聞法生活  内務省  昭和十五年三月九日  瑞祥院釈妙諦尼  一周忌法要記念刊行 聞法生活目次 虚仮不実 食欲の苦 瞋恚の苦 愚痴の苦 離苦の法 安心 宗教 生活と宗教 仏敦の要諦(一) 仏教の要諦(二) 仏教の要諦(三) 悟道 釈迦教 哲学と宗教: 自我の問題 弥陀教 不断煩惱得涅槃 真実の智慧 不思議の智慧 不思議の智慧 念仏 信心 法性の都 行法解脱 信心解脱 聞法の生活  聞法の生活  文学博士・医学博士 富士川游著  虚仮不実  煩惱具足・火宅無常の世界はよろづのこと皆以てたはごとそらごと、まことあることなしと言はれるのである。多くの人々は人間性が円満に表現せらるることを期せずしてただ生活の方法たる門閥・財産・学問などを目的としてひたすらにそれを熱望するのである。人格そのものを価値の標準とすること無くしてその人が所有するところの財産の如何によりて人格が評価せられるのが常である。それに価値判断が間違つて居るがために主観が客観に征服せられて居ることを多しとする。理想が極めて低く、しかも現実の享楽に執着するがために目前の利欲に走りて永遠の計をせぬのが常である。景気の善い折には成金風を吹かして我を張り世を毒し、不景気に襲はれたときは忽ち萎縮して頭をくくつて人に迷惑をかけるといふやうなみじめな生活をして居るのである。  此の如き虚仮不実の人間の生活は固より今日に始まつたものではない。今から凡そ三千年も前に釈尊がかやうな我々の生活の態度につきて説かれたことが「大無量壽」に載せられて居る。釈尊はこれを三種の苦しみに別けて詳細にこれを説いて居られる。その大意をつまむで言へば次の通ほりである。  貪欲の苦  『世の人、薄俗にして、互に急がぬともよいことを争つてゐる。この劇悪極苦の中にあつて、ただ自分の肉体を養ふための世渡りの業務に追れて日を送つてゐる。尊き人も、卑しき人も、貧しきものも、富みたるものも、若きものも、年老いたるものも、男も、女も、皆錢財につきて心配して居る。有るものも、無きものも、心配すると云ふことは同じである。有るものは失はむことを恐れ、無きものはこれを得むと求む。その心配は同じことで、それがために息がつまるほどである。それに、過去のことを思ひ、未来のことを考へて、心のために使はれて、一生涯の内に心の安穏なることがないがあれば憂ひ、田があれは田を憂ひ、牛馬や奴婢や、金銭・衣食・什物などに至るまで、一として心配の種ならざるものはない。  また思ひがけなき水火の災難や、盗賊・怨家・債主のために、折角貯へたる財産も、家屋も、或は焚かれ、或は流され、或は奪ひ取られて、消えてなくなつて仕舞たときは、心は憂ひ乱れてなかなかに解けるときはない。憤怒の情が心の中に結ばれて憂悩を離れることが出来ない。心は堅く執つて気が晴れることがない。  或は不時の水火の災難に遭ふて家財が損害せられたために、その禍が延いて我身に及び、身命を亡ぼすことになれば、我物と思つた財寶も、又我が身体もこれを棄てて行かねばならぬ。身が亡び命が終るときには誰一人としてそれに随ふものはない。  此の如き憂苦は尊貴の人にも、富豪の家にも、これを免れることが出来ぬ。まことに憂懼萬端にして、憂苦の甚しきは、身心が水の如く寒く、或は火の如く熱して、苦痛と同居するものであると云はねばならぬ。  また貧窮下劣のもので、常に困乏して居るものであれば、田なきものは田があるやうにと憂ひ、宅なきものは宅があるやうにと憂ひ、牛馬・奴婢・錢財・衣食・汁物に至るまで皆これを得むと欲して憂ふるのである。しかるに、たまたま一とつあればまた一とつが欠ける。此があれば彼が欲しく、種々の物を揃へて我物にしたいと思ふ。たまたま有つたと喜べば、それは夢の間で、すぐにまた無くなつて仕舞ふのである。  かやうに憂苦して求むることをすれども、これを得ることが出来ず、いくら考へてもこれを得ることが出来ぬために身心共に勞れて坐起も安からずといふ状態になる。  あるひは貧苦にせめられて命をちぢめ身を終ることもある。しかるにその一生の間、人道を守り善行をなすこともなく、財を有するものは財寶を捨てて去るのであるが、貧乏のものに拾つべきものはない。ただ独りこの世を去るのである。さうして、命終の時にはその業にひかれて趣くところが定まつて居るのであるが、それを知つて居るものはない。」  瞋恚の苦  『父子・兄弟・夫婦・其他親類縁者は互に相敬愛して、憎嫉することがあつてはならぬ。有るものと無いものと、相通じて貧惜することなく、相資くべきである。言語も顔色も常に和らげて相戻らざるやうにせねばならぬ。  一家和睦して居つたものが、時として争を起し怒を生ずるときは、今の世の恨は微少であつても、後の世には大怨敵になるものである。その故は、瞋恚増長すれば互に悩害し、心に忿怒を畜へて、その憤りが心の中に結ばれて解けず、その恨を結びたるもの、未来には互に相対して生じて恨を報ゆるものである。  人といふものは世間の愛欲の中に住するもので、独り生じて独り死し、独り去りて独り来たるものである。さうして死後に赴くところは一生の行業の報として自分がその責任を負ふて赴くべきところへ赴くべきである。自業自得で誰人もそれに代ることは出来ぬ。すなはち自分は自分の業報として定められたる処へ行くのである。かくして遠き処へと赴くときは誰人もよくこれを見ることが出来ない。その路は人々によりて異なつて居るから會見することは出来ぬのである。」  愚痴の苦  「此の如くに世の人は愚痴であるから、此世にありて善をなして善を得、道をなして道を得ることを信ぜぬ。しかもこの因果の理を信ぜぬことをば却て自の見識であると思ひ、代々相承けて、同じやうに因果の法を信ぜぬ。かやうな邪見を父親から子孫に伝へるために神が聞く、心ふさがりて、死生善悪の道理を見ることが出来ぬ。吉凶禍福は、各自の作すところのもので、一として怪しむべきものはないにも拘らず、それを知らざるのはまことに愚痴の至である。 生死の道はまだ相嗣ぎて立ち、父が死せば子が嗣ぐのが常であるが、父が子に先だたれて哭することあり、兄弟夫婦の間にても、さかさまに哭泣せねばならぬことがある。この無常の道理を教へても、愚痴にして信ずるものがない。それがために生死を流転することは止むときがない。  かういふ人々は心に遠き処がなく、当座の快楽に抱くことをのみ願い、愛欲のために心が迷ふて、道徳をさとらず、瞋恚の煩悩をば愚痴によりて増長して財欲や色欲を貪ぼることは狼の如くである。  世の中はすべて濁り、人の心は煩悩をかさね、妻子の愛欲に耽り、正道を疑ふものは多くして、これを悟るものは尠ない。世間の状態は依估すべきものなく、貧しきも、富めるも、上のものも、下のものも、皆世渡りのために身も心も休まる暇がない。貧欲のため、又愚痴のため、互に自分に都合のよいことをのみ望み、相手のものをおしのけてでも自分の勝手なる欲望を満足しやうと思ふばかりである。  離苦の法  かやうに、釈尊は、我々の現在の生活が真実を離るることの甚しき有様を諄々と説いて居られるのである。我々はこれを聴きて、まことに我々の現在の生活が、正しき道にと進みて居ないことは、今日に始まつたことでないといふことを知り、いはゆる凡夫の自体として、曠劫のむかしから棄てることの出来ない迷妄の心によりて、かやうな苦しみの世界をつくりて、そこに生活することの浅間しき有様を内省せざるを得ないのである。  そこに気がついて見ると、我々は現在の生活をかへり見て、何ともいひやうのない心持がするのである。現在の生活がいかにも浅間しいものであるといふことに気がつくとき、我々はどうにかしてかやうな浅間しい現在の生活の苦しみから離れたいといふ念願が起るのである。貪欲・瞋恚・愚痴の三毒といはるるところの、迷妄の心のはたらきによりてあらはれるところの種々の苦悩を免れたいと念願せざるを得ぬのである。  私が、これから、叙述しやうとすることは、この念願を達せむには、如何にすべきやの問題の解決であるが、その要旨を一言にして尽せば、現在の生活から離れて安心生活に入るべきことをすすめるのである。  安心  「私がここに安心といふのは宗教的の意味によるので、ただ単純に心を安んずるといふことではない。真実院大瀛師が著はされたる「金剛経」の中に「安心は心得とも、内心とも、この心ひつとも、心中ともいふ』『安心といふはもとより外儀に渉ることにあらず、内心の領解なり』『安心といふも、信心といふも、六字名號の心をよくよく心得るものを他力の大信心を得たるひととは名づけたり」などと説いてあるが、これによると、安心とは全く我々の心の中のあらはれで、内心の領解に外ならぬのである。さうして、その内心の領解とは他力の信心を信じて疑はぬ心持をいふに外ならぬ。  勝解院僧叡師の「助正芟柞」巻上には「心、仏願に安んずる、これを安心といふ』と叙述して、安心とは我々の心を仏の本願に安んずるのであると示してある。さうして更にこれを説明して「これ出苦の正門、昇道の真路、大小聖人、重軽悪人、ひさしくこれによりて往生成仏す。傅法の聖者、道理をもてこれを研覈し、範を後昆に垂る。吾儕随分に串習して、その研覈するところを宣揚す。義解といふべし。されば義解の趣とするところは安心を詮表するにあり。安心・義解は一として同すべからずといへども、また異として分つべからず。義解の明かすところ多途あれども、均しく安心に順ずるを以て正に得たりとなす。若し順ぜざることあれば則ち正門を閉塞して真路をして通ずべからざらしむることを要す』と言つてある。これによりて見るに、大瀛師が言はれるやうに六字の名號(南無阿弥陀仏)の心をよく心得ることが安心であるといふことがますます明かにせられたのである。『心が仏の本願に安んずる」ことが安心であり、それが内心の領解であり、またそれが他力の信心を得たのである。さうして、それをたのむ一念が金剛のやうに、すこしも動乱せぬ有様を指して安心といふのであることが知られるであろう。  ここに、六字名號の心を心得るとか、仏の本願に安んずるとか、専門的の用語にて示すときは、多くの人は、それを理解することが困難であるかも知れない。六字名號の心を心得るとか、仏の本願に安んずるとか、或は他力の信心を得たるとかいふやうな心持を、その心の実際の有様から言へば、『我々の心の兎角のはからひを離れたる』状態に外ならぬのである。されば蓮如上人の言葉に『安心とはただ心の果場なり、兎角はからひなきが有無を離れたるなり」とあるのは、いかにもよく安心といふことを説明してあるものと思ふ。  かやうに、我々の心のはたらきが果てたるとき、すなはち兎や角やと胸の内にはからふことが無くなつたとき、我々がそこに感ずるのが他力の信心であるから、それに心を安んずるのが、安心といはれるのである。さうして、かやうなる心のはたらきが、宗教と言はれるのであるから、私が此に安心といふのは直ちに宗教の心のはたらきであるとして差支ない。  かやうな意味であるから、私がここに安心生活といふのは、すなはち宗教的生活に外ならぬのである。言葉をかへて言へば、我々の現在の生活は心が物に使はれるのであるから、四囲の対境に応じて変転窮まりなく、しかも常に憂苦を感ずるものであるが、かやうなる心のはたらきを調へて、外界の物に使はれることなく、常に自由に、又常に安穏に生活することを期するのである。  宗教  『宗教といふことにつきては、これまで多くの学者から種々に定義せられて居る。しかしながら、普通に宗教といはれるものには、宗教と名づけられるところの心のはたらきと、さうしてそれに本づきてあらはれるところの種々の形式(たとへば寺院・教會・僧侶・教義など)との二つのものが含まれて居るから、第一にまづこの二つの種類を区別して考へねばならぬ。  宗教の形式といふものは宗教的の思考によりて、次第に発達するものであるから、野蛮人の宗教の形式と、文明人の宗教の形式とには著しき相異がありて、簡単に定義を下すことは出来ぬ。同じ時代の人々の間にありても、年齢の若きものと、年齢の長けたるものとの間にも、又個人と個人との間にも、種々の差別を示して居る。しかしながら、それにつきて叙述することは今ここに必要とするところではない。  生きたる神や仏が、果して存在するものであるか、どうか、といふやうなことは形而上学で研究すべきものである。宗教の心のはたらきはさういふ形而上学の研究によりてあらはれるものではない。  神や仏につきて、我々は客観的に言ふことが出来るか、どうか、といふやうなことは神学若しくは宗教哲学の問題で、宗教の心のはたらきはこれ等の神学や哲学の思考によりてあらはれて来るものではない。  我々が如何にして神や仏を知ることが出来るかといふことは、認識論の上から研究すべきことである。宗教の心のはたらきはさういふ認識論的の説明を要せずして、自から心の中にあらはれる一種特別の心のはたらきである。  宗教の心のはたらきはかやうに、我々の精神の現象としてあらはれるもので、しかも、それは我々の精神生活の中枢を占めて居るものである。それ故に宗教の心のはたらきはその影響を学術・工芸・教育・経済・政治及び風儀の上に及ぼして、我々の日常の生活と相離るべからざるものである。  私が今、ここに宗教さいふものは、かやうなる心のはたらきを指すのである。それに本づきてあらはれて来るところの宗教の形式につきて言ふのでは決して無い。  生活と宗教  親鸞聖人はその著述の「教行信証」の化身士の巻の中に、伝教大師の「末法燈明記」を引用して『仁王法王互に顕はれて物を開き、真諦俗諦逸に因りて教を弘む」と説いて居られるが、その意味は国の王と法の王とが、あらはれて、一方は世間の物を開き、一方は出世間の物を開きたまひ、又俗諦の世間法と、真諦の出世間法が互に相資けて教を弘めるといふのである。畢竟ずるに、社會諸般の事項と宗教的生活との間には離るべからざる関係が存するといふことを示されたのであらう。  世間法とは国法より道徳・習慣及び儀禮などに至るまでを指していふのである。ひとり法律や道徳のみでなく、学問でも、商業でも、農業でも、経済でも、その他、生活の上のすべての事項を指していふのである。出世間法とはいふまでもなく宗教の心のはたらきを指すもので、親鸞聖人の教へられるところによれば「真実信心を獲得することによりて如来の大悲の心の中に摂取せられたることを感知し、ここに新なる心の命を得て、如来の智慧によりて指導せらるるところの精神生活を営むことを得る」といふに外ならぬ。さうして、此の如くに如来の大悲の心の中に摂取せられることによりて、我々は始めて物に使はれない金剛の真心を得るのであるから、宗教の心はたらきがあらはれるときには、それが我々の日常の生活のすべてのものにその影響を及ぼすことはいふまでもないことである。  親鸞聖人はこのことを現生の利益と名づけて詳かに説いて居られる。それは次の通りである。  第一は冥衆護持の益である。金剛の真心を獲得するときに、行者の方には夢ほども知らねども、天神・地祇は形に影の添ふが如くに護持したまふといふのである。行者の方からいへば、護持せられながらに、それを見ることを得ざるが故に、これを冥衆といふのであるが、それは如来の分身又は化身若しくは応身であるから、行者の方からして別に祈願するには及ばずして、冥衆が進むで護持せられるのである。  第二は至徳具足の益である。金剛の信心を獲得するときは、自から求めざるに功徳がその身に満つるといふのである。如来の本願に信順するときは、すなはち如来の心の中に摂取せられるのであるから、その人は知らず、又求めざるに、功徳がその身に充満するのである。  第三は転悪成善の益である。すでにその身の内に至徳が具はるに至れば、それが外にあらはるべきは必然のことである。仏の本願の功徳が内に尽じ、神仏の威力が外に護持するが為めに、無善造悪の凡夫も、その至徳の故に、自から悪を転じて善を成すに至るといふものである。  第四は諸仏護念の益である。諸仏は金剛の信心を獲たるものを監視するために常にその前に立ち、たとひ山野にあるも、旅中にあるも、家内にあるも、その他、いづれの処にあるも、常に相離れず、その放逸、懈怠を監視せらるるが故に、行者はその信心をして不退ならしめることが出来るといふのである。  第五は諸仏称讃の益である。金剛の信心を獲得したるものは、如来の萬徳をその心の中に入るるものであるから、丁度蓮の泥に染まぬやうに如来の清白なる法が衆生の煩悩(貪欲・瞋恚・愚痴)の泥に染むことがない。それ故に弥勒に同じやうなと称讃せられるといふのである。  第六は心光常護の益である。我々は常に我々の不実なる心に使はれ、念をかさね、慮をつみて、片時も安きことの無い身であるが、金剛の真心を獲得するときは、我々は如来の心の中に摂取せられて捨てられず、我々は自分の煩惱に眼をさへられて見ることは出来ぬが、如来の大悲は倦むことなくして常に我身を照したまふが故に、安穏の生活をなすことが出来るといふのである。  第七は心多歓喜の益である。すでに如来の心の光に照らされて居ることがわかれば、我々が傲慢の心はこれがためにその角を折られ、瞋恚の心はこれがためにその焔を消し、畏怖の念はこれがためにその跡を留めず。従つて名利に汲々たることもせず、貧賤に成々たることもなく、常に如来の心をその心として歓喜三昧に住することが出来るのである。それ故に、一にこれを触光柔軟の益とも名づける。それは如来の心の光に照されて自然の道理にて柔和・忍辱の心が出て来るからといふのである。  第八は知恩報徳の益である。かやうにして、歓喜三昧に住するときは、譲?然として自から顧みて、如来の恩の深きことを考へ、粛然として自から警しめて、その徳に報ゆべきことを期するに至るといふのである。  第九は常行大悲の益である。如来の大悲の心が深く骨髄に徹するに至るときは、人にすすめて、如来の心の光を仰がしめ、化他の大悲をつとめるやうになるといふのである。自分のために勝手のことをのみ求むる心はやみて、相共に如来の光の中におさめられやうとする大悲の心があらはれる。  第十は入正定聚の益である。金剛の真心を獲得したるものは、正定聚の位に入るのである。如来の本願に信順するものは、その心の中に摂取せられて、すなはち正定聚の位に入り、必ず仏となるべき身と定まりて、命終りての後は直ちに真実の報土に生れて、そこに無上涅槃のさとりを開くことを得るといふのである。  この十種の利益は、我々が如来の本能に信順するときに、すなはち得られるところのものである。これを総括して言ふときは心光常護の利益におさまるもので、我々にして若し真実信心を得るときは、直ちに如来の心光に摂取せられて、常にそれに護持せられて生活するのであるから、我々は物に使はれるところの生活を離れて、物を使ふところの生活に移ることが出来るのである。  私はかくの如き、心のはたらきを名づけて宗教と名づくべきものであると信ずるのであるから、宗教といふものが、我々の生活を離れて別に存在するものであるとは決して考へぬのである。生活が即ち宗教であり、宗教が即ち生活であるといふまでに、真諦と俗諦とは密接して居らねばならぬものであると信ずる。  仏教の要諦(一)  かくの如くに、宗教の意味を解釈して、私はこれから宗教的生活につきて叙述しやうと思ふのであるが、それにつきて第一にいふべきことは仏教の真諦である。固より今は宗教としての仏教につきて言ふので、学問としての仏教を論ずるのではない。すなはち仏教の哲学若しくはその宗教学的の意味を叙述するのではなく、仏教を宗教として、その宗教的思想の大体を叙述するのである。一概に仏教といふときはその内に哲学もあり、倫理もあり、乃至は経済もあり、その範囲は甚だ広いのである。私はただその宗教の方面のみに就きて、ここに叙述するのである。  仏教が始めて印度に興つたのは今から約三千年も前のことであるが、その時、印度には、巳に宗教の多くのものが行はれて居つた、その一とつは多数人民の間に信奉せられて居つたところの自然的宗教である。この教では、多数の神の存在を信じ、しかも、その神々の間には何等の系統がなく、ある一とつの神を崇拝して溝腔の熱誠をささぐるかと見る内に、又他の別の神に帰依して、それを唯一至上のものとして渇仰するといふ風であつた。その神として崇拝せらるるものには山もあつた、川もあつた、乃至草木もあつた、さうして胸を立て、像を画き、ひたすら、その威力に信頼したのであつた。しかしながら、此の如き魔力の信仰が、宗教としては事質上、何等効力のないものであつたことは言ふまでもない。  これに反して、他の一方、教養ある人々の少数の間には合理的に認められたる哲学的の宗教が行はれて居つた。その教に拠ると、宇宙の本質の根本とすべきものは梵(ブラーマ)で、それが唯一至上のものである。それに我(アートマン)の観念が加はつて、個人我としては霊魂として個人に存し、常一主宰のものであると考へ、宇宙我としては宇宙の根元をなすものであると説いた。かやうにして、梵即我、宇宙即我といふやうな思想に到達して、宇宙は唯一至上の神の顕現に外ならぬものであるといふに至つた。その考によると、日月星辰を始めとして、宇宙の萬物は成・住・壌・空の四つの相を流転して、まことに変遷窮まりのないものであるが、唯一至上の本質は、この生滅の間に常在遍在して変転することのないものであるといふのであつた。此の如くにして与りたる哲学的の宗教は、人々は我をば物質的の限局から免かれしめることと、又非物質的の我の本性を知ることによりて、生死を解脱して、遂に唯一至上の本質(梵)に輸入すべきであると教へたのである。  かやうな次第で、自然的宗教にありては、別に何等の根拠もなく、ただ我の満足を得やうとつとめ、哲学的宗教にありてはその哲学的の思考に本づきて我の信仰を重要のものとした。従つてその常一主宰の我が靈魂として輪廻転生するといふことと、業(カルマ)の結果として自業自得といふことが重く見られたのである。仏教にありて外道の説として挙げられたものは、此の如き仏散が新に興りたるときより以前に、巳に印度に行はれて居つたところの哲学的宗教の説である。  しかしながら、此の如き哲学的宗教は、これを奉じやうとする人々の内省の徹底せざるがために、ただその形態のみが伝へられ、その本来の精神は早く消失して、我の迷妄なるはたらきを抑へて、その本質の真実をあらはすためには、感覚を制し、欲情を調へることを必要とし、従つて劇烈なる苦行をなすことが第一に勤められたのであつた。しかもそれは誤まつた道であることを知つた釈尊は深く内省して自ら真実の道を悟られたのである。  仏教要諦(二)  釈尊は巳に真実の道を悟られた後、その法を説くために前に師事しやうとした仙人達を訪はむとせられたが、その人々は巳に死亡して此世に居なかつたので、更に方向を転じて彼の驕陳如等五人のものを尋ねて波羅奈に赴き、鹿苑園にて、驕陳如等五人のものに遇はれた。五人のものはさきに釈尊が苦行を棄てて去つて榮耀の生活に入つたのを軽蔑して居つたので、始めは相手にならなかつたが、釈尊の威厳に打たれて、遂に釈尊の教を聴かうといふ心を起したので、釈尊は彼等五人に向つて、先づ人生は苦であることを説かれた。  『人の世は四苦・八苦である。生苦あり、老苦あり、病苦あり、死苦あり、愛別離苦あり、怨憎会苦あり。所求不得苦あり、五陰盛苦あり、失榮樂苦あり、形あるものも、形なきものも、足なきも、一足あるも、二足・四足・多足あるも、一切衆生悉く此等のあらざるなし。」  我々は外の物に使はれて居るのであるから、時には楽しみ、時には悲しみ、苦楽相半ばするといふ有様であるが、つくづくと人の世の有様を静観すれば、人の世はまことに四苦・八苦である。釈尊は先づ「人生は苦であること』を説き、それから更に進みてその根本を説かれた。  「此等の苦は皆「我」を以て本となす。若し衆生あり微しく「我想」を起せば、また此等の苦を受けむ。貪欲・瞋恚及び愚痴の三毒は皆悉く「我」の根本より生じ、而してこの三毒はこれ諸苦の因なり。衆生はこれを以て欲・色・無色の三有に輪廻す。これはこれ集なり。汝等断ずべし。若し「我想」及び貪欲・瞋恚・愚痴を滅せば諸苦皆これよりして断ぜむ、これはこれ滅なり。汝等証すべし。この滅は悉く八正道によらざるはなし、これはこれ道なり、汝等修すべし」  と教へられた。これはすなはち四聖諦と名づけられるものである。四聖諦とは第一に人の世は苦なりと知る、これを苦諦とす。この苦は「我」を以て本とし、貪欲・瞋恚・愚痴の三毒によりて集められるものと知る。これを集諦とす。それ故に苦を離れむとせば貪欲・瞋恚・愚痴を滅せねばならぬ。これを滅諦とす。さうしてこれを減するの法は八正聖道を修むるにありとする。これを道諦とす。諦とは諦審の義で、すなはち真理である。この苦・集・滅・道の四つのことが真理であると説かれたのである。釈尊はこの四つの真理を示して、人若し、この四聖諦を知らずむば解脱を得ることが出来ぬといひ、更に驕陳如に向ひて「汝等小智を以て、軽しく我道の成せるか、成ぜざるかを量ることなかれ。その故は、形苦にあれば心悩乱し、身樂にあれば情樂著せむ。これを以て苦樂ともに道の因にあらず、若し能く苦楽を捨てて中道、即ち正見・正思惟・正語・正業・正精進・正念・正定の八正道を行じ、広く修習すれば心寂定にして生・病・老・死の苦患を離るることを得む』  と説かれた。これまさに釈尊が人生の苦悩を解脱するの法として自得せられたものであつた。  仏教の要(三)  釈尊が苦悩を滅するの道として示されたものは此の如く、八聖道である。釈尊の説かれるところに拠ると、道を求むるものが榮耀の生活をなすことも極端であるが、苦行を修むることもまた極端である。この両極端を離れて中道を取らねばならぬのであるが、その中道といはるるものはすなはち八正聖道である。ここに、その大意を示せば次の通である。  正見 人の世は苦であるといふことを知ること、苦の成立する所以を知ること、苦を消滅せしむる所以を知ること、苦を消滅せしめる道を知ることを正見といふ。  正思惟 断念することの決心、慈悲を施すことの決心、親愛することの決心をなすことを名づけて正思惟といふ。  正語 虚言を避くること、いらざることを言はぬこと、両舌を避くること、綺語を避くることを正語といふ。  正業 生きるものを殺すことを避け、与へられざるものを取ることを避け、淫行に耽ることを避ける。これを名づけて正業といふ。  正命 人を欺き、不正の法をして命をつなぐことをやめて正業にて命をつなぐ、これを名づけて正命といふ。  正精進 悪を廃し、善を修むべく意志を強くして、それによりて正命につかむと精進努力する。これを名づけて正精進といふ。  正定 乱想を離れ、邪欲を棄て、身心寂静にして正しく真理に住し、それが転変することのないのを名づけて正定といふ。  この八正聖道は尊尊が自から覚られたる教の根本的思想とも稀すべきものである。この八正聖道の中に、四聖諦の真理の内容の全部が含まれて居る。釈尊は此処彼処の説教に於て、四聖諦の真理をば特別に示すことをつとめて居られたが、しかしながら、八正聖道の第一たる正見は観察を正しくし、意見を誤らぬやうにするといふ意味の言葉でありながら、この場合には四聖諦の真理を知るといふことに帰著するのである。次で苦を滅するにはその原因たるものを滅するにあることを明にし、最後にその道とすべきものは八正聖道であるとせられたのである。  悟道  釈尊の教は、此の如くに簡単であり、又別に形式を要せざるものであつたからその在世の間、教団はひとりその教主としての釈尊の人格を中心として統一せられて居つた。しかるに、釈尊の入滅後、月を経、年を過ぐる内に、漸次に教主の人格の光を感ずることが薄くなつたために、遂に教団の統一は教法を以てせねばならぬやうになつて、ここに教法の結束が行はれたのである。もとより釈尊の在世中に随従した弟子達は、直接に釈尊の偉大なる人格に触れることが出来たから、教主として釈尊を渇仰し、又その教を崇拝して居たに相違ないがこの時でも、外面的に釈尊の平生を実見し、その説法を聴聞するのみで、内面的に釈尊の求道の経験を見ることをしなかつたものは、徒らに釈尊の皮相を伝ふるに過ぎなかつたのである。釈尊の世を距ること遠き時代にありては、勿論、釈尊の人格に直接することは出来ないから、釈尊の言行を伝へたる経典によりて、釈尊の教の神髄を窺はねばならぬやうになつた。ひたすらに釈尊の教法の神髄を得むことを欲して、遂に哲学的思索を専にすることをつとめたのである。  釈迦教  釈迦の説教の外相のみを見てこれを判断すれば仏教は精進の教であるといふ考の起るは無理のないことである。釈迦が人生の苦悩より解脱するの法を説き、四聖諦を明かにし、八正聖道を修めて進むで涅槃に到るべしと勧められたる、その心の内面には熱烈なる法の信仰がありて、それがために如実の修行が行はれたのであるといふ事実の真相を究むることなく、漫然として釈尊の教説に対するがために、所謂六度として、布施・持戒・忍辱・精進・禪定・智慧を重要のものとして、これによりて、自己の煩悩を断絶することが仏教の要旨であるといふことを考へたものは、それを念願するの余りに、釈尊の厳粛なる生活の外形を模倣したのみであつた。  「小乗涅槃経」に釈尊の説かれたことが挙げてある中に『道を燈とし、道を家とし、自からこれに依りて他に依ることなかれ」とあるが、その道といはるるものは、すなはち、ここにいふところの真如本来の相である。又、釈迦は迦葉に向つて説かれたことに「迦葉よ、道の性や相は生滅しない、故に捉へられない。又、色像もない、故に量ることが出来ない、それでも実際に用《ハタラキ》があるのである。丁度心は見ることが出来ないけれども存在して居ることは事実であると同じやうである』とある。又、釈尊は王舎城外の竹林精舎に居られたとき、沙門に告げて「道は形を持たぬ、これを知ることは無益である。されば志と行とを守るがよい。たとへば鏡を磨ぐやうに、垢を去れば明かとなり、形を見ることが出来る。欲を断ち、空を守れば則ち道の真を見る。愛欲を抱けば道を得ることは出来ぬ。愛欲が心にまつわりて濁れば道を見ることは出来ぬ」と説かれた。釈尊がここに道といはれたものは法であり、それは明かに真如本来の相である。実際から言へば、まさに実現せらるべき仏の性質を示すものである。  かやうにして、釈尊が説かれたる四聖諦と八正聖道との精神を、論理的に分析して考へたる結果、観察と禁欲との方法によりて我身即真如なりと知得して、即身成仏の理想を達するために精進する(華厳、真言、天台等各宗派の如く)か、又は修行によりて無念・無想の境地に入りて本来の面目たる仏性を、あらはすことに努力する(禪宗の如く)か、何れにしても、約めて言へば、持戒と、智慧と、禅定との三学を修むることによりて衆生が仏に成るの道を説くのが聖道と名づけられたる仏教中の一派の根本の義である。聖道とは賢者が修むべき道であるといふ意味で、自分自から持戒・禅定・智慧の三学に依りて自己の本来の真相を観察し、従つてその真相を発揮することをつとむるのであるから、一にこれを自力教とも名づけられる。しかしながら私は聖道とか、自力教とかいふ意味の言葉を廃して、前にも言つたやうに単に釈迦教とした方が善いと思ふ。それは釈尊の教説をその儘に受け取りて、如実に修行せむことを期するのであるからである。  哲学と宗教  かやうに、釈迦教にありて説かれるところを見ると、仏教は哲学的思索を主とするやうに思はれるが、釈尊も固より始めは教論哲学及び倫伽哲学を奉ずるところの仙人に就て、その道を修められたのであるが、それによりて究竟の解脱を得ることを知りて全くこれを排斥せられたのであつた。マーガンヂャといふ婆羅門がその娘を釈尊の妻にとすすめたときに、釈尊は『婆羅門よ、私には天女も要がない。まして汚れたる膿を盛りたる汚い女を何にしやうか』と断然ことはられた。マーガンヂャはこれを聴いて驚嘆し、『何といふ哲学を奉ぜらるるか』と問ふた。釈尊はその時『我は何れの学派にも属して居ない。すべての哲学はあはれむべきものである。如来の教ふるところは、すべての哲学体系によらず、知識によらずして得らるべき内的平安である」と答へられたと伝へられて居る。  マールンキアプトラ(髯童子)が、あるとき、「世界は常住か否か。世界は有限か無限か。衆生は死後存在するか否か。身体と精神とは異なるか同じきか」を質問した。釈尊はこれに対して「世界が常住であるといふ見解がありても清浄の修行が出来るものではない。又世界が常住でないといふ見解がありても清浄の修行が出来るものではない。世界が常住である、若しくは常住でないといふ見解がありても、生・老・憂・悲・苦・悩は逼つて来るものである。私はそれ等を現在に於て除くために法を説くのである。世界が有限である、若しくは無限である。衆生は死後に存在する、若しくは存在しないといふ。見解は何れにしても、生・老・憂・悲・苦・悩は逼つて来るのである。私はそれ等を現在に於て除く法を説くのである。それ故に、私は説くべきことを説き、説くべからざることを説かないのである。説くべからざるものとは、これ等の問題の説明である。その故は、これ等の問題の説明は清浄の修行のためにならず。煩惱を無くし、勝れたる智慧を開き、覚りを得、涅槃に入るためにならぬからである。説くべきものは苦・集・滅・道の四諦である。その故はこれは清浄の修行のためであり、煩惱を無くし、勝れたる智慧を開き、覚《さと》りを得、涅槃に入らしむるものであるからである」  此等の事実によりて明かに知らるる通ほりに、釈尊は、当時印度の開教者が哲学的の根拠を重要とせるに反して、すべての哲学体系に拠ることなく、ただその自から覚《さ》とりたるところのものを直ちに示されたのである。釈尊は一切の哲学的の問題につきてはすべてこれを拒絶し、煩瑣《はんさ》なる論理につきては全く無関心であつた。言ふまでもなく、宗教は哲学にあらず、仏教を宗教として見るときに、それは全く哲学的の思索を離れて、巳に前にも述べた通ほりに、知識によらずして、内的平安を得るの道に外ならぬのである。  自我の問題  かやうにして、釈尊は世界が常住であるか、若しくは無常であるか。世界は有辺であるか。若しくは無常であるか。精神と身体とは一つのものであるか、若しくは異なつたものであるか。生命は死後に存在するものであるか、若しくは存在しないものであるか。かういふ事項につきて思索することは我々をして執著を離れしめ、欲望を断たしめ、正智を開き、涅槃に導くものでないとして、全くこれを排斥せられた。さうして、釈尊は人の世は苦であるといふ現実の相を説き、その苦の成立せる原因を説き、遂にそれから離れるの道として八正聖道を説かれた。そこで、釈尊の説教にありて実際に重要のものは、自我の問題であつた。固よりこれは宗教的認識であるが、しかしながら、その認識に達するの道は主に沈思・冥想によるので、一切の論理的思考に於けるやうに、ある基礎の上に組み立てられたる構想ではない。世界を見つめて、それによりて「自我」そのものが何であるかといふことを研究するのではなく、世界の中に入りて「自我」そのものを知るためにそれを見つめるのである。かくの如き内観は層一層と自からの精神の内部に深く入り込みて、その深部をば意識的の認識の光にて照し見るのである。それ故にこの内観は我々の智慧にて証明せらるべきものではなくして、ただ沈思・冥想によりて認識せらるべきものである。  釈尊の教説は、かくの如き理由に本づきて、ただ開陳せられたので、論理的に建造せられたものではない。  釈尊は、己に前にも述べた通ほりに、世間一切のものは実在するものでなく、本質的のものでなく、ただ我々の主観のはたらきによりて仮に現はされたものであると唱道せられた。それ故に、身体の存在が永久的のものでないと同じやうに、「自我」もまた永続的に存在するものではないと主張せられた。釈尊がこのことにつきて布?婆樓《フタバル》に向つて説かれたとき『自我の存在をいふ人々に三種ある。一は四大から作られた自我。二には四肢を欠目なく備へた心から成る自我。三には物質なく、純粋の想念から成る自我である。私はこの三種の自我を離れる法を説く』と言はれた。すなはち、物質的に見られたる自我と、精神的に考へられたる自我と、この二つのものが、常一主宰の独立のものとして存在するものであるといふことは釈尊の時代及びその以前の人々の堅く信じて疑はざるところであつた。釈尊はこれに対してかくの如き自我の誤りたる考を捨てねばならぬと説かれたのである。  釈尊は又、布?婆樓《フタバル》に向つて『若し他の人が私に、あなたの捨てるといふ自我とは何であるかと問はば、私は今、汝が汝の前に見て居るものがそれであると答へる」と言はれた。釈尊は人々の霊魂といふものが果して存在すると肯定せず、それが存在しないと否定せず。さういふことは道を修むる上に無益であるからと言つて問題にせず。ただ現実に成立して居るところの自我につきて、その真相を見つめられたのである。  釈尊の説明によると、自我といふものは五蘊から成立する。五蘊とは色・受・想・行・識の五つで、その色蘊は身体の形質(物質)を指していひ、受より識までの四蘊は精神のはたらきを指すのである。すなはち受蘊とは感覚・感情などを指し、想蘊とは観念及び思考などを指し、行蘊とは行為を指し、識蘊とは意識の作用を指すに外ならぬのである。若しこの五蘊が集積するときには自我があらはれる。若し又、この五蘊が離散するときは自我は無くなる。それ故に自我といふものは一とつの過程として常に変化しつつあるのである。しかるに、多くの人々は五蘊につきていつも断と常との二つの偏見を有し、身体の形質につきてはその持続の相を見ず。ただ破壊する相をのみ見て断の見を起し、又心につきてはそれが念々に生じて念々に滅する相を見ずして常の見を起して居る。これは皆、迷妄の考から起るものである。  かやうにして、迷妄の凡夫は五蘊につきて常の無きものを不変と思ひ、苦しいものを楽しいと誤まり、無我を我と信じ、ここに虚妄の世界を造り出すのである。巳に常住永存の自我がありとすれば、我所(自からが所有するもの)あり、我所があれば自我がある筈であるから、それに執著して一切の苦悩があらはれるのは当然である。  ここに述べたやうに、自我を説明することは、すなはち世界をも説明するもので、世界は全く精神的のものである。さうして、この説明は諸行は無常、諸法は無我であるといふ結論に達するのである。  弥陀教  かくの如く、釈尊の教説につきて、深くその精神の存するところを究めると、仏教の趣旨とするところは自我の真相を明にすることと、その自我をば内観することを深くすることに存するものと言はねばならぬ。さうして、それは実に宗教と名づくる我々の心のはたらきをあらはすべき唯一の道途であるとせねばならぬ。  弥陀と名づけられて、仏教の一派を成して居るものは、すなはちこの釈尊の精神を体験しやうとするものである。すべての物を有りの儘に見られたところの釈尊はその実在性につきて理論的に考ふることをせられなかつた。実際に人の世は苦しみであるといふことを見られた。さうしてそこに住むところの我々の現在は真実を離るることの遠きものであるといふことを認識せられた。ただその実際の裸のままなる基礎の上に宗教的内観を強くせられた。その精神の存するところをば経典に伝へられたるところの教説によりて、知り得たる後に、これを体験することにつとめたのが弥陀である。少くとも龍樹菩薩・天親菩薩・曇鸞大師・道綽禪師・善導大師・源信和尚・法然上人などの著述の内にあらはれたる他力・易行・往生の説は明かにこの意味に本づきて居るものである言はねばならぬ。釈尊が四聖諦を説き、八正聖道を説かれたのは、実際にありて、戒律によりて我々の外境を守り、禪定によりて我々の内界を諦めることによりて真実の智慧を得るといふことに帰著するものである。まことに至当のことであり、徹底してこれを修むるときは固よりその目的を達することは出来る筈であるが、しかしながら、我々の心の現実の状態を基礎として、このことに徹底するといふことは極めて難事であるといはねばならぬ。釈尊も勝?夫人が三種の求道者を繋げて『第一は自から奥深き法の真理を我物にするもの。第二は法の真理に従ふところの知慧を得るもの。第三は法の真理を知ることは出来ぬが、それは仏の境界で、仏の知りたまふところとして、ただ仰いで仏を信じ奉るものである』と言つたことを是認して居られる。すべての人々が皆、自から法の真理を我物にすることの出来ないことは無論である。我々はどうしても自分そのものの有りのままの相を深く内観せねばならぬ。  我々にして若し真面目に自己の内面を省察するときは、底の知れぬ虚偽・雑毒の相が認められるのである。親鸞聖人が「唯信鈔文意」に説いて居られるやうに、「一切有情まことのこころなくして、師長を軽慢し、父母に孝せず、朋友に信なくして悪をこのむゆへに、世間・出世みな心口各異・言念無実なりとおしへたまへり。心口各異といふはこころと、くちにいふこと、みなをのをのことなり。言念無実といふは、ことばと、こころのうちと、実ならじといふなり。実はまことといふことばなり。この世の人は無実のこころのみにして淨土をねがふ人はいつはりへつらひのこころのみなり、ときこへたり。世をすつるも、名のこころ、利のこころをさきとするゆへなり。しかれば善人にもあらず。賢人にもあらず。精進のこころもなし。懈怠のこころのみにして、うちはむなしく、いつはり、かざり、へつらふこころのみ常にして、まことなき身」である。かやうに、自己の虚偽・雑毒にしてまことなきものであるを知るとき、我々はただ四諦の真理を知り、八正道を修むることによりて涅槃に到るべきことを学ぶのみで、しかもそれを実際に行ふことの出来のものであるといふことを認めねばならぬ。  我々の心の浅間しきこと、知慧の足らぬこと、力の極めて弱いことは、これを収めて言へば愚悪の二字に尽きて居る。巳に智慧もなく、真実もない我々が、八正道を実踐して涅槃に到ることの出来ぬといふことを知るとき、親鸞聖人が『何れの行も及びがたき身なれば、とても地獄は一定すみかぞかし』と言はれた言葉の極めて痛切なるを思はざるを得ないのである。  思ふに、八正道の中、正見より始めて正思惟・正語・正業・正命・正精進までの六つの正道は、所謂六度の智慧・持戒・忍辱・布施・精進に相当するもので、正念と正定とはまさに禅定に相当するものである。その何れのものも行として、我々自から勵みてつとめねばならぬものである。しかもその何れの行も及び難い自分の相を見るとき我々は遂に涅槃の地に到ることが出来ぬといふことを知らねばならぬ。まことに「地獄一定の身』である。かくの如く、現前の自我の価値を棄てたとき、釈尊が言はれるところの渇愛の執著が無くなりて、ここに自からあらはれて来るところのものが正念であり、正定である。すなはち自分の力によりて正念と正定とが得られるのでなく、この自分の力を見限りたるときに、自からに正念と正定とが得られるのである。かやうな心のはたらきは固より我々の思考を超越したもので、まことに不思議といはねばならぬ。それを仏の力であると感じ、如来の本願であると感じ、それに随順して一切をその不思議にまかすときに、正しき宗教の心のはたらきが我々の心の中にあらはれるのである。弥陀教といはれるものはすなはちこれである。一にこれを他力の教といふのは不思議の力が他から我に加はるるといふ意味である。  法を受け取るところの機には、いろいろあるべき筈であるから、すべてを概括して言ふことは出来ぬが、我々のやうな愚悪の凡夫が、釈尊の教説を聴聞して、それによりて我々の心にあらはすことの出来る宗教の心はまさにこの弥陀教である。  不断煩悩得涅槃  多くの人々は苦悩に満ちたるこの浮世を厭ふて、それから離れむことを切望するといふ。しかしながら、単なる厭離は、却て厭離しやうとするものを得たい心得で、得やうと求むるものが得られないために起こるところの一種の憎悪の心に外ならぬものである。畢竟ずるに周囲の醜悪に対して自己の安泰を祈るのであるが、その自己も同じく醜悪である以上、到底醜悪から離れることは出来ぬ。  悪を避けやうして善をなすものは善を手段としてこれを利用するに止まるものであるから、善其の物に接することは無い。善を求むることは、それよりも一層大なる悪を恐るるがためであるから、恐怖のために強ひられたる善はただ徒らに自己を縛るこころの鎖たるに過ぎぬものである。悪が防むがために善をなすことは、要するに自己のために善を求むるもので、自己の全体を挙げてこれを善にささぐるものではない。自己を忘るることによりて始めて得らるべき善をば、自己に私してこれを盗み取らむとするものである。  かやうに我々が、世を厭ふといふことも、又悪を離れやうといふことも、皆功利的のもので、自己に私しやうとするがために、自己の得手勝手なる思慮に左右せられて真実に至ることが出来ぬのである。しかるに、真実はここに活動して、我々をしてその醜悪を知らしめるものであるから、この真実に触るるときは全然自己を捨てて、絶対にその真実に服従するものである。かういふ場合には、我々は全く功利的の考を離れるもので、親鸞聖人の「歎異鈔」の中に  「弥陀の誓願不思議にたすけられまゐらせて往生を遂ぐるなりと信じて念仏まふさんと思ひ立つ心のおこるとき、すなはち摂取不捨の利益にあづけしめたまふ」とあるやうに、何等自己のためにするところなくして、善其物を欣求するのである。それ故に、善其物の欣求の中に、すべてのものを得て、それに満足することが出来るのである。弥陀教の精神はまさにここに存するのである。  繰り返していふ、我々の心は虚仮不実のものである。安念がしきりに動きて、実に名状することの出来ぬほどの醜さである。さうして、その妄念の動くところは常に他の人に対してである。社会に対してである。自己の周囲にあるところの森羅萬象に対してである。たとへば水の流れが岩に激し、或は風に吹かれ波を生ずるが如きものである。波のたつといふことは固より水の平穏を妨ぐものであるけれども、それは畢竟ずるに、水が上より下に向ひてどこまでも流れねば止まぬといふ真実が存するためである。上よりして下に流れて止むことのない水の真実は、岩や風のために妨げられて、そこに波をつくるのであるが、しかも、水の真実そのものはすこしも損失することのないものである。妄念は固より悪むべきものであるが、しかしながら、それは水の上の波のやうなもので、その奥底には必ず真実が備つて居る。ただ我々の煩惱の強きがために、その真実が我々にわからぬまでのことである。それ故に、我々は妄念の起るところに必ず真実があるといふことを知らねばならぬ。彼の水が岩に激して波をつくるのを見たるときはその水は流れて居るのであるといふことを知ると同じやうに、妄念は我々が社会生活をなすことによりて益々多くなるものであるが、しかも、その妄念のますます多くなるところに我々はますます真実を認めることが多くなることを喜ばねばならぬ。  釈迦教は、かやうに我々をして迷はしめ、又悩ましめるところの妄念を断つことをつとめる。すなはち『煩悩を断じて涅槃を得る』ことを期するのであるが、これは前段説明するやうに、ただ妄念の醜悪なる皮相のみを見て、その奥底に備はるところの真実を見ないためである。現実の自我の相を見ることなくして、理想の自我を実現せむことを期待するがためである。若し我々にして現実の自己の相を見るときは、虚仮不実にして、実に名状すべからざる醜悪のものであると知るによりて、我々が得手勝手の思慮を離れて『地獄一定の身』と歎くの外はない。ここに妄念の奥底に備はるところの真実がそのはたらきをあらはすのであるから、我々は「煩惱を断ぜずして涅槃を得る」のである。弥陀教の要旨とするところは全くここに存する。  真実の智慧  我は我、人は人と、個我的に考へるものは妄念の少なきものであらう。この類の人は、自己の問題は自己にて解決すべきで、これを他の人に頼むべきではないとし、自己のものはこれを自己に取り、他人のものはこれを他人にかへせば極めて安楽なるべしと考へる。それ故に、自己を謹しみ、他人に迷惑をかけねば善いといふやうな妥協的の道徳を重んじ、妄念をば取り去りて空寂の境に到ることを期するのである。聖道・自力の教と名づけられたるものにありては、すなはちかやうな普通の智慧をはたらかして、冷かに妄念を批判して、これを断滅せしめやうとするのである。しかしながら、一切諸法皆空なりと説かれるところを聞いて、迷を離れ、妄念を断つために修行するといふことは、畢竟、得手勝手なる智慧を強くはたらかすまでのことで、我々にありてはそれによりて真実の智慧は却て隠れて現れることが無い。  仏教では六大煩惱が説かれて居るが、その六つの煩悩の第一は貧欲である。よろづのものを貧ぼりて、力あるものは威を以てこれを取り、力なきものは他に従ふてこれを求め、無きものはこれを得むことを欲し、得たるものはこれを失はぬやうにとつとめるのである。第二は瞋恚にして、我に背くことがあれば善きことにても腹を立てるのである。第三は驕慢で我身を恃みて人をあなどる心である。第四は愚癡で萬事にくらき心である。第五は疑惑にして、何事をも理を究むることなくして、兎角物を疑ふ心である。第六は不正見で、辨事をつよく思ひ定めて、真実の道理を知らず、愛欲が業をうるほし、身体を感果して、その身体に執著して我身の見を起して妄念を生ずるのである。さうして、この我身は正道をあゆむための障碍となることが多いから、これを除かむことをつとめて、捨家棄欲といふことが主要とせられる。聖道・自力の教を奉ずるものはこれを以て修行の出発とするのである。  しかしながら、我見の起るのは実際、身体其物のためでは無くして、身体に対する分別見が我見を造るのである。愛欲も其実、我々を縛るものでは無なくして、身体に対する我々を縛るものは、愛欲に対する分別見である。それ故に、我々が道を修むるにあたりて障碍とすべきものは分別の見である。  我々は常に差別して物を考ふるが故に、善悪があり、苦楽があり、愛憎があり、哀楽があり、それによりて苦悩があらはれるのである。我々にして若し、この分別の思惟から離れることが出来るならば、我と彼とは同一の根元のもので互に区別すべきものでないといふことが認められるであらう。人と人とが同一の根元であるばかりでなく、草も木も山も川も皆この根元が同じものであるから、その存在は互に相関聯し、彼は彼、我は我と、別々に孤立してその生存を全ふすることが出来るものではない。しかるに、我々の分別の思惟は常にこの関聯の真相を無視して、我執と法執を生ずるために、すなはち妄念を起して、苦惱に苦悩を重ぬるのである。分別の思惟は固より我々の智慧として常にそのはたらきを逞しくするものであるが、しかも、それは本能に使はれて、それを満足しめるもので、これを真実の智慧とすることは出来ない。  我々は常に死は生の反対であると考へて居る。さうして生を愛し、死を憎むが人々の常である。死を考へるときに生は無意義であるやうに思はれる。生に執著して、どこまでも、その生から離れぬやうと望むがために、その反対なりと考ふるところの死をば憎むことが甚しいのである。しかしながら、死のない生はある筈なく、生あるものは必ず死を免れることは出来ぬ。生と死とは元来一如であるが故に、我々が死に対向して、これを摂取するところに生があるので、若し死が無いならばそれと同時に生もまた無い訳である。  徒らに死を憎みてこれを避くることをつとめず、死に当面して深くこれを傷むところに真実に生を愛する所以がある。苦楽の場合にありても亦、これに同じく、苦と楽とを別けて考ふるところに妄念があらはれ、さうして徒らに苦悩を離れて樂を得むことを願ふのである。しかしながら、苦と楽とは元来が一如のものであるが故に、苦悩に当面することが無くして真実の楽を得ることが出来ないのは当然である。  虚偽は真実の反対であると考へられて居る。しかしながら実際に、真実は虚偽に対してのみ存在するものである。それ故に、虚偽に対して、それを摂取するときには真実はそれ自身をそこにあらはすものである。  仏敷にありて実相般若と名づけらるるものは、真実の智慧にして、一切の諸法みな空なりと知りて、一切の虚妄の相から離れることを期するのである。この真実の智慧を得るがために戒と定とが重要のものとせられるのである。その戒とは我々の心が外境に対するものを守ることで、それは一定の修行によりて意馬心猿の塙壁を造ることを目的とするものである。常に動揺して止まないところの心の外境に戒律の塙壁をめぐらして、それをして外界の影響からして免れしめむとするのである。しかしながら、ただその外境を守るのみにては内部の不安をどうすることも出来ぬために、戒律に併せて禅定といふことが重要のものせられる。禅定とは心の内境にありて動乱を静める法である。我々はこの戒と定とによりて真実の智慧を得ることが出来るのである。さうしてこの真実の知慧が得られて後に、我々は始めて苦悩から離れることが出来ると説かれるのである。  これによりて、如実に修行して、真実の智慧を得やうとするところに釈迦教を奉ずるところのものの努力がある。しかしながら、此の如き努力によりて果して期待するところの目的が達せらるるかといへば、我々のやうな愚悪のものにありて、それは全く不可能であると言はねばならぬ。  不思議の智慧  無明が煩惱の本である以上、これに対すべきものは智慧であるが、しかも我々の智慧は、巳に上段に述べたやうに、本能に便はれて、自己の満足を得るやうにはたらくものであるから、これを真実の智慧とすることは出来ない。従つてこれによりて煩惱を除くことの出来ないのは当然である。真実の智慧は仏教にて実相般若と名づけられるものでなくてはならぬ。さうして、この真実の智慧は、我々の智慧を離れるところに始めてあらはれるものである。  我々にして、若し真面目に自己の心の内面を反省して、まことに底の知れぬほどの虚偽雜毒の相に気がつくとき、我々は地獄一定と決定して、兎角のはからひを止めるであらう。これは全く我々の心の奥に存するところの真実よりあらはれて、我々の心を照して、これを真実へと導くところの智慧である。さうして、それは全く我々のはからひを離れたるもので、これを不思議と名づけざるを得ない。  しかるに、此の如き不思議の智慧をば、我が自己の力であると考ふるとき、その智慧はすぐに隠れてあらはれないやうになる。不思議といふことは我々の智慧をはたらかして、彼や此やを思慮詮索することの出来ぬことを指すもので、奇妙と考へ、不思議と思識することをいふのではない。全く我々の言説を離れたるものであるから、ただ不思議と感知するのみである。決して不思議と思議するのではない。それ故にこの不思議の智慧は全く自己の価値を否定し、彼や此やのはからひを止めたときに始めて感知せらるるものである。我々の智慧は、巳に前段にも言つた通ほりに、本能に使用せられて、それを満足せしめやうとするものであるから、煩惱のはたらきを批判して、これを断滅せしめやうとつとめるのであるが、さういふときには、我々は不思議の智慧を感知することが出来ぬ。  かやうな不思議の智慧のはたらきは、すなはち、宗教の心のはたらきに属するもので、親鸞聖人が本願力と言はれるものは全くこれであらうと思ふ。又、親鸞聖人が、南無阿弥陀仏といはれるものも、全くかやうな宗教の心のはたらきであるやうに思はれる。南無阿弥陀仏の意義に就ては、専門の宗乗学の上からして、詳細の説明もあるが、さういふ宗乗学上の説明はさて置き、心のはたらきの有様から考へれば、親鸞聖人が言はれるところの南無阿弥陀仏は、如来の智慧に照されるによりて自己の真相を知ることを得たるとき、その自覚したるものをその儘に表現したるものが、すなはち南無阿弥陀仏である。これは我々の本能に使はれてそれを満足せしめやうとはたらくところの智慧を離れて、我々の心に及ばず、言語に断へたる如来の智慧を獲得したる心持に外ならぬのである。  念仏  南無阿弥陀仏はすなはちである。親鸞聖人が「教行信澄」の中に「しかれば、称名は能く衆生の一切の無明を破し、能く衆生の一切の志願を滿てたまふ称名は則ちこれ最勝真妙の正業なり。正業は則ち念仏なり。念仏は則ちこれ南無阿弥陀仏なり。南無阿弥陀仏は則ちこれ正念なりと知るべし』と説いて居られるところに拠ると、南無阿弥陀仏が、仏の名を称ふることであり、さうして、それが正念であり、又正業であるといふことが知られるのである。  南無阿弥陀仏といふは本と印度の語で、これを支那の言葉に翻訳すれば南無は帰命。阿弥陀仏は無量壽如来である。親鸞聖人の解釈によれば帰命とは釈迦・弥陀二尊の勅命に従ふことで、めしにかなふ、若しくはまかせるといふ意味である。しかしながら帰命といふことは衆生の方よりして言ふことで、これを如来の方よりして見れば摂取である。摂取は不可思議の智慧のはたらきである。さうしてそれが如来の本願と言はれるものである。これを仏教の言葉にて示すときは、如来は光明を放ちて十方の衆生を照して、その本願に信頼するものを摂取して捨てたまはぬのである。如来の光明といふのは不可思議の智慧である。かくの如き不可思議の光明の中に立ちて、一切の思慮の及ばぬといふことを知り、全く自己を捨てて、如来の智慧に信順する心の有様がすなはち南無阿弥陀仏である。  此の如くに説明するときは、南無阿弥陀仏は如来の智慧に照らされて、我々の一切の思慮の及ばぬといふことを知り、自己を捨てて、その不可思議の智慧に信順するさいふ心の有様を示すべき名號であると言はねばならぬ。それ故に、我々は常にこの名號を聞くことによりて、まことに不可思議なる如来の光明の中に包まれて生活して居るといふことを直ちに感知することを得るのである。  信心  此の如くに考ふるとき、念仏は全く不可思議の智慧のあらはれであるといふことが知られるのである。さうして、我々がこの不可思議の智慧を獲得したるものがすなはち信心である。親鸞聖人の「高僧和讃」の中に「尽十方の無碍光仏、一心に帰命するをこそ、天親論主のみことには、願作仏心とのべたまへ、願作仏の心はこれ、度衆生のこころなり。度衆生の心はこれ、利他真実の信心なり、信心すなはち。一心なり、一心すなはち金剛心、金剛心は菩提心、この心すなはち他力なり」とあり、又その「浄土和讃」の中には「信心よろこぶそのひとを、如来とひさしとときたまふ、大信心は仏性なり、仏性すなはち如来なり』とある。これによりて見ると、親鸞聖人が言はるるところの信心は不可思議の智慧が我々の心の中に現はれたるもので、普通に考へられるやうに我よりして進むで仏を信ずる心ではなく、如来の心が我々の心の中にあらはれて、それによりて自己が照らされることを感知して、いささかもそれを疑はぬ心である。それが金剛心であり、菩提心であり、他力であり、我々をしてその智慧に信順せしめやうとするのが如来の本願であり、そこにあらはれるのがすなはち本願の念仏である。  それ故に、本願の念仏は、実際にありて、我をして我たらしめるところの力である。我々はこれによりて始めて無碍の大道を歩むことが出来るのである。しかるに我々には我をして我たらしめざるところの力がある。我々にして若しその現実の相に気がつきて、如何ともすることの出来ない有様に悲痛するとき、ここに始めてあらはれるものが本願の念仏である。親鸞聖人が言はるるところの南無阿弥陀仏である。さうして、この場合にありて、南無阿弥陀仏は衆生の貪瞋煩惱の中よりあらはれて我々を招喚したまふところの如来の勅命であると感知せられるのである。  かくの如く感知したる我々は如来の招喚の声に応じて、導かれるままに行くべき慮に行くべきのみである。自分の得手勝手なる希望を提げて、その念願が達せられるやうに努力するのではない。  法性の都  親鸞聖人が「弥陀の本願とまふすは名號をとなへんものをば極楽へむかへんと、ちかはせたまひたるを、ふかく信じてとなふるがめでたきことに候なり』といはれ、又、「この名號をとなへんものをむかへとらんと、御約束あることなれば、まづ弥陀の大悲大願の不思議にたすけられまゐらせて、生死をいづべしと信じて、念仏を申さるるも、如来の御はからひなりとおもへば、すこしも自らのはからひまじはらざるゆへに本願に相応して真実報土に往生するなり」と説かれたのを見ても明かである通ほりに、我々が念仏するといふことは全く如来の本願に本づくものであり、決して自分のはからひにてすることでないと知るとき、それはすなはち不可思議の智慧の中に立ちて一切の思慮の及ばぬといふことを知り、自己を捨てて、如来の御心に信順するのであるから、必ず如来の本願のままに迎へ取られることを歓喜せざるを得ないのである。  親鸞聖人はこの意味を説明して「願海に入りぬるによりて、かならず大涅槃にいたるを法性の都へかへるとまうすなり、法性のみやこといふは法身とまうす如来のさとりを自然にひらくなり、さとりひらくときを法性のみやこへかへるとまふすなり」(「唯信鈔文意」に出づ)と言つて居られる。まことに、宗教的の意味の著しくあらはれたる説明であると言はねばならぬ。  ここに法性といふのは法界一如の真理で、最も平易の言葉にて言へば、宇宙萬有の根柢に存するところの普遍の生命であるとすべきである。如来も衆生を済度するためにこの法性よりしてこの世界にあらはれたるものである。それ故『法性はすなはち如来である、この如来は微塵世界にみちみちてまします。すなはち一切群生海の心にみちたまへるなり、草木国土ことごとくみな成仏する」(「唯信鈔文意」)ものである。我々にして若し宗教的に自覚するときは宇宙萬有を見て、これを非情のものとのみすることは出来ない。我々は常に宇宙萬有の上に、普通に流るるところの生命を認めねばならぬ。この普遍の生命が我々の心の上にあらはれて、我々を覚醒せしめるとき、それが人格の如来として感知せられるのである。  かの如くにして、法性が一如界よりしてその形をあらはしたものが、仏教でいふところの方便法身で、世観菩薩が尽十方無碍光如来と名づけて居るものである。これは法性がその形をあらはし、その名を示したものであるが、しかしながら「尽十方無碍光仏とまふすひかりの御形にて、いろもましまさず、かたちもましまさず、すなはち法性法身に同じくして」「唯信鈔文意」)と言はねばならぬ。一如よりその形をあらはし、その名を示したと言つても、畢竟ずるにひかりのかたちにて、我々の心の暗黒を照すところの光明であり、我々の心をさますところの智慧である。我々がそれを如来の本願として感知するところに人格の如来が、我々の心にあらはれる。その人格の如来は南無阿弥陀仏の名號を以て示さるるものである。我々がこの名號をとなへて、如来にむかへ取られるのは、これを直接に我々の心の有様から言ふときは、法身とまふす如来のさとりを自然にひらくときである。善導大師の「法事讃」に「仏に從ひて逍遙して自然に帰る、自然はすなはちこれ弥陀の国なり、無讃無生かへりてすなはち真なり、行来進止に、つねに仏にしたがひて、無為法性身を証得す」とあるは、まさにこの意味であらう。  如来の本願に信順するときは必ず涅槃に到ることが出来る。それを法性の都へかへると言はれるのは、我々の心が差別を離れ、無明悉く滅し、煩惱全くやみて、真如法性の本質がその全体をあらはすに至るのである。それを宗教的感情の上にあらはして『娑婆の縁つきて力なくしておはるときに、浄土に往生する』といふ言葉が用ひられるので、固より地理学的の他国に往きて生まれるといふやうな物質的の思考に本づきてかやうに言はれるのではない。  仏教の用語にて言へば「無為法性身を証得す」といふのであるが、それは全く真実の証をひらくといふ意味で、真実の証をひらくといふことは、すなはち、利他・円満の妙位であり、無上涅槃の極果であるから、真実の証といふことも、安楽浄土といふことも、これを我々の心の内面より見れば結局同一のものである。在覚上人が「顕名鈔」の中に「往生といふは凡夫の情量におほせてこれをいふことばなり、実の生死にあらざるなり、他力本願に乗じて、無生の名號を称して、一乗清浄の土に往生すれば、かの土は法性無上のさかひなるがゆへに、凡情には生ずとおもへば、自然に無生の理にかなふなり」と説いて居られるのは適切の説明である。我々の常として、浄土とか極楽とかといふ言葉を聞くときは、直ちに我々が虚妄の心にあらはれたる地理学的の国土を想ひ、浄土や極楽につきて種々の想像を逞しくするものである。しかしながら、宗教の上にて、我々が考ふべきことは全然、精神的のもので、決して物質的の世界を指すものでないといふことは今更改めて論ずるまでもないことである。  私は、このことをば、多くの人々が考へるよりももつと宗教的に考へることが大切であると思ふ。巳に前にも繰返して言つたやうに、我々の心の世界は、我々の心が自から造るところの苦樂善悪に縛ばられて、常に苦悩に苦悩を重ぬる世界である。しかるに、我々にして若しこの現実の相に目がさめて、如来の本願に信順し、ここに真実の智慧を得て、貪欲・瞋恚・愚痴の三毒を除き、苦樂善悪の束縛から免れることが出来るのは涅槃の境に到つたときである。これを安樂浄土といひ、涅槃のみやこといひ、法のみやこといふも、その意味は皆同じく、如来の本願によりて創造せられたる世界である。  如来の光明に照らされて、我々の心の現実の有様を内観するとき、我々は始めて我執の頑固として離れ難いことを知り、我が計度によりて一切を解決することが不可能であると知るとき、我々は必ず謙虚となりて、如来の本願に乗じ、それによりて創造せらるるところの真実の世界に生れむことを願ふに至るのである。  それ故に、此の如き真実の世界は決して我々の想像によりて成立せるものではない。我々の思考によりて構成せられたるものでもない。真に自己の現実の相に目がさめて煩惱具足・罪悪深重、如何ともすることが出来ないものであるといふことを知つたものにありて、この法性の都こそ真の世界である。  真実と言へばすなはち虚仮に対して言はれるものであるが、ここに真実の世界と称するものはさういふ意味の真実でなく、我々人間が彼此と思慮詮索することを離れ、我執の心が全く無くなつたときに輙《すなわ》ち感ずるところのもので畢竟するに我々人間の智慧を離れたるものであるからこれを法性の都といふのである。自然法爾に進み行くものの到着すべき世界である。  如来の本願はまさにこの自然法爾の大道を示すものであり、法性の都といふは、その大道の終局として我々の心の行きつくべき主観的世界である。しかも我々がこれを客観的に表現せむとするのは全く宗教的感情の登露であり、まことに無理からぬことである。私は主観的なるべき法性の都を客観的に言ひあらはすことを不都合とするものではない。ただこれを客観的に独立して存在するものの如くに考へて居る場合にありては、それはただ概念の上のものに過ぎず、そこに決して真実の宗教的の意義が存在せぬといふのである。  我々にして若し自己の無明と煩惱とに当面して、業障の深重に泣くとき、その無明と煩悩との中よりあらはれ出づるところのものは、如来の招喚の声と感ぜられるものである。それを仏教の言葉にて南無阿弥陀仏と言はれるのである。我々はこの招喚の声を感ずるものに導かれて、苦悩の世界を離れて、法性のみやこへ到ることを得るのである。  此の如き心の状態を指して厭離穢土・欣求浄土と名づけるのである。穢土とは我々の現在の生活を指し浄土とは我々の理想の生活をいふ。現在の苦惱の世界から出でて理想の安樂の世界に赴くことが宗教の心のはたらきであり、それによりて我々は始めて自由・安穏の精神生活を営むことが出来るのである。  行法解脱  以上、仏教の要旨につきて縷々説明したところを要約して、簡単に言ふときは宗教としての仏教の期図するところは我々人間が煩惱具足・火宅無常の世界に住し常に惑業に縛られて日常苦痛に悩むことから解脱することに在るとせねばならぬ。さうして我々が解脱を得るといふことは人間の苦惱の心の境界を脱して自由・平安の心の世界に移ることである。成仏と言はれることがすなはちこれである。迷を転じて悟りを開くといふのも同じことで、我々人間が貪欲と瞋恚と愚痴との三毒の煩悩に縛ばれて、寸時も平安に生活することの出来ぬのが、その羈絆《きはん》から脱して、常に自由・安樂の心にすることが出来るのである。親鸞聖人が現生の十益として挙げられたのは全く宗教としての仏教の心が十分にあらはれたときの、此の如きの心の状態を示されたものである、それは上章にも言つたやうに、日常物に使はれるところの生活を離れて物を使ふところの生活に移るものである。仏教にて苦・集・滅・道の四諦を説き、八正道を示すものは解脱の目的を達するがために世の中の真相を明かに認めしめるがためで、解脱の心境に到るがためには先づ智慧を研ぐことを第一とし、智慧を研ぐには心の散乱を防がねばならず、心の散乱を防ぐがためには道徳の心の正しくあらはれることを肝要とするのである。仏教の各派に於ける種々の説明は皆これに本づくものである。  たとへば奈良朝時代六宗の中にて?舎宗の説くところは我々人間が此世にあらはれたのは因果の法則によりて生まるべく余義なくせしめられたと言ふよりも、自己の世界を創造し、これを自分の世界として受けねばならぬのであるから、それがために大なる苦痛を感ずるのである。さうして、この苦しみを享受するのが人生である。此の如くなるが故に、生死の絆を絶つことによりてこの苦しみを脱却することをつとめねばならぬ。生死の絆を絶つといふことは死滅に帰して、又再び生れて来ぬことである。空無に帰することが終局の目的である。灰身滅智と言はれるのがすなはちこのことで、それがためには禅定によりて心のはたらきを鎮めて智慧のはたらきを生じ、智慧の力に依りて煩悩を断ずることを期するのである。それには先づ苦・集・滅・道の四諦を明かにし、さうしてその道としてはすなはち八正道を修めねばならぬとするのである。  成実宗にありては、一切萬物は物も心も皆因縁和合の仮相であるが、深く推つめて見れば空に帰するものである。しかるにこの一切空の真理を見る主観を放捨して無念無想の心境に達すればすなはち減諦を悟ることが出来るといふのである。法相宗にありては宇宙萬有は皆、識の所変で、これを我々の心の上に現れた幻影に過ぎぬものであるとする。しかるに我々は眼・耳・鼻・舌・身のはたらきによりて視・聴・嗅・味・觸の五個の感覚を生じ、それによりて外部の一切のものを受け取ることによりて所謂五識を生ずるのであるが、この五識を本として心の内にいろいろのはたらきがあらはれるので、これを意識といふのである。さうしてこの意識は心の内面的の作用で、更に末那識といふものがあらはれて一切迷妄の根本となり、我といふものを固執して何事につきても我執の見を離れることが出来ないのが我々の心の実相である。  三論宗にありてはこの世界に於ける現象の諸相は因縁和合によりて現はるるもので諸法無我である。それ故に、諸相森羅の現在の儘が無体の空相であるから不生・不滅・不断・不常・不一・不異・不来・不去の八不を説きて、すべての人間の妄想を否定することに依りて始めて真実の中道があらはれると説くのである。  華厳宗にありては平等の真如の上に因縁和合の差別の仮相が存在する、又は真如があらはれて差別の諸相をなす、それ故に萬種差別の現象も結局は本等の真如の顕現である。従つて現象界の一事一物も皆絶対其物である、一微塵も其儘平等の真如の顕現であるから差別相の一々の上に絶対の真理を見るのであるが、この差別の当相を事といひ、事と事と互に絶対のものにして、しかもそれが、互に相交渉するのである。これを事実無碍と説きて、萬事相互に絶対のものであるの理を悟れば萬物皆我に具して居る。それ故に人々皆大宇宙を包容して我即ち絶対なりと悟れば無我の大道があらはれる。すなはち我即ち仏なることを知ることが出来るのである。  かやうにして我々が智慧を研きて、世の中の実相を知り、又深く自分の心の内面を反省するときは、それによりて真に宇宙の理法を悟ることが出来る筈である。しかるに我々の智慧が理法を悟ることが出来ずして常に迷妄の境界を出づることが出来ぬのは我々の心が外界の誘惑によりて我々の智慧が涸渇するからである。故に我々は心の静寂を全くして以て智慧を正しくし又これを強くすることを要するのである。さして、この目的を達するがために重要の方法として説かれるところのものが持戒・禅定・智慧の三挙で、彼の八正道の実際に外ならぬものである。釈迦教は解脱の目的を達するために、此の如き行法を修することを説くもので、従つてこれを行法解脱と称するのである。  信心解脱  行法解脱はつづめて之を言へば、自分の力をはたらかして、生死の苦悩を解脱するのであるから、それには第一に智慧を研かねばならず、智慧を研ぐためには心を静寂に保たねばならず、心を静寂に保つためには道徳の心をあきらかにせねばならぬことは前に巳にくはしく説明した通ほりである。それ故に、行法解脱は賢こき人にして始めてこれを能くすることが出来ることで、平凡の人々にありては一定の行法を修むことによりて解脱の域に達することが出来るといふことを知るのみで、これを実行してその目的を達することが容易でない。従つてそれが徒らに仏教の学問であるといふことに止まつて、これによりて安心立命の宗教の心のはたらきをあらはすことは無い。此の如くにして行法解脱は聖道自力の教に属し、その所説の高く且つ深きものを知るのみにして、これに依りて虚偽・迷妄の心を離れて平安・真実の心に移ることは出来ぬ場合が多いのである。元来我々人間の生活が苦惱に充ちて居るのは人間の自性の中に苦悩せねばならぬところの根拠があるので、それは前にも言つたやうに眼・耳・鼻・舌・身・意の六識に末那識といふ心のはたらきがありて、何事につけても自我に執著し得手勝手にはからふことを禁ずることが出来ぬからである。  しかしながら、我々にして若し深く自分の相を内観するときは「何れの行も及び難き身なればとても地獄は一定住家ぞかし」と親鸞聖人が言はれたやうな実状に気がつくのであるが、かやうにして宗教的反省が強くなれば自分の身も心も頼みにはならず、いささかも我と思ふ心はあるまじきことであるといふことが知られるのである。ここに於て『やうやうさまざまの大小の聖人、善悪の凡夫のみづからが身をよしと思ふ心をすてて、身をたのまず、あしきこころをさがしくかへりみず、又人をよしあしと思ふこころをすてて、一筋に阿弥陀仏の本願を信樂すれば煩惱を具足しながら無上大涅槃にいたる」と親鸞聖人が説かれるやうに、自からにして宗教の心が感ぜられるのである。  これすなはち仏教にて実相般若と名づけられるもので、常に自性によりて動き、何事も自分の満足を得るやうにはたらくところの智慧を離れたものであるが、それは巳に上章にも説明したやうに、我々人間が自分の智慧によりて彼此のはからひをなすことを止めるとき、我々の心の奥から真実があらはれ出でて、我々の心を照し、それによりて我々の虚偽・雑毒の心が真実の心へと進められるのである。この不思議の智慧が念仏として口にあらはれ、信心として心にあらはれるのであるから、念仏といひ、信心といひ、共に我々が内観の極、我執を離れて、我々の小さい心が周囲の大なる心の中に包まれて生きて居るといふことを喜ぶ心に外ならぬものである。「自力の智慧をもつては涅槃に至ること無ければ無碍光仏の御かたちは智慧の光にてまします故に、この如来の智願海に進め入れたまふ」と喜ぶ心である。  かういふ境地に到れば、我々の心は無碍自在にして、自分が住むところの外界の一切に帰順することが出来て、すべての境遇に甘従し、自分と自分にあらざるものとを区別して自是他非の浅間しい心をあらはすことなく、仏教の言葉にて言へば、自己の全体を挙げて仏陀に合致するのである。巳に自己の全体を挙げて仏陀に合致するに至るときは自分の心は仏の心の中に没入して仏の心の外に自分の心はない。自分の心が仏の心の中に没入して仏心の外に凡夫心が無いやうになれば、すなはち仏凡一体と言はるべきもので、これがすなはち信心と称せらるるものである。普通に信心と言へば、仏を信ずるの心であるとして、自分の心をはたらかして仏の功徳を信ずることのやうに考へられるが、今この場合に言ふところの信心は全く自分の心のはからひを捨てたときに感ずるところの我々の心の外に存するところの大なる心が我々の心の上にあらはれたものであると感ずるのである。それ故に、信心は凡夫の迷心にあらず、全く仏の心が自分の心の上にあらはれたことを感ずるのであるから、我々はこの信心を因として解脱の目的を達することが出来る。それ故に、これを信心解説といふ。前に挙げた行法解脱が自分の行法の力によりて生死の苦悩を解脱するのに対して、これは我々の内面の心のはたらきによりて繋縛の世界に住しながら自由・平安の心を獲得するのである。  釈尊は弟子の間に対して『涅槃といふのは即ち煩惱の火の滅することである。涅槃は室で、よく煩惱の風雨を避ける。涅槃は帰慮にしてよく一切の畏怖のたより場となる。又洲渚と名づける、欲・有・見及び無明の暴流も漂はすことが出来ぬ。又畢覚依といふ、よく一切の畢竟の樂を得しめるものである。」といひ、又「智慧の眼を以て見るから明かでないが、仏眼を以て見れば明かにある。見るといふに眼見と聞見との二つある。諸仏は眼に仏性を見るのであるから明かであるが、衆生は聞見するのであるから明かでない。若し心に信を生ずれば聞見とは名づけぬ。信に二つの因がある。聴法と思惟とである。信は聴法により、聴法は信による」と説きて窮局の処、我々が涅槃の境地に達するがためには信心を獲得することを必要とし、信心によりて法を聴き、法を聴くことによりて信心を強くすべきを示して居られる。これに依りて見ると、宗教としての仏教が我々に教ふるところは聞法の功を積みて信心解脱を得ることを肝要とするのである。  聞法生活  此の如く説き了りて、更にその要旨を総轄して考へるときは、第一に宗教の心のはたらきが我々人間の生活の上に極めて必要のものであるといふことが知られるのである。我々人間の生活を営むために我々は智能のはたらきを用ひて、自分が住むところの世界の事物の真相を明かにすることをつとめねばならぬのであるが、これがためには常に思慮詮索を必要とし、又従つて知識を豊富にすることによりて、我々の生活は段々と整理せられ、漸を追て改善の途に進むものである。しかしながら我々の精神のはたらきは此の如き智能の方面に併びて感情の作用が常に活動して、それがために上章に述べたやうに我々人間の生活は動もすれば虚偽・迷妄の心に使はれて煩惱熾盛、常に苦悩に充ち満ちて、我も人も共に不安に日を暮すことが出来ぬ、所謂生死の苦界を造り出して、その中に生きて居るのである。それ故に、智能の方面を整理すると共に感情の方面を改善して、以て思慮詮索のために苦しむことを始めとして感情の興奮・過度の動搖及び丕曲などの弊害を防ぐことを要し、若しこれを怠るときは我々人間の生活は苦惱に苦悩を重ねてますます生活の安定を欠ぐものである。この場合にありて宗教の心はその感情を調整するために寸刻も欠ぐべからさるものである。さうして、この宗教の心は智能のはたらきを全く離れたもので、我々が内観を深くして思慮詮索の価値を否定し、我が身と心とがすこしも頼むべきものでないことを知るとき、そこに自から感ずるところのものにして、それがすなはち人間の虚偽・迷妄を離れたる真実である。さうして我々はこれに導かるるのであるが、それを親鸞聖人は阿弥陀仏の本願といふ言葉にて示されて居るのである。  これを仏教の用語にて説明すれば、我々は常に虚偽・迷妄の心を本として自分の周囲を見て居るので、実の如くに真如・法性の平等一味なることを知らざるによりて萬有差別の見に囚はれるところの不覚の心に使はれて居る。これがすなはち煩惱具足・罪悪深重と言はれる所以で、「無明能く一切の染法を生じ、一切の染法皆これ不覚の相である」と「大乗起信論」に見ゆる通りである。さうしてかやうな煩惱具足・罪悪深重の我が身と心とは、これを如何ともすることが出来ぬと自己の現実を知るとき、我々はただその浅間しさに泣くのみである。さうして此の如くに自分で自我の価値を否定し、全く自我の執著から離れることが出来て、所謂無我の状態になつたとき、そこに感ずるところのものは、我々人間の智能の方面から離れたものである。我々が現に生きて居るといふ事でも、それは栄養物を取り、運動を整へ、すべて生活を正しくするがために自から生きて居るといふよりも、自分の周辺に大なる力がはたらいて居りてそれによりて我々は生きさして貰て居るのであると感ずるときは自から喜ぶ心があらはれるのである。これがすなはち宗教の心である。  かやうな心はそれを客観的に心の外に投げ出して、これを仏といひ、仏の本願といひ、或は南無阿弥陀仏などと言はれるのであるが、それは自分の心の現実の相を内観して自我の執着が無くなつたときに自からにしてあらはるる感情のはたらきとして我々はこれを感受するのであるから、それを不思議の力と言ふのである。繰返して言ふが、宗教といふものは智能のはたらきによりてさういふことを理解することではなくして、実際さういふ感情をあらはすことを感知するのである。それ故に宗教の心がよくあらはれるやうにその準備が出来て居らぬときには、さういふことの意味はよくわからぬのであるが、釈尊はこのことを説明して「信は聴法により、聴法は信による」と言はれたのであらうと思ふ。  これを要するに、賢者と称せらるべき特殊の人々は例外として、我々人間に於て宗教の心があらはれるのは自から身と心とを修めて精進努力して一生懸命なることに依るのではなく、さういふ自分の身と心とをはたらかして、自我が空虚となつたときに、外から我々の心の中に入り込むところの大なる力を感ずるより外はない。近江聖人中江藤樹の道に   何事もただかへりみよ世の中に     学ぶ外なき心ならずや  とあるは正にこの意味を示したものである。  かやうにして外から我々の心の中に大なる力の入ることをすすめることを聞法といふ。聞法とは法を聴くのであるが、法は真実にして我々人間の虚偽・迷妄の心を離れたるものであるから、前に言つた真如のはたらきで仏性と称せられるものに外ならぬのである。さうして、この法は世界の一切のものに含まれて居り、若しこれを感受すべき準備さへ調て居れば、すなはち感受することの出来るものである。聞法と言へば法が説かれる言葉を聞くといふことのみが考へられるやうであるが、ただ言葉を聞くばかりでその中に含むところの真実を見るのでなければ決して聞法と言ふべきではない。宗教の意味にて言ふところの聞法は法が説かれるのを聞くだけでなく、世の中の一切のものの中に存するところの真実を見ることを指して言ふのである。ただ人間のみでなく、山も川も草も木も犬も猫も石も瓦も、すべてのものが皆真実の法を説いて居るのであるから、此等一切のものにつきて聞法することによりて我々人間はその虚偽・迷妄にしてしかも我の心に使はれることから避けられるのである。これがすなはち宗教の心のあらはれであるから、我々が宗教生活として日日まさに営むべきものは聞法生活に外ならぬのである。  ある儒者が一休禅師に参聞して「禅とはそも何をか謂ふ」と言つた。すると一休禅師は「禅とは貴公の頭の上にある」と答へた。しかるにその儒者は一休師の言葉の意味を捉へることが出来なかつたが、儒者だけに自己の思案をつけて「頭の上と申されたな、つまり屋根のことでござろうな、屋根は家を蓋ふもの、つまり仁を以て天下を蓋ふ、これを禅と言はれるのか」。儒者は儒者らしく理屈張つた考をした。すると一休禅師は頭を振つて「いや、さうでない、屋根よりももう少し上の方にあるのだ」と言つた。儒者は更に言葉をついで」それならば屋根にとつて居る鳥のことかな。なるほど鳥には反哺の孝ありと言はれる、禅も亦孝の大道にはづれは致すまい」「いやいや鳥ではない、もう少上だ」「では空中を飛ぶ鳶のことかな、鳶鼠を食ふときに鳳凰あり空中を飛翔す、鳶その腐鼠を奪はむことを恐れて嚇にして鳴く莊子の言葉にある。由来鳳凰は竹突きでなければ如何なる物をも食はぬと言はれて居る、何んで腐鼠などに心を勞さう君子と小人との区別も亦丁度この鳶と鳳凰の如くであらう。鳶の腐鼠が食ふが如き卑?な欲望を棄てて鳳凰の悠々と空中を飛翔するが如き貴高清慮な気象を養ふことが、即ち禅の本領ぢやと言はれるのか。」一休禅師は「もう少し上ぢや」とすまして居る。儒者は更に口を開いて「それでは天以外にはない。なるほどな、天を知り命を知るは聖人の教と申すから、禅も亦此処に極まると言はれるのか。」すると一休禅師は『天より上だ。上でわからねば下でもよろしい。貴様の足下にある」「それでやつとわかりました。踏まれれば踏まれるほどによき青疊、一踏み毎に青海原のやうな色をあらはす。人間も亦此の如しで、屈辱に耐へ、恥を忍ぶところに人格が鍛練されて行く。この鍛練の過程が禅の要であると言はれるのか」一休禅師は「もつと下だ』とふ。儒者は又理屈をつけて『緑の下なら東西南北開け放しだから八面玲瓏の境界が禅か」と尋ねる。そこで一休禅師は儒者の頭に一拳を見舞つて『禅とは此にある」と言つて「不立文字・教外別伝で、心を以て心に見得するところに禅の神髄がある」と言い捨てて去つて仕舞つた。  この話は、禅宗にて悟道と言はれるものは我々人間の妄念妄想を除き去らねばその境に到ることが出来ぬといふことを示すものである。禅宗にて悟道といふは仏道の真理を悟ることを言ふので、それは全く真如の法に順従することに外ならぬのであるが、真如は我々の言葉も断へ、心も及ばぬものであるから、思慮分別によりてこれを捉へることは出来ぬ。たとひ教を聞いても、我々人間の思慮分別の心を以てこれに接するときは、その真実の意味を受得することは出来ぬのである。聞法は単に受教するといふことでなく、これを自得するといふことに重大の意味があると言ふことを知らねばならぬ。  三州重原におみつといふ厚信の同行が居つた。この人は口癖のやうに「自分は地獄の釜の蓋の上に住むで居るものである」といひ、自分が火の車に乗つて居るところの図を画工に書いて貰ふて、これを寝室に掛けて居つたといふほどに煩惱具足・罪業深重の自分の心の現実の相を見て、露塵ばかりも我心を頼みとせず、「南無阿弥陀仏の御力一とつにて御助け下されるぞ』と深く信じて、広大なる慈悲の御恩を喜ぶばかりであつた。かやうにしておみつはありがたい心に満ちてめでたき聞法生活をして居たが、あるとき美濃の通徳寺が三河巡化に方り、足腰が立たぬのを子息二人に擔れて参詣し、上がりはなから大声をあげて「通徳寺様通徳寺様」と声をかけた。その時徳寺は他の同行と談話中であつたが、その声を聞きて、列座の同行に向ひ「あれが来ては何を言ひ出すか知れぬで、お前達はあちらへ行け」と追拂はれた。そのあとへおみつは来て「通徳寺様がおいでださうで参らにやなるまへと思ふてやつとの思ひで、唯今子供達に担はれて参りました」と言ひながら、坐敷へ通らせて貰ふた。さうしておみつは『通徳寺様、わたしはなー、いよいい今が臨終と思ふと、いいか知らん、いいか知らんと思はれます」と言つた。自分の心の愚悪にして地獄に堕つることが一定であると自覚したるおみつは仏の本願の不思議に助けられて必ず淨土に参らせて貰ことを喜びて、一心一向に阿弥陀仏にすがつて、その高大の慈悲に歓喜して居つたのであるが、「いよいよ今が臨終と思ふと、いいか知らん、いいか知らんと思はれます」と言ひて自分の心の愚悪の相を表白して居るのである。かういふ心が強く現れたるおみつの宗教の心はおみつをして常に歓喜に満ちて自由平安の生活をなして居つたのである。臨終に近くなりて船見といふ人から来た手紙の中に『如来様は必ず助けられる』とある言葉を、子息の久兵衛に三度読むで聞かせて貰い、おみつは「ひよつとしたらのう』と言つた。これを聞いた人々は皆不審に思ひ、おみつはあれほどに歎んで居たのに、かやうに不定心になやむことは気の毒のことであると、悪しざまに言ふ人もあつたといふ。しかしながら、これによりておみつの宗教の心を疑ふのはむしろ疑ふ人の方が間違つて居るのである。おみつはその内観が徹底して自分の将来につきては全く仏の本願に一任して必ず浄土に生れさして貰ふことを喜むで居つたのである。『ひよつとしたらのう」と言ひて未来を心配するやうな心が起るのは、これによりてますます仏の慈悲を喜ぶことを強くする所以である。思ふにおみつは時に退いては自分の心の愚悪の相をかへりみ、又進むでは仏の本願はかやうなものを助けられるものであるぞと喜びつつ、あらゆる苦悩を忍受し、自分の我儘なる心に使はれずして、自由・安樂の生活を進めたのである。これこそ真に聞法生活を営むだものと言はねばならぬ。  西国の一小寺の住持、転派の事につきて江戸に出でて十年程も滞留して居つた。留守中に母は死亡して若き娘兩人が寺を守つて居たが、あるときのこと姉の娘は火を離れて仕事をして居つたのに、下女は埋火にあたつて居つた。娘の曰く「我だに火を離れて仕事するに、汝はなぜ精出さぬか』といひしに、下女の答に「つめたひ故に火にあたる。寝むたければ寝る。いたくな責めたまふな」と言つた。それを聞いた娘は仏前に参りて『ああ、私は何たる仕合せ悪しきものかな。父は遠国に行き、母は死亡し、下女にさへあなどらるることの悲しさよ。とても此世はかやうに仕合せあしければただただ後生を願ふべし」とて、しくしく泣きければ下女来りてその故を問ふ故、かくぞと告げたれば下女の曰く「私の如き悪女でも仏は助けたまふや」娘嬉しくして「浅間しきものほど阿弥陀様はあれみて来てたまはずと聴聞した』と言ひければ下女も忽ち発心して後生の道に入つたといふことである。此世は仕合せ悪しければ後生を願ふべし」といふことを聞けば此世の生活の苦悩に忍従することが出来ずして、後生に避難して安樂の生活を得やうと得手勝手のことを望むやうにも思はれるが、この娘の如きは決してさうでなく、此世は仕合せ悪しければと言ふところに自分の心の現実の相を自覚して必堕地獄の浅間しさを感じたればこそ仏前に至りてそのことを告白したのである。さればこそ下女もその心と態度との上にあらはれたる真実に動かされて忽ちにして菩提心を起したのである。必堕地獄の自分の心によりて大慈大悲の仏の心に随ふことが出来たのである。貪瞋煩悩の中から仏の光明が其人を照したのである。  三河の野田村の和兵衛といふ人、篤信の行者であつたが、その妻は禅宗生れ、和兵衛は真宗生れ、互にその宗旨を異にして居つた。所が和兵衛は結婚式がすむだ後、三日目に妻に向ひて「因縁が有つて夫婦となつたことぢやが、此世だけのことで、一生終つたら、犬猫よりも劣つた日暮しと言はねばならぬから、どうしても未来も一所に仕合せの身とならねばならぬ。しかしお前は禅宗生れ、私は真宗生れであるからお互に縁のある教を聞かにやならぬに依て、宗旨は彼此は言はぬから、今後はお互に御參りの邪魔をせぬやう堅く約束をして置くぞや」と言つて、お互に自分の宗旨の寺へ参つて居つた。ところが此内にたびたび田原の園といふ有名の妙好人が来て、在所の同行が集まりて朝から晩まで首をつき込むで話し合ふたが、或時晝飯の時にお園が茶を汲みに臺所に来たので、妻はお園に向ひ「あなたが御いで下さると、内の旦那や在所の衆が朝から晩まで、さも嬉しさうに御相談をして居られますが、私はいかなる邪見者やら、ただ此世のことばかりが面白うて、後生のことは嫌ひでござります」と、口へ出まかせにいつた。さうすると、お園が言ふやう「さうさう、お前様もさうか、私もそれより外はない。毎日法の話をして居るが、仏法が好きではありませぬ。実は後生のことは大嫌ひで、此世のことが好きでござります。けれども嬉しいことには後生の嫌いな、此世の好きなものを仏様はすいて下されますげなで、此世好きの後生嫌いのものが一番がけに參らせて下されますげなで、これが何より嬉しいでのう、このことを毎日談合して居るのぢや』と言つた。妻はこれを聞いて、大に此言に感激して、真宗の法を聞きたい心が起つて来た。其後妻は夫の和兵衛に向ひて「あなたもあんまりぢや、このやうな旨い法をあなたばかり聴聞して、私には三ヶ年間も禪へやつて、ほつて置かれるといふことがあるものか、若し今日までに死んで居たらどうしませう」と不足を言つた。さうすると和兵衛の曰く「おれも言ひたうて言ひたうてならなんだが、兎角おれの言ふ帳場ではない。お前ばつかりにおかかりなされてある御方があると思ふて、今日まで辛棒して居たのぢや」と涙ながらに言つた。  和兵衛やお園の態度や言葉を見聞した妻女が、その中に存するところの真実を発見して、遂に同信の行者となるに至つたことは正にこれ聞法の結果である。又和兵衛が妻女に対して「お前ばかりにおかかりなされてある御方がある」と言つたのは真によく宗教の意味にて言ふところの仏を理解したものである。かういふ心が動いてこそ「汝自からの燈火を以て汝自からの道を照らせ」と言はれた釈尊の教がよく自得せられたのである。  美濃のおいや、貧乏なれども格別の喜び手であつた。あるとき山畑へ仕事に行き、行厨の茶をわかすとて茶釜のつるを持ちて「あつやあつや南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」と喜びければ人々笑ひて『茶釜のつるの熱いのがなぜ有難いか」と言へば「左様にはあらねども、そのつるの熱いにつけても御恩が身に知られて思はず御念仏があらはれて下さる」と言つた。又田の草を取りに行きて「此草は取り尽しも出来るが、私が心中の煩惱の草ばかりは、どうしても取り尽しのならざるに、かかるものを御助けとはありがたや」と喜むだといふ。法は真実である。真実自からは何事も言はぬけれども、自己を空虚にして事物に接する人の心には真実が法として聞えるのである。この意味からすれば、世の中の一切のものは悉く皆真実の法を説いて居るのであるが、聞法生活をなすことが出来るほどに其心の準備が整ふて居るものにのみ、真にそれが聴聞せられるのである。 昭和十五年三月六日 印刷 昭和十五年三月九日 発行 東京市?町区内幸町一丁目二番地東拓ビルヂング四階中山文化研究所内 発行兼編纂者 秋山不二 東京市小石川区高田豊川町卅七番地 印刷者 長宗泰造