つて居るから、仏は無常を説て、その思想の誤まれることを教へられるのである。」宇宙の一切のものが常恒のものでなく、因縁和合して、僅かにその形を現はすのみであるとすれば、それから論理的に考へて、必ず無我の説に到達する。宇宙の一切のものが因縁和合によりて現はれるものとすれば、我といふものの有ることはない。然るに、衆生がこれを悟らずして、一切のものの中に、強て主宰のものを立てて、我と執著するから、仏は無我を説て、その意見の倒まなることを教へられるのである。」諸行は無常であり、諸法は無我であるに拘らず、衆生はこれを常恒のものと誤まり、自我に執著するから、惑を起し、業を生じ、三界に流転するのである。この故に、仏は涅槃の法を説き衆生をして、迷の界を出で常恒の樂を得せしめむとするのである。  (六)此の如く、釈迦牟尼仏は、推論の基礎を人間存在の事実に置きて、宇宙と人生との観察を深くせられたために、自然科学の未だ知られざりし時代にありて、自然科学的時代の産物と同様の結論に到達せられた」輓近、天文学及び物理学の大進歩によりて、宇宙の組織及び発展につきて、吾人が得たる知識は、左の要点に帰著する。  「宇宙の空間は、無限の大さを有して居り、又窮極する所がない。その空間は悉く物質(ズブスタンツ)を以て、充填せられて居り、如何なる部分も決して空虚の個処はない。宇宙の時間は同じく無限であり、又無窮である。始もなく、終もなく、すなはち悠久のものである。物質は到る所に存在して、常に不断の運動と、変化とをなして居る、其処には決して永久の休息と固定とがない、無限の分量を有する物質と、永久に変化しつつある勢力とは常に変化する。宇宙の空間に於ける物質の普遍的運動は定期的に反復する発達状態を有する循環である。  これを要するに、宇宙は無始・無終である無際・無限である。その一切のものは恒久なる物質(ダブスタンツ)の不断の運動と変化とに過ぎない。すなはち仏説にいふところ諸行無常である。  (七)近世一元論の唱道者として名高き、独逸の自然科学の大家ヘッケル氏はこれに就て、次の如くに説いて居る。「此の如き宇宙体の定期的衰滅及び新生に就きての観察は、物理学及び天文学の輓近の進歩と、物質法則(物質不滅の法則。勢力不滅の法則)とによりて吾人がこれを認むるに至りたるのであるが、これは吾人をして普遍的なる宇宙の発展を洞察せしむるもので、吾人に取つては重大なることである。この見地に立ちて考へて見ると、我が地球は、丁度、日光の射入したる所に浮遊する塵埃のやうなもので、広大なる宇宙の内には、このやうな遊星が何百萬となく存在するのである。吾人人類の如きも、人類中心の妄想に拠れば神の御姿を模して造られたるものであるといふけれども、其実は、胎盤哺乳種に過ぎない。宇宙の広大なるに比しては蟻か、蠅か、顕微鏡下に見らるべき滴虫類や微菌より重大の価値のある訳ではない。人類は実に物質「ズブスタンツ」)の発展の一時的の状態で、物体と勢力との結合したる個性的現象に外ならぬのである(Weltritschel,S.282.)。これ実に諸行無常の仏説をば、輓近の自然科学上の知識にて説明せるものと見て差支ないのである。  (八)近時、印度マドラス大学の物理化学の教授のラクシュミー、ナラス氏は「仏教の神髄(LaleslimiNarell,TheIssenceofBucidhism.1912.)と題する著述を公にして、仏教は先天的に、科学の発見又は科学的方法の精神に矛盾しない唯一の宗教である」と論じ、その所説は輓近の一元論に一致するといふこと主張した。これに対して、独逸の一元論團体の會長たる化学の泰斗オストワルド氏は「仏教が一元論と一致するといふ著者の主張は、著者の創意でなくして、寧ろ自明の事の如くに見える、若しもこれ等仏教界の現代主義者が、その宗教の神髄或は更に仏教の宇宙観を、極めて、忠実にそれを説けるものとすれば、実に基督教の起る前に、すなはち今から二千五百年前に、既に根祇に於て、全く科学的といふべき宇宙観、従つてその要点に於て一元論に一致せる宇宙観が出来て居つたといふべきである」(Ostwald,MonismusundBuddhismus.MonistischeSonntagspredigten.191 3.)と批評して居る。」いづれにしても、釈迦牟尼仏は、ラクシュミー、ナラス氏が言ふ如く「その実際的哲学を、人性の観察と、緻密な考究とによりて発展せしめられた、科学の未だ知られない時代にあつて、既に、何処から、何処へ、而して何故の問題に対して科学的時代の産物ともいはまほしき解決を見出された』のである。  (九)更に、ここに、少しく詳かに、仏教の宇宙観を説かむとするに、第一に縁起論を、挙げねばならぬ。縁起論は宇宙の一切のものの発展する縁起を説くので、四種の所説が行はれて居る。」その一は業感縁起論で、宇宙の一切のものは、業力によりて感得したものであると説くのである。業とは梵語にカルマと名づくるもので、すなはち吾人日常の行為の作用をいふのである。この業力は滅することなく、因果の法則によりて、相応の結果を来たす。それがために、宇宙の一切のものは現はれるのである。然らば、その業力といふものは果して何によりて起るかといふことを考へて、それが阿頼耶識であるといふことに到著して、頼耶縁起論といふものが起つて来る」阿頼耶識といふのは眼・耳・鼻・舌・身・意の六識の外にある一種の識(精神作用)で、末那識に併せて八識となるのであるが、眼・耳・鼻・舌・身・意の六識と末那識(我執の根本をなすもの)との七識が、その作用を起す毎に、常にその種子を薫じ附けるがために生ずるところの精神作用である。この阿頼那識から宇宙の一切のものが現はれる。すなはち宇宙の一切のものは皆、唯識(心)から生起するものであると説くのが阿頼耶識縁起論である」業力といふものも、識といふものも、更に深くその根本を尋ねて見れば、真如から現はれるものである。真如といふのは真実にして、虚偽なく、生滅なく、常恒不断・平等無限であるといふ意味で、宇宙の一切のものが、この真如から現はれる。かう説くのが真如縁起論である。」この論に拠ると、宇宙萬物の本態は真如である。同一の真如が因縁の異なるによりて種々雑多の現象を現はすのである。故に、宇宙の一切のものは、山や川や草や木や、動物や人やなど、すべてその形態は一様でないけれども、互に連絡のあるもので、真如を海に譬ふれば萬物は波瀾である。故に宇宙の一切のものは、相互に因縁の関係を持つて居る。かう説くのが法界縁起論である。  (一〇)縁起論に併びて実相論といふものがある。」実相論といふのは宇宙の実相(現在の状態)を説くので、その一は事相差別論で、ただ宇宙の一切のものの個々差別の有様を説明するのである。その二は性差別論で、宇宙の一切のものには差別の相(現象)の外に、不生・不滅の性(本態)のあることを説く。その三は性相無別論で、差別の相(現象)と、不生・不滅の性(本態)とは、その本質より言へば全く同一の真如で、差別はないと説く。その四は事相融通論で、宇宙の一切のものは千差萬別であるが、その根本は真如より現はれたるものであるから、萬物は互に融通すると説くのである。  (一一)此の如く縁起論から見るも、実相論から見るも、又諸行無常の説から考ふるも、仏教の宇宙観が、今日の自然科学的一元論の宇宙観と、同一の結論に到達せることは疑を容れぬところである。」ヘッケル氏の一元論で、宇宙の根本の本態とするところの物質(ダブスタンツ)も、オストワルド氏の一元論にいふところの「エネルギー」も、仏教にいふところの真如も、その名称と、説明とが、相違せるのみで、それ等が宇宙の一切のものの根本の本態であり、又それ等から宇宙の一切のものが現はるるものであるとするに至りては、共に同一である。  其三  苦・集・滅・道の四諦○八正道○戒・定・慧の三学〇六度〇涅槃  (一二)釈迦牟尼仏は、人生の実相を観察して、吾人の精神生活は常に苦悩を免れざるものであるといふことを知り、この苦悩の原因は煩悩と行業とにあることを明にし、而して、これを自己の実驗に照して、その苦悩を滅するの理想と、これを実現するの道とを説いた。これを苦・集・滅・道の四諦と名づけるのである。」諦とは審実の義で、聖者の観る所、虚妄にあらずといふ意味であるから、四種の真理といふほどのものである。その苦諦といふのは宇宙の一切のものの真相は皆苦悩なりと知るのである。而して、この苦悩の原因は如何といへば、煩悩と業とにある。業は煩悩から起る。煩悩には愛に属するものと、見に属するものとの二種がある。この煩悩が、業と一処になりて、苦悩を招き集むるものである。この真理を集諦と名づけるのである。この苦悩を厭ふものは涅槃の境に入りて常恒の樂を獲得すべきである。これがすなはち滅諦である。而して、この常恒の樂を獲得することは正道を歩むことによりて達せられる。これが道諦である。  (一三)正道といふは中正の大道である。苦悩を解脱して涅槃の理想境に到るべき道である。すなはち道諦の内容と見るべきものである」これを八種に別けて八正道と名づける。  (一)正見 四諦の真理を正しく見て、分明に外道・有無等の邪見を破斥すること  (二)正思惟 四諦の真理を正しく思惟すること  (三)正語 一切の盧妄・不実の語を遠離すること  (四)正業 一切の邪妄・不正の行を断除すること  (五)正命 出家に相応の生活をなすこと  (六)正精進 戒・定・慧の道を勤修して、一意專精、間歇あることなきこと  (七)正念 正道を修して、余念なきこと  (八)正定 禅定を修して乱想を離れ、身心寂靜、正しく真理に住して移らざること  この八正道を約めて言へば戒・定・慧の三学に帰著する。」戒とは身・口・意の悪業を防ぐことで、正語・正業。正命の三正道は正しくこれに属する。定とは想念の散乱するを鎮めて心を清浄にすることで、正思惟・正精進・正定の三正道は正しくこれに属する。慧とは真理を見てこれに順ずる心で、正見・正念の二正道は正しくこれに属する。  (一四)八正道及び三学に併びて更に六度と名づけらるるるものがある。すなはち布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧の六種の行で、吾人はこれによりて生死の海を度りて涅槃の岸に到ることを得るが故に斯く名づけるのである、又一に六波羅蜜とも言はれて居る。  布施(梵語檀那)財物を人に施すこと。教法を人に施すこと  持戒(梵語戸羅)五戒・十善業を始めて一切の戒を持つて犯かさざること  忍辱(梵語ぜん提)恭敬・供養の中に驕逸を生ぜず、慎罵・打害の中に怨恨を生ぜず、寒熱・風雨・潟喝等に対して憂愁を生ぜざること  精進(梵語毘梨耶)放逸を放れて、勇猛に道を修むること  禅定(梵語禅那)心を專にし、念を極め、一を守りて散乱せざること  智慧(梵語般若)宇宙の一切のものの実相を悟ること。  これを要するに、八正道といひ、三学といひ、六度(六波羅蜜)といひ、共に釈迦牟尼仏が、自己の実驗によりて、苦悩を解脱して、涅槃の理想の境に至るべき方法として示されたるものである。  (一五)涅槃(梵語涅槃那《ニルヴァーナ》の略)は、吾人が釈迦牟尼仏の教に從ひ、中正の道を歩みて、遂に到達すべき理想の境である。文字の意義よりして言へば、虚為寂莫にして有無を超絶したる所が涅槃であるから、支那の言葉に訳してはこれを滅度又は無為と言つて居る。故に、涅槃の意味を、丁度、火焔の吹き消されたると同樣にすべての活動の止滅であると解釈したものもある。しかしながら、釈迦牟尼仏の教の真意に從へば、涅槃は吾人が煩悩を尽して、本来の実相に還りたる境である、生滅の仮相を離絶し、思慮分別を超越したる境である。無明悉く滅して真如の本態が全部を現はすに至りたる境である。故に、涅槃は吾人が到達すべき智的及び道徳的完全の理想の境である。吾人は涅槃の境に到るによりて、菩提を獲得するのである。ここに於て、吾人は精神の平和と、安慰とを得るのである。  其四  成仏の道〇聴衆の根機○精進の教〇小乗仏教〇化身滅智〇仏陀の信仰〇大乗仏教〇自利利他〇無我平等の大活動の境〇權大乗〇実大乗〇仏教諸派〇釈迦教〇聖道自力の教  (一六)釈迦牟尼仏は、その勝れたる智能と、威厳ある態度とを以て、人類の理想を説き、自己が実驗せるところに基づきて、成仏するの道を示した。しかも、それを神秘的の教として、少数の人に授けるといふことでなしに、すべての人々に理解の出来るやうな方法で、聴聞を望むところのすべてのものに説教せられた。すなはち、聴衆の根機に応じて、真理を説かれた。しかるに、釈迦牟尼仏の当時、それに親炙したものの多くは、釈迦牟尼仏の外相のみを見て、仏教は精進の教であると考へた。故に、布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧等を主として、これによりて苦樂を解脱せむことに努力した。これが小乗の教と名づけられるものである。乗といふは乗物の義で、目的の境に到るために乗るもので、それが小さいから小乗といふのである。すなはち、小乗の教では、ただ自己の煩悩を断絶し、化身滅智して、空寂なる涅槃に入るといふのが、その理想である。」然れども、釈迦牟尼仏の一生の歴史を考へ、これをその説法に対照して見ると、釈迦牟尼仏が、此の如く厳粛なる生活をなしたる内面には、仏陀に対する熱烈の信仰が働いて居ることが明かである。この釈迦牟尼仏の内心の秘奧が、漸次に大に発展したのが、大乗仏教である。」小乗仏教がただ自己の煩悩を断ずることを理想とするに反して、大乗仏教にありては自利と利他との円滿を目的とし、一切の煩悩を断絶して、無量の智慧を備え、又衆生を済度して無限の恩徳を施すことを得るの境地に達するを理想とし、涅槃に至りて無我的の大活動をなさむとするのである。  (一七)涅槃は、小乗教にありても、もとより理想の境とする所である。しかしながら、小乗の教では、宇宙の一切の変化は、これ真実の変化であると見るが故に、その涅槃は、すなはち活動なき空無の境である。大乗の教にありては、これに反して、諸法は皆、実在の相で、宇宙の一切の現象の裏面には真如と名づくる不変の実体があるといふことを説くが故にその涅槃は、無我・平等の大活動の境である、但し、同じく大乗教の内でも、真如の活動を説かぬものがある。これを權大乗の教と名づける。真如を以て活動的のものとし、宇宙の一切のものはその顕現であると説くのが実大乗の教である。  (一八)釈迦牟尼仏はもとより、一言を以て教法を説いたのであるが、これを聴くところの衆生の根機に、種々の類があるから、これを領解するの相異によりて、小乗の教と、大乗の教とが別かれ、大乗の教にも権大乗の教と、実大乗の教とが現れた。倶舍・成実・三論・法相・華厳・律・真言・天台等の諸宗、すなはちこれである。その教義として主張するところには相違があるが、これを要するに、釈迦牟尼仏の教に従て、転迷開悟・抜苦与樂・隣悪修善を目的として、精進努力するものである。故に、これを釈迦教と名づける。その観察の智慧と精進努力の修行とを要するの点よりして、一に又、聖道・自力の教ともいふのである。 (参考書籍) 1)根本仏教、文学博士姉崎正治著 2)仏教哲学況論、文学士石原即聞著 3)ケルン氏仏教大網、立花俊道訳 4)釈迦牟尼仏、文学博士井上哲次郎、文学士堀謙徳合著 5)小乗仏教史論、舟橋水哉著 6)大乗仏教史論、文学博士前田慧雲著 7)仏教通観、文学士園田宗湛著 8)S.Kuroda,OutlinesoftheMahayanaastaughtbeBuddha.1893 9)Schultze,BuddhasLebenundWirken.Leipzig.1894. 10)LakshmiNarasu,TheEssenceofBuddhism.E(仏教の要諦、立花俊道訳) 11)仏教概論、佐々木月樵著  弥陀教  哲学と実践道徳〇仏陀の信仰〇大無量壽経〇観無量壽経〇阿弥陀経〇弥陀教〇念仏教〇浄土宗〇法然上人〇選擇本願念仏集〇専修念仏〇明慧及び解脱兩上人の反撃〇宗教的情操〇念仏為本〇信心為本  (一)釈迦牟尼仏は、深刻なる観察によりて認識したる真理を、実践的に実現することによりて仏陀となつたのである。釈迦牟尼仏はこの実驗に基づき、何人と雖も、如法に修行し、如実に努力すれば仏陀となることを得べしと説いたのである。故に、皮相の観察に拠れば、仏教は、哲学と実踐道徳とのみであるやうに思はれる。現に小乗教では、釈迦教をば、主に哲学及び実踐道徳として取扱て居る。然れども、釈迦牟尼仏の求道的道程を精細に観察すれば、釈迦牟尼仏が、此の如く自克と自省とによりて成仏することを得べしと説ける心の内面には、熱烈なる仏陀の信仰があるといふことに注意せねばならぬ。されば、釈迦牟尼仏自身も、智識の低きものに対しては、明かに、そのことを説いて居る。」すなはち、釈迦牟尼仏は、中印度、摩伽陀国の王舎城の東北なる靈鷲山(耆闍崛山)にありて、阿難に対して、阿弥陀仏の本願を説いて居る。それが「大無量壽経」として傅はつて居る。釈迦牟尼仏は又、韋提希夫人のために「観無量壽経」を説いて、阿弥陀仏の大悲を明にし、舎利弗以下の門弟に対して、阿弥陀仏の不可思議の功徳を説いて、「阿弥陀経」を殘して居る。その外、「華厳経」・「法華経」等の諸経にも、阿弥陀仏のことは処々に説かれて居る。それに拠ると、智慧浅く、精進・努力の弱くして、自から成仏することが出来ぬものでも、一心に阿弥陀仏に信頼すれば、阿弥陀仏は必ずこれをして成仏せしめると示されてある。この弥陀の教は、此の如く釈迦牟尼仏の説法の中に含まれて居るから、釈迦教が漸次に発展すると同時に、一面にありては弥陀教も漸次にその歩を進めて居つた。  (二)弥陀教は、阿弥陀仏を憶念するものであるが故に、一にこれを念仏教とも名づける。」この念仏の教は、大乗仏教に伴なひて古来広く行はれ、印度の馬鳴菩薩は、自力の修業に堪へぬものは、阿弥陀仏の極樂浄土に往生せむことを願ふべしと教へ。龍樹菩薩も、馬鳴菩薩と同じく、自力修道の外に、念仏の方法のあることを説き、世親菩薩は、他力の信心によりて速に阿弥陀仏の国に往生するの道を示した。」支那にありても、道緯及び善導の両師、相続きて、念仏の教を大成した。」我邦にありても弥陀教は仏教の渡来と共に入り来たり、聖徳太子を始として、念仏を修めたるものは勘なくなかつた。殊に源信僧都の如きは、「往生要集」を著はして、阿弥陀仏の本願の不可思議なることを讃歎し、世の貴賤・道俗に向つて念仏を薦めた。又融通念仏宗の開祖の良忍の如きは、個々の人々の念仏の功徳が融通して成仏の大果を得るといふことを主張して、大に念仏の法を実行した。然るに、その教は、天台宗・華厳宗・真言宗等の説に拠れるもので、その宗旨の範囲を脱することが出来なかつた。それを他の宗派から独立せしめて、遂に純粋の弥陀教としたのは法然上人の浄土宗を以て第一とする。」法然上人は仏教の幾多の法門の内容を鑑査して、真言・天台・華厳・仏心等の諸宗を一括して聖道門に属し、而してこれ等聖道門の外に、浄土門のあるべきことを主張し『夫れ速に生死を離れむと欲せば、二種の勝法の中に且らく聖道門を開きて、選びて浄土門に入れ、浄土門に入らむと欲せば、正雑二行の中に、且らく諸の雑行を抛《なげう》ちて、選びて正行に帰すべし、正行を修せむと欲せば、正助二業の中に、猶ほ助業を傍らにして選びて正定を専にすべし、正定の業はすなはちこれ仏名を称するなり、名を称すれば必ず生を得、仏の本願に依るが故に」と説きて、大に弥陀教を宣伝した。  (三)法然上人はもと、美作の国、久米の南條、稲岡の莊の押領使の子である。九歳の時に父を失ひ、十五歳の時に、比叡山に登て僧侶となつた。幼時から聴敏で文殊に擬せられたほどであつた。久安六年、生死を離るるの道を求むるの念が急であつたために、山を下りて、黒谷の慈眼房叡空の門に投じた。叡空随喜して「汝少年にして出離の念を起せり、まことに、これ、法然道理の聖人なり』といひて、法然を房號とせしめた。時に法然上人は十八歳の青年であつた。それから報恩蔵に入りて、幾たびとなく、「一切経」を読むだが、胸裡の煩悶を慰することが出来なかつた。そこで保元元年、叡空の許を辞し、嵯峨の清涼寺に七日の参籠をしたが何等の驗もなかつた。それから奈良へ赴むき、興福寺の蔵俊に就て、唯識を学び又京都に帰て醍醐寺の寛雅に就て、三論の教を受けた。しかるに、すべてこれ仮名の学問、空虚の形式で、生死を離るるの道を求むる上には何等の益にも立たなかつた。此の如くにして、法然上人は、数年の修行も、少しも得るところなく、茫然として黒谷の叡空の許に帰つて来た。」それよりして、法然上人は、いかにもして、生死を離るるの道を求めむと、寝食を忘れて、聖教に向ひ、しきりに焦慮したところが、はからずも、源信僧都の「往生要集」を読み、「往生極樂の教行は濁世末代の目足なり、道俗・貴賤誰か帰せざるものあらむ、但し顕密の教法、その文一にあらず、事理の業因、その行惟れ多し、利智・精進の人は未だ難しとなさず、予が如き頑愚のもの、豈敢てせむや」とあるを見て、忽ちここに希望の曙光を認めた。それから善導大師の「散善義」を読みて「一心に専ら弥陀の名號を念じて、行住坐臥に時節の外近を問はず、念念に捨てざるものをば、是を正定の業と名づく、彼の仏願に順ずるが故に』といふことを知りて、胸中の苦悶忽ちにして去り、生死を離るるの道は、浄土に往生するの外なく、浄土に往生するためには称名・念仏の外なきことを悟つた。ここに於て、法然上人は「選擇本願念仏集」を著はし、浄土宗の一派を興してて大に弥陀教を宣伝したのである。  (四)弥陀教は、娑婆世界を厭ひ捨てて、浄土に生まるることを究竟の目的とするものであ。娑婆世界にありながら煩悩を断ち悟を開きて仏陀となるといふことは釈迦教の本旨とするところであるが、これは利智・精進の人に望むべきことで、濁世末代の道俗に期すべきことでない。然るに、衆生をして浄土に生れしむるといふことは阿弥陀仏の本願であるが故に、人の賢愚・善悪を擇ばず、阿弥陀仏の本願をたのめばよろしい。阿弥陀仏の本願とするところは念仏の衆生を摂取するにある。吾人凡夫たるものは阿弥陀仏の慈悲に対して至誠心・深心・回向心を具ふれば足る。至誠心・深心・回向心の三心は、これを約めて言へば信の一字である。吾人は煩悩具足の凡夫である。自力の修行を以ては成仏し難い。只管阿弥陀仏の慈悲と、智慧とを信じて、その御名を呼び、それに信頼する外に、往生の行とすべきものはないといふのが弥陀教の要旨である。  (五)全体、仏教の要旨とするところは、既に上章に説いた通ほり、認識したる真理を実踐的に実現し、これによりて涅槃の理想境に到達することを期するにあるが故に、菩提心を起して、如法に修行することが第一要諦とせられて居る。然るに、法然上人が主張するところの弥陀教にありては、発菩提心は必要でない、願往生心があれば足る。如法の修行は、煩悩具足の凡夫として為し得ることでない。かかる浅ましきものが阿弥陀仏の本願によりて浄土に往生すといふのであるから当時の釈迦教の高僧から、教理上の攻撃を受け、発菩提心を必要とせざるところの浄土宗は仏教にあらずとまで非難せられた。反対者の中には栂尾の明慧上人、笠置の解脱上人等も居つた。其人等の言ふところに拠ると、法然上人が菩提心を以て極樂往生の行とせざるは誤である。菩提心とは無上正覚の心であるが、この仏法妙華の菩提心を捨てて、往生の果実を結ばむと望むは不條理である。仏果の功徳が、名號の功徳に及ばぬといふ説は間違つて居ると論ずるのである。」明慧・解脱の兩上人は固より博識有徳の高僧であつた、法然上人と同じく当時の仏教界の廢頽《はいたい》せるを慨嘆し、躬を以て矯正の任に当つた人である。然るに、一は釈迦教に退き、一は弥陀経に進みたるがために、此の如き意見の相異を致したのである。  (六)これを歴史的に考へて見ると、釈迦牟尼仏に隨從した弟子は直接に釈迦牟尼仏の人格に接することが出来たから、釈迦牟尼仏を渇仰し、又その教を尊崇して居る。しかしながら多くは釈迦牟尼仏の平生を見、説法を聞くのみでその求道的経験を度外視せるがために、徒らに釈迦牟尼仏の皮相を伝ふるに過ぎなかつた。」釈迦牟尼仏を去ること遠き時代にありては、勿論、釈迦牟尼仏に接することが出来ないから、理性的にその教法を説明することを主として居る。それ故に、仏教は、経典結集以後は哲学的思辨を専にして居る。釈迦教を奉ずる人々の内には、哲学的思辨が仏教の本領であつて、これによりて転迷開悟の目的が達せらるるやうに説くものが多かつた。それがために、仏教にありては悟道・知見といふことが最も価値ありとせられ、これに反して、敬虔・信頼といふことは動もすれば閑却せられ、それがために信仰は常に哲理に圧倒せられて十分の発展をなすことを得ざるやうになつた。故に、この場合に信仰といはれるものも、其実、煩瑣《はんさ》なる哲学的思辨に基づきて得たる概念に過ぎず、吾人の理性の要求と、個人的の宗教的情操とは共に無視せられ、ただ伝承のままの教義とか、信條とかといふものが尊奉せらるるに止まつた。  (七)斯の如くなるが故に、釈迦教は、個人的の宗教的要求が、釈迦牟尼仏の人格を通じて、当時の哲学的思辨の結果と結合したるによつて成立したるものと見て差支ない。要するに、苦・集・滅・道の四諦を悟得し、八正道を成就することが解脱の目的を達するの方法であるとせられ、個人的の宗教的情操は無視せられて、釈迦牟尼仏が如実の修行も熱烈なる仏陀の信仰に基づいて居るといふことが忘却せられた。実際、仏教にありては苦悩の本源を窮むべき智慧の観察と、功徳としての修行とが最も価値ありと認められるに至つた。」然るに、此の如き智慧と修行とは聖者にして始めてこれを期待すべきものであるから、多数の人々は真にその境地に到ること能はず、釈迦教は漸次にその真実の精神から離れて、遂に単純なる律法と、煩瑣なる思辨とに堕落して仕舞つたのである。個人の宗教的情操を無視して、徒に思辨を事とし、他律的の規範を信条とせる釈迦教は、全く人々の精神生活から、離れて、実際に於て、宗教たるの価値を失ひ、僅に葬式と祈祷とのためにその形骸を保つに過ぎなかつた。  (八)法然上人は、数十年間の長き求道的経驗によりて、濁世末代の根機にありては、修行の成就し難きことを知り、出づる息は入る息を待たぬ人生にありて覚束なき発菩提心を望むは迂遠の至であるといふことを認め、下根の凡夫たる吾人にして、菩提を獲得せむとするは浄土に往生するの外は無いと説いたのである。故に、浄土に往生せむとする心の奥底には成仏したいといふことが包容せられて居る、願往生心の中には発菩提心が包容せられて居る。釈迦教を奉ぜざるものが、これを非難したのは、全く釈迦牟尼仏の教の皮相を見て、その神髄を知らざるがためである。」これによりて見るに、法然上人の浄土宗は、釈迦牟尼仏の教の真諦を領解し、たとひ客観的の權力があつても、他律的の信條があつても、若し自身の内的経驗によりてこれが確められざる以上は何の意味もないといふことを明かにしたのである。  (九)然るに、法然上人の念仏往生の説は、当時の聖道門の人々によりて誤解せられたるばかりでなく、法然上人の門下の中にありても、その真実の意義を理解したるものは少なかつた。」「阿弥陀仏の本願を信じて、念仏すれば、阿弥陀仏の淨土に往生して、菩提を獲得することを得べしといへる法然上人の主張を聞きて、念仏は本願に順ずる所以であるといふことを知るけれども、而かも、本願と念仏との内的の関係を明にせざるがために、徒に阿弥陀仏の本願と、衆生の念仏とを、分離して考へ、或は阿弥陀仏の本願の力を頼むことが強くして、吾人は既に十劫の昔に救はれたものでありと考へ、或は衆生の念仏に重きを置きて、吾人はただ未来往生によりてのみ救はるべしと信じ、その結果として、念仏のみにては不足を減じ、諸行も亦、往生の因であると言ひて、法然上人が力を窮めて排斥せられたる諸行を取らうとする。これが法然上人の門下の多数の人々の主張であつた。  (一〇)同じく、法然上人の門下にありながら、親鸞聖人はこれ等諸家の主張を以て自性唯心に堕ち、定・散二善の自力に迷ふものとして、これを排斥し、本願と念仏との内的の関係を説明して、衆生の信心を表現するところの念仏には、直ちに阿弥陀仏の本願が表現すると示したまふた。故に、念仏は往生の業として、誠に重要のものであるが、その念仏をして、真に意義あらしむるものは、阿弥陀仏の本願に対する信心である。若し本願を信ずるの心なくば、念仏はその真実の意を失なふのである。」法然上人も『当さに知るべし、生死の家には疑念を以て所止とし、涅槃の城には信を以て能入とす』と断定して、吾人が阿弥陀仏の本願に、救はるると否とは、信ずる、疑ふとによりて別れるものであると説いて居る。親鸞聖人が主張したまひたるところは、この法然上人の唱道を敷衍したもので、衆生が阿弥陀仏の本願を信ずるところの信心は、阿弥陀仏の願力によりて現はれるもので、信心の上に現はれたる阿弥陀仏の願力は、ただ信心によりてのみ會得せられるものである。故に、信心は衆生に属し、本願は阿弥陀仏に属するものであるけれども、その実は一体のもので、衆生の信心は、畢竟するに阿弥陀仏の本願が吾人の心の中に現はれたるものと見るべきである。」親鸞聖人は斯の如くにして、法然上人の念仏往生の真意をつかみ得て、ここに信心為本の説を立てたまふた。これ実に、弥陀教の神髄である。  (参考書籍) 1)支那浄土教史、佐々木月樵著 2)法然上人全集、黒田真洞、望月信亨共著 3)真宗の教義及其歴史、金子大榮著  親鸞聖人  聖人の幼時〇九歳得度〇法然上人に師事す○越後配流〇稲田草庵○教行信証〇六十歳帰路〇著述〇九十歳入滅  (一)傅ふる所に拠れば、親鸞聖人は高倉天皇の承安三年四月一日に京都に近き日野の里なる藤原家の別荘に生まれ玉ふた。父の名は皇太后宮大進有範。母の名は吉光女、源氏の出である。藤原家は世々、皇室の補弼であつたから、聖人も通例ならば、朝廷に事へて、榮華を極むべき御身であつたが、幼にして兩親を失なひ伯父範綱に養はれ、早くも人生の悲哀を味ふて、求道の念巳み難く、養和元年遂に青蓮院の慈鎮和尚の門に入て得度し玉ふた。時にその齡九歳であつた。それから、聖人は比叡山に登り、入壇して円頓菩薩戒を受け、天台・華厳の奥旨を窮め、二十五歳の時には、既に聖光院の門跡となり玉ふた。ここに、大小の教相、顕密の深義を研究すること二十年の久しきに及び、遠くは釈迦牟尼仏の教法を学び、近くは伝教大師の流を汲みて、生死を離るるの道を求むることに努力し玉ふた。」然るに、出離の道を求めむと焦慮し玉ひたる胸裡の苦悶は、却て日にますます其度を強くし、頻に修行をはげみ玉へども、ただ妄念のみ盛に起りて、如何ともすべからず、到底、人力の施し難きを悟り玉ひた。それで六角堂に参り、上宮太子の霊告を祈り玉ふた。ここに機縁の熟するこころがあつて、その帰途に、安居院聖覚法印に遇ひ、吉水に法然上人が浄土他力の法門を説きつつあることを聞きて大に喜び、遂に叡山を下りて、吉水の道場を訪ひ、ここに法然上人の教を受け玉ふことになつた。時に聖人の御齢、二十九歳であつた。  (二)元久元年の夏、親鸞聖人はその師たる法然上人から「選擇本願念仏集」を附属せられた。この時、法然上人の浄土宗は、簡単にして入り易きのみならず、上人の学識は諸宗の碩学を服せしむるに足り、その高徳は萬人の景仰するところであつたために、漸次にその勢力を社會に得るに至りしかば、南都・北嶺の舊仏教徒のために、劇烈の反対を受るに至つた。それがために種々の物議を起したる後、建永二年に至りて、遂に念仏停止の令が下り、法然上人は僧儀を廢せられて、讃岐の国に流され玉ふた。親鸞聖人も同じ罪に坐して、越後の国府に、配所の月を眺め玉ふことになつた。  (三)その後、五年を経て、建暦元年に至りて、赦免の勅命が下つた。それで親鸞聖人は、今一たびその師、法然上人に逢はむとて、帰京の途につき玉ひしが、途中に、法然上人の入滅を聞き、今は京に帰るも詮なしとて、足を転じて関東の地に赴き、遂に常陸の稲田に草庵を結び、ここに住居して、専修念仏の義を弘め玉ふた。斯くて、親鸞聖人は、さきに吉水の道場に入りて法然上人の教を受け玉ひし以来、深く省察し玉ひたる信眼を以て、阿弥陀仏の本願を経・論の中に見出し、これに関する文類を輯めて、これに私釈を附して「教行信証」六巻を著はし玉ふた、時に元仁元年、親鸞聖人御齡五十二歳であつた。それから、八年の後、貞永元年御齢六十歳の時に、常陸を去りて京都に帰り、九十歳の高齢を以て入滅し玉ひし時まで、三十年の間、「浄土和讃」「高僧和讃」、「浄土文類聚鈔」「愚禿鈔」、「尊號真像銘文」、「浄土三経往生文類」、「入出二門偈」、「一念多念証文」、「唯信鈔文意」、「正像末和讃」等大小十余種の著作を公にし、その熱烈なる信仰によりて、自から信ずる所の宗教を宣伝するにつとめられた。  (参考書籍) 1)親鸞聖人伝、佐々木月樵著 2)親鸞聖人、前田慈雲著 3)親鸞聖人、多田鼎著 4)親鸞伝叢書、佐々木月樵著 5)黒衣の聖者、山田文昭著  大無量壽経  真実の教〇大無量壽経〇浄土門の三部経○三経一致〇真実と方便〇方便仮門〇浄土真宗  (一)親鸞聖人が説き玉ひたるところは弥陀教の神髄で、幾千巻を算する仏説の経典の中にて、明かにこれを説きたるのは『大無量壽経」である。故に、親鸞聖人は、『真実の教をあらはさば、すなはち「大無量壽経」これなり、この経の大意は、弥陀、誓を超発して、ひろく法蔵を開きて、凡小をあはれむで、ゑらんで功徳の実を施すことを致す、釈迦、世に出典して、道教を光闡して群萌をすくひ、めぐむに真実の利をもてせむとおぼしてなり、ここをもて、如来の本願を説くを経の宗教とす、すなはち仏の名號をもて、経の体とするなり」と説き玉ふたのである。」法然上人も既に早く、「大無量壽経」に著眼して、これを自余の経典より区別し、この経と「観無量壽経」と、「阿弥陀経」とは、全く淨土門の教を設けるもので、その他の経典は、すべて、聖道門の教を説けるものと判定し、これを浄土門の三部経と名づけられた。故に、法然上人の所説に拠れば、五千余巻といはれる大部の経典の中で、吾人の如き煩悩具足の凡夫のために、念仏往生の道に説かれてあるのは、ただこの三部経があるばかりで、その外の経典は吾人凡夫の根機の及ばぬことを説いたものであるといふのである。  (二)親鸞聖人も、固より法然上人の思想を継ぎ玉ふたのであるから、「大無量壽経」「観無量壽経」、「阿弥陀羅」の三部が、同じく浄土の教門を設けるものであるといふことを認めて、これに依拠し玉ふたのであるが、法然上人が三経一致の考であるに反して、親鸞聖人は「大無量壽経」のみが真実の教を説けるもので、「観無量壽経」と「阿弥陀経」とは共に方便の教を説けるものであると判定し玉ふた。故に、親鸞聖人の所説に拠れば『仏教の極致とするところは阿弥陀仏の本願にあるので、釈迦牟尼仏も、この弥陀教を伝へむがために、この世に出でましたのである』といふのである。」「観無量壽経」でも、「阿弥陀経」でも、主として浄土往生をすすめてあるから、弥陀の教には相違はないが、しかし「観無量壽経」には往生の業として定・散の二善が説いてある。定・散の二善といふのは、一代の仏教に於て説かれたる智慧の観察と、道徳の実践とを指すのである。又、「阿弥陀経」の中には、一心不乱に名號を執持せよと説いてある。これ明かに往生の根機の自力なることを示して居る。  (三)此の如くなるが故に、親鸞聖人は、浄土宗のなかに、真あり、仮あり、真といふは選擇本願なり、仮といふは定散二善なり、選擇本願は浄土真宗なり、定散二善は方便仮門なり、浄土真宗は大乗のなかの至極なり』と言ひ玉ひ、絶対無限なる阿弥陀仏の本願を信受すべきことをすすめてあるところの「大無量壽経」が、真実の教であると断定し玉ふたのである。すなはち、弥陀教の中にありても、吾人が修する諸種の善行・功徳、及び念仏を以て、成仏の因とするものは方便の教で、真実の教は、吾人の自力のはからひを捨てて、絶対・無限なる阿弥陀仏の本願に帰順するによりて、往生浄土の因を獲得し、この世の壽命の尽るとき直ちに阿弥陀仏の浄土に往生して、ここに阿弥陀仏と同等なる陀仏となることを得ると説くのである。これすなはち、親鸞聖人の宗教が浄土真宗の名を得たる所以である。  (参考書籍) 1)大無量壽経論草、真宗京都中学編述 2)大無量壽経講述、吉谷覚壽著 3)末燈鈔管窺録、僧鎔著  阿弥陀仏  無量壽〇無量光〇真如○宇宙の本態〇スピノーザの一元論○ヘッケルの萬物有生論〇オストワルドの勢力論〇フェルウォルンの精神的一元論〇自然観〇無神論〇仏生不二〇理仏〇事仏〇方便法身○如来〇自然の法則又は宇宙の大法〇絶対真理の人格化  (一)親鸞聖人の宗教は、弥陀教の極致とすべきものであるから、その教の如何なるものであるかを明瞭に理解せむとするには、先づ、阿弥陀仏の何物であるかを知らねばならぬ」阿弥陀仏は梵語の阿弥陀庚斯(無量壽と訳す)又は阿弥陀婆(無量光と訳す)と仏陀(覚者と訳す)とを併せたる言葉で、無量の壽命と無量の光明とを有する覚者といふ意味である。覚者といふは、自から絶対の真理を覚悟し、又能く一切の有情を開覚するをいふのである。弥陀とはこれを略して言ふので、無量壽如来は支那の言葉に訳したのである。親鸞聖人は、「唯信鈔文意」の中に、阿弥陀仏に就て、委しい説明をして居られる。これを摘録すれば次の通である。  「涅槃とまうすに、その名、無量なり。くはしくまうすにあたはず、おろおろその名をあらはすべし、混槃をば、滅度いふ、無為いふ、安樂といふ、常樂といふ、実相といふ、法身といふ、法性といふ、真如といふ、一如といふ、仏性といふ、仏性すなはち如来なり、この如来、微塵世界にみちみちてまします、すなはち一切群生海の心にみちたまへるなり、草木国土ことごとく、みな成仏すととけり、この一切有情の心に方便法身の誓願を信樂するがゆえに、この信心すなはち仏性なり、この仏性すなはち法性なり、法性すなはち法身なり、しかれば、仏について、二種の法身まします、ひとつには法性法身とまうす。ふたつには方便法身とまうす、法性法身とまうすは、いろもなし、かたちもましまさず、しかればこころもおよばず、ことばもたえたり、この一如よりかたちをあらはして、方便法身とまうす、この御すがたに、法蔵比丘となのりたまひて、不可思議の四十八の大誓願をおこしあらはしたまふなり、この誓願のなかに光明無量の本願、壽命無量の弘誓を本として、あらはれたまへる御かたちを、世親菩薩は尽十方無碍光如来となづけたてまつりたまへり、この如来すなはち誓願の業因にむくひたまひて、報身如来とまうすなり、すなはち、阿弥陀如来とまうすなり、報といふは、たねにむくひたるゆへなり、この報身より応化等の無量無数の身をあらはして、微塵世界に無碍の知慧光をはなたしめたまふゆへに、尽十方無碍光仏とまうす、ひかりの御かたちにて、いろもましまさず。かたちもましまさず。すなはち法性法身におなじくして、無明のやみをはらひ、悪業にさへられず、このゆへに無碍光とまうすなり、無碍は有情の悪業煩悩にさへられずとなり、しかれば阿弥陀仏は光明なり。光明は知恵のかたちなりとしるべし」  この文面に拠ると、親鸞聖人が阿弥陀仏と称し玉ふるのは、真如よりその形をあらはして、法蔵菩薩と名乗り、衆生を済度せむとの誓願を越したるを因として、仏陀となりたまふたる報身の如来である。  (二)全体、仏教に真如といふのは、真とは虚偽を離れたる真実円満のものを指し、如とは生滅なく、衰変なく、無限・平等に十方法界に遍満して、時間的に如常であり、空間的に如同であるものを指すのである。この真如は平等の界にして、自他の形相あることなきが故に、これを一如といふ。一如は真如の理である。真如の境にありては虚無寂寞にして有無を超絶するが故に、これを無為といひ、苦悩永く滅して見・欲・有・無明の四流を超度するを以て、これを滅度といひ、徳の備はらざるなく、障の尽きざるなきを以てこれを円寂といひ、生死の永く寂滅するが故に、これを安樂といふ。無為・滅度・円寂・安樂は共に梵語の涅槃那(略して涅槃とす)を支那の言葉に訳したるものであるが、涅槃の元来の意義は不生・不死で、すなはち真如の理を指すのである。真如の理は改易なく皆、軌則とすべきが故にこれを法性と名づけ、常住不動にして変ずることなきを以てこれを法身と称し、無染・無淨にして過を離れ非を絶するが故にこれを仏性といひ、又これを破壊すべからざるが故に実相と名づける。斯の如く、真如には、種々の称呼が附せられて居るが、その本態は如何といへば、十方を通じ三世を貫きて、平等・常恒・絶対・完全・無限・円滿なるものである。すなはち仏教にありては、真如を以て宇宙の本態(AllumfassendesWeltwesen)とするのである。  (三)独逸の哲学者スピノーザ氏は、十七世紀の中葉に、一致哲学を唱道し、宇宙の一切のものを総括して、これを物質(「ズブスタンッ」)と名づけ、神と宇宙にはこの物質の内に合同して、決して離すことが出来ないと言つて、汎神論的一元論を唱道した。」近時に至りて、ヘッケル氏は、このスピノーザ氏の一元論を修補し、輓近の自然科学の知識に基づきて、萬物有生論(Hylonisnus)を唱道し、物質の法則を説きて「何事も常住不変のものは無い、すべての存在は生成と衰滅との流れである。これ宇宙の発展史が、吾人に教ゆるところである。ただ永久不変のものは物質(「スブスタンッ」)である。自然といひ、大宇宙といひ、宇宙精神といひ、或は神といふものも畢竟、この宇宙の本態を指すものである』(DieLebenswunder,S.III)と言つて居る。ヘッケル氏に次ぎてオストワルド氏は、その自然科学上の知識に基づきてライプニッツ氏の勢力論を再興し、全自然界にありては有機界と無機界とを論ぜず、常に同一の勢力が作用して居ると論じ、この一切の勢力を「エネルギー」で名づけて居る。この普遍的なる「エネルギー」は、スピノーザ氏の物質(「ズブスタンツ)と同様のもので、オストワルド氏はこれを以て宇宙の本態なりとするのである。」生理学の泰斗フェルウォルン氏が唱道するところの精神的一元論(Psychomonismus)にありては、物質又は「エネルギー」に代へて精神が宇宙の本態であると説かれて居る。  (四)何れにしても、輓近の自然科学に基づきたる宇宙観は、汎神論で、宇宙の一切のものはすべてその本源に於て一致し、又一切に行き渡つて居るところの物質から、すべての現象が発現するものであると説くのである。この意味に於て、仏教は固より汎神論的一元論を説くもので、その所謂真如は、スピノーザ及びヘッケル氏が謂ふところの物質(「ズブスタンツ」)、オストワルド氏が謂ふところの「エネルギー」、フェルウォルン氏が謂ふところの精神と同一のものと見るべきである。而して、汎神論にありては、神と宇宙とは同一のものであり、神も、物質の法則の下に、内部の存在として、自然と一致し、勢力又は「エネルギー」として、宇宙の内部に働くものと見るのである。これ輓近自然科学者の宇宙観と一致するもので、神を以て宇宙の創造者、また支持者として、自然に対立せしめ、外部より働くものとするの説とは截然たる区別がある。  (五)仏教もまた汎神論的一元論としての立脚地から、輓近の自然科学的宇宙観に於けると同様に、宇宙の本態を認めて、これを真如とし、この真如を以て仏陀とする。真如は吾人の心も及ばず、言葉も絶えたるものであるから、これを超感覚的のものとは言ふことが出来るが、決して超自然的のものではない。故に仏教にありては、輓近の自然科学的一元論に於けると同じく、超自然的の神の存在を否定する。宇宙外の実在として、外部から働くところの神をば認めない。この意味に於て、仏教は明かに無神論(Atheismus)である。ショペンハウエル氏が言ふ如く「汎神論とは、無神論を美麗に言つただけのもので、神と宇宙との二元的対立を破壊し、この宇宙が一種の内在的の力によりて成立し、又存在して居るものと証明したのが、汎神論の真価」である。  (六)仏教の説に拠れば、宇宙の一切のものは真如から現はれたもので、萬物は互に融通するといふのである(上章、仏教【其二】の條下を見よ)から、これから推論して、仏陀と、衆生とが、その本源に於て同一なりといふ結論に到達するのであるが、仏経の内にも、この事は明かに説かれてある。たとへば「涅槃経に」道を修行するものは即ち是れ如来なり』と説いてあり、「寶積経」に「衆生の如は即ち如来の如なり、如来の如は即ち衆生の如なり、衆生と如来と、無二・無別なり」と説いてある。又「不増不減経」に「衆生界を離れて法身あるにあらず、法身を離れて衆生界あるにあらず、衆生界は即ち法身、法身は即ち衆生界なり、この二法は義一にして名異なるが故なり、即ちこの法身の五道に流転するを名づけて衆生と曰ふ』と説いてある。存覚上人もその著「題名鈔」に『萬法、しかしながら心をはなれず、心もとより仏なることは、しかなり、されども、この心法において、さとれるのちを仏といひ、まよへるほどを衆生といふ、玉の性はおなじけれども、みがくと、みがかざるとによりて、寶ともなり、石にもおなしきがごとし、これによりて仏は萬行の薫修にこたへて、よく仏性のたまをみがきたまへり、衆生はひさしく生死の泥にしづみて、かのたまをけがせり、かるがゆへに、生仏あひへだたりて、迷悟さかひをわかてり』と説いて居られる。  (七)此の如くに考へ来るときは、仏教の説にありては、平等・無限・絶対・完全の真如の理を覚悟するものを仏陀とするのであるから、衆生も精進・努力の結果として仏陀となることが出来るのである。この仏陀は、すなはち法性法身で、言葉を換て曰へば、宇宙精神である。絶対の真理である。故に、形もなく、心も及ばず、言葉も絶えたるものであるが、宇宙精神であり、絶対の真理であるが故に、微塵世界に充ち満ちて居る。一生群生海の心に充ちて居る。これを理仏と名づける。釈迦教にありて、仏陀と称するとろのものは、常にこの仏を指していふのであるから、釈迦教を奉ずる人々が常に口にするところの阿弥陀仏は、法性法身の理仏に外ならぬのである。  (八)然るに、弥陀教にありて、阿弥陀仏と名づくるものは、これに異なりて方便法身の如来である。方便法身といふのは、前に引きたる親鸞聖人の「唯信鈔文意」の中に説明してある通りに、衆生を済度せむがために、真如から形をあらはし、名を示したまふものである。方便法身は静態の真理であるが、この真理が活動を起したのが方便法身である。衆性を済度せむとの誓願に報ひて、真如より来りたまふたのであるから、これを報身如来ともいふのである。弥陀教にありて阿弥陀仏と名づくるものは、すなはち、この「如来』である。事相を主として、現在説法の仏陀を説くものであるから、これを事仏と称する。」親鸞聖人は前に挙げたる「唯信鈔文意」の外に、「一念多念証文」に、次のやうに記述して居られる。  『一実真如とまうすは、無上大涅槃なり、湿槃すなはち法性なり、法性すなはち如来なり、寶海とまうすは、よろづの衆生をきらはず、さはりなく、へだてず、みちびきたまふを、大海の水のへだてなきにたへたまへるなり、この一如寶海よりかたちをあらはして法蔵菩薩となのりたまひて、無碍のちかひをおこしたまふを、たねとして阿弥陀仏となりたまふがゆへに報身如来とまうすなり、これを尽十方無碍光仏となづけたてまつれるなり、この如来を南無不可思議光仏ともまうすなり、この如来を方便法身とはまうすなり、方便とまうすは、かたちをあらはし、御なをしめして、衆生にしらしめたまふをまうすなり、すなはち阿弥陀仏なり。この如来は光明なり、光明は知慧なり、知慧はひかりのかたちなり、知恵またかたちなければ、不可思議光仏とまうすなり、この如来、十方微塵世界にみちみちたまへるがゆえに、無辺光仏とまうす、しかれば世親菩薩は尽十方無得光如来となづけたてまつりたまへり』弥陀経の阿弥陀仏は、方便法身の如来で、真如から形をあらはし御名を示し玉ふといふのであるが、その形は光の形にて、色もなく、形もなく、すなはち法性法身に同じくして、吾人はその法力を知ることが出来るのみである。  (九)真如は、此の如く、虚妄を離れたる真実である。常住不変にして破壊すべからざるものである。言説の相を離れ、名字の相を離れ、心縁の相を離れ、畢竟平等にして反異あることなきものである。これを客観的に説明すれば吾人が宇宙に関して有するところの知識と感情とを総括したるものである。宇宙及び人生の事実の上に普遍なる、一切の法則の総体である。」固より吾人の知識には限があるから、真如のすべてを知ることは出来ぬが、しかしながら、真如を以て、吾人の生活上の指導とするに足るほどのことは認めることが出来る。たとへば、水は高きより低きに流れ、煙は自からにして高きに上ぼる。これそのものの重量のためであるが、その重量が何故に起るかといふことはわからぬ。これを真実の発現といふの外は無い。親がその子供を可愛がるといふことも、思慮分別して可愛がるのではない。可愛がらざるを得ずして可愛がるのである。これも真実の発現である。春が来れば花が咲き、冬が到れば葉が枯れる。雨は一様に降れども花は紅、柳は高ニ、おのおの相応したる恵を受ける。これ皆、真実の発現に外ならぬものである。これによりて見るに、世界のすべての生物は、その機に応じ、業に從て、真如の光明に導かれて発達しつつあるものである。自然科学上の用語に從へばこれを自然の法則又は宇宙の大法といふべきであらう。この自然の法則又は宇宙の大法は、真如の理である。故に、吾人が自からこれを意識するとせざるとに関せずして、遍ねく宇宙に行はるるものであるが、吾人は吾人の理性的意思及び道徳的欲求の上に、これを感受する。すなはち真如の理はこの場合に活動を起して吾人の心の中に入るのである。方便法身の如来と名づけるのはこれである。」故に、弥陀教にありて、阿弥陀仏と名づけらるるところのものは、「絶対真理の人格化」であると言いつてよろしい。此の如き表現は、何等の不都合なく、却て宗教的の情操と、科学的の認識とを結合するの連鎖として有要のものである。固より『絶対真理の人格化』であつて、「空間に限られたる延長を有するところの個体』ではない。これを人格的の仏陀であるといふても、決して「人類の形態を有する個体』ではない。  (參考書籍) 1)阿弥陀仏の研究、加藤智学著 2)阿弥陀仏総論草案、齋藤唯信著 3)阿弥陀仏大観、朝日保寧著 4)阿弥陀仏説林、永願寺顕成著 5)真宗要領、文学博士村上専精著 6)真宗問答、文学博士前田慧雲著 7)禅宗真宗二宗哲学大意、文学博士井上円了著 8)Haeckel,DieWeltrathsel.1899.  摂取不捨  阿弥陀仏の本願〇法蔵菩隣〇四十八願〇人類内心の要求〇衆生救濟〇弥陀成仏〇摂取不捨  (一)阿弥陀仏即ち如来の正体は此の如くである。然れども、宗教にありて重要とするところは、常に神仏の正体にはあらずして、寧ろ神仏が吾人及び宇宙に対する関係の如何であるか、又神仏は如何なる働きを吾人の前に現はすものであるかといふことである。」弥陀教にありては、この点に就て、阿弥陀仏即ち如来の本願が説かれて居る。如来の本願といふは如来の根本の願望といふ意味である。「大無量壽経」に説かれたるところに拠りて、その大要を挙ぐれば次の通である。」久遠の昔に、仏が世に出でさせられた。その仏の名を世自在王仏(一に饒王仏と名づく)と申した。その時、ある国王がありて、その仏の説法を聞き、王位を棄てて沙門となり。法蔵菩薩と名乗り、世自在王仏の許に至りて成仏の志あることを述べ、その指導を乞はれた。よりて世自在王仏は、そのために、広く二百一十億の諸仏の国土を示して、これ等諸仏の因行・果徳を説きたまふた。法蔵菩薩はこれを見て、五劫の久しき間、思惟して、ここに自身の願望の案を立てて、再び世自在王仏に見えて、その願望を表白したまふた。  (二)法蔵菩薩の願望は、次の四十八箇條であつた。  (1)国(極樂国)に地獄・餓鬼・畜生の三悪趣なからしむること(無三悪趣願)  (2)国中人天(極樂国中の聖衆)壽終つて復た悪趣に更へるものなからしむること(不更悪趣願)  (3)国中人天をして悉く金色ならしむること(悉皆金色願)  (4)国中人天の形相をして不同・好醜なからしむること(無有好醜願)  (5)国中人天をして宿命通(過去一切の事を知る)を得せしむること(宿命通願)  (6)国中人天をして天眼通(十方世界を自由に見る)を得せしむること(天眼通願)  (7)国中人天をして天耳通を得せしむること(天耳通願)  (8)国中人天をして他心通(他人の心を照し観る)を得せしむること(他心通願)  (9)国中人天なして神足通(飛行自在)を得せしむること(神足通願)  (10)国中人天をして煩悩を起すことなからしむること(漏尽通願)  (11)国中天をして必ず滅度に至らしむる(命終れば必ず涅槃に到る)こと(必至滅度願)  (12)光明の無量なること(光明無量願)  (13)壽命の無量なること(壽命無量願)  (14)声聞(他方界より来生するもの)の無数なること(声聞無数願)  (15)国中人天をして仏と同じく無量壽ならしむること(看属長壽願)  (16)国中人天は不善の体なきのみならず又不善の名も無からしむること(離談嫌名願)  (17)十方諸仏をして悉く我名を咨嗟せしむること(諸仏咨嗟願)  (18)念仏するものをして必ず往生を得せしむること(念仏往生願)  (19)菩提心を起し、諸の功徳を修め至心発顔して往生せんと思ふものをば、その壽終るとき来迎すること(修諸功徳願)  (20)称名の功力にて往生せむとするもの、次生には往生を得ざるも、第三生には往生を遂げしむること(植諸徳本顔)  (21)浄土に生まるるものをして、仏と同じく、三十二相を具足せしむること(具三十二相顔)  (22)浄土に生まるるものをして悉く補処に至らしむること(必宅補処願)  (23)国中の菩薩をして、仏の神力を承けて諸仏を供養せしむること(供養諸仏願)  (24)供養の具の意の如くなること(供具如意願)  (25)国中菩薩をして、一切智を成就して諸法を説かしむること(一切智願)  (26)国中菩薩をして金剛那羅延(天の力士の名)の身を得せしむること(那羅延身願)  (27)一切の萬物を厳浄ならしむること(所須厳浄願)  (28)国中の菩薩をして道場樹(萬物の中の最上のもの)を知見せしむること(見道場樹願)  (29)国中の菩薩をして智弁を得せしむること(得辨才智願)  (30)国中の菩薩の智弁をして無窮ならしむること(智弁無窮願)  (31)国土清浄にして諸仏の世界を照見すること(国土清浄願)  (32)無量の寶と、百干の香とを以て浄土の荘厳を合成すること(寶香合成願)  (33)我が光明に触るるものをして身心柔軟ならしむること(寶光柔鞭願)  (34)我名を聞きて無上法忍(智慧を以て真如の理た証る)を得せしむること(聞名得忍願)  (35)女人をして成仏せしむること(女人成仏願)  (36)我名を聞信するものをして、命終の後、浄土に往生せしめて、常に梵行(菩薩の自利利他の行)を修めしむること(常修梵行願)  (37)我名を信するものは現生に於て人天に尊敬せらるべきこと(人天致歌願)  (38)国中人天、衣服を得むと欲せは、念に応して現はるべきこと(衣服随念願)  (39)快樂無極なれども染著することなからしむること(受樂無染願)  (40)国中菩薩、意に随て諸仏の浄土を見るを得ること(見諸仏土願)  (41)勝れたる六根を具足せしむること(諸根具足願)  (42)他方国土の菩薩をして定中にありながら、無量の諸仏を供養せしむること(住定供仏願)  (43)我名を聞くものをして、壽終りての後に、尊貴の家に生せしむること(生尊貴家願)  (44)我名を聞くものをして、歓喜して菩薩の行を修めしむること(具足徳本願)  (45)我名を聞くものをして普等三昧(諸仏を一時に見る定)を得て無量無仏を見せしむること(住定見仏願)  (46)国中菩薩をして隨意に法を聞かしむること(髄意聞法願)  (47)我名を聞くものをして不退転(信心を成就して、退転せず)に到らしむること(得不退転願)  (48)我名を聞くものをして三法忍(音響忍、柔順忍、無生法)が得せしむること(得三法忍願)  (三)この四十八の願望の中、初めの十六のものは主として、衆生のために苦を抜き、樂を与ふることを期待するものである。その言葉は甚だ素僕であるが、この願望の中には、吾人の精神の内奥に潜める真実の要求が、十分に言い現はされて居る。中の十六願は、あらゆる衆生を摂取せむとの願望である。これ吾人の精神の内奥に潜める真実の要求として、初めの十六願に示されたるものに伴なふて、必ず当さに起るべき博愛の要求である。後の十六の願望は種々の利益を衆生に与へむとするのであるが、これは初めの十六願と、中の十六願とが、具体的に示されたものに外ならぬ、これを、その内容よりして分類するときは仏身を求むるの願望と、仏士を求むるの願望と、衆生を利するの願望との三種にすることが出来る。」既に前に言つた通ほり、法身とは真如の理で、これを悟らむとするのが仏身を求むるの願である。仏土とは既に真如の理を悟り得たる境地で、この境地に到ることを願ふのが仏土を求むるの願である。斯くて又、全人類をして、自己と同じく、この境地に到らしむることを欲するのが即ち衆生を利するの願である。然れども、これ等の願望は、仏身を求むるといふにしても、仏土を求むるといふにしても、共に、衆生を救はむとするに帰著するものであるから、四十八願の悉皆が、結局、衆生を救済せむがための願望であるといふことに約まるのである。  (四)法蔵菩薩は、この四十八箇條の願望を表白したる後、更にこの願望成就せずば仏陀とならじと誓ひたまふた。而して、法蔵菩薩はこの願望む成就せむと、勇猛・精進して倦むことなく、兆載永劫の間、無量の徳行を修めたる結果、遂に、その願望を成就して、阿弥陀仏となりたまひ、現に西方の浄土にましまして法を説いて居られる。法蔵菩薩が成仏せられてからは今に十劫を経て居る。その国土(浄土)には光明が輝き渡り、清浄なる莊厳は一切の世界に超えて居る。十方の諸仏は皆共に阿弥陀仏の功徳を讃嘆して居られる。あらゆる衆生、その名號を聞いて、信心歡喜せむこと、乃至一念せむに、至心に廻向せしめたまへば、彼国に生ぜむと願ずるに、即ち往生を得て、不退転に住せむ。ただ五逆と正法を誹謗するものとを除くのみである。」これ、大無量壽経」に説かれたる要旨であるが、これに拠りて見ると、如来の願望は一切の衆生を救済するにある。すなはち衆生の精神の内奥に潜める真実の要求を充さむとするにある。  (五)「観無量壽経」に「無量壽仏に八萬四千の相あり、一々の相に各八萬四千の随形好あり、一々の好に復た八萬四千の光明あり、一々の光明偏ねく十方世界を照して、念仏の衆生を摂取して捨てず』と説いてある。その意味は、阿弥陀仏は常に光明を放ちて、遍ねく十方の世界を照して居る。この光明を認めて信順するものをば摂取して捨てずといふにある。実に、この摂取不捨の四字は、如来の本願を最も簡明に言ひ現はしたものであると言つて差支ない。ここに光明といふのは智慧である。智慧のはたらきは慈悲である。如来の智慧と慈悲とは吾人を包囲して居る。阿弥陀仏は既に十劫の昔から、その光明を以て、常に倦むことなく吾人を照して居る。然るに、吾人は煩悩の眼に障へられて、これを見ることが出来ずして生死の苦界に流転して居る。吾人にして、若し心の眼を開けて、その光明を認め、これに信順するときは必ずその中に摂取せらるべきである。『月影の至らぬ里はなけれどもながむる人の心にぞすむ』と法然上人が詠じたまひしが如く、如来の光明は遍ねく法界に充ちて居れども自力・疑心の人のながめとはならぬ。月の光は遍ねく世界を照せども、心に入れてながむる人のための明月になるに同じである。言葉を換へていへば遍ねく宇宙に行はれて居るものであるが、吾人は吾人の理性的意思及び道徳的欲求によりて始めてこれを感受することを得るのである。 (参考書籍) 1)本願取清直談、釈空誓著、寛永十六年  南無阿弥陀仏  南無阿弥陀仏の尊號〇往生の体〇機と法〇帰命・救我〇発願廻向〇機法一体〇第十八願〇凡夫救済  (一)親鸞聖人は、此の如き如来の本願を示すに南無阿弥陀仏の尊號を以てせられた。」「唯信鈔文意」に「尊號といふは、南無阿弥陀仏なり、尊はたふとくすぐれたりとなり、號は仏になりたまふてのちの御名をまうす、名はいまだ仏になりたまはぬときの御名をまうすなり、この如来の尊號は、不可称・不可説・不可思議にましますゆへに、一切衆生をして無上大般涅槃にいたらしめたまふ、大慈大悲の誓の御名なり、この仏の御名はよろづの如来の名號にすぐれたまへり、これすなはち誓願なるがゆへなり』と説いてある。その意味は、不可称・不可説・不可思議の如来の大慈大悲の本願が南無阿弥陀仏の六字の尊號を以て吾人に示されて居るといふのである。」親鸞聖人は又、「尊號真像銘文」に、善導大師の説を解釈して「善導和尚の、のたまはく、言南無者といふは、南無は、すなはち帰命とまうすことなり、帰命はすなはち釈迦・弥陀の二尊の勅命にしたがひ、めしにかなふと、まうすことばなり、このゆへに、即是帰命とのたまへり、亦是発願廻向之義といふは、二尊のめしにしたがふて、安樂浄土にむまれんとねがふこころなりと、のたまへるなり、言阿弥陀仏者といふは、即是其行とのたまへり、即是其行とは、これすなはち法蔵菩薩の選擇の本願なり、安養浄土の正定の業因なりと、のたまへるこころなり』と述べて居られる。」これ等の記述を併せ考へて見ると、親鸞聖人が南無阿弥陀仏の六字の尊號を以て如来の本願をあらはすものとせらるる意味が一層明白となるであらう。  (二)蓮如上人は更にこれを通俗的に解釈して「南無阿弥陀仏の六字のすがたなりとしるべし、この六字を善導大師釈していはく、言南無者、即是帰命、亦是発願廻向之義、言阿弥陀仏者、即是其行、以斯義故、必得往生といへり、まづ南無といふ二字は、すなはち帰命といふこころなり、帰命といふは衆生の阿弥陀仏、後生たすけたまへき、たのみたてまつるこころなり、また発願廻向といふは、たのむこころの衆生を摂取してすくひたまふこころなり、これすなはちやがて、阿弥陀仏の四字のこころなり、さればわれらがごときの愚癡闇鈍の衆生は、なにとこころをもち、また弥陀をば、なにとたのむべきぞといふに、もろもろの雑行をすてて、一向一心に後生たすけたまへと、弥陀をたのめば、決定極樂に往生すべきこと、さらにそのうたがひあるべからず、このゆへに、南無の二字は衆生の弥陀をたのむ機のかたなり、また阿弥陀仏の四字は、たのむ衆生をたすけたまふかたの法なるがゆへに、これすなはち機法一体の南無阿弥陀仏とまうすこころなり、この道理あるがゆへに、われら一切衆生の往生の体は南無阿弥陀仏ときこえたり』と述べて居られる。  (三)南無阿弥陀仏はもと梵語にて、これを支那の言葉に訳すれば南無は帰命・恭敬・信從・救我・度我である。故にこれを帰命の義に解釈すれば如来の命に信順するといふことになり、これを救我・度外の義に解釈すれば、如来に対して我を救ひたまへといふことになる。これを仏教の用語にて言へば南無は機に属し、阿弥陀仏は法に属する。すなはち、「我を救ひたまへ』が南無の機で、「救ひたまへ、願ふものを救ふ』のが阿弥陀仏の法である。故に、この機と法とを持ち合せて、衆生から南無して、法の利益を得る場合にも、また南無阿弥陀仏といはれるが、しかし、この場合の南無阿弥陀仏は、阿弥陀仏の本願を示すものではなく、阿弥陀仏はただ阿弥陀仏の徳を具へたるばかりで、衆生はこれに南無して、利益を得ることをつとめねばならぬ。  (四)親鸞聖人の南無阿弥陀仏は全くこれに異なりて、本来は衆生の機に属すべき南無をも、阿弥陀仏これを成就し南無阿弥陀仏の六字をば悉く仏の徳として、これを衆生に与へらるるものであるとする。故に親鸞聖人は南無の二字を解釈して帰命とし、阿弥陀仏の命に信順することとせられる。蓮如上人の御文章に「阿弥陀如来のおほせられけるやうは、末代の凡夫、罪業の我等たらんもの、罪はいかほど深くとも、我を一心にたのまん衆生をば必ずすくふべしと、おほせられたり』とある。この阿弥陀仏の命を聞て、それに信順するのが帰命である。」既に如来の命を聞て、これに信順するといふ帰命の一念は、如来の願望と修行とを全く領受したるものであるから、これを発願廻向といふ。発願廻向とは、阿弥陀仏がその始め本願をしたまひしとき、衆生の廻向は成就し難いによりて、凡夫のために修行して、これを衆生に廻向したまふといふ意味である。」故に、帰命といふことは修生の方より言ふもので、これを如来の方より言へば摂取である。如来の摂取が、衆生の心中に徹到したるが、すなはち帰命となりて現はるるのである。これを如来の方から見れば南無阿弥陀仏の六字が悉く如来の摂取に属し、これを衆生の方から見れば南無阿弥陀仏の六字が悉く衆生の帰命に属する。機の帰命と法の摂取とが同時に具足して、まことに不可思議の妙益を蒙むる。この理により、衆生より南無して法の徳を得るところの南無阿弥陀仏に対して、これを機法一体の南無阿弥陀仏と名づくるのである。」この機法一体の南無阿弥陀仏こそは、実に如来の本願によりて現はれたるもので、親鸞聖人の本尊は、すなはちこの機法一体の南無阿弥陀仏である。  (五)此の如くに、説き来たりて、機法一体の南無阿弥陀仏が如来の本願に相応せるものであるといふ道理を知れば、如来の本願が四十八箇條ある中で、最も重要のものと認むべきものは第十八の願であるといふ意味が自から明瞭である、その故は、如来の本願は、一切の衆生を救はむとするにあるが、衆生の中には種々の根機のものが居る、その中にて、精進・努力によりて自から真理を悟らむとするもののためには如来の救濟はその必要の無い訳である。精進・努力によりて自から真理を悟ることの困難なるを知りながらも尚ほ自分の力を頼むもののためには、如来の救済は固より必要であるけれども、而かもその全部を必要とするものではない。故に、如来の救済の全部を必要とするものは、自から真理を悟ことの不可能であるといふことを覚悟して、全く如来に信順するところのものである。されば、如来の本願は事実に於て、「我を頼まむものを必ず救ふべし』といふところの第十八願に帰著する。故に、親鸞聖人は「自力の御はからひにては、真実の報土へ生ずべからざるなり、行者のをのをのの自力のみにては懈慢・辺地の往生、胎生・疑城の浄土までぞ、往生せらるることにてあるべきとぞ、うけたまはりたりし、第十八の本願、成就のゆへに、阿弥陀如来と、ならせたまひて、不可思議の利益きはまりましまさぬ御かたちを天親菩薩は尽十方無碍光如来とあらはしたまへり、このゆへに、よきあしき人をきらはず、煩悩のこころをゑらばず、へだてずして往生はかならずするなりとしるべしとなり』と述べて居られる。また「安心決定鈔」には『浄土真宗の行者はまづ本願のおこりを存知すべきなり、弘誓は四十八なれども第十八の願を本意とす、除の四十七はこの願を信せしめんがためなり』と説いてあるが、蓮如上人は一層率直に『信心を獲得すといふは、第十八の願をこころうるなり、この願をこころうるといふは南無阿弥陀仏のすがたをこころうるなり』と述べて居られる。 (參考書籍) 1)尊號真像銘文?、慧琳著 2)一念多念証文記、深励著 3)唯信紗文意義概、履善著 4)末燈鈔管窺録、僧鎔著 5)安心決定鈔講話、是山恵覚著  絶対他力  聖道教又自力教〇浄土教〇他力教〇半自力、半他力の教〇絶対他力教〇他力〇他力の意義〇自然法爾○自然の法則〇宇宙の秩序〇宇宙精神〇絶対の他力〇自力と他力  (一)人生は苦悩である。しかもその苦悩の由りて来たるところを究むれば我執にある。我執のために、吾人は貪欲となり、瞋恚を発し、愚痴に陥るのである。吾人既に此の如く、我執が苦悩の原因であるといふことを知る。然らば、吾人の自我の中に真実があり、その真実の智慧によりて、吾人は自から我執の存在を知るのであると考ふることが出来る。これすなはち、吾人が仏性を有するものであるといふことを証明するものであるから、吾人は宜しく精進・努力して、この真実の自我を発揮し、以て仏性を実現することによりて苦悩から解脱すべきである。既に前に説きたるが如く釈迦教の根本の思想は全くこの点にありて、自克と自制とによりて、真実の自我を発揮しつつ仏陀の悟境に到達するのである。故に此教は一にこれを聖道教といひ、又これを自力教とも名づくるのである。  (二)此の如く、自我を内省して、真実と迷執とが、共に存在するといふことを知りて、真実を重く見て、修行によりて、迷執を圧伏せむとするところの釈迦教が成立すると同時に、一方にありては、迷執を重く見て、根機の拙きがために修行に堪へず、自力のみにては仏陀の悟境に到ること能はざるを知りて、各自の根機に従ひて、善根を修めて、以て浄土に往生してそこに仏陀の悟を開かむことを期するところの宗教が成立する。此教は前の釈迦教に対して、浄土教と名づけらるるものである。すなはち、この教にありては自力のみにては転迷開悟の目的を達することが出来ぬといふことを知りて如来の救濟を仰ぐべきことを説くのである。故に、この浄土教も固より弥陀教に属すべきものであるが、しかもその根機は自力であり、我身をたのみ、我心をたのみ、これによりて身・口・意の乱れたる心を繕ひ、その功徳によりて阿弥陀仏の浄土に往生せむとするものである。他の聖道・自力のものの如き、精進・努力の苦行には堪へぬけれども、猶ほその根機に相応したる念仏の易行を修むることに努力して居るのである。  (三)第十八の念仏往生の願は、此の如き自力の心を棄てて、一心一向に如来に信順するものを救はむとするのであるから、この第十八願によりて成立せる浄土真宗は他力教に名づけられる。根機に相応したる念仏を以て、その行とし、その功徳によりて如来の救濟を仰がうとするのもまた他力教であるが、その根機は自力であるから、これを半自力・半他力の教といふべきである。これに反して、第十八願に基づくところの他力教は、全く自力を棄つるところに成立するものなるが故に、これを絶対他力教と名づくるのである。」親鸞聖人はこの他力といふことに就て、次の如くに説明して居られる。 「如来選擇の本願、不可思議の願海、これを他力まふすなり」(三経往生文類) 『如来の願力を信するゆへに、行者のはからひにあらず、五悪趣を自然にたちすて、四生をはなるるを横といふ、他力とまふすなりこれを横超といふなり」(尊號真像銘文) 「他力とまふすことは、弥陀如来の御ちかひのなかに、選擇摂取したまへる第十八の念仏往生の本願を信樂するを他力とまふすなり」(末燈鈔) 『如来の御ちかひなれば、他力には義なきを義とすと、聖人のおほせことにてありき、義といふことははからふことばなり、行者のはからひは、自力なれば義といふなり、他力は本願を信樂して往生必定なるゆへに、さらに義なしなり」(末燈鈔) 『往生は何事も何事も凡夫のはからひならず、如来の御ちかひにまかせたればこそ、他力にてはさふらへ、様々にはからひあふて、さふらふらん、おかしく候』(末燈鈔) 「本願他力をたのみて、自力をはなれたる、これを唯信といふ」(唯信鈔文意) 『他力といふは如来の本願力なり」(教行信証行巻) 『本願はもとより仏の御約束とこころえぬるには、善にあらず、行にあらざるなり、かるがゆへに他力とはまふすなり」(末燈鈔)  (四)これによりて見るに、親鸞聖人が用ひらるるところの他力の文字は自力のはからひを棄てて、一心に如来の本願に信順するといふ意味を有するものである。如来の本願に信順するといふは、既に述べた如くに、如来の本願の力に摂取せられて、その光明の中に生くることをいふのである。親鸞聖人は又、自然法爾の言葉で、この意味を現はして居られるが、自然法爾とは法の徳の故に自からしからしむるといふ義である。法の徳の故に自から然らしむるといふことは、これを科学上の用語にていへば、自然の法則又は宇宙の大法に支配せらるるといふことで、言葉を換へていへば真如の理の然らしむるところであるといふ義である。この自然の法則又は宇宙の大法は絶対的存在である。吾人はこの絶対的存在たる自然の法則又は宇宙の大法の前に立ちて、一切の思慮の及ばぬことを知り、私を捨てて、その大法に信順する。ここに吾人の心は最大の満足を得るのである。」大なる宇宙の秩序は、小なる現象の秩序を包容し、これを統一せむとつとむるものであるから、大なる宇宙の秩序、即ち宇宙の大法又は自然の法則は、常に個々の現象を自己の内に収めむと努力するは当然である。この包容の力がすなはち慈悲又は愛と名づけらるるものである。如来の本願の力といふものは畢竟、この宇宙の大法又は自然の法則の活動で、それが慈悲又は愛の力となりて吾人の前に現はるるものである。故に、如来の本願に信順するといふは、吾人の自力にて善からむか、悪しからむかと、思い計ふことをやめて、吾人の智慧を超越せる宇宙の大法又は自然の法則に随順することをいふのである。  (五)真如の理は又、これを宇宙精神と見ることが出来る。この宇宙精神が活動し来りて吾人の心に現はるるのが如来の本願の力である。この本願の力の起ることは全く自然法爾で、人為のよくするところではない。到底、吾人の一切の思慮の及ばぬところである。而して、この力は全体を統一するものであるから、各個のものの前にはそれが慈悲又は愛の力となりて現はれる。たとへば、水は水、火は火と、面々にその徳を備へて居る、その徳は、不可思議のもので、到底、吾人の思慮し、また企図し得べきところではない。吾人はこれに対して何等の計ひをなすことを得ず、ただこれに信順するの外はない。吾人にして自己の智慧をたのみ、いろいろと思慮して居る間は、その事の結果に就て、或は喜び、或は憂ふるのが常であるが、更に深く思惟して、宇宙精神又は宇宙大法の存在を的確に意識し、その不可思議なることを真実に理解したる場合には、最早、自己の智慧の到底及ばないといふことがわかつて、自力を捨てて、宇宙精神又は宇宙大法に信順して、ここに、吾人は大慶喜の心を獲るに至るのである。親鸞聖人が他力といはるることも、全くこの意味に外ならぬものであろう。  (六)故に、ここに他力といふものは絶対の他力であつて、功利の心から言ふところの相対の他力ではない。単に他力といへば、自力に対しての他力と名づくるやうに聞えるが、その実、唯一の真実であつて、全く絶対的存在たる宇宙精神又は宇宙大法の活動せるものを指して他力といふのである。自力はこれに反して、不実のものであり、絶対的存在たる宇宙精神又は宇宙大法には随順せぬものである。然るに、世にはこの道理を辨へずして、漫りに絶対他力教を排斥し、消極的なりとする人がある。その人等の考では、自力を棄てて、他力にすがるが故に、絶対他力の教を奉ずるものは卑屈に陥り、向上発達の勇猛心を欠ぐに至るといふのであるが、これは他力の意味を、誤解せるものである。ここにいふ他力は、如来の本願であつて、絶対的の真実の力である。決して相対的の他力ではない。吾人が自己を内観して、虚仮不実の実相を自覚する。それがすなはち他力であり、それを自覚して恩恵を感ずる。それがすなはち他力である。故に、他力に信順するものが、謙虚になるといふことはある。しかも謙虚は精神生活の向上発達の基礎となるものであるから、これによりて、卑屈に陥りて向上発達の力に欠ぐるやうになるといふやうになるといふのは道理にも合はず、実際にも適せざる議論である。  (参考書籍) 1)仏教講話、文学士清澤南之著 2)精神主義、清澤滿之、多田鼎、佐々木月樵、暁烏敏合著 3)真宗教と実生活、文学博士高楠順次郎著 4)宗教上の信念と倫理上の信念(論文集)、文学博士元良勇次郎著 5)知識と信仰、寺本鏡雅著  浄土往生  浄土の意義○真仏土○無上混槃の妙境○穢土〇指方立相〇西方浄土〇娑婆世界〇法性のみやこ〇理想の境〇往生の意義〇本願の中に生きる〇即得往生〇法性のみやこにかへる  (一)絶対他力は如来の本願である。如来の本願は、あらゆる衆生を摂取して捨てず、自力のはからひを棄てて、一心に如来の本願に信順するものをして、浄土に往生して、無上大涅槃の証を得せしむるにある。然らば浄土に往生するといふことは如何の意味であるか。第一にこれを明にせねばならぬ。」淨土とは具さにいへば清浄国土の義である。「諸仏の住するところなるが故に」「無煩悩の衆生の住するところなるが故に』『浄心所現の土なるが故に』斯く名づくるのである。故に浄土には澤山の種類があるべき筈であるが、親鸞聖人が示さるるところの浄土は如来の光明無量・壽命無量の本願に報ひて建てられたるもので、これを真仏土と名づける、すなはち大慈大悲の誓願に酬報したる真の報仏土といふ意味であるから、またこれを無量光明土若しくは諸智土とも名づける。その外に、安養浄土、安養国、安樂浄刹、安樂浄土、安樂世界、安樂国、実報土、清浄報士、弥陀淨国、涅槃のみやこ、無上涅槃、寂靜無為のみやこ、仏国、法性のみやこ等、種々の称呼が用ひられて居る。  (二)此の如く、淨土が、如来の光明無量・壽命無量の本願に報ひて建てられたるものであるといふことは、言葉を換へて曰へば理想に応じて実現せられたる妙境といふ意味である。生ぜず、滅せず、寂静無為にして有無を離れ、苦樂・善悪の束縛なく、永久の光明を以て一切の差別を照すことを得るの境である。すなはち無上涅槃の妙境である。無量の光明と、無量の壽命とが住して居るところの清浄国土である。「法事讚」に「極樂は無為涅槃界なり、隨縁の雑善おそらくは生じがたし、かるがゆへに、如来、要法をゑらびておしへて弥陀を念ぜしむることを、もばらにして、またもばらならしむ」「仏にしたがひて、逍遙して自然に帰す、自然はすなはち、これ弥陀国なり、無漏・無生かへりて、すなはち異なり、行来進止に、つねに仏にしたがふて、無為法性身を証得す」と説き、「定善義」に「西方寂静無為のみやこには畢竟逍遙して、有無をはなれたり、大悲心に薫して、法界にあそぶ、分身物を利することひとしくして殊なし、」「いざいなん、魔郷にはとどまるべからず、曠劫よりこのかた流転して六道ことごとくみなへたり、いたるところに余の樂なし、ただ愁嘆のこゑをきく、この生平をおえてのち、かの涅槃のみやこにいらん』と述べたるは明かに、この意味を示すものである。  (三)これに依りて見ると、浄士は阿弥陀仏の国である。吾人人類の国たる穢土に対してこれを浄土と名づくるのである。故に、「大無量壽経」には「仏、阿難に告げたまはく、法蔵菩薩今巳に、成仏して、現に西方にまします、此を去ること十萬億刹なり、その世界を名づけて安樂といふ』と説いて、浄土はこの姿婆世界を去ること十萬億刹の庭にあるといふことを示して居る。十萬億刹といふのは十萬億仏土で、一仏土は三千世界である、すなはち、これより十萬億三千六千世界を過ぎたる所に極樂世界があるといふのである。專門の用語にてはこれを指方立相に名づけるのである。」これを国土と名づくるも、如来の智慧と慈悲とによりて現はれたるものであるから、吾人が虚妄の心に現はれたる国土とは異なりて、遠近・広狭の制限を離れたるものである。現に淨土は西方十萬億刹の処にありと説ける「大無量壽経」の中にも、淨土の量相につきては「恢廓曠蕩《かいかくこうとう》にして限極すべからず』と記してある。又親鸞聖人も「教行信証」の真仏土巻に「真土といふは、大経には無量光明土とのたまへり、あるひは諸智土とのたまへり、論には究竟、虚空の如く、広大にして辺際なしといふ』と説いて居られる。故に、釈迦教を奉ずるものは、唯心の弥陀・己心の浄土の説を立てて、この世を離れて別に西方の浄土はない、娑婆即寂光土であると説く、然るに、弥陀教にありて、此の如く、淨土を西方に限定するは、阿弥陀仏の国と、吾人人類の国とを同一に見ること能はざるがためである。  (四)而して、特に西方を指して浄土の存在するところとするは、畢竟、自然界の観察に基づくものである、すなはち自然を観察して、日が東方より出でて西方に入るを見れば、東方は萬物の成長を現はし、西方は萬物の成就を表はすものと考へらるべきであるから、如来の本願の成就によりて現はれたる浄土を西方に在りとするは、此の如き思考の上に於て、当さに然るべきことである。然れども、淨土を指して十萬憶仏土を過ぎての西方にありとするは、既に前にも述べたるが如く、これを娑婆世界と区別するがためで、畢竟、娑婆世界が十萬億仏土の広さを有して居るものと見て、その十萬億仏土の外に浄土が存在するといふに帰著するのである。如来の淨土は、もとより遠近・広狭を離れたる、不可思議の妙境であるから、広大にして、辺際なく、直ちにこの娑婆世界に連接して居るものと説かれて居る。「般舟讃」に、凡夫生死を貪ぼりて厭はず、弥陀の浄土を軽んじて忻《よろこ》ばざることの不可なるを説きて、「厭へば則ち娑婆永く隔たり、忻べば則ち浄土に常に居せり』と述べてあるのは、すなはち、明かにこの意味を示すものである。釈迦教にありては、靜的の真如を以て理仏とするが故に、是心是仏、若しくは即身成仏の思想に相応して、その淨土は娑婆世界に存在すべきであるが、弥陀教にありては、真如の活動を以て如来とし、事仏の如来を説くが故に、その淨土は必ず娑婆世界に対して別に存在せざるべからざる訳である。  (五)娑婆世界は苦樂・善悪に束縛せられたる境地である。貪欲・瞋恚・愚痴の三毒を忍受すべき忍士である。而して、これ実に、吾人の心の現在に住する所である。然るに、吾人にして、この現実の境界に覚醒して、如来の本願を信受し、その摂取するところとなれば、吾人は、真実の証を得て、苦樂・善悪の束縛を免かれ、貪欲・瞋恚・愚痴の三毒を除くことを得るの境地に達する。これすなはち、涅槃の境である。法性のみやこである。無明悉く滅して真如の本態が全部を現はすに至りたる境である。吾人が智的及び道徳的の完全を得べき理想の境である。如来の浄土はこの理想の妙境であるから、決して現実の世界ではない。理想が現実に基づくことはもとより言ふまでもないことであるが、その理想の実現が現実を離れたる後に至りて始めて成就すべきものであるといふことも自明の理である。故に理想の境たる浄土が、現実の娑婆世界を離れて、別に存在するといふは論理的に考へ得られることである。  (六)然れども、吾人の現実が婆婆世界であるといふと同一の意味にて、浄土もまた、決して物質的のものではない。親鸞聖人の教に拠れば真実の証は、利他円滿の妙位、無上涅槃の極果であるが、この妙位を極果とは、浄土に到りて始めてこれを獲得すべきものであるから、同一の境地をば、衆生よりして真実の証といひ如来の方よりして淨土と名づくるのであるといふことは明瞭である。從て、浄土が如来の国であり、法性のみやこであるといふ意味も判然として来る。「禮讚」に『前念命終、後念即ち彼国に生じて、長時永劫に無為法樂を受けむ』とあるは、単に肉体の消滅を指して命終といふのでなく、如来に信順するによりて浄土に生まるることを得ると示すのであるが、親鸞聖人は「愚禿鈔」の内にこの「禮讚」を引て『本願を信受するは前念命終なり、即得往生は後念即生なり』と説いて、前念命終が永く娑婆世界を隔つるの時であるといふことを明かに示して居られる。  (七)往生といふ文字は、もとより「往きて浄土に生まれる」の意義を有するものである。然れども淨土は不生・不滅の法性の境であるから、各人が物質的に考ふるが如き仮相の生死のあるべき筈はない。三界の生は惑によりて有り、浄土の生は真よりして起るといふのが、仏教の通説であるから、吾人が惑の上にて考ふるやうな生死が、浄土の境地にあることは信することが出来ぬ。故に存覚上人は、「顕名鈔」に、曇鸞の説を引いて「往生といふは、凡夫の情量におほせて、これをいふことばなり、実の生死にはあらざるなり、他力の本願に乗じ、無生の名號を称して、一乗清浄の土に往生すれば、かの土はこれ法性無生のさかひなるがゆへに、凡情には生ずとおもへば、自然に無生の理にかなふなり」と説いて居られる。言ふまでもなく、仏教の要義とするところは、生死を離れむがためであるから、龍樹菩薩以下の諸師が、説くところの往生も、各人が虚妄の見によりて考ふるが如き生ではないといふことは疑を容れぬところである。  (八)此の如く説き来たれば、浄土に往生するといふことは、結局、如来の本願の中に生きることをいふに外ならぬ。親鸞聖人は「一念多念証文」に、即得往生の意義を説明して「即得往生といふは、即はすなはちといふ、時をへず、日をもへだてぬなり、また即はつくといふ、その位に定りつくといふことばなり、得はうべきことをえたりといふ、真実信心をうれば、すなはち無碍光仏の御心のうちに摂取して、すてたまはざるなり、摂はおさめたまふ、取はむかへとるとまうすなり、おさめとりたまふとき、すなはち時日をもへだてず、正定聚の位につきさだまるを往生をうとはのたまへるなり』と述べて居られるが、正定聚の位に即くといふは、本願を信受して退転せず、必ず涅槃の妙境に到るべき身分となるといふ意味である。言葉を換へて言へば、如来の本願を信受して、その本願の内に摂取せらるるときが往生であるといふのである。前段に引きたる「愚禿抄」の文に、即得往生は後念即往生なりとあるもまた同様の意味で、本願を信受したる即時に、前の命は終りて、新に後の命が生ずると説く。すなはち、如来の大慈・大悲の心に摂取せらるるによりて吾人は新なる命を得るのである。  (九)親鸞聖人は「唯信鈔文意」に『来迎といふは、来は浄土へきたらしむといふ、これすなはち若不生者のちかひをあらはすみのりなり、穢土をすてて、真実の報土にきたらしむとなり、すなはち他力をあらはすみことなり、また来はかへるといふ。かへるといふは願海にいりぬるによりて、かならず大涅槃にいたるを法性のみやこへかへるとまうすなり、法性のみやこといふは法身とまうす。如来のさとりを自然にひらくなり、さとりひらくときを法性のみやこへかへるとまうすなり、これを真如実相を証すともいふ、無為法身ともいふ、滅度にいたるともいふ、法性の常樂を証すともいふ、無上覚にいたるともまうすなり、このさとりをうれば、すなはち大慈大悲、きはまりて生死海にかへりいりて、よろづの有情をたすくるを普賢の徳に帰せしむといふなり、この利益におもむくを来といふ、これを法性のみやこにかへるといふなり』と説いて居られる。これに拠れば、前段に挙げたる浄土往生の意味が一層明瞭となるを覚ゆるのである。 (參考書籍) 1)真宗の教義及歴史、金子大榮著 2)阿弥陀仏の信仰、文学士別漢了諦著  生死の問題  生とは何ぞや〇生活は自然機能なり〇「エネルギー」的一元論〇新活力論〇精神の作用〇生の現象〇死の現象〇仏教上の説明〇五蘊〇業(カルマ)〇常一主宰の我〇輪廻転生〇靈魂不滅○身心一如○個性の消滅〇常住的の生命〇生死輪廻〇未来生活〇自我内容の持続  (一)浄土に往生するといふ思想に、関聯して、ここに生死題に就て、一言するの必要がある。全体、生死の問題は古い問題であるが、しかし又、常に新しい問題である。季路が孔子に向て、人の死ぬるといふことはどうしたことであるかと問ふたときに、孔子は『いまだ生を知らず、焉んぞ死を知らむ』と答へられたといふことである。その意味は、死ぬるといふことを知らむとせば、まづ生といふことを明にすることが必要であるといふことである。然らば『生』とは何であるか、これに就ては、むかしから種々の説が行はれて居る。然るに、十九世紀の後半に至りて、自然科学、殊に理学及び化学が著しく発展したために、生命の科学は、新しい紀元を劃し、「生活は一個の自然機能である、而して、他の生活なき自然のすべてのものの作用と同じく、同一の規則に支配せられるものである』といふことが認められた。從て、これによりて、別に生活の神秘が存するものでないといふことが明にせられた。  (二)理学及び化学の範囲にありて、これを観るに、音・熱・光・電気等の「エネルギー」は互に相変化することが認められる。これによりて、音・熱・光・電気等の根本には必ず同一の「エネルギー」があつて、それが種々の異なりたる方式を取て発現するがために音・熱・光・電気等の差別の現象を呈するものであると考へられる。ここに於て、「エネルギー」的一元論が立てられた。然るに、この「エネルギー」的一元論は、無機物にあつてはこれを適用することが出来るけれども、有機物のすべての場合にこれを適用することは出来ないといふ異議が現はれた。すなはち、人類の生活の現象に於ける大部分のものは、直ちにこれを理学的又は化学的の「エネルギー」に帰すべきは疑もないが、精神上の活動にありては、この「エネルギー」以外に、他のものが存在して居ると論ぜられる。これによりて新活力論といふものが現はれた。  (三)化学上の分析の結果に拠れば、有機体の内に含まれて居るこころの一切の原素は、悉く皆、無機物の中に発見せられる。故に有機物に、無機物の間に、化学的成分の差異があることは認められない、ただこの原素の化合の状態が互に相違して居るのみである。形態的及び機能的の方面から見ると、有機物と無機物との間に、截然たる区別は存在して居らぬ。ただ無生物と生物との間の差異として見るべきは物質代謝の作用で、生物にありては食物を取りてこれを原形質に変化するの機能がある。言葉を換て言へば、生物には、その生活力の直接の作用によりて新しい生命の物質を作るところの機能がある。然るに、この物質代謝の作用も化学的の觸媒作用に比して更に特殊の差別はない。又、生物の生活上の雑多なる現象及び死によつてそれが突然消滅するといふことは無生物の変化に比して相異して居るところから、生物には一種の「エネルギー」があるとの説が現はれた。然れども、若し、ここに一種の「エネルギー」ありとすれば、その「エネルギー」は性質に於て全く無生物の「エネルギー」と同一のものであらねばならぬ。  (四)発生学上より見れば、人類は遺伝と適応とによりて哺乳動物、又はもつと遡れば下等有脊椎動物から進化したものである。殊に近時、古生物学・比較解剖学等の著しい進歩によりて、この説はますます明確に証明せらるるに至つた。精神もまた、身体の生活機能で、決して神秘的のものではない。動物にも固より同一種類の精神がある、これを人類の精神に比して、ただその程度の相異せるのみである。輓近の生理学上の研究に拠れば、人類の精神は独立したる非物質的のものではなく、他の高等動物の精神と同じく、脳髄の機能の総和に外ならぬものである。而して、この脳髄の機能は、他の生活機能で同様に、理学的及び化学的の法則によりて営まれ、同一の物質の法則によりて支配せられて居る。又、組織学上の説に拠れば、神経細胞の内に、真の精神の初歩の器官が備はつて居る。若しこの器官が破壊せらるれば、精神の作用は消滅するに至ること、これを実驗に徹して明瞭である。  (五)故に、生活の現象を、生物学的に見れば、生活力の直接の作用によりて新しい生命の物質を作つて居る。すなはち生物にありてはその活動のために使用せられたる「エネルギー」が常に、補充せられて居る。この「エネルギー」の使用と補充とは、常に自働的の自制作用によりて整調せられるのである。故にフェルウォルン氏は生命を火焔に譬へ、始の形はその瓦斯若しくは周囲の状況に何等の変化をも与へぬ限は、永久に存続して居るが、その理由は、焔の各部分に於ける瓦斯及び酸素の分子が、分子其物の始終変化するに拘らず、いつも同一の状態を保つて居るがためであると説いて居る。これによつて見ると、生活の発現は生活物質の一定量の消滅によりて成就するもので、死といふ現象は一定度まで、その萌芽をここに生じて居る。若し物質代謝作用に際して、細胞物質の一部分が使用せられて消滅し、しかもそれが新なる物質によりて、補充せられざる場合には、死亡といふ状態が現れる。すなはち、死亡といふことは生活本態の普汎的性質で、生と死とは互に相関聯したるものである。生の状態に於ける「エネルギー」の持続状態が巳むと同時に、生活本能の個人的存在が消滅するのである。生は火焔の消滅するが如きものである。死によりて個性は完く消滅するものである。  (六)此の如く、輓近の自然科学が、生死の問題に就て説くところの要旨を挙げて、これを仏教の所説に比するに、その根本に於て、同一であるといふことが認められる。仏教では、吾人の身体は五蘊の集合によりて出来て居ると説く五蘊といふのは色・受・想・行・識の五種である。その色蘊とは耳・目・鼻・舌・身(骨・筋・臓腑等)を指す。受蘊とは感覚又は感情をいふ。想蘊とは概念又は思想をいふ。行蘊とは善悪諸行を造作する意思(心的傾向)をいふ。識蘊とは分別又は明識をいふ。すなはち、色蘊は肉体で、受蘊以下の四蘊は精神の作用である。この五蘊が集合するときに、ここに生がはれ、この五蘊が全く散壊するときに死が現はれると説くのである。故に、思考の上にては、肉体と精神とを区外するけれども人体の完全なるものは、五蘊の集合体で、決して抽象的の個体ではない。肉体(色蘊)も精神(受蘊・想蘊・行蘊・識蘊)も共に真如から現はれたもので、それが業(カルマ)によりて結合せられたるときに生が始まり、この結合が離れたるときに死が起る。五蘊は又これを五陰ともいふ、故に、「華厳経」には「取因縁の故に有り、有に於て五陰の身を起すを名づけて生となす、五陰の変ずるを名けて老となす、五陰の滅するを名づけて死となす」と説いてある。五陰の結合によりて生が現はれてからそれが離散して死が現はれるまで、同様と認めらるる形態が持続して居る間が個性と名づけらるるものである。  (七)仏教以前の勝論学派及び数論学派にありては、吾人の身体には常一主宰の我(富特伽羅、訳して数取趣といふ)がありて、この我は肉体の死と共に消滅することなく、他の肉体に移り住みて、所謂輪廻転生をなすものであると説いた、仏教にありては、この常一主宰の我の存在を否定し、吾人の身体は普段に説くが如く五蘊の集合より成り、五蘊散すれば肉体も精神も離散して、おのおのその本源に帰ると説く。これ輓近の自然科学が説くところと全く同樣の思想である。然るに仏教にありては、此の如く、吾人の生死を自然現象の一種として、単にこれを説明するに止めず、更に一歩を進めて、吾人は吾人の行為によりて業(羯磨《カルマ》)を作り、この業の力によりて更に新なる個性のものを作り、斯くして循環して生れ又は死し、生死輪廻するものであると説く。この説に拠れば、肉体の死後、精神がそのまま来世の肉体に移り行くのではなく、業と名づくる一種の力を来世に伝へ、それによりて新なる肉体を生成するものである。後に至りて阿頼耶識の説も出てその説明も大分精しくなつたが、しかしながら、仏教の所説は、これを要するに吾人は一種の力によりて生死の界を流転するものであるといふのである。  (八)斯の如く、仏教の諸説に拠るも、又輓近の自然科学の教ゆるところに拠るも、吾人の個性は死と共に消滅するものである。業(カルマ)又は心(質多《シツタ》)と名づくる一種の力がありて、それが来世に存続するといふことは、これを認むべく、又その意味に於て、霊魂不滅を説くことは出来るが、しかし、吾人は、到底、吾人の個性そのままを来世に伝ふることを得ない。これ、人類の死を、自然現象として観察するによりて到達するところの結論である。然れども、吾人にして、若し吾人の現実が苦悩に充ちて居ることに覚醒し、この苦悩から免れむとするの欲求の起りたるとき、その苦悩の原因を窮めて、それが吾人の心の内にあることを知りたる場合にありては、吾人は必ず死後の生活を期待せざるを得ぬのである。これ苦悩の原因が吾人の心の内にありとすれば、吾人の現実は到底、この苦悩を脱するを得ぬ訳であるから、肉体の死後に於て、この希望を達せむとするの欲求が起るからである。たとひ、死といふ自然現象を科学的に攻究して、人々の個性は死と共に消滅するといふことを認むるとも、苦悩から免れむとする欲求の熱烈なるがために、人々はこの知識を超越して、死後の生存を確信せざるを得ぬのである。宗教の多くのものにありて靈魂不滅が重要の位置を占むるは、全くこの理由に基づくものである。  (九)仏教にありては、元来、死は五蘊の離散であると説くのであるから、死と共に個性は消滅するものとして、吾人は死と共に無常の娑婆世界を離れ、心身共に絶無に帰し、すべての活動の消滅するを見る、これすなはち涅槃の境地なりといふのが、仏教の原始の思想であつた。しかるに、その後、仏教が宗教として、漸次に発展し、又一面にありて自我(仮我)と業(羯磨《カルマ》)との真の性質が理解せらるるに從ふて、単純なる無為・寂靜の境とせられたる涅槃は、進みて無我・平等の大活動の境なりとせらるるに至つた(上章、仏教「其三」の條下を参照すべし)。それが又、更に進みて、死後・他界の浄土となりて、この浄士に入りて吾人は始めて涅槃の証を得べしとの思想に到著した。その思想の歴史を粗略に見るときは、いかにも、仏教はその始め、霊魂不滅論で無かつたものが、漸次に靈魂不滅論に転じたやうに思はれる。しかしながら、精細に考へて見ると、仏教は、決して、他の宗教の多くのものに於て、唱へらるるが如き霊魂不滅論を説くものでは無い。  (一〇)仏教の根本の思想は無常と無我とである。肉体と精神とは、刹那刹那に生滅する、恰かも火焔が刹那に生滅すると同様である。固より観念の上に於ては、肉体と精神とを別つけれども、其実、因縁によりて仮に和合したる五蘊が、吾人の個性をなすもので、肉体と精神とは決して分離せらるべきものでは無い。故に、吾人が死して五蘊が離散するとき、後に残るべき精神のある筈は無い。これ、輓近の自然科学的の一元論の説くところと全然同一である」弥陀教もまた、仏教に属するものであるから、決してこの根本の思想に反して説を立つるものではない。しからば、何が故に、死後・他界の浄土を説くかといへば、五蘊の和合によりて得たる「生」が、五蘊の離散によりて「死」と代るが如き夢幻の現象を離れて無量の生命を得たいと欲求するがためである。常識から考へて見るも、既に、現実の吾人の個性が、生死の苦悩を免るることが出来ないといふことに覚醒して、浄土の往生を欲求するものが、その厭離したる個性の永続を、死後に求むるが如きことは、決してあるまじき道理である。  (一一)現実の吾人の個性は、死によりて恰かも火の消えたるが如くに消滅する。故に、吾人は、此の如く夢幻的ならざる常住の生命を欲求するのである。しかも現実の世界は無常なるが故に、無常ならざる生命は必ずこれを無常ならざる世界に求めざるを得ず。而して、無常ならざる世界は、死後・他界の浄土に外ならざるが故に、吾人はそこに生れて夢幻的ならざる常住の生命を得ることを期待する。この故に、弥陀教にありて、浄土に往生するといふも、決して現実の吾人の個性の死後までも永続することを説くのでなく、無常的の生命を捨てて、常住的の生命を獲得することをいふのである。時には主観的に『浄土にて必ず待ち居るべし』といふやうな言葉が用ひらるることもあるが、これは浄土に生るるといふことを、感情の上にて、言ひ現はしたるまでにて、決して死後に身体が復活するといふやうな思想の表出でもなく、又精神が肉体から離れて他界に赴くといふやうな思想の表現でもない。  (一二)この故に、仏教に言ふところの輪廻転生は、既に前にも言つた通ほりに、仏教以前の勝論学派度び数論学派にて言ふが如くに、吾人の個性が転生するのではなく、業(羯磨)の力によりて、新たなる個性を再生するのである(上章「七」の項を参照すべし)。正しく言へば、生死の輪廻である。諸行の因果が相続して断せざるがために流転するのである。」人は死して、また生れる。それは前の人ではないが、しかしながら別のひとではない。たとへば、「柿の実を地中に埋めると、その実は腐敗して消滅するが、種子から更に新しい柿が生ずる、この柿はもとより前の柿ではないが、しかしながら別の柿でないと同様である。すなはち、個性は消滅するが、個性の内容は永続するのである。」元来、吾人の個性に於て、根本的のものは、自我の内容であるが、この内容は感覚・観念・意思等によりて自我として現はれ、刹那刹那に変化して、一瞬間といへども同一ではない。ある瞬間の自我は一個の自我で、他の瞬間の自我は別の自我である。しかるに、これを同一の自我と感ずるは思想の連続によるのであるから、若し思想の連続がなかつたならば、吾人は瞬間に生き瞬間に死につつある訳である。これと同じく、甲の個性は消滅するも、その自我の内容はこれに績きて生ずるところの乙の個性の内に移りて保存せられる。もとより思想の連続がないから、同一の自我とは感ぜられず、「生を隔つれば即ち忘る』といふ有様であるが、しかしながら、それが前の自我の内容の持績であるといふことは疑のないことである。  (一三)此の如くに説き来たれば、仏教にありて、後生即ち未来の生活を説くのは全く自我の内容の持続をいふに外ならぬといふことに帰著する。決して肉体の復活を説くのではなく、又吾人の現在の精神を物質的のものとして、それが肉体の死後に、独立して永久の生命を持続するといふやうな独断の説をなすものでもない。」たとひ五蘊が離散して肉体と精神とが、その本源に復帰するときに、客観的なる肉体の死は現はれるにしても、主観的なる吾人の自我の内容は、それによりて消滅するものでないから、吾人は常に生死の界を輪廻して、それから出離するの縁がないのである。サヴェージ氏が「進化論より見たる宗教」と題する著述の内に、基督教の霊魂不滅説を批評して「教會が科学に対して常に攻撃することは、科学が物質的であるといふことである。余はそれにつきて一言したい。それは、未来の生活につきての教會の観念が、昔も、今も、純粋の唯物論であるといふことである。すなはち、物質的の肉体が復活して、上昇して物質的の天国に住むといふのである』(Savage,DieReligionimLichtederDarwin'schenIeire,1886)と言つて居るが、仏教にいふところの後生、即ち未来の生活は決して、斯の如き物質的のものではない。仏教にありては、その教理に神秘的のものがないと同様に、生死の観念に就ても少しも神秘的のものはない。 (参考書籍) 1)LakshmiNarasu,TheEssnceofBuddhism.1912.2)ErnstHaeckel,DieWeltrathsel.1899, 3)ErnstHaeckel,DieLebenswunder.1904. 4)Verwom,AllgemeinePhysiologie.1903. 5)FransTangl,Energie,LebenundTod.1914. 6)IlhelmOstwald,MonistischeSontags-Predigten.1911-1913. 7)靈魂論、妻木直良著 8)自我論、文学士紀平正美著  救濟の意義  救濟〇一部の救済〇全体の救濟〇救濟の意義〇本願に乗托す〇悪人正機〇罪悪の自覚〇機の深信○法の深信〇罪悪滅除〇往生不定  (一)上章に、しばしば「如来に救済せられる」といふ言葉を用ひた、「如来に救濟せられる」といふことはすなはち如来に助けられる」といふことである。言葉を換へていへば、苦悩の娑婆世界にありて煩悶するところの吾人にして、如来の本願を信知するときは、その光明の中に摂取せられて、一期の間は安慰の中に住せしめられ、命尽きぬれば必ず浄土に往生することを得て転迷開悟の目的を達するのである。これ実に如来の本願である、故に吾人は如来の本願の力によりて、根本的に救済せられるのである。」普通の意味でいふところの救済は、たとへば貧困のものが富者から金銭を恵まれるか、又は慈悲の涙を以て同情を寄せられるといふやうなことであるから、この場合にありて、救済は吾人に対して、吾人が欠乏を感じて居るものを補ふのである。吾人が希望して居ることを充たすものである。すなはち吾人の一部が祈願によりて救済せられるのである。  (二)吾人の一部が救濟せられるといふのは、吾人の欠乏が補はれ、希望が充される場合である。而して、この場合にありて、救濟を求むるものは精進・努力によりて自から真理を悟ることの困難なるを知りながら、なほ自己の計を止めず、ただその力の足らざるところを、補はむがために、力あるものの救濟を求むるのであるから、救濟者たるものは必ず吾人とは別個のものにして、吾人はこれに対して祈願せねばならぬのである。しかしながら、此の如き吾人の祈願に対して、常に吾人に満足を与ふる救濟者のあるべき筈はない。物質的の享樂を求め、利己的の欲望を達せむがために、祈願する場合にありては、吾人は到底その祈願に対して満足を与ふるところの救濟者に遭遇することは出来ないのである。」如来の救濟は此の如き意味の救濟ではない。吾人が自己の幸福の如き一部のことを問題とせず、自己の全体を省察して、それが無明・煩悩に充ち、何等頼るべき力のないといふことが自覚せられたるとき、すなはちそこに如来の救済があらはれるのである。故にこの場合に於ける救濟者は、常に吾人を離れず、吾人の真相を照して吾人をして真実の自己を知悉せしむるところのものである。故に、吾人は別に自から進むで祈願するを要せず、常に救濟者の力に動かされて、救濟せられる身となるのである。  (三)此の根本的に吾人を救濟するところのものは、実に如来である。如来は常に光明を放ちて、遍ねく十方の衆生を照し、その本願に信順するものを摂取して捨てぬのであるから、弥陀の誓願不思議にたすけられまひらせて、往生をばとぐるなりと信じて、念仏まふさんとおもひたつこころのおこるとき、すなはち摂取不捨の利益にあづけしめたまふのである。この故に、救濟といふことの意味は如来の光明の中に摂取せられるといふことにある。如来の光明の中に摂取せられるのは如来の本願によることで「弥陀の本願には老少・善悪の人をえらばれず、ただ信心を要とすとしるべし、そのゆへは罪悪深重・煩悩熾盛の衆生をたすけんがための願にましますから、救濟せられるといふも、吾人の罪悪が消滅するといふやうな意味でなく、罪悪の深重なる吾人が、そのままにて如来の光明の中に摂取せらるる訳である。親鸞聖人の消息の中にも「はじめて仏のちかひをききはじむるひとひとの、わが身のわろく、こころのわろきをおもひしりて、この身のやうにては、なんぞ往生せんずると、いふひとにこそ煩悩具足したる身なれば、わがこころの善悪をばさたせず、むかへたまふぞとはまふしさうらへ』とありて、吾人の罪悪を消滅すると、せざるとは一に如来の計ひにあることで、吾人の関知するところではない。  (四)故に、吾人が如来の光明に摂取せらるるに方りて、如来は吾人の罪悪を引き受けたまふのである。「わが身のわるければ、いかでか、如来むかへたまはんと、おもふべからず、凡夫はもとより煩悩具足したるゆえに、わるきものとおもふべし、またわがこころのよければ往生すべしとおもふべからず、自力の御はからひにては、真実の報土へ生ずべからざるなり、行者のおのおのの自力のみにては懈慢《かいまん》・辺地の往生、胎生・疑城の淨土までぞ往生せらるることにてあるべきとぞ、うけたまはりたりし、第十八の本願成就のゆへに、阿弥陀如来とならせたまひて、不可思議の利きはまりましまさぬ御かたちを天親菩薩は尽十方無碍光如来とあらはしたまへり、このゆへに、よきあしき人をきらはず、煩悩のこころをえらばずへたてずして、往生はかならずするなりと、しるべしとなり(親鸞聖人、末燈鈔」)。吾人は煩悩を具足したるまま、罪悪深重の身を持ちたるまま、如来の本願に乗ずるによりて、救濟せらるるのである。若し自力によりて煩悩を断じ、罪悪を滅するを得ばこれ仏陀である。仏陀のためには如来の本願は何の必要もない。  (五)親鸞聖人は、この意味を明瞭に説明して「善人なをもて、往生をとぐ、いはんや悪人をや、しかるを世のひと、つねにいはく、悪人なを往生す、いかにいはんや、善人をやと、この條、一見そのいはれあるににたれども、本願他力の意趣にそむけり。そのゆへは、自力作善のひとは、ひとへに、他力をたのむこころかげたるあひだ、弥陀の本願にあらず、しかれども自力のこころをひるがへして他力をたのみたてまつれば、真実報士の往生をとぐるなり、煩悩具足のわれらは、いづれの行にても、生死をはなるることあるべからざるを、あはれみたまひて、願をおこしたまふ本意、悪人成仏のためなれば、他力をたのみたてまつる悪人、もとも往生の正因なり』と言つて居られる。これによりて悪人正機といふ言葉が行はれて居る。如来の本願に信順するものは煩悩具足・罪悪深重を自覚するものであるから、如来の本願はこれを正客として摂取するといふ意味である。煩悩具足・罪悪深重のものは、諸仏のために捨てられて、自力にては生死の苦悩を離るること能はざるを憐みて、これを救済したまふのが如来の本願であるから、その本願に信順すべきものは、必ず我身は煩悩具足・罪悪深重のものであると自覚したものでなければならぬ筈である。  (六)しかれば、悪人正機といふ言葉は、如来の本願の大慈・大悲にして、その救済の絶対的なるを示すものである。如来は吾人の罪悪をあわれみて、これを引き受けたまふのである。故に、吾人は如来の本願に信順することによりて、ますます「我身は煩悩具足・罪悪深重のものである』といふことを痛切に感ぜざるを得ぬのである。」吾人は平生、他人の上や、周囲の事情に、一切の罪を負はせて、すこしも自己の愚悪を知らぬものである。貪欲・瞋恚・愚疑の三毒の病の状に臥し、日々五欲の熱に浮かされて、我身の三途の病人であることを知らず、しかも猶ほ心には善あり、徳ありと自慢しつつあるものである。」しかるに、如来の光明に照されて、その本願は、此の如き、煩悩具足・罪悪深重のもののために起りたりといふことを知るに至りて、吾人は、これまで、すこしも自己の罪悪を知らなかつたことを慚ぢ、又ますますその罪悪の深きことを痛切に感ぜざるを得ぬのである。故に如来の救済は、吾人の罪悪を滅除するものではなく、却て吾人をして、自己の悪を自覚せしむるものである。吾人は如来の本願に信順するによりて始めて自己の罪悪を自覚し、自己の罪悪を自覚するによりて、衷心より如来の救濟の絶対的なるを仰ぐのである。この道理によりて、吾人は「煩悩を断ぜずして、涅槃を得る』のである。  (七)ここに自己の罪悪を自覚するといふことは、之を要するに自己を反省して智力的にも道徳的にも、自己の価値の甚だ少ないといふことを深刻に認むるのである。浄土真宗にてはこれを『機の深信』と名づける。善導大師が「自身はこれ現に罪悪・生死の凡夫、曠劫よりこのかた、つねにしづみ、つねに流転して出離の縁なき身と知れ』といふのも全くこの旨趣である。」自己を反省して、その心の内面を窺へば実に醜・悪・偽の三個の言葉に尽きて居る。しかれども吾人は、常に深刻に自己を反省することがないから、自己の内心の醜・悪・偽を知らずして罪悪の生活をして居る。こころが如来の光明に照らされて、自己の醜・悪・偽に気のついたとき、ここに、從来の罪悪生活から離れて如来の本願に信順するところの生活に移らむとするの心が起る。これを「法の深信といふのである。」しかれども、機の深信と法の深信とは、もとより別個のものではない、機の深信はすなはち法の深信であり、法の深信はすなはち機の深信である。この故に親鸞聖人は「真実の信心をえたるひとは、摂取のひかりに、おさめとられ、まゐらせたりと、たしかにあらはせり、しかれば無明煩悩を具して、安養浄土に往生すれば、すなはち無上仏果にいたると、釈迦如来はときたまへり、しかるに、五濁悪世のわれら、釈迦一仏のみことを信受せんことありがたかるべしとて、十方恒沙の諸仏、証人とならせたまふと、善導和尚は釈したまへり、釈迦弥陀十方の諸仏みなおなじ御こころにて、本願念仏の衆生には、かげのかたちにそへるがごとく、はなれたまはずとあかせり、しかれば、この信心の人を、釈迦如来はわがしたしきともなりとよろこびまします、この信心の人を真の師弟子といへり、この人を正念に住する人とす、この人は摂取してすてたまはざれば金剛心をえたる人とまふすなり、このひとを上上人とも、好人とも、妙好人とも、最勝人とも希有人ともまふすなりと説いて居られる。  (八)然るに、此の如き如来の絶対の救済を仰がずして、吾人の一部の救濟を祈願するものは、如来のためにその罪悪な滅除して貰ふやうな心になり、禮拝・称名・供養、その他、種々の功徳を如来に捧げて、その救濟を求めやうとするのである。故に救濟者たる如来は救濟を求むるものには別個のものにして、救濟を求むるものはこれに対して、その希望が充たされるやうに祈願せねばならぬ。「安心決定鈔」に『自力のひとの念仏は、仏をばさしのけて、西方におき、わが身をば、しらしらとある凡夫にて、ときどきこころに、仏の他力をおもひ、名號をとなふるゆへに、仏と衆生と、うとうとしくして、いささか道心おこりたるときは往生もちかくおぼえ念仏もものうく道心もさめたるときは、往生もきはめて不定なり』『いかにしてか仏の御こころにかなはんずるとおもひ、仏に追従して、往生の御恩をもかふらんずるやうに、おもふほどに、機の安心と、仏の大悲とが、はなれはなれにて、つねに仏にうとき身なり、この位にてはまことにきはめて往生不定なり』とあるは、まさにこの旨趣をあらはすものである。從て罪悪の深信なるを見ては、果して如来の救済を受ることを得るか否かを疑はざるを得ぬのである。自力の計を捨てて如来の絶対の救濟を仰ぐにあらざるが故に、十分滿足の境に達することが出来ぬのである。 (参考書籍) 1)救濟観、佐々木月樵著 2)第一義論、大谷光瑞講演 3)親鸞聖人の宗教、金子大榮著 4)阿弥陀仏の信仰、文学士羽渓了諦著 5)仏教概論、佐々木月樵著  安心生活  安心の意義〇信仰と知識〇信心〇信心獲得〇現生十益○未来主義〇厭世主義〇真諦〇俗諦〇現実主義〇恩寵の感得○報恩の行〇廢悪修善○迷信〇祈祷〇敬神〇善悪苦樂〇如来の善巧方便○安心生活の意義  (一)宗教の上にて安心といふことは、心を一処に安住又は安置せしめて、動かぬやうにするといふ意味である。しかるに、この心を一処に安住又は安置せしむることは、所帰の差異によりて互に同じからざるが故に、同じく、釈迦牟尼仏の教を奉じながら、その安心は各派によりて違つて居る。すなはち華厳宗では『三界唯一心』、法相宗では『萬法唯識』天台宗では『諸法実相』、真言宗では『阿字不生』、禅宗では「直指単伝』を以て、その安心と定め、これによりて以てその心を安住せしむることを企つるのである。親鸞聖人の教にありては、安心はその心を如来の願力の上に安住せしむるにある。親鸞聖人自身には「心を弘誓の仏地に樹つる』と言つて居られるが、その意味は、地上に樹木の立ちたるが如く、心を如来の願力の上に安置して、すこしも動くことがないといふことである。余の宗派では、その心を「三界唯一心』「萬法唯識』「諸法実相』「阿字不生」「直指単伝』等人智によりて立てられたる法則の上に安置するのであるが、親鸞聖人の教にありては、その心を、此等の人為的法則を離れたるところの仏智の上に安置するのである。  (二)如来は衆生濟度のために真如よりしてその形を現はして娑婆世界に来り生じたものである。言葉を換ていへば、靜的の状態にあるところの仏陀が、活動を起して吾人の内心に入り来たりたるとき、ここに如来は現はれるのである。故に、如来は決して超自然的若しくは超世界的の神秘的の存在ではない。もとより基督教にいふが如き、この世界を離れて存するところの全智全能の主宰神ではない。  事実に於て如来は吾人の感覚を超越するところの精神的本態又は権力として、無限の智慧と、無量の慈悲とを以て、常に吾人に対して居る。吾人はこの精神的本態又は權力を如来の願心として感知して、ここに、無限の智慧と、無量の慈悲とを認め、而して、これに依憑し、又進むでこれと和合せむことを願望するによりて、内心の欲求を満足せしむる。親鸞聖人の教にありて安心と名くべきものは、この精神の状態を指すものである。故に、簡単に言へば、安心は如来に信頼することをいふのである。如来の本願に信順するのである。如来の命に從ふのである。到底吾人の知識を以ては解決しがたきが故に、証拠のないものを確実のもの考へやうとするが如き決心を指して安心とするのではない。知識的に精究し、論理的に思考し、これによりて宇宙及び人生の真相を明にし、又吾人の精神生活を詳にしたる後に、当然帰著すべき確実の信仰の上にその心を安置することを指して安心といふのである。  (三)故に、安心は知識と分離すべきものでなく、却て知識の?物として現はれたる確実の信仰に対して堅固の支持者となるものである。知識は吾人をして抽象的に、真理を認めしむるものであるが、安心は吾人をして、この冷かなる真理に信頼するの念を起さしめ、更にそれより以上のものを獲得せむがために努力せしむるものである。若し、安心が知識に分離するときは迷信となり、それが知識に矛盾して、しかも知識と対立するに至るときは、ますます人生の事実に遠ざかるやうになるから、吾人は、自己の心をその上に安置して、動乱することなく、疑?・恐怖の念を離るることは出来ぬ。又、安心が教權の威光によりて外部より圧制的にせられたる場合には妄信となる。この妄信は知識の進歩によりて或は消滅し、或は変化するが故に、これによりて安心の境地に住することは出来ぬ。」故に、安心を心得ともいい。内心ともいひ、心中ともいひ、信心ともいひ、心づかひともいふ、いづれも皆、如来の本願を信受するといふ意味である。如来の本願を信受するといふは、如来によりて真理を獲得することを心得るといふ意味である。大凜師が『安心といふは、もとより外儀に渉ることにあらず。内心の領解なり」といへるは、よくこの旨趣を明にしたものである。」繰返していふに、安心とは、如来によりて、必ず真理が獲得せられるといふことを知識的に確信し、その確信の上に、心を安置することを指していふのである、決して權威によりて立てられたる信条を盲目的に信ずることをいふのではない、又伝承によりて示されたるを教理を熱狂的に奉ずることをいふのでもない。  (四)親鸞聖人の教によれば、如来の本願に信順するものは老若・男女・貧富・賢愚・善悪を問はず、すべてその光明に摂取せられて、すなはち往生を得て、正定聚の位に入り、必ず仏陀となるべき身とさだまり、命終りて後は直ちに真実報土に生まれて、そこに無上涅槃のさとりをひらくことを得るのである。吾人はこの教によりて、心を如来の本願の上に安置して以て安心を得るのであるから、安心はすなはち信心である。親鸞聖人が『真実の一心はすなはちこれ大慶喜心なり、大慶喜心はすなはちこれ真実信心なり、真実信心はすなはちこれ金剛心なり、金剛心はすなはちこれ願作仏心なり、願作仏心はすなはちこれ度衆生心なり、度衆生心はすなはちこれ衆生を摂取して安樂浄土に生せしむる心なり、この心すなはちこれ大菩提心なり、この心すなはちこれ大慈悲心なり』(「教行信証」信巻)と説きたまふのは、明かに信心が如来の心によりて生ずることを示すものであるが、覚如上人の「最要鈔」には更に直截にこれを説明して『この信心をば、まことのこころとよむうへは凡夫の迷心にあらず、またく仏心なり、この仏心を凡夫にさづけたまふとき信心といはるるなり』と述べてある。すなはち吾人が有するこころの信心は全く、如来の心にして、如来の心が吾人の内心に入りたるとき、それが信心とも安心ともいはるるのである。  (五)此の如くにして、吾人は、自己の器量の甚だ小さく、又罪悪の甚だ深いといふことを的確に自覚するに至りて、ここに自己の計を捨てて、如来の本願に信順するによりて、如来の金剛の真心を獲得することを得るのである。金剛の真心を獲得するによりて、それまでの吾人の命は終りてここに新なる命を得る。新なる命とは、如来の智慧と慈悲とによりて指導せらるるところの吾人の精神生活である。これを安心生活と名づける。故に如来の救済は吾人の死後に於て始めて現はれるものではなく、信心を獲得したるとき、すなはち吾人は如来に救はるるのである。親鸞聖人は、これを現生の利益と名づけて、「金剛の真心を獲得するものは、横に五趣・八難の道をこえて、かならず現生に十種の益をう、なにものをか十とする、一には冥衆護持の益、二には至徳具足の益、三には転悪成善の益、四には諸仏護念の益、五には諸仏称賛の益、六には心光常護の益、七には心多歓喜の益、八には知恩報徳の益、九には常行大悲の益、十には入正定聚の益なり』(教行信証」信巻)と説いて居られる。五趣といふは三悪と人天との五趣で、各人が業のために趣向する処である、すなはち三界の苦報である、八難といふは苦悩を離るるところの正道を妨ぐるところの障難で、それに八種を数ふるのである。金剛の真心を獲得するものはこの苦報と障難とを超えて、未来に湿槃の果を結ぶものであるから、現生にこの十種の利益の華が開くのである。あたかも日がまさに出でんとして東方の白きと同様である。  (六)金剛の真心を獲得するときに、行者の方には夢ほども知らねども、天神・地祇は、形に影の添ふが如くに、擁護・扶持したまふ、これを冥衆護持の益といふのである。天神・地祇は如来の分身又は化身又は応身であるから、別に念ずるには及ばぬのである。金剛の真心を獲得するときは求めざるに功徳がその身に充満する。これを至徳具足の益といふ。功徳といふは名號である。名號の中にはよろづの徳を備へて居る。如来の本願を信ずるときは、すなはち、その人は知らず、求めざるに、功徳がその身に充満するのである。既にその身の内に至徳が具はるるに至れば、それが外に現はるべきは必然のことである。すなはち名號の功徳、内に煎じ、神仏の威力、外に護るによりて、無善・造悪の凡夫も、法の徳の故に、自から悪を転じて善を成すに至る。これを転悪成善の益といふのである。諸仏は金剛の真心を獲得せるものの前に立ち、山野にあるも、旅中にあるも、家内にあるも、その他何れの所にあるも、常に相離れず、その放逸・懈怠を監視するが故にその信心をして不退なるを得せしむ。これすなはち諸仏護念の益である。金剛の真心を獲得するものは、如来の萬徳をその心の中に入るるものなるが故に、蓮の泥に染まぬが如く、如来の清白なる法が衆生の貪・瞋・癡の泥に染まぬが故に、すなはち弥勒に同じくして、諸仏の称讚を受ける、これすなはち諸仏称讚の益である。吾人は常に我が不実の心のために走使し、念を累ね、慮を積みて、一時も安きことのない身である。しかるに、金剛の真心を獲得するときは、吾人は直ちに如来の光明の中に摂取せられて捨てられず、煩悩に眼を障へぎられて見ることは出来ぬが、如来の大慈は倦むことなく常に我身を照したまふことを知つて安穩の生活をなすことが出来る。これを心光常護の益と名づくるのである。既に如来の心光に照らさるることを知れば、我が慢心はこれがために角を折り、瞋恚の心はこれがために焔を消し、畏怖の念はこれがために跡を留めず、名利に汲々たらず、貧賎に威々たらず、常に如本の心と同化して、歓喜三味に住することが出来る。これを心多歓喜の益といふのである。一にこれを触光柔軟の益とも名づける。如来の心光に照らされて、自然の道理にて柔和・忍辱の心の出て来るがためである。此の如くにして、歡喜三昧に住するときは、翻然として自から省みて、如来の恩の深きことを知り、粛然として自から警めて、その徳に報ゆべきことを期するに至る、これを知恩報徳の益といふのである。既に如来の恩を知ることを得れば、人に勧めて念仏せしめて、化他の大悲をつとめることになる、これ如来の大慈悲の心が深く骨髄に徹するがためである、これがすなはち常行大悲の益である。信心を獲得したるとき、即ち正定聚の位に入り、往生決定して退転せず、肉体亡びて後、直ちに滅度に至りて無上大涅槃の証をひらくことを得る、これを入正定聚の益といふのである。」現生に於けるこの十種の利益は、金剛の真心を獲得すると同時に現はるるもので、これを総轄すれば、すべて、心光常護の益におさまるものである。吾人が信心を獲得するといふことは全く如来の摂取不捨の威神力に基づくもので、摂取不捨の故に、如来の心光は吾人を照し玉ひ、吾人はこれを感知するによりて瓦礫のやうなるものが、変じて金と成ることを得るのである。」親鸞聖人が現生の利益として挙げ玉ひしことは、吾人の安心生活の有樣を最も明瞭に説明せられたもので、真実の宗教としての価値は十分にここに現はれて居るが、余は世人の誤解を避けむがために、なほ、このことに関して、一二叙述して置かうと思ふ。  (七)親鸞聖人の宗教が、転迷開悟の証果を死後に期することは、既に上章に細叙した通であるから、これを近代の言葉にていへば、未来主義に名づくべきものである。穢土を厭離して浄土を欣求するのであるから、一面より見れば、厭世主義ともいふべきである。故に、親鸞聖人の宗教を、真実に理解せざる人は、一概にその未来主義・厭世主義を排斥して、此の如き卑屈・退嬰的の宗教は、称揚すべきものでないと嘲罵する。しかしながら、これは誤謬の甚しいものである。」元来、すべての宗教は、既に本篇籍の冒頭にも説いた通ほり、苦悩・悲痛若しくは害悪の存在を感知して、それから離れやうとするところに、その根本を有するものであるから、吾人の精神生活が苦悩と悲痛とに満ちて居るいふ事実を認め、この事実に基づきて、崇高なる理想の生活を憧憬するといふことが、すべての宗教の目的とするところである。しかれば、いづれの宗教といへども、厭世の思想の上に立たないものはない。却て人生の苦悩・悲痛若しくは害悪の真相最もよく認識したるところに、完全の宗教が現はれる道理であるから、真実の宗教は必ず厭世主義であることを要する。真実に世を厭ふといふことは、吾人の苦悩及び悲痛の原因が、自己の精神の内部に存するといふことを自覚せるときに起るものである。我が身のわろきことをおもひ知りたるときに、真実に世を厭みの心が起るものである。我が身のわろきことをおもひ知らず、苦悩及び悲痛の原因を外部に認めて居るものが、世を厭ふといふのは、利己的に、世の中のことが自己の思うがままにならぬために起ることで、その実、この世に執著するので、決してこの世を厭ふのではない。」若し、利己的に打算して、此世にては物質的享樂が自己の思ふがままにならぬから、彼世にてこれを得ようにするのならば、これ決して親鸞聖人の宗教に見るところの厭世主義ではない。又、蓮如上人の御一代聞書に『極樂はたのしむと聞いて参らんと願ひのぞむ人は仏にならず、弥陀をたのむ人は仏になる』と示してあるが如く、親鸞聖人の宗教に見るところの未来主義は物質的享樂を獲るための未来を期待するではない。  (八)往生は即ち成仏である。成仏とは菩提を獲得するのである。無上正偏智を獲て、覚者となるのである。而して、吾人が、現世にありて、到底、覚者となることの出来ぬのは、畢竟、肉体及びそれに伴なへる精神の存在するがためであるから吾人が仏陀と成ることを得るのは、必ず、肉体が亡びて、この世の命の終りたるときであらねばならぬ。これ親鸞聖人の宗教にありて、浄土往生を以て、その真諦とする所以である。しかしながら、此の如き安心は、全く如来の本願より現はるるもので、吾人の精神より起り来たるものではなく、吾人が如来の本願を信知するによりて往生は決定せりと領解するときに安心は現はれるのである。これすなはち信心を獲得したのである。故に、信心を獲得したるものは、物質的享樂を来世に得やうとするが如き利己的の欲求を離れ、如来の心光に摂取せられて、速かに浄土に往生し、覚者となりて衆生を済度しやうとする如来の慈悲心を体得する筈である。」既に如来の心光に摂取せられたることを感知するときは、更に進みて、此の如き如来の本願が吾人の罪悪の深重なりはいふことに起原したものであるといふ、ことを自覚する訳である。しかれば吾人にして若し、真に、ここに自覚する所があれば、吾人は必ずその精神生活の現実に就て、大に反省するところがなくてはならぬ。ここに於て、親鸞聖人の宗教に於ける未来主義は、一変して、現実主義となるのである。すなはち浄土往生を以て真諦とする点よりいへば、未来主義であるが、その真諦が、世間法の上に現はれて、いはゆる王法為本・仁義偽先の俗諦となる方面から見れば、現実主義である。言葉を換て言へば、吾人は如来の本願を信知することによりて始めてここに真実なる精神生活の指導者を得て、その指導の下に、理想の妙境に向ひ、精進・努力するに至るのである。  (九)吾人、若し、現在の自己の実相につきて思惟するときは、吾人が生を人間界に受けたることは実に不可思議と感ぜねばならぬ。身体・髮膚はもとよりこれを父母より賜はりたるものであるが、しかもそれが父母の隨意に出でたるものでないといふことは言うまでもない。此の如く不可思議の生を人間界に受けたる吾人は現在に飲食・住居・衣服・起居・動作、すべて、外界の事物の恩恵によりて生存して居る。しかも吾人の生存に必要なるところの空気といひ、土地といひ、水といひ、火といひ、動物といひ、植物といひ、その他、百般の事物は吾人の随意に生ぜしめたものではない。まことに吾人は不可思議の現象に左右せられて居るものといはねばならぬ」これ等、不可思議の現象はみな、吾人に対して恩恵を施して居るものである。しかも、これ等の恩恵は吾人に対して報酬を求むることなく、深く吾人の心の内に入りて、吾人の覚醒を促がするのであるから、吾人にして、少しく、自己の真相を内観するときは、此等の恩恵を感ずることは出来る筈である。既に此等個々の事物の恩を感ずることが出来て、それより思惟を深くすれば、その根本たる如来の恩を感ぜずには居られぬ筈である。」吾人の周囲にあるところのすべての事物に、千辺萬化の差別があるに拘らず、それが、吾人に向ひて、一様に恩恵を施すといふことは、これを如来の慈悲心の現はれたるものとするより外に考へやうのないことである。もしもそれが、如来の慈悲心の現はれでないとすれば、個々の恩恵はあるとしても、此の如く無数・無量の恩恵のあるべき道理がない。又社會の状態や、自然界の現象に、幾多の変化があつても、何時でも同一の恩恵の感ぜらるることの出来るのは、全く社會や自然界の根本に如来の慈悲の心が活動して居るものといはねばならぬ。」既に生前と現在とにありて、一切、如来の慈悲の心によりて、擁護せられたる吾人が、死後にありて、同じく如来の慈悲の心によりて、扶持せらるべきことは疑を容れぬところである。故に吾人は全く如来の願力に乗じ、一切を挙げてこれを如来の御はからひにまかすべきである。  (一〇)吾人は愚悪ながらも、なほ、人間に生れたることを幸福とする。君王・父母・社會・自然界等に対しては、その恩恵を感謝する。而して、それが如来の慈悲の心の表現であるといふことを知るとき、吾人はますます如来の恩徳の深く且つ大なることを感ぜずには居られぬのである。この心を広めて言へば、吾人が如来の慈悲の心を受けて、君王の恩を感じたるとき、そこに真実の忠があらはれる。父母の恩を感じたるとき、そこに真実の孝があらはれる。夫婦の恩を感じたるとき、そこに真実の和があらはれる。兄弟の恩を感じたるとき、そこに真実の悌があらはれる。朋友の恩を感じたるとき、そこに真実の信があらはれる。此の如くに説き来れば、忠と孝と和と悌と信とは、みな如来の慈悲の心によりて吾人が君王・父母・夫婦・兄弟・朋友の恩を知ることに基づくものであるから、真実の忠・孝・和・悌・信は畢竟、これ報恩のつとめである。如来の恩徳を感じて報謝のつとめをなすとき、それがおのづから、君主に関しては忠となり、父母に対しては孝となり、夫婦に対しては和となり、兄弟に対しては悌となり、朋友に対しては信となるのである。」この故に、普通の場合にありて、忠・孝・和・悌・信が単に抽象的の概念にとどまれるに反して、信心を獲得したるものにあつては、この抽象的概念に生命が賦与せられ、これによりてその道徳的行為が徹底的のものとなるのである。  (一一)如何に考へて見ても、吾人は、煩悩具足・罪悪深重のものである。朝から晩まで、日日、吾人が思ふたり、又行ふたりすることは皆、地獄に堕つる因ばかりである。地獄は闇黒の世界である。煩悩具足・罪悪深重のものが必然、到達すべき境である。淨土が清浄なる仏の心にて建てられたるに対して、地獄は罪悪の衆生の心によりて造られたるところである。しかるに、如来の本願が、必然地獄に堕つべき吾人のために、その煩悩と罪悪とを因として起りたることを思ひ、真にその恩恵の至大なることを感知すれば、吾人は自己の心にみちみちて、努力して、悪を廢し、義を修むることにつとめねばならぬ。これ実に広大なる如来の恩徳に報ゆべき第一のつとめである。このことにつきて、親鸞聖人は御消息の中に、「われ往生すべければとて、すまじきことをもし、おもふまじきことをもおもひ、いふまじきことをも、いひなどすることはあるべくもさふらはず、貪欲の煩悩にくるはされて、欲もおこり、瞋恚の煩悩にくるはされて、ねたむべくもなき因果をやぶるこころもおこり、悪癡の煩悩にまどはされて、おもふまじきことなどもおこるにてこそさふらへ、めでたき仏の御ちかひのあればとて、わざとすまじきことどもをもし、おもふまじきことどもおもひなどせんは、よくよくこの世のいとはしからず、身のわろきことをおもひしらぬにてさふらへば、念仏にこころざしもなく、仏の御ちかひにも、こころざしのおはしまさぬにてさふらへば、念仏せさせたまふとも、その御こころざしにては順次の往生もかたくやさふらふべからん』こ述べたまひ、また「煩悩具足の身なればとて、こころにまかせて、身にもすまじきことをもゆるし、くちにもいふまじきことをもゆるし、こころにもおもふまじきことをもゆるして、いかにも、こころのままにてあるべしと、まふしあふて、さふらふらんこそ、かへすかへす不便におぼえさふらへ、ゑひもさめぬさきに、なをさけをすすめ、毒もきえやらぬに、いよいよ毒をすすめんがごとし、くすりあり、毒をこのめとさふらふらんことはあるべくもさふらはずとこそおぼえさふらふ』と説いて居られる。吾人にして、如来の恩徳を感知する上は、親鸞聖人のこの御言の旨趣を体して努力して廢悪・修善の道に猛進せねばならぬ。  (一二)金剛の真心を獲得せるものは、全く自力の計ひを捨てて、一心・一向に如来に信順するのである。是非知らず、邪正も別かぬこの身を挙げて、これを如来に一任するのである。されば、病をなほさんとて神仏に祈り、災を裡はむとて神仏に乞ひ、又は未来の幸福を得むとて神仏に祷るといふなどのことは、かやうに金剛の真心を獲得したるものの心には少しも浮ばぬことである。此の如き、諸種の迷信は、畢竟、如来の慈悲を疑ひてこれを信ぜざるに基づくものである。若し、如来の慈悲を信じて、すこしもこれを疑はざるときは別に他の神仏に祈祷することを要せぬのである。しかれども、これは決して他の神仏を軽悔する次第ではない。すべての神仏は如来の分身又は化身又は応身であるから、吾人は世世生生にその恩恵を蒙むりて居る訳である。故にこれを尊崇・敬禮すべきは無論である。親鸞聖人も御消息の中に『よろづの仏菩薩をかろしめまゐらせ、よろづの神祇冥道をあなづりすてまつるとまふすこと、このこと、ゆめゆめなきことなり、世世生生に、無量無辺の諸仏菩薩の利益によりて、よろづの善を修行せしかども、自力にては生死をいでずありしゆへに、曠劫多生のあひだ、諸仏菩薩の御すすめによりて、いま、まうあひがたき弥陀の御ちかひにあひまゐらせさふらふ御恩をしらずして、よろづの仏菩薩をあだにまふさんはふかき御恩をしらずさふらふべし』と述べて、念仏を信ずるものは神仏を軽侮すべからずと懇に示して居られる。  (一三)「五苦章句」に「心、地獄を取り、心、餓鬼を取り、心、畜生を取り、心、天人を取る、凡そ形貌は皆、心の為すところなり』と説いてあるが如く、吾人は心によりて地獄の身ともなり、心によりて畜生の身ともなり、心によりて天の身ともなり、又人の身ともなるのである。しかるに、吾人は常に自我の内容を客観的に見て、吾人の心の外に苦樂・善悪ありとするが故に、動もすれば事の禍根を談じ、物の善悪を論じ、それによりて常に苦悩を感じ、煩悶を重ねるのである。畢竟、これ如来を信じてその本願に乗ずべきことを知らずして、自己の限ある智慧を用ひて思慮を専にするがためである。すなはち仏智を疑ふの心、暗鬼を生じて、暗黒から暗黒に入るのである。ここに一たび如来の光明に照されて、而して後に考へて見ると、吾人は実に善悪・邪正を知らぬ凡夫である。吾人が日常、善しといひ、若しくは悪しといふことは、ただ自己の心に善しく思ひ、若しくは悪しと考へたることで、それが真実に善いか、悪いかは、到底吾人の知り得るところではない。たとへば、一様に降る雨を見て、時にはこれを善い雨といひ、時にはこれを悪い雨といふ、善悪の評価は全く虚仮不実の吾人の心によりてするのであるから、それが真実であるべき筈がない。「歎異鈔」に親鸞聖人の言葉を引て「聖人のおほせには、善悪のふたつ、総じてもて存知せざるなり、そのゆへは、如来の御こころによしとおぼしめすほどにしりとほしたらばこそ、よきをしりたるにてもあらめ、如来のあしとおぼしめすほどに、しりとほしたらばこそ、あしさをしりたるにてもあらめと、煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は、よろづのこと、みなもて、そらごと、たわごと、まことあることなきに、ただ念仏のみぞ、まことにておはします』と述べてあるが如く、吾人は真実の善悪を知らざる身にてありながら、なほ自分勝手に善悪の評価をなすがために、そこに愛憎の起り、苦楽の感が動き、かくて種々雑多の煩悩が生ずるのである。  (一四)善因あれば善果あり、悪因あれば悪果あり、禍福は因果・業報であるといふ教がある。この教に拠れば、前生の因が現在にその果を現はしたものであるから、吾人は禍福に就て、如何ともすること能はず、福は兎も角も、禍に遇ふとき、これを因果・業報と諦める外はない。しかしながら如来の光明に照らされたるものにありては、それが因果・業報であつても差支はない。かかる因果・業報に縛ばられたる身の上に、如来の慈悲が感知せられることを思へば、すこしも苦痛を感ずることはない。」死は現世に執著する吾人に取りて最大の苦痛であるが、これも運命であつて、人力の如何ともすべからざる所であるといはれて居る。しかしながら如来の光明に照らされたるものにありては、これが運命であつても差支はない。かかる運命に制限せられたる身の上に、如来の慈悲が感知せられることを思へば、至大の安樂を感じざるを得ぬのである。」禍と死とは、共に最も吾人の苦痛とするところである。しかるに、吾人はこれに当面することによりて始めて如来の慈悲を感受することを得るのであるから、此の如き一切の苦痛は、如来の善巧方便として、吾人に自覚の資料を与へたまふものと考へねばならぬ。すなはち、自己の罪悪の深きことを知ると共に、如来の大慈大悲の中にあることを知れとの催促であると考へねばならぬ。大慈大悲の如来の願力は一方にありては、吾人の内心に徹到して、その煩悩具足・罪悪深重なることを自覚せしむると同時に、一方にありては、宇宙及び人生の上に現はれて、大慈大悲がまだわからぬかと、吾人を催促するのである。故に、吾人が不幸と歎き、運命と諦らめ、又は業報と考ふるところの一切のものが、「われらが身の罪悪のふかきほどをも知らず、如来の御恩の高きことをも知らずして迷へるを思ひ知らせんがため」の如来の善巧方便なりといふことを悟れば、如来の御恩といふことをば沙汰なくして、われもひとも、よしあしといふことをのみまふしあふ」こと、まことに慚愧の至である。  (一五)これを要するに、真実の宗教は吾人をして、智的及び道徳的に完全なる理想の妙境に到らしめて、そこに人生の苦悩を解脱せしむるものである。人類には他の動物に異なりて、自己意識があるために、自己の何たるやを知り、又自己と周囲との関係を知るに及びて、現実に滿足することが出来ずして、進むで将来を思惟し、ここに理想を描くのであるが、この理想は吾人の行為を支配し、これによりて吾人は眼前の欲望に囚はるるところの衝動生活をなさざるやうになる。道徳はすなはち、この方面に現はれて、人類を向上・発展せしむるものである。科学及び哲学にありても、同じく理想のことを説くのであるが、しかしながら、科学は無論のこと、道徳にしても、哲学にしても、共に理想界のことを研究して、これを対岸にながめて居る。これを対岸にながめて居りては、ただ理想界の状況を知ることを得るのみにして、自からこの妙境に到達することは出来ぬ。」普通に仏教と名づけられて居るものの中にも、哲学があり。道徳があり、宗教と並びて共に行はれて居る。哲学によりて知り得たるところの萬物一如の真理を吾人の生活の上に体得し、以て知的及び道徳的に完全なる理想の境に進まむとするのは道徳である。しかるに、此等哲学及び道徳を離れ、吾人の現実の偽・悪・醜に自覚して、この現実に内在するところの真実の理想を認め、その活きたる生命と、大なる威力とを信じ、その生命と威力との中に生存せることを自覚することによりて、始めて、宗教としての仏教が現はれる。親鸞聖人の浄土真宗は実に此の如き宗教である。すなはち、この教にありては、既に叙述せるが如く、吾人は如来の本願に乗じて、理想の妙境たる浄土に到達するのである。言葉を換ていへば、吾人は真理の活動たる如来の智慧と慈悲とに包まれて此世に生活するのである。かるが故に吾人は苦悩の中に安住の地を見することを得べく、愚痴・劣悪の身ながらにして妙好人となることを得るのである。吾人は又、これによりて、敬虔と、真摯と、熱情と、親切と、寛裕と、純潔とを得るのみならず、更に進みて、吾人は吾人が自から最善と考ふるものを求め、又一屑高崇にして善良なる生活を欣求するの念を起すに至るのである。」此の如くにして、吾人は如来の大慈大悲の心に接し、これを讚仰するによりて、吾人の人格的中心は利己的の物質的境涯から、精神的境涯は移り行う、如来の行はしめたまふことはこれを行い、如来の捨てさせたまふことはこれを捨て、偏に如来の願力に乗じて、その教に從ひ、以て如来の光明の中に生活することを得るのである。これが、すなはち私がここにいふところの安心生活の意義である。 (参考書籍) 1)真宗教旨、小栗憲一著 2)真宗教旨、大草慧実著(Okusa,PrincipalTeachingsofthetrueSectofPureLand.1910.) 3)真宗、沼法量、稲葉円成著、大谷派本願寺発行 4)修道講話、多田鼎著(A,Lloyd,ThePraisesofAnida,Igog) 5)阿弥陀仏の信仰、文学士羽漢了論著 6)讃仰録、金子大榮著 7)真宗教と実生活、文学博士高楠順次郎著 8)宗教と教育、文学博士姉崎正治著 9)仏心及其表現、佐々木月樵著 10)本願寺、妻木直尺,西谷順脇谷摘謙著、本派本願寺教務部発行 大正八年六月一日印刷 大正八年六月二十九日発行 定価壹円郵税八錢 著作者 富士川游 発行所 東京府巣鴨町千〇七十九番地 至心書房