釈尊の教  文学博士 医学博士  富士川游 講話  中山文化研究所  序言  この小篇は、余が中山文化研究所に於ける婦人精神文化研究会の席にて、十数回に渉りて、連続的に講話したるところのものを筆録したものである。数次の会合の席上にて、私が釈尊の教につきて平生考ふるところを順序なく講話したものであるから、固より纏まつた著述ではない。しかしながら講話は著述と異なりて、別の興味を存するものであるから、訂正を加へず、大体演述したる儘にこれを印刷したものである。特にこれを一言して読者諸子の諒解を願ふ。  昭和六年九月十二日  富士川 游  釈尊の教  富士川 游講話  釈尊の教 目次  序言  三毒  貪瞋痴  貪毒  瞋毒  癡毒  三毒の三種相  貪欲の三相  瞋恚の三相  愚癡の三相  心の相  祖心尼  内観の教  世間の教  宗教の意義  自我の実現  制せられたる自己  道徳の苦  心の汚れ  欲の外の幸福  欲の樂と禍  知識と安心  自身の道  老死の苦  生の本  愛と取に有  愛と受  受と觸  觸と六処と名色  識と行と無明  十二因縁  因と果  論理的説明  平等と差別  差別と苦  心の所作  因縁の道理  愛に就て  業の相続  自心の問題  流転輪迴  出離  自身を知る  人生は旅  不可知のこと  宗教のはたらき  自分の責任  人間の目的  我の所生  業報  我と業と  五蘊の集散  生死の苦界  身口意の三業  自覚の極致  業の思想  業力  業因  業有  業縁  業果  七有  地獄の有無  必墮地獄  六道輪廻  業は尽きず  身口意の三業  表面の解釈  教訓として  実行不能  運命  蜘蛛の話  おしものこと  体驗の必要  宗教か道徳か  人間と宗教  自分のものとする  理想と努力  身体的苦行  成道  業は離れず  一人四婦の譬  人間の心  心の愛護  造業四種  種々の業  前世の約束  心の内の問題  乞食の子  前業の所感  八識  精神現象  末那識  衝動の作用  自己意識  阿頼耶識  三界唯一心  人の無我  法の無我  心の影  四種の法  心の造作  我他彼此  真理を知らず  大円鏡智  小智た棄つ  聖智を求む  海に波  分別の見  感報の世界  業報身  流転輪廻  念念相続  六道輪迴  往生要集  八大地獄(一)  八大地獄(二)  八大地獄(三)  餓鬼道  畜生道  修羅道  人間道  天上道  六道の存否  勸善懲悪  理想なき生活  三悪道と三善道  人間の相  無有出離縁  己身に觸る。  闇から闇へ  六道の厭相  悪業煩惱  煩悩の字義  根本煩悩  貪  瞋  慢  無明  疑  不正見  五見  辺執見  邪見  見取見  戒禁取見  十煩悩  煩悩を断つ  隨煩悩  忿  恨と悩と  覆と?と  諂と驕と  害と嫉と慳と  無慚無愧  不信と懈怠と  放逸と?沈と悼挙と  失念と不正知と  心乱  ?縛  悪業  愚悪  感覚に弄ばる  煩悩そのまま  四種の人  徳果罪報  三天使(一)  三天使(二)  三天使(三)  王悪  一の悪  二の悪  三の悪  四の悪  五の悪  真諦俗諦  悪の直観  悪の厭離  業報苦  我想と苦  我の無常  無常苦  還流の相  諸法実相  鏡の譬  自己の相  真実と虚妄  真如をさとる  不断煩慣  白骨の御文章  無常の風  淋しさ  生死解脱  弥陀の国  苦悩の経驗  有の否定  涅槃寂靜  愛欲の純化  理想の境地  諦めの世界  予想の所  極樂往生  道徳超越  心の問題  たましひ  自我の輪廻  四法本  三法印  無我  五蘊  五蘊喩  身と心  色蘊  受蘊  想蘊  行蘊  識蘊  五蘊皆空  別の我なし  情・塵・識  断常を離る  作用の相続  意識内容  五根の主  心性清淨  三界唯心  心仏衆生  無常印  無我印  涅槃印  涅槃寂靜  二種涅槃界  有余依涅槃  無余依涅槃  涅槃の相(一)  涅槃の相(二)  法性の江理  寂滅為樂  大菩提心  輪廻を願ふ  無為の都  法性の都  真実報土  欲生我国  仏教の目的  涅槃の意義  理想の境  安樂の世界  心の改造  如実修道  愛の断滅  愛欲の浄化  愛欲の否定(一)  愛欲の否定(二)  愛欲の否定(三)  後の有を受く(一)  後の有を受く(二)  後の有を受く(三)  後の有を受く(四)  寂靜の意義  涅槃の四徳  四つの顛倒  彼岸の世界  序言  これから、私は釈尊の教と題して、連続的にお話を致とうと思ひます。世間で今、仏教と申して居るところのものは、釈尊が創められた宗教でありますが、そのことにつきて論述したる書物は随分澤山ありまして、それを研究することは特別の学問であります。しかしながら、今、私はそれを学問として研究しやうとするのではなく、釈尊が体驗せられたる宗教が果して如何なるものであるかといふことにつきてお話致さうと思ふのであります。殊にそれを我々の心の上に実現せしめるといふことにつきて、極めて平易に、説明しやうに思ふのであります。  三毒  仏教でしばしば使はれる言葉に三毒といふことがありますが、その三毒といふことは毒害をするといふ意味であります。何を毒害するかといへばそれは菩提の道を毒害するので、それが三つほどあるといふわけで三毒といふのであります。とうして毒をすると申すのは、畢竟するに我々の心を掻き乱すものを指しているのであります。元来、我々はその心を鎮めて、とうして、正しい道へと進んで行くために努力せねばならぬのでありますけれども、それを妨げるものが三つほどある。それは貪欲・瞋恚・愚癡の三つであるといはれるのであります。  貪瞋癡  「法界次第」といふ書物に、説明してあるところに拠りますと、「毒とは毒害なり、謂ふ、貪瞋癡は皆能く出世の善心を破壊するが故に毒と名づくるなり。」とありまして、それからこの貪・瞋・癡の三毒が説明してあります。それによると。 「一には貧毒 引取の心、これを名づけて貪となす。若し迷心を以て一切順情の境に対し引取厭くこと無し、これを貪毒と名づく。  二には瞋毒 忿怒の心、これを名づけて瞋となす。若し迷心を以て一切違情の境に対し便ち忿怒を起すときは、これを瞋毒と名づく。  三には癡毒 迷惑の心、これを名づけて癡となす。若し一切の事理の法に於て明了する所なく顛倒妄取、諸の邪行を起すときは、これを癡毒と名づく。」  かやうに、貪ることと、怒ることと、真理を知ることの智慧のないこととの三つのものは、「皆能く出世の善心を破壊するが故に毒と名づくるなり」と言はれて居りますが、出世の善心と申すのは、この世間を出づるための善心を破壞するといふので、言葉をかへていへば、仏になるために必要なる善心を破壊すると言はれるのであります。  貪毒  貪毒とは「引取の心これを名づけて貪となす。」とあるやうに、何でも自分に勝手のものを取込む心持であります。我々の心は迷つて居るのでありますから、一切順情の境に対して引取の心を起してやまぬのであります。一切順情の境とは、周囲にあるものが自分の気に入つた場合をいふのでありまして、さういふ場合であればそれを自分の方に取込まねばやまぬといふ心持であります。若し自分の気に入つた場合であれば、いやが上にもいよいよこれを自分の方に取込まふとする心、これを貪毒といふのであります。  瞋毒  瞋は忿怒の心でありますが、忿といふのは自分の心の中で腹を立てることをいい、怒といふのは外の形で腹を立てたことをあらはすことをいふのであります。自分の心の内で怒つて居つても黙つて居ることもあり、ガミガミさわぐこともありますが、さういふことを怒りといふのであります。我々は迷つて居るのでありますから一切違情の境に対して常に腹を立てるのであります。違情といふのは自分の気に入らぬことであります。貪といふことは自分の気に入る場合にあらはれるもので、周囲のものが自分の気に入ればすなはち貪るのであります。若しそれが自分の気に入らぬことであれば忿怒を起すのであります。これを瞋毒と名づくるのであります。  癡毒  癡といふのは迷惑の心と説明してあります。迷惑といふのは正しい道理を知らないために、心が常に迷ふことをいふのであります。一切の事理の法に於て明了するところがないのを指しているのであります。この事理の法とは、事と理といふ意味で、事といふのは実際そこに形があるものを指すのであります。理といふのは形が見えない真理を指すのであります。その一切の事理を明かに理解することがないのであります。それがために、道理がわからぬ、道理がわからぬから顛倒の考へを起して妄にこれを取るのであります。さうしてその結果として諸の邪行を起すのであります。  三毒の三種相  それから、貪・瞋・癡の三毒に、それぞれ三種の相があることが説かれて居るのであります。それは次の通ほりであります。  貪欲三種相 一、外貪欲相 男女に於て其容貌を取り貪欲心生じ念念住せず。 二、内外貪欲相 欲心忽ち生じ或は他身の相を縁とし、或は自から己身を縁とし念念染著して貪愛を起す。 三、?一切処貪欲相 内外に貪著し、又一切五塵(色、声、香、味、觸)境界に貪愛の心を起す。  瞋恚三種相  一、非理瞋相 瞋覚起りて是理非理を問はず、故なくして瞋を発す。 二、順理瞋相 外人実に来りて我を悩ます、これを縁として瞋覚を生ず、持戒の人の如き非法者を見て瞋恚を起す。 三、諍論瞋相 己れ所解の法に著して是と為し、他の行所説を悉く以て非となす、外人所説己が情に順ぜざるとは悩覚の心起りて瞋恚を生ず。  愚癡三種相 一、計断常癡相 邪の思惟をし、我々は諸法を分別し、過去は滅し現在我あるか、過去滅せずして現在我あるか、この思惟によりて見心発し、三世を推尋して或は断見に堕ち、或は常見に堕つ、この智弁を以て諍競戯論、諸の悪行を作す。 二、計有無癡相 諸法を有とし又は無とし、見に堕ちて執を生ず。 三、計世相癡相 五陰(色受想行識)あるによりて便ち四大と夫の仮名の衆生と諸の世界ありと、如是思惟し、智弁を起して真実の道を離る。(「釈禅羅密次第法門」に拠る。  貪欲の三相  貪るといふことに三つの相があるといふのでありますが、これはつまるところ、貪るといふことの現れ方が三通りあるといふ意味であります。その一とつは外方の貪欲でありまして、男女に於てその外に出て居るところの容貌を取つて貪欲の心を起すのであります。つまるところ現れた相を見て、さうしてそれを貪るのであります。それから二番目は内と外との貪欲の相であります。欲忽ち生じ、或は他の相を縁とし、或は自分の身体を縁とし、貪る心が起きて来るのであります。第三番目は?一切処の貪欲の相といふので、?一切処といふのは、萬?なく全体といふ意味であります。一切五塵境界と申してすべてのものに貪愛の心を起すのであります。見るもの、聞くもの、嗅ぐもの、觸るもの、一切のものが欲しくなるのであります。それを貪一切処貪欲の相といふのであります。要するに我々人間は自分の好きなものを貪ぼるのでありますから、一寸外から見て綺麗なものが欲しい、それから人が何か物を持つて居る、それも欲しい、自分に足りないところがある、それが欲しい、何でも彼でも人一切が欲しいのであります。  瞋恚の三相  腹を立てることにも亦、三つの相があります。第一に非理瞋相と申すのは物事が理窟に合ふか、理窟に合はないかといふことの差別なく、腹を立てるのであります。理非を問はず何でも蚊でも腹を立てるのであります。人が自分に対して何か言ふ、それが理に合ふたことでも腹が立つのであります。それから第二に順理の瞋といふのは、他の人が来てさうして自分を悩ます、それを縁とし腹を立てるのであります。又人が何とか彼とかいふ、或は人がいろんなことをする、それで以て腹を立てるのであります。つまるところ腹の立つべき理由がありて腹を立てるのであります。或は自分が戒律を保つて、道徳堅固にして居るときに、さうしないものを見て腹を立てて、どうもあの奴はいかぬと腹を立てるのであります、他の道徳の堅固でないものをひどく悪くいふやうなことが順理の瞋と言はれるのであります。第三には諍論の瞋といふのであります。これは自分が考へたところを善いときめて、他の人の考へることは悉く悪いとして腹を立てるのであります。自是他非の心とはすなはちこれを申すのであります。自分のすることであれば、何でも蚊でも善いが、人のしたことは一も二もなく悪いとして諍論の結果腹が立つのであります。  愚癡の三相  愚癡にも三種の相があります。第一は計断常の癡であります。自分の考へが邪であるのに、その邪しまの考を以て一切のものをいろいろ分けて考へるのであります。さうして過去といふものはもう滅してないけれども、現在我といふものはあるといつてみたり、或は過去は滅しないで現在もあると言つてみたり、つまり断つと見たり、断たないと見たりするのであります。さういふ智弁を以てお互ひに喧嘩をするのであります。兎角お互ひに下らない理窟を言つて居るのであります。それ故にすることが一切悪いことになつてしまふのであります。それから第二に計有無の癡といふのは、すべてがあるか無いかといふことを計ふのであります。有といつたところが無といつたところが皆人間の考でありますから、有るといつても無いといつてもどちらが真実かわかりませぬ。夢の中で有るといつても、無いといつても同じく皆夢であります。それを有ると言つたり、無いといつたりして喧嘩をするのであります。自分の見に随うて執を生ずといふのがすなはちこれであります。第三には計世相の癡といふのは足らぬ智慧を以て世の相を計ふのであります。たとへば五蘊といふものが集つて身心が出来る、五蘊といふのは色蘊、受蘊、想蘊、行蘊、識蘊、この五つの蘊で、それが集まれば四大といふものが出来る、四大といふのは、地水火風である。我々の相もそれで出来る、諸の世界といふものもそれで出来ると、かういふ風に考へて、そうしてその考を本として智弁を弄するからそこで真実の道を離れる、と斯ういふのであります。これが計世相の癡といはれるのであります。  心の相  かやうに貪・瞋・癡の三毒の相が六つかしく説かれて居るのでありますが、それは要するに今現在にはたらいて居るところの我々の心の相を指すのであります。皆さまも深く考へて御覧になつたら、必ずその通りであることが知られませう。何でも自分の好きなものが欲しい、又人の持つて居るものでも、自分の気に入れば欲しい。何でも人がくれれば皆貰ふでありませう。?一切処の貪欲の相は誰でも持つて居るのであります。又自分の心持が一寸動くと、直に腹が立つでありませう。人が悪口を言へば必ず腹を立てるのは、まあ当然とするにしましても、我々は親切に人が自分の悪るいことを忠告して呉れましても腹が立つのであります。自分のしたことが自分の気に入らなくても腹が立つ、まして自分のしたことがよいと考へるときにはそれに対して彼此といふ人の言葉などには腹が立つのであります。すべての人が自是他非の心を持つて居るのでありますから、我々の心は常に争闘を免るることが出来ませぬ。又小さい智慧や浅い考をはたらかせて、さうしてあるとか、無いか、消えるとか、消えないとか争ひ、それからわかりもしない事を考へて見たりすることは、これは現在我々の心の相でありませう。  祖心尼  むかし徳川氏の初の頃に、祖心尼とい婦人がありましたが、これは齋藤伊豆守の娘で、名高い春日局の姪でありました。そこで徳川将軍家の奧に仕へて居りましたが、春日局が大層勢がよかつたので、その姪である祖心尼は重く用ひられたのでありました。後に仏門に入りて澤庵和尚に就て修行したのでありますが、この祖心尼の書いたものに三毒のことを説明したものがあります。その中に「愚痴とは見えぬさきをくみはかり、心にたよることなり」と説いてあります。それから「物をおもひはかるはみな愚痴の故なり、かくいへばとて、さしあたる今日の用心を思案することにあらず、それはそれと埒明と候へば本の無病の心にて候間当然にあたり一つも不自由なることなし、故に主人不謀其前不慮其後無変当今念々從道と云へり、かへらぬことをくやむと、みえぬさきをくみはかる心は限なきことを思ふほどに、心も重く枯れて是心病とはいふ也」とありますが、まことに愚痴は我々の心の病であります。それから又「愚痴と申候は、かへらぬことをくやみ、先もみえぬ事をたくみ、今ある事の様に心を惑し候、又人を疑ひて、その疑の心より色々又推量も出候」と説いてあります。まことに祖心尼の言はれたやうに、我々がかへらぬことをくやむといふことと、まだ見えぬ先をはからふこととは、我々の愚痴の心のはからひであります。そうしてその計らいの心といふものは限のない欲望がそこにはたらいて居るがためにあらはれるのであります。自分のために都合の善いことを考へて、さうしてそれを得ようにする心持がはたらくがためにいろいろに計らふ心が起るのであります。  内観の教  かやうに内観すると、貪・瞋・癡と三つに分けられたものは、全く我々が自分といふものを重くみて、それに執著するためにあらはれるものであります。釈尊の教は、このことを明かにするといふことが第一とせられるのであります。それ故にそれは全く内観の教であります。そうしてそういふやうに内観して自分の心の現在の相をよくよく見て行くところに宗教といふ心のはたらきが自から現はれるのであります。しかるに世の中には外観とでも申しませうか、俗に申す苦しい時の神頼みの類で、何か自分に恐しいことがあるか或は願ふことがあると、さうすると、神さまを拝む、仏さまを頼む、さういふことをするのが宗教であると、かう考へて居る人がありますが、それは決して真実の宗教でないと、私は常に申して居るのであります。そういふことで以て、我々の心が真実の道に出るわけは決して無いのであります。  世間の教  世間の教として、我々の心をまことの道に進めしめるためには道徳が説かれて居るのであります。道徳の教は第一に我々の心の貪・瞋・癡の三つのものを制しなければならぬと説くのであります。たとへば自分で不養生なことをして、勝手に喰つたり飲んだり、騒いだりして、さうして身体を壊して置いて、医者を頼んで治療を施して貰つてもなほらない、そこで人間は駄目だと言つて神さまを頼み、仏さまを頼んだところが、それで病気がなほる筈は決してない、又さういふ場合に自分の責任といふものを考へないで、その責任を全部神や仏に讓らうとすることは道徳の上から言つても間違つたことであります。自分でしたことは自分でその責任を負はなければならぬ。電車か何かのやうなもので、それがやつて来てぶつつかつて怪我をしたときでも、全く電車に罪があるとは言はれませぬ。電車にぶつつかるやうな位置に居つたといふことは我々の責任であります。それと同じやうに病気に罹るといふことも自分の責任を免るることは出来ませぬから、自分に責任を負うて、それを忍從するより外はないのであります。世間の救としての道徳の上から言へば、結局そこまで到達するのであります。  宗教の意義  釈尊の言はれた言葉が「法句経」の中に載せてありますが、その中に「怖れおののいた人々は山々や森や、さては又園に生ゆる樹や、土墳に、かうした数々のものに保護を求める。然しかうしたものは決して安らかな保護ではない。又それは最上の保護でもない。よし、かうしたものに保護を求めたところで、すべての苦しみからのがれることは出来ない」(友松円諦氏訳「仏陀の言葉」に拠る)といふことがあります。それを支那訳の「法句経」には「或多自帰山川樹神廟立図像祭祀求福自帰如是非吉非上彼不能来度我苦」と書いてあります。それによりますと、山や川や樹を神として祭つたとて、それによりて苦しみから免がれることは出来ない。自分の心が苦しいからと言つて、神を頼むといふことは真実の道ではないと、かう言はれるのであります。昔から鰯の頭も信心からと申して、信心すれば鰯の頭にも功徳があるといふのでありますが、しかしながらさういふ功徳が我々を救ふことは出来ないことであります。釈尊はその当時、印度にて盛に行はれて居つたところの自然物崇拝の無益なることを、先づ第一に排斥して居られるのであります。さうして我々をして正しい道を進ましめるやうにと努められたのであります。すなはち釈尊は真実の意味の宗教を説かれたのであります。  自我の実現  そこで釈尊が言はれたる言葉の中には自己の完全なる実現を主要とすることが説かれたることが多いのであります。たとへば「悪は自から罪を受け、善は自から幸いを受く、亦、おのおの須らく熟すべし、彼れ相代らず」と言つて居られます。又「自から行ひ作つた悪業は自からに生れ出で、自らに成熟したものであつて、やがてその愚人を損ひやぶる、金剛石が寶石をきづつけるやうに」といはれ、又「不道徳の行為がはげしい人は、蔓草が自から寄生して居る樹木を覆ふてしまつて遂に自からも枯れ亡ぶやうに、まるでその人の敵が望んで居るやうな、そんな行為を自分に対して行ふものである」「不善であつて自分に対して有害であることの方が行ふに容易である。これに反して利益であると共に又善行であるやうなことは、かへつて自からには極めてむづかしいものである」と言つて居られるのであります。かやうに自からが造つた悪業は自からに生れ出で、自からに成熟したものであつて、やがてその愚人が損ひやぶられるのでありますから、悪いことをしたその結果は、その悪いことをしたものがやぶられるのであります。そこで釈尊は「まことに自分こそ自分の救護者である、一体、誰がこの自己の外に救護者となり得るものがあらうか。」と言はれ、「汝自からの燈をもつて、汝自からの道を照せ」とまで、痛言して居られるのであります。  制せられたる自己  自分の苦しみを除くことは、自分でなければ出来るわけはないのであります。如何となれば苦しみといふことは自分の心持であるからであります。自分の心持であるのに、それを他の人に頼んで、苦しみが止むといふわけはありませぬ。たとへば痛いといふことは自分の心持でありませう。自分が痛いと感ずるのであるのに、それを他の人に頼んでも痛いことが止むわけはない。ただ痛いただ痛いと言つて居るより外に仕方がない、つまり痛いといふより他に仕方がないのであります。自分が痛い心を止めなければ痛い心は止むものではありませぬ。しかるに、それを止めようとして、神に頼み、或は仏に頼むだとても結局無駄のことであります。それ故に、自分の苦しみはどうしても自分の心によりてなほさねばなりませぬ。さうしてそれは自己を制することによりて出来るものであります。釈噂が「汝自からの燈火」と言はれるのは「よく制せられたる自己」であります。  道徳の苦  そこで内観を深くして、自分の心の醜き相を見て、しかもそれが自分の責任であるといふことをしみじみと感ずるときに、その場合、世間の教は何の役にもたちませぬ。ただ、ここに宗教の心のはたらきがあらはれることによりて、その苦しみから離れることが出来るのみであります。しかるに、世の中には自分の心の浅間しい相がわかるといふとますます苦しくなつて仕方がないといふ人が澤山にあります。一応尤のことでありまして、よく考へて見ますと、苦しくなるのは道徳の心のはたらくのでありますから結構のことでありませう。道徳の心に欠けた人は悪るいことをしながら、平気で、苦しくないから飛んだり躍ねたりして人に迷惑をかけて何とも思はないのであります。我々は固より道徳にも徹底せぬものであるから、真実に苦しくはなれないでありませう。  我々が悪いといふことを知るのは善いことに対してのことでありますから、悪いといふことを感ずれば感ずるだけ、善い方へと向つて居るのであります。それ故に自分の相を見て、その悪るいといふことに苦しみを深くするといふことは善いことに対して申して居るのでありまして、それは仏の智慧がはたらいて居ると言つて差支ありますまい。そうしてそれこそ真実の苦しみでありませう。通常我々が苦しいといふのは自分の都合の悪いときだけのことでありませう。又、どうかして自分の悪を弁護しようといふところに弁護の仕方に苦しむのでありませう。これは現実の自分の心の相に苦しんで居るのではなくして、自分の悪いことを知つても如何にしてかそれを辨護して、そうしてそれを悪くないものにしようとするところの所謂計らひの心であります。祖心尼が言はれたのはそれでありまして、我々は徒らに過ぎ去つたことを悔み、まだ来ぬ未来のことを彼れ是れと心配をして、さうしてそこに得手勝手の苦しみを生ずるのである。それははかりなき欲の心持がはたらいて居る場合にさういふことをするのであります。それだからさういふ相から離れなければその苦しみを離れることは出来ますまい。  心の汚れ  摩訶那摩《マカナマ》といふ王が、釈尊に向いて、「私は長い間、貴方に就て説教を承つた、所で貴方のお説教に、貪欲と瞋恚と愚癡といふものは心の汚れである、としばしばこれを聞いて真に有難く感じて居りますが、しかしながら、自分の心を振返つて見ますといふと、どうもかういふ貪欲瞋恚愚癡の煩悩といふものが自分の心を捉へて放しませぬ、考へてみると、何時でも貪欲瞋恚愚癡の心といふものは自分を捉へて居る、私の考では、まだ私の心にこの貪欲瞋恚愚癡の汚れといふものを捨てることが出来ないのであらうか、斯う始終考へて居るのであります」と言ひました。こころが、釈尊が言はれるのに「その通ほりである。貧欲と瞋恚と愚癡と三つの汚れがお前の心の内に捨てられないで居るから、若しお前が、この貪欲と瞋恚と愚癡、この三つの汚れからして真に離れるといふことであれば、お前さんは家庭から離れて欲を漁り求めるといふやうなことは全く止めるであらう、しかしながら、欲には何処まで行つても飽き足りるといふ限りのないものであるから、それ自体苦しいものである。又、それ故に全く絶望に導くもので、まことに浅間しいものである。斯ういふ浅間しいことをやめなくてはならぬといふやうな正しい智慧がそこにはたらいて、その道理を知つたにしても、この欲の他の幸福といふものに達しなければ決して貪欲瞋恚愚癡の心の汚れから離れることは出来ない、自分もさういふ経驗をしたことがあるからそれを今お前さんに話をする」と言つて、自分の経驗を話されたのであります。  欲の外の幸福  釈尊はそれから又、摩訶那摩《マカナマ》に向つて話されました。「私がまだ悟りを開かぬ前、欲といふものは何処まで行つても飽き足るといふことがない、それ自体苦しみに満ち、絶望に導き、禍の甚しいものであるといふことは正しく知つて居つたが、欲の外の幸福に達して居なかつたから、それらの欲に追はれてゐたのである。その後、そのことを正しく知ると同時に、欲の外の幸福に達したから、今それらの欲の追隨を免かれたのである」と言はれました。釈尊が欲の外の幸福と言はれたのは宗教の心のはたらきによつて、安樂の境地に達せられたことを指すのでありませう。  欲の樂と禍  それから、釈尊は又、摩訶那摩《マカナマ》に向つて「欲の樂しみ」といふことにつきて話されました。欲の樂しみといふのは何であるかといふと、欲に五つある。それは好ましい色と声と香と味と觸とである。この五つのものに対して樂しみと喜びとが生ずる、これが欲の樂しみであるといはれるのであります。又欲の禍といふのはいろいろの人が、いろいろの職業によつて生活をして居る、暑いとか寒いとかといふものに晒され、風や雨や蚤や蚊やなどに苦しめられ、飢と渇とに悩まされる。しかもこのやうに勤め、このやうに励み骨を折つて見たとても金持になるといふことは容易でない。そのために悩みの心が起き、悲しみの心があらはれ、どうも自分の努力は全く無益であつた、一文にもならなかつたと悲しむであらう、それが欲の禍である。又若し努力の結果、若し金を得たとすれば如何にしてこの富を守らうかといふことを心配しなければならぬ、金を手にしたるときはどうかしてそれを捨てまい、どうかしてそれをもつと殖やさうと、とういふことに苦しみを重ねなければならぬ。でこの欲のために互に喧嘩をする。甚しきは親は子と争ひ、兄弟は兄弟と争ひ、友達は友達と争論して、遂には棒を取り刀を取つて互ひに殺し合ふといふところまで行くのである。それが欲の禍だ、又の欲ために、いろいろの悪いことをしたその結果を自分に受けなければならぬのであります、それ故に真の道に出ようとするならば欲の樂と欲の禍とから離れて、さうして欲の外の幸福を得ることを努めなければならぬと釈尊は説かれたのであります。  知識と安心  まことに釈尊が言はれたやうに、正しき道理を知ることが出来たにしてもそれによりて心を安んずることは出来ませぬ。実際に知識と安心とは全く別であります。幾ら我々が学問をして、さうして道理を知つたにしても、又道徳を堅固に行なつて正しい道を進まうとしても、しかしながらそれは決して真実の道に進むで居るのではありませぬ。我々は貪欲・瞋恚・愚癡の三毒を離れない限り、我々は我々が真実の道と考へるところの道を進むためにお互に妥協的の生 活をして居るのであります。人の気に入るやうにしようとするためには勢ひ嘘を言はなければなりませぬ、人と人との世間的の交際をよくしようとするためには、腹にあることも、遠慮なくこれを外に出す訳に行きませぬ、お互に窮屈をしのび、お互に胡麻化し、お互に自分の腹の中を隠すことに努めて居るのであります。若し現在のままに自分の五臓六腑をまるで出せば世の中はどういふことになるかわかりませぬ。そこで道徳といふものがあつてお互に自分といふものを抑へつけて、それで先づ無事におさまつて居るのであります。若しこの道徳といふものを取つてしまつて、自分の思ふことを遠慮なく言い放ち、自分のしたいことを勝手にするといふことであつたら、世の中は全く乱れるであり ませう。しかしながら、それも矢張り五欲に使はれて居るままに、お互に五欲の望むところを達するやうにとつとむるのでありますから、それではどうしても心を安んずるといふことは出来ませぬ。どうしても宗教の心のはたらきがあらはれて、欲の他の幸福を知るといふところまで来なければ、この世界でまことの道を進むといふことはまことに六ヶ敷しいことでありませう。  自身の道  しかしながら、それは全く自分のことで、これを他の人に頼んで出来ることではないのであります。どうしても自身が自身の道の燈となつて、その自身の燈で以て、自身の道を進んで行かなければならぬのであります。釈尊はそれを繰返し繰返し言つて居られるのでありますが。自分自からの他に、自分がよりどころとするものは決してあるわけはありませぬ。自分を助けるものは必ず自分でなければなりませぬ。自からを助けるものを天が助けるのであります。しかしながら、前にも申した通ほり、その自分はよく調べられたる自分でなければなりませぬ。「汝自からの燈」といはれるけれども、それは得手勝手なる考を燈として進めと言ふのではありませぬ。それ故に、我々は自分の相でよく見てさうしてそれを調へなければならぬといふ。これが釈尊の教の肝要とするところであります。さうしてそれが宗教として我々の心を正しき方へと導くところの真実の道でありませう。  老死の苦  釈尊が成道せられてから第三番目の夜――仏教では釈尊が修行して悟りを開かれたことを成道と言いますが、成道せられてから第三番目の夜に、人間の老死につきて考へられた。段々と年を取り、さうして結局死ぬるので、それが苦しみの種であります。その老死がどういふ訳で出来るものであるかといふことの因縁を考へられたといふことが「因果経」といふお経に書いてあります。そこで釈尊がどういふ考をせられたかといふと、「因果経」には、「生を以て本とする」とありまして、生れるといふことが老死の本である。若し生れるといふことがなかつたならば老死といふことはない、生れるといふことが因であつて、それから老死といふものがあらはれるのであるといふことを第一に考へられたのであります。  生の本  然らば、その生といふものはどういふ訳で起きて来たのであるかといふに、これは無論天から降つていた訳でもなければ、自からにして生といふことが出来た訳でもない。又それには全く縁がなくて起きたといふ訳でもない。自然に起きた訳でも無論なければ、天がさういふことを造つたといふ訳でもなければ、原因がなくて出来たといふ訳でもない。然らば、どうしてそれが出来たか、釈尊はその因縁を考へて、それは「有」といふもののためであると知られたのであります。老死といふことは、これから後に生れて来て、それが年を取つて段々と死ぬる時までを老死といふのでありますが、言ふまでもなく「生れる」といふことがその原因であります。若し「生れる」といふことがなかつたら、老死がある訳はありませぬ。老死の因は「生れる」といふことにあることは無論であります。  愛と取に有  然らば、「生れる」といふことは、どういふことであるかといふのに、それは現在、我々に愛といふことと、取といふことと、有といふことと、この三つの惑があるために、「生れる」といふことが起るのであります。その有といふのは、それは貪欲のため、善いとか、悪るいとかといふやうな業をつくつて、さうして未来の過去を有するから、それで有と名付けるのであります。畢竟、我々が善いとか悪るいとかの色々の業を造るために、未来は必ず、生・老・死といふ果報を得るのであります。それ故にこれを「有」といふのであります。さうして、その「有」といふものは、それは「取」といふはたらきによつてあらはれるのであります。年を取つてから貪欲のために方々に馳ずり廻つて、さうして少しも身体が疲れるといふことを厭はないやうな貪欲の心をはたらかすのでありますが、それを「取」といふのであります。「取」ある故に「有」があるので、「有」の本は「取」であります。さうしてこの「取」といふものは「愛」から起るので、「愛」といふものは、十四、五歳から「受」といひまして自分の方へ取込む、自分に気に入つたものを取込む、さうして気に入らないものを捨てるのであります。  愛と受  「愛」といふことが起きて来るから、ここに「受」といふことがあらはれるので、「受」の因は「愛」であります。「受」といふものは五、六歳以後、自分に苦しいといふことと苦しくないといふこととを感じ、段々とものの道理がわかつて来ることをいふのであります。さういふ風になるから、苦しみと樂しみが自分にわかり、自分に都合のよいといふことがわかるから、それで勝手のよいことだけを取つて、勝手のわるいことを捨てるやうな「愛」とか「受」とかいふやうなはたらきが起るのであります。  受と觸  「受」のはたらきは何処から起るかこいへば、それは「觸」といふものから起る樂しのであります。これは生れてから後二つか三つ位までは、苦しみとか樂みとか或は悪るいものを捨てるといふやうなことがわからないで、火に觸れば熱い、水に觸れば冷いといふやうなことだけがわかるのでありますが、それを「觸」といふのであります。それが本になつて、段々と自分に都合のよいことと悪るいこととがわかるから、そこで「受」といふものが起きて来るのであります。つまり「受」の本は「觸」であります。  觸と六処と名色  「觸」といふものの起りは「六処」でありますが、それは六根のはたらきが起きてから、それから生れて来るまでの間を申すのであります。六根といふのは、耳と目と口と鼻と身体と、さうして舌とであります。つまるところ感覚が我々に起きて来るところの本を六根といふのであります。かやうに觸の起りは「六処」であります。さうしてその「六処」の起りは「名色」であります。その「名色」といふのは、母の胎内でまだ耳や目や鼻などの六根の出来ない前を指していふのであります。  識と行と無明  「名色」の本は「識」といふものであります。現在に我々が生れるといふと、現在生を結ぶのでありまして、即ち第六意識があらはれるので、これを「識」といふのであります。その「識」の起りは「行」で、「行」といふのは我々が、過ぎ去つた間に業をつくつたことをいふのであります。過去に色々の業をつくつた結果として、我々の心が生れて来たので、その心からして名色、六処、觸、受、愛、取、有、生、老死と順々に起つて来るのであります。さうして、我々が過去に「行」をつくつた、その「行」の起りは何であるかといへば、「無明」であります。「無明」とは過去の煩悩をすつかり纏めたものをいふのであります。  十二因縁  釈尊が成道の後第三番目の夜に、考へられたことはかういふ風に、人間が生れて、さうして年を取つて死ぬるといふその有様を分析して十二の因縁を挙げられたのであります。それが十二段になつて居りますから、これを十二因縁と申すのであります。これは「倶舎論」と申すお経に書いてあるところの意味を軟らげて説明をしるしたのであります。我々が年を取り、さうして死ぬるといふことは、結局、生れるといふことがあるから起るものでありますが、「生」は「有」から起る、「有」は「取」から起る、「取」は「愛」から起る、「愛」は「受」から起る、「受」は「觸」から起る「觸」は「六処」から起る、「六処」は「名色」から起る、「名色」は「識」から起る、「識」は「行」から起る、「行」は「無明」から起る。それを逆に考へると「無明」があるから「行」、「行」があるから「識」「識」があるから「名色」、「名色」から「六処」「六処」から「觸、「觸」から「受」、「受」から「愛」、「愛」から「取」、「取」から「有」、「有」から「生」、「生」から「老死」と、段々に因縁をなすことはどちらでも同じであります。釈尊はそれを逆にも考へ、又いまのやうな順序にも考へ、深き考へをされて、さうして因縁といふものを説かれたのであります。  因と果  この十二因縁をわけて考へてみると、「無明」と、さうして「行」といふものは、これは過去の原因であります。我々には過去に「無明」と「行」といふものがあつたのでありますが、「無明」と「行」といふのは、畢竟煩悩でありまして、その煩悩が「業」といふものをつくつたのでありますから、その煩悩によりて作られた業によりて、それが過去の二つの原因となりまして、現在に五つの果を結んだのであります。即ち「識」と、「名色」と、「六処」と「觸」と、「受」、この五つの結果が過去の原因によりて現在に結んだのであります。その現在が又「愛」と「取」と「有」といふ三つの原因によりまして未来に二つの果を生ずる、それは「生」と「老死」とであると説かれるのであります。  論理的説明  かやうに考へて見ると、十二因縁といふものは論理的にちやんと順を立てて、人間の苦しみがどうして起るかといふことを説明されたものであります。勿論、これは抽象的に、誰にもわかり易いやうに説明せられたのでありますから、実際にさういふやうに段階がわかれて居るといふのではありませぬ。我々の苦しみといふものを分析して、その苦しみが由りて来るところの原因を尋ねて見れば、その根本は「無明」にある。「無明」といふのは智慧のないこと、世の中の真理を明かに知ることが出来ぬといふことでありますが、それはすなはち我々の過去の煩悩を総計したものでありますから、過去に我々が造つた「業」から、段々と苦しみがあらはれて来たといふことを理論的に説明せられたのであります。  平等と差別  この事実を具体的に説明するに方りては、釈尊は次のやうに言つて居られるのであります。「すべての法は平等である」。世の中の一切の事物は皆平等なものでありまして、性もなければ相もないのであります。すべての法といふものは本来全く清浄なものであるから、平等なものであると説かれるのであります。そこで道を修めやうとするのは、すべての法が平等であるといふことを観ぜねばならぬのであります。しかるに、世の中に差別の相が起きて来るといふことは、全く我々が「我」といふものに貪著するから起るのであります。若し「我」に執著することがなければ、差別の相は決して出来るものではないと説かれるのであります。  差別と苦  ところが、我々凡夫は何時でも邪なる心を起して愚痴に眼を潰して、さうして「我」といふ差別の相に執著して、さうして貪欲の心を盛にはたらかすによりて、結局、生死の身体といふものを生むのであります。すなはち「識」といふものを種として、さうして無明のはたらきによりて平等の真理を離れ、愛の水でそれを潤し、得手勝手の心をそれに注いで、それによりて邪なる考へを段々と搨キせしむるために、そこに「名色」があらはれ、「名色」によつて目や耳や鼻や舌や身体、心といふやうな色々な根が出来るのであります。そうしてその根からして「觸」が出来、「觸」から「受」が出来、「受」から「愛」が出来、「愛」から「取」が出来、それで「有」といふものが出来、そこから五蘊の身体が出来るのであります。その五蘊の衰へたのが「老」といふのであり、五蘊といふのが滅したのが「死」であります。我々はこの老死のために常に憂へ、常に悲しみ、常に苦しみ、常に悩むのであります。しかしながら此の如き、十二因縁といふものは別にこれを集めるものがあるのではありませぬ。自分の心の無明と業とによつて自分でこれを集めるのであります。  心の所作  かやうに、我々が種々の苦しみを起すのは全く無明と業とに本づくもので、過ぎ去つた時代にいろいろの煩悩を起して、さうしていろいろのことをしたために、それが原因になつて「識」が出来「名色」が出来、「六処」が出来、「觸」が出来、「受」、「愛」、「取」、「有」といふものが漸次に出来て、結局、この身体といふものが出来上つたのであります。別にこの身体を造つた人がある訳ではありませぬ。又自から出来た訳でもありませぬ。それから出来るだけの因縁といふものがあつて出来たのであります。そうしてその因縁は全く自分の心のはたらきに存するものであると釈尊は説かれたのであります。外の宗教の話を御聴きになればよくわかることと思いますが、斯ういふ風に説くことは仏教の特殊とするところであります。釈尊が説かれた十二因縁は前にも申した通ほりに苦しみによつて起るところを説明するために分析をして話されたのでありまして、釈尊の言はれることの意味といふものは実に簡単にして明瞭なるものであります。今多くの人々が苦しむ、それは全く自分の心が苦しむのである、苦しみといふものが別に心の外にありて、さうしてそれが我々の心に入るのではないのであります。  因縁の道理  釈尊のお弟子がこの十二因縁の説明を聴きまして、さうしてその心を聞いたものも多かつたでありましたらうが、阿難といふ人は釈尊の從弟で、その弟子になつたのでありますが、或る時釈尊の前に出て、「貴方の教へて下さつた縁起の道理を聴きまして、まことに深い道理のものであると感じましたが、その道理が今日私に分りました」と、釈尊の前に出て言つたところが、釈尊が言はれるのに「さういふことを言つてはならない、この因縁の道理はまことに知り難いものである。多くの人々が苦しみと悩みの世界に在るのも全くこの縁起がわからぬためである」と言つて阿難がわかつたやうにいふのは決してわかつたのでないことを戒められました。それから「自分が老死の縁は何によつて出来るものであるかといふことを説いたのは、「生」といふことは「有」に依り、「有」は「取」に依り、「取」は「愛」により、「愛」は「受」に「依」り、「受」は「觸」に依り、「觸」は「六処」に依り、「六処」は「名色」に依り、「名色」は「識」に依り、「識」は「行」に依り、「行」は「無明」によりて生ずることを説いたのであるから、その中の「愛」といふものは「受」の縁であるといふことをば一つ説明して聞かさう」と言つて十二因縁の道理を説き示されたのであります。  愛に就て  「愛」といふことは「受」によりて起るのであるが、「受」といふのは自分の心に適つたものを取り、自分の心に適はないものを取らないところの心のはたらきである。その「受」の心があるからして、「愛」といふ心が起るのである。自分に気に入つたものに執著をするといふ心が起る。であるから「受」がなければ「愛」は起らぬ、「受」を縁とし、「受」を本にして「愛」が起り、「愛」によりて求むるといふ心が起り、求むるといふ心から得るといふことがある。得るといふことがあるから、そこで善いとか悪るいとかといふことを撰ぶ心が起るのである。自分に欲しくなるとそれを得られることがある、さうして自分の手にすることが出来るならば、善いものを手にして悪るいものを捨てやうといふ心が起る、すなはち善悪を撰ぶ心が起る。善悪を撰ぶによりて欲が起り、善いとか悪るいとか自分に分るからそれで善いものを自分に取つて行かういふ欲が起る。欲が起るからしてそこに執著が起る。執著が起るから嫉妬といふものが起る。嫉妬が起るから、それで更に貪るといふ心が起つて来る、貪るといふ心が起るから、自分のものを人にやるまいとそれを防ぐといふ心が起る。そこで刀をもつて争ひ、杖を以て争い、互いに譏り合つてそうして互いに嘘を言ふ。これは皆、これから起るのである。釈尊はかやうに阿難に対して「愛」に就て説明せられた後に、斯ういふことは結局「我」といふことがその根本であるといふことを示されたのであります。  業の相続  そこで前に段々申上げた通ほりに、十二因縁といふものは全く自分の心のはたらきを示したもので、苦しみは全く自分の心からあらはれるといふことの説明になるのでありますが、それを引きくるめて言へば「我」があらはれる因縁であります。さうして、宗教の心のはたらきとしては「無我」といふことが問題になるのであります。そこで理論上から申せば随分むづかしいもので、今御話したのがただそのあらましのことであります。けれどもそれは全く理論上のことで、抽象してそういふことを考の上に出したまでのことであります。それが具体的に自分の心の中にあらはれたときには「業」といふ言葉にて示されるのであります。自分の業によりて自分の身体と精神とが出来たのであると言はれるのであります。自分の過去つた時代に、言つたことや、考へたことや、行つたことやなどが一切集まりて、我々の現在の生活の上に影響するものであるのを「業」といふのであります。それ故に我々は今、自分の「業」の相続をして居るのであります。釈等は全くそういふやうに説いて居られるのであります。  自心の問題  仏教の外の宗教でありますと、我々の心の外に神とか何とかいふものがありて、さうして自分がこの神に救はれるやうな、極めて簡単な、又極めて軽便なことが説かれて居りますけれども、しかしながら、釈尊の教は決してそういふやうなものでなく、何時でも自分の心を問題とするのであります。従つて自分の心以外のことを考へるのではありませぬ。釈尊の説かれた十二因縁といふものも前にくりかへしくりかへし申したやうに自分の心の分析であります。「倶舎論」といふお経に出て居るところの十二因縁の説を本として、ここにお話致したのでありますが、具体的にそれを考へれば全く「業」といふ言葉にて示されるところのものに外ならぬのであります。  流転輪廻  親鸞聖人の和讃の中に「生死の苦海ほとりなし」とか、或は「流転輪廻のきはもなし」とかといふやうな言葉が用ひられたのは、全く具体的に十二因縁の結果を示されたのであります。生死の苦海といふものには際涯がないものである。くるくる廻つて居つて生れるかと思へば死ぬる、死ぬるかと思へばまた生れる、すなはち生死の苦海を流転するのであります。前の世に犬であつたものが、此世に人間になつたといふやうな輪廻転生のことを説くのではありませぬ。仏教でいふところのものは、流転輪廻でありまして生死の苦海を流転してそれを離るることが出来ぬといふのであります。お互に朝から晩まで働いて居るのでありますが、何を働いて居るかといへば、死んで又生れるやうに、つまるところ苦しみから離れないやうに仕事をして居るのであります。たとへば人の物が欲しかつたり、自分の物を人にやりたくなかつたりするやうな苦しみの種のみをつくるのであります。少し善いことをしたと思ふとそれが又悪るくなる、人を助けてやつたと思ふと、もう助けたといふ自慢が出る。そういふ風にして、「業」のはたらきがますます強くなるために生死の苦しみはぐるぐる流転して止むことがないのであります。まことに生死の苦海ほとりなく、流転輪廻きはみなしと言はねばならぬのであります。  出離  そこで仏教を宗教として見て、その最後の目的はどういふことであるかと言へば一たび死んでから最早この世に生れないといふことが目的であります。涅槃といふことはそういふ意味のものであります。釈尊の言はれるところの涅槃といふことは、我々が死んでから最早人間界には生れて来ぬことを言ふのであります。人間界に生れて来ぬといふことはすなはち生死の苦界を出離するのであります。仏になれば最早人間の世界に生れて来ないのであります。しかるに我々は「業」のはたらきによりてこの生死の苦界を出離するの縁がないものであります。前にも繰返して申したやうに、我々の身と意と口と、この三つのはたらきが集つたものがすなはち「業」となり、その「業」によりて我々の身体と精神とが出来たのでありますから、我々の過去の生活が今の我々の生活に影響を致して居るのでありますが、それは今となりてどうすることも出来ぬのであります。それ故に我々は生死の世界を流転して、それを出で離るるの縁のないものであると知らねばなりませぬ。  自身を知る  自身のことは自分が一番よく知つて居るべき筈でありますが、しからば、その自身といふものはどこから来たのであるか、どうしてこの世界へ生れて来たのでありますかと問題を提出せねばならぬのであります。今ここに御いでになる皆様も、それにつきては御考へになることと思ひますが、一体御自身はどうしてこの世に出られたのでありませうか。親が産んだといひましても、しかし親が産めばと言つて隨意に自分が出来る訳でもありませぬ。又自分だつて無論深く考へてこの世へ出て来た訳でもありますまいと思ひます。親も出そうと思つて出したのではありますまい。そうすると偶然ひよつと出たのかと申しますと、無論そうでもありませぬ。偶然ならば松から人間が出て来ても差支へない 筈でありますが、実際決してさういふことはありませぬ。どうしても相当な因高ニいふものがあつて、さうして我々はこの世へ出て来たものでありませう。自身を知るといふことは先づこの点から始めねばならぬことであります。  人生は旅  昔から人間の一生涯は旅にたとへられて居りますが、なるほど人間の一生といふものは旅にたとへてもよろしいでありませう、古の支那の学者も、人間の一生といふものは旅宿のやうなものであると言つて居ります。心学でも、この世へ来て仮の宿に居ると思へば我儘は言はれない、自分の家だと思へば我儘も言ふけれども、人の家に厄介になつて居るかと思へば我儘は言へないといふやうなことが説いてあります。それは兎に角、人間の一生を旅にたとへるといふことは無理でありますまいから、さうすれば一つ旅にたとへて考へて見たいのは、今我々は汽車に乗つて旅行をして居るのでありますが、列車が進行して居るところへ乗つたのでありますから、それが何処から出発して何処へ向けて行くのであるかサッパリわかりませぬ。そうして列車の窓から首を出して、天気がよいとか悪るいとか、金が儲かるとか儲からないとか、あれが欲しいとか欲しくないとかいふやうな話をしてお互に日を暮して居る。それが現在の有樣でありませう。さうして、自分の乗つた汽車は何処から出て来た汽車か、自分の乗つて行く汽車は何処へ行くのかも知らず、又それを知らうともせず、ただ汽車が動いて居るから安閑とその中で飯を食つたり、しやべつたりして居るといふことは、しかしながら自分を知つたものとは言ふことは出来ぬでありませう。  不可知のこと  しかしながら、どう考へてもそれは我々にわかることではありませぬ。自分がどうしてこの世に生れて来たかといふことはどんなに学問が進歩してもわかることではありませぬ。どんなに人間の知識が進歩してもそれがわかることではないでありませう。これまでのことは、よいとしても。これから先き、どうなるか。これも問題であります。さういふやうに考へる時に、誰にでも「我」といふ問題が涌いて来ることでありませう。しかしながら、その「我」といふものは一体どうなるか、それもわかることではありませぬ。学問がどんなに進歩しても到底わかることはありますまい。しかるにそれがわからぬで濟む訳は決してありませぬ。そこで我々が現在の相に眼が覚めて、さうして深く考へて見るときに、我々の考といふものも何等役に立つことのない場合があるといふことが誰にでもわかるのであります。我々がどんなに考えてもわかることのない不可知の世界があるといふことが知られるのでありますが、この場合に、我々は我々の心に自から現はれるところの宗教といふ心のはたらきによりて、それを解決をするより外には道がないのであります。  宗教のはたらき  人間の学問には色々ありますけれども、しかし「我」といふものが何処から来て、何処へ行くか、さうして「我」といふものはどんなものか。そんなことをば十分に我々に説明する学問はありませぬ。言ふまでもなく学問は智慧のはたらきでありまして、我々が思考の力によりて発展せしめるものであります。宗教はさういふ人間の考を離れ、さういふ人間の智慧を離れ、さうしてその心の奥底から自から涌いて出るところの感情によりて、さう信じなくてはならない、さう思はなくてはならないやうな心持がそこに現れるのでありますから、智慧で証明することも要らなければ、考によりてそれを正して行くことも要らぬのであります。どうしても、さう信じなくてはならぬといふ感情が自から涌いて出ることに依りて、今申したやうな不可知の問題も直ぐに解決することが出来るのであります。釈尊は常に「業」といふことを説き、さうして「無我」といふ考を主として説いて居られるのでありますが、それによりて宗教の心のはたらきをあらはすことが出来るのであります。釈尊の説明によりますと、我々は過去つた時代から続いて居るところの「我」であります、過ぎ去つた時代になしたる「業」が消えないで、生死の苦海を流転して居るのであります。さう考へるとき、我々は釈尊が言はれるやうに、自分の過去つた業の相続を今、して居るのであります。  自分の責任  これをもつと軟かい言葉に直していふと、我々は、どうしてもかういふやうな現在の境遇に出て来なくてはならぬやうなことを自分がしたためにここへ出て来たのであります。それ故に一切の責任は皆自分が負はなくてはならぬこと勿論であります。この世へ生れて来て、さうして死ぬまでの間、自分の心に色々なことがあらはれるでありませうけれども、それにつきては全責任を自分が負はなくてはならぬのであります。苦しいといふこともありませう、悲しいといふこともありませう、心配することもありませう、けれどもその責任は決してこれを他の人に譲るべきものではありませぬ。自分でこれを始末をして行かなくてはならぬのであります。さうして、それは宗教のはたらきによつて始めて成就するものであります。そこに宗教といふものが実に強い力でありまして、自分の相といふものを能く見たときに必ず起きて来るところのものであります。我々はそれに導かれて、智慧のはたらきを要せず、考へることを要せず、それに導かれて、さうして進んで行くといふところに、実に我々の生活といふものが真実の道に進むことが出来るのであります。  人間の目的  昔のお説教に、我々は仏の仕事をするためにこの世に生れて来た、それ故にこの世では仏の仕事をして、さうしてその仕事が濟んだならば、仏の命の儘、仏の国に帰るといふことが人間の目的だといふことを説かれて居るのでありますが、宗教の感情の発露として、さう言つても差支へないことでありませう。我々が仏の命令を蒙つてこの世へ出て来たといふやうなことが、正しいとか正しくないとか、そういふことを申すのではありませぬが、さういふことが訳もなく心の中に学ぶならば、それは、実に宗教の心のはたらきでありませう。  我の所生  前に説明したところの十二因縁は、むつかしい言葉を以て、むつかしい理窟が説かれてありますが、その意味は因縁が和合して、さうして一切のものが出来るといふことに帰著するのであります。釈尊の当時にありては、世の中の一切の事物が出来るといふことに就て、いろいろの説がありまして、其中でも自在天といふ神がこれを造つたといふ説は最も広く行はれて居つたのであります。それから、誰が造つたともなしに、どうかして出来たといふやうに考へたものもあつたのでありますが、釈尊はそれ等の説を全く排斥して、世の中の一切の事物が出来るのは、原因といふものがあつて、さうして出来るものである。出来るべき原因がなくしては何ものも出来るものでないといふことを強く唱道せられたのであります。これによりて考へて見ますと、「我」といふものも、出来る原因があつて出来たので、決して偶然に「我」といふものが出来るのではありませぬ。自在天が造つたのでもなければ、又他の誰かが造つたのでもない。全く「我」の出来る原因があつて、さうして「我」が出来たのであります。かやうにして「我」の生ずるところにはそれが生ずるだけの因縁があつたのであります。釈尊はそれを十二因縁として説明せられたのであります。  業報  十二因縁の説明も、かやうに因縁和合して一切のものが生ずるといふことに帰著するのでありますから、巳に前に言つたやうに、それが、全く「業」といふ考に纏つて来たのであります。すなはち、因縁が和合して、さうして一切の物が出来るといふことは結局、業報が輪廻して、前にしたことの結果が後にあらはれると考へねばならぬのであります。「業報」といふ考は釈尊以前から、印度に行はれて居つたのでありまして、今現に悪るいことをすれば未来に必ず悪るい結果を得る、現在の悪は前の悪業の結果に外ならぬのである。畢竟前に悪るいことをしたから今現に悪るい報を得たのであると考へたのであります。因果の法則は争はれぬことでありますから、今の悪るい結果が前の悪るい原因に本づくものであるといふことは明かに認められることであります。  我と業と  しかしながら、釈尊以前の人々は「我」といふものを一個独立のものとして考へて居つたので、「我」といふものがあつて、それが因果の法則によりて当然その報いを得ると考へたのでありますが、釈尊の説かるるところでは「我」といふ独立のものは無いのでありますから、「業報」といふことの考も、その以前の考とは大変な違いであります。今日でも「我」といふものに執著して居つて、さうして、何かにつけて「業報」だといふものが多いのでありますが、その心持は釈尊の言はれるところの「業報」とは違つて居るのであります。釈尊が言はれるのは「無我」といふ考の上に立つて「業」といふものを考へ、さうして「業報」と言はれるのであります。「我」といふものの上に「業」と説くのと、「我」は無いとして、「業報」を説くのとは大に相異して居ることは無論であります。  五蘊の集散  釈尊の「業」につきての説明は種々のお経に載つて居りますが、「大乗涅槃経」の中に釈尊の言葉が、「例へば燈火がつくと暗がなくなり、燈火が消えると暗が生ずるやうに、衆生の業果もその通りである」とありますが、それは今の五蘊といふものがなくなりて、別の五蘊といふものが出来ると、説かれるので、五蘊が分れるから死ぬるので、それから又別の五蘊が集まると、それが再び生れるのであります。固よりこの身の五蘊といふものは消えてなくなるのではありませぬから、又集まりて次のこの身を造るのでありますが、それが「業」といふもののはたらきによるとせらるるのであります。たとへて申せば、今我々は斯うして生きて居りますが、早晩死ぬるのであります。死ぬるのでありますけれども、しかしながら、我々の身体を造つて居るところの根本のものは死ぬることはありませぬ。早い話が、私の身体は炭素か水素か、さういふ原素の澤山から出来て居りますが、たとひ、私の身体が無くなりましても、炭素や水素などは決してなくなるものではありませぬ。ただそれが分離するだけでありますから、又一緒になることがありませう。さうして、さういふやうにするものが「業」であると説かれるのであります。  生死の苦界  我々は死ぬる。死ぬるかと思へば又生れる。どうしても生れるといふことと、死ぬるといふこととの、苦しみの世界を出ることが出来ないのであります。我々は今死ぬるけれども又再び生れる。前の身体とは相異したものであるけれども、しかしながらそれは前のものに続いて居る。続いて居るけれども続いて居ることをしらないで、生死の苦界を流転をして居るのであります。柿の実が木から熟して落ちる、落ちるとそれが地面の中で又芽が出る、元の柿の木からは全く別のものでありますけれども、しかしながら別のものではありませぬ。我々はかういふやうにして、生死の苦界を流転をして、さうしてこれを出離するの縁がないものであります。それが正に業報の輪廻であります。  身口意の三業  そこで、「業」といふことにつきて、ここに一応の説明をせねばなりません。「業」といふことは「行為」の意味でありまして、それは広い意味で言ふのでありますから、手や足など、身体で行ふものと、それから口で行ふものと、それから心で行ふものとの三つがあります。これを身・口・意の三業といふのであります。例を挙げて説明しますと、私共が何か考へる、或は何か思ふ、さうするとそれが外に出なくとも、側の人には判らなくても、或は自分にそれが判らなくとも、それが長く消えることがなくして、我々の生活を支配するものであります。つまり我々の身・口・意のはたらきはその後の生活の上にその影響を及ぼすものであります。身体で以て何事かをしても同じことであります。人の知らないやうにこつそりやつても、或は自分の良心を胡麻化すやうなことをやつても、或は大ぴらに人の眼に見えるやうに何かしても、それの影響といふものは長く自分の心を支配するものであります。何か言ふときもさうでありまして、それが何時までも消えないでもつて、自分の生活といふものがそれによつて支配をせられて居るのであります。このはたらきを「業」といふのであります。それ故に宗教の意味で「業」といふことは、勿論行為でありますけれども、その行為を道徳の心持で、深く観照しての後に始めて言はるべきことであります。  自覚の極致  かういふやうに考へて、「業」といふことは全く自覚の極致であるといふことが出来るのであります。又前にも申した通ほり自分の行為に就て責任を持つことに依りまして我々は正しい道を歩むことが出来るのであります。平常、我々は、することは自分にするけれども、それにつきての責任といふものはこれを他の人に譲らうとして居るのであります。全く責任といふものをば自分に負はないやうにと考へて居るのであります。それ故に釈尊が言はれる「業報」といふことがはつきりとわからぬのでありませう。我々は常に自分といふものに執著して、固より常一主宰のものでないところの自分を贔負して、所謂身贔負といふことを強くするが故に自覚といふことが出来ぬのであります。そこでこの「業」といふことも執著して居るところの「我」が滿足するやうにと考へて行くために「業報」といふことも要するに「我」を維持するために過ぎぬのであります。  業の思想  釈尊が説かれる「業」といふものはかやうに徹底したる自覚の心でありますから、普通に世の人々が考へて居るやうに、自分の心の苦しみを除くために「業」といふものを仮りに造つたり、或は「業」といふやうな別個のものをそこに考へて、さうしてそれを以て自分の心に蓋をしたり、或はあきらめたり、或は自分の心を胡麻化すために使ふべきものではないといふことは明かであります。すべてが業報の結果であると考へることは「我」の執著を離れるところにその意味があるので、「我」に執著して、しかもすべてが「業報」の結果であるからと考へることは、釈尊が説かれたる「業」の考とは大変に違ふのであります。これから「業」の思想につきて少しくお話を致さうと思ひますから、それによりてよく御誤解が出来ることと思ふのであります。  業力  「華巌経」の中に世界の出来るといふことを説いてあるところに、一切の諸々の国土は皆業力に従つて生ずといふやうなことが書いてありますが、それに拠ると、世の中の一切のものは皆業の力から生ずるといふのであります。  業因  それから「成実論」の中には    「一切生法皆属業因」  一切の生ずる法は、皆業因に属するものであると説かれるのであります。世の中のこと一切のものが出来るのは「業」といふものがその本になつて出来るのであります。  業有  それから「業有」といふ言葉もありますが、それは  「業者謂身口意所作善悪之業因能招未来善悪之業果因果不亡故名業有亦名行者(七有之一)」  身と口と心との三つが造るところの善悪の業因は、能く未来善悪の業果を招くもので、その因果は亡びるものでないからこれを業有と名づけると説かれるのであります。身体で悪るいことをし、或は身体でいいことをし、或は口でいいことをし、口で悪るいことをし、或は心で悪るいことをし、或はよいことをする。さういふよいとか悪るいとかといふところの業因が未来にいいとか悪るいとかといふ結果を招くものでありますが、業有といふのはそれが始終存在して居るからであります。  業縁  それから又、業縁といふ言葉があるのであります。「法華経」序に    「生死所趣因善悪業縁」  生死の趣くところ、善悪の業縁に因るといふのであります。趣く所といふのは行くところであります。つまり我々が生死の苦界を流転をして居るのでありますから、その生死の苦界を流転するといふことは全くよいとか悪るいとかの業の縁に因るといふのであります。  業果  それから又、業果といふ言葉も用いられて居るのであります。「成唯識論」に    「謂衆生有殺盗淫三種之業而受其果報故名業果。」  衆生が殺生、偸盗、邪淫の三種の業をしてさうしてその果報を受くるのであるから、これを業果と名づくといふのであります。かやうに、業因といつても、業有といつても、業縁といつても、業果と言つても、それは皆同じことでありまして、我々の心に善悪の業を造り、さうしてその善悪の業の結果を又自分で受けるといふのであります。自分で種を造つて自分で結果を受けるのであります。  七有  「長阿含経」の中に七有といふことが載つて居るのでありますが、それは  「因果不亡曰有由身口意所作善悪之因能招六趣天人修羅地獄餓鬼生死之果因果相続故名七有。」  身と口と心で造るところの業といふものの因は六趣と生死との果を招くといふのであります。六趣とは六道ともいい、天道、人道、修羅道、餓鬼道、畜生道、地獄道の六つで、これ等は皆業のために招来するところのものであると説くのであります。六道が別に存するのでなく、皆自分でそれを招くものであるといふのであります。地獄といふものが予め造られて居つて、そこに行くのではありませぬ。地獄に行くといふことは我々の業因の結果であるといふのであります。地獄に堕ちるやうな行をするから、そこで地獄に堕ちると説くのであります。  地獄の有無  かやうに「業報」といふものを考へるとき、若し世の中に地獄がないといふ人があつたら、その人には必ず地獄がある筈であります。若し地獄があるといふ人には、地獄はある訳はないのであります。地獄がないといふやうに、驕慢の心を起し、さうして自分を省みないやうな人は必ず地獄有の報があるのであります。これに反して地獄があるといふ人は自分を省みて自分は必ず地獄に堕つるやうな悪人であると自分を省みて一生懸命に正しき道へと精進するのでありますから、その行くところは地獄ではないのであります。若し自分といふものを内省しなければ、地獄に堕つることはないといふに決つて居ります。自分を内省したら、断じて地獄に堕つると言はなければなりませぬ。朝から晩まで悪るいことをするものは地獄よりほかに行くところはないと考へらるべきであります。しかるに地獄に堕つることはないといふのは、全く自分を省みることが不徹底のものであります。  必墮地獄  誰人にしても、自分を省みるならば、自分の心の悪いといふことは直ぐにわかる筈であります。たとひ善いことをしたいといふやうな心持があつたにしても、それは決して善いことをしたのではない。悪いことをやめたいといふ心持が全くないのではないが、しかし悪いことはやむことがない。人のためにはかるといふけれども、退て考へて見ると、それは自分のためにはかるのである。人に対して親切にするといふけれども、それも畢竟自分の身が可愛いためである。人を助けて置けば自分が助けられるといふやうな心持が必ず起る。少しでも人にものをやれば自分は大慈善家のやうな気になる。それだから、少しく省みればどうしても地獄に堕ちるものと考へなければならぬのであります。地獄に墮ちるといふことは、つまり自分が悪るいものであるといふことを知るといふことであります。何処かに地獄といふものがあつて、そこへ堕ちるといふやうに地理学的の地獄を考へることよりも、現在の行為が悪ければ、その将来も悪るいといふ因果の法則を考へることの方が必堕地獄の意味を明確にするものであります。そこで自分は悪るいことをしないといふ人は、巳に前にも申したやうに、必ず地獄に墜ちる人であるといはなければなりませぬ。  六道輪廻  そこで六道を輪廻するといひましても、餓鬼道、修羅道、畜生道、地獄道などと、いろいろの所をぐるぐる廻つて歩るくのではありませぬ。六道は自分の業因によりてあらはれるものであります。しかるに「我」といふものが独立して存在すると考へる場合には、自分を離れて、餓鬼道があり、修羅道があり、畜生道があり、それをぐるぐる廻つてあるくやうに考へられませうが、釈尊の考へは決してさうではありませぬ。餓鬼道も自分の心が招く、畜生道も自分の心が招く、地獄道も自分の心が招くのであります。これを平易に言へば、自分の心が餓鬼になつたり、畜生になつたり、人になつたりするのであります。  業は尽きず  釈尊が行弟子のスバトラといふものに向ひて、「業が尽きれば苦しみが尽きると、多くの人は思つて居るけれども、それは実際さうでない。煩悩が尽きて初めて業といふものが尽きる、それだから業が尽きて苦しみがなくなるのではない。煩悩といふものがなくなつて初めて苦しみが無くなるのである。若し業といふものがなくならなければ解脱することは出来ないといふのなら、一切の人は残らず解脱することは出来ない。何故かといふに、過去にしたところの業といふものは今さら如何ともすることは出来ないからである」といふ意味のことを話されたといふことでありますが、いかにも過ぎ去つた昔に悪るいことをしたことは今更それをどうすることも出来ませぬから、業といふものが尽きて、始めて苦しみから離れるといふことであれば、どんな人でも苦しみといふものから離れることは出来ませぬ。  身口意の三業  釈尊が説かれた「業」の考といふものは大体かやうなことでありますが、仏教といふものが開けていろいろの宗派が起りましたために、「業」といふことにつきての説明にもいろいろの考が加はりまして、後には身・口・意の三業といふことが専ら説かれるやうになりました。その身といふのは身体、口は口、意は心でありまして、身・口・意のはたらきをば三業といふのであります。一に身業、これは身のおこなひ、二には口業、言葉のおこなひで又語業といふのであります。三に意業、こころのおこなひをいふのであります。「一に身業、即ち身が作るところの業なり」とありまして、身体で作るところの業でありまして、これに善いものと悪るいものとある。「善あり、悪あり、若し殺生、偸盜、邪淫、すれば即ち身の悪業なり」「若し殺さず、盜まず淫せざれば即ち身の善業なり」とあります。「二に語業とは即ち口に説くところの業なり。善あり、悪あり、若し妄言、綺語、悪口兩舌せば、即ち口の悪業なり「若し妄言せず、綺語せず、悪口せず、兩舌せざれば、即ち口の善業なり」とあります。「三に意業、即ち意の起すところの業なり。善あり悪あり、若し貪欲、瞋恚、邪見を起せば即ち意の悪業なり。若し貪欲せず、瞋恚せず、邪見せざれば即ち意の善業なり」とあります。かういふ風に業の説明がせられて居るのであります。  表面の解釈  此の如く、身口意の三業につきて説明せられたることを見ると、悪い業を作ることをやめて、善い業を作るやうにと心がけなくてはならぬといふことが明かに知られるのであります。しかしながらそれはただ表面上の解釈でありまして、その真実の意味に徹底したものではありませぬ。前から度々申して居ることでありますが、釈尊は宗教そのもの、即ち法そのものに就ては何等、説いて居られないのであります。ただ説いて居られないばかりでなくして、説くべきものではないと言はれるのであります。元来法といふものは不可思議にして、説かるべきものではない、説くことの出来ぬ不可思議に觸れて、一種特別の感情が自から沸出するのが、すなはち宗教でありますから、ただその人人がそれを感知するに止まるのみであります。それ故に、説かるべきことは如何にして、我々がその不可思議に觸れることが出来るかといふことであります。そこに身口意の三業のことにつきて説かれるところも、その真実の意味はこの点に存するのであります。それ故に、三業といふことを聞いても、ただそれを文字通ほりに理解して表面の解釈をするのみでは、宗教のはたらきは起るものではありませぬ。  教訓として  「業」といふことの説明を聴いて、これまでの人がどういふ心持を起したかといふことにつきては、長い間の歴史がありますけれども、それを引くるめて簡単に申すと、悪るいことをすれば必ず悪るい結果がある、善いことをすれば必ず善い結果がある。それ故に悪るいことをしないやうに、さうしてよいことをするやうにつとめなければならぬと、かう知ることは、結局教訓として、それを受取つたのであります。勿論教訓としてひろく多くの人々に向つて説かれるのでありますから、その教訓の通ほりにそれが実行せられるかどうかといふ自分の問題を第一に考へねばならぬのであります。教訓は聞いて居るけれども、その教訓をば少しも念頭に置かぬ人もありませう。それからして教訓の通ほりには出来ないといふ人もありませう。いろいろにその教訓といふものに対して居るのであります。さういふ意味に於て「業報」といふことも多くの人々はこれを教訓として受け取つて居るのでありまして、最も上等のもので、それを実行するやうにつめて努力するのであります。  実行不能  言ふまでもなく、教訓といふものはそれが実行せられて後ち始めてその価値が認められるものであります。悪るいことをすなといふ教訓は知つて居つてもどんどんと悪るいことをする、よいことをしろといふ教訓を聴いて居つても、決して善いことをしないといふやうでは仕方がありませぬ。そこで教訓を聴いて、これを自分の問題として考へるとき自分には到底その教訓を実行するの力がないとかう考へる人は、それは内省の深い人であります。内省が深くなれば教訓の言葉を聴いても、それよりして宗教の心が動くものであります。実行するの力がないといふのは、それを実行せねばならぬと努力して自分の力の足らぬことを痛感するがためであります。実行が不能であるからと言つてこれを放置するのではありませぬ。実行不能といふところにますます自分の内面を反省するのでありますから、そこに教訓を聴いたためにますます自分の相を知ることが出来るのであります。ここに現はれるのが宗教の心のはたらきでありますから、表面の解禁によれば教訓としての業報の説も、内面的の反省によりて宗教の心として動くものであります。  運命  「業報」といふことは、かやうに、内省が徹底するときは、宗教の心としてあらはれるものでありますが、さうでないと、この業といふものが、「どうも仕方がない」「前に造つた業の結果だから仕方がない」「因果応報だ」「定業だ」或は「親の因果が子に報ひ」といふやうなことになりまして、「運命」の説に同じやうになるのであります。すべて自分のしたことをば他の人がしたやうに、自分の責任を避けてこれを他に譲らうとするのであります。今日仏教を奉じて居るといふ人の中に「因果」といふことをよくいふのでありますが、「それは業だから仕方がない」と捨鉢になる場合が多いのであります。少なくとも、「業報」といふ考によつて自分の苦しさを諦めやうとするのであります。この場合、「業報」といふことは「運命」といふことと同じ意味に取られるのであります。さうして、かういふ考は決して宗教的のものではありませぬ。殊に仏教ではさういふやうに諦めねばならぬところの「我」といふものが存在するとは考へぬのであります。結局自分を壊さないで、さうして自分にほころびの出来たのを縫はうとするのでありますから、それでは決して宗教の心になるわけはないのであります。  蜘蛛の話  「心学道の話」の中に「蜘蛛といふ虫は膜を張るのでも、考へて見なされ。あちらの木の枝からこちらの木の枝に蛛が膜を張る。さうすると見て居るといふと、蛛は羽根もなけらねば飛ぶことも出来ないから、尻尾の方から糸を出すといふことだけ生れつき持つて居る。そこで初め尻尾の方から糸を出したのを木にひつかけ、ひつかけることが出来たらずつと下る、下るといふと、そこに風が吹くと風に吹かれた儘、向ふの木に渡る。こうしてグルグルと膜を張る。ぶらりつと下つて居るばかりで自身からどちらの木の枝へ飛ふとも糸を継懸ふとも為はせぬじや。それがかの君子は居易而以俟命といふもので、只糸を延ばすだけのわが受前の道を十分勤めて居るばかりで、それからあとの成るならぬは只天命の風にまかせきつて居るじや。さうするといづれどちらからぞ天命の風が吹いて来るゆへ、その時その風にしたがふて向ふの木の枝へチョイと取付それからその糸をつたつてあちらへ渡りこちらへ引ばりしてあのやうな大造の膜をはる。所が人間はこうしない、人間もその通りであるべき筈だけれどもさうしない。さうして自分の道といふものを守つて居ればよいのでありますけれどもさうしないで、何だ蚊だと言つて自分の欲にまかせて事をする。どれも是れもよくない。よくない結果自分に悪い報ひがやつて来る。その段になつて、ああ、何とせふ、是も天命じや、ヤレヤレ天命といふものはなさけないものじやなどと我からなした造地獄とは夢にも知らず天道様をうらみたり人の身の上をうらやんだり、又遠い田舎などでは後生願ひの今生悪といふものがあつて、この世はわづかの境界なればどうしても清事のやうに心得、親には不孝をし主人には不忠をし、夫婦げんくわ兄弟いさかひ密夫するやら人をたぶらかすやら、喧嘩をするやら博奕をうつやら、又いろいろな工夫をたくらんでは御上へ御苦勞をそなへるやうな事したり、人の訴訟事を聞いてはそのしりおしをしたりして、あげくのはてには縛られたり、擲かれたり肆れたり首切られたり、それをここには桎梏《しつこく》にして死するものといふてあるが、桎とは足がせのこと、梏とは手がせの事じやが、そのやうな足がせや手がせの苦しみを受けて死ぬるが正真の天命といふものではないから正命に非ずといふておかれたが、それをやつぱり我自力でこしらへた事とは思はず之のやうな手がせや足がせの苦しみを身に引受けた時に何と思ふぞといふと、ヤレヤレおれはこのやうに成るつもりではなかつたに、口惜しい事をしたアア何とせふ、是も過去生の因縁事じやの、あれも前生の御約束じやのといふて居るが、何のそのやうな忌々しい御約束して生れるものが、何所の世界にあるものか。」といふ意味のことが説いてありますが如何にもさうであります。悪るいことをして、正しからざる日を送つた結果、それが目の前に悪るい結果となつて現れたところに、苦しい苦しいとさわぎ、さうしてそれが天命じや、運命じや、因果応報だ、業報だなどと言つて責任を逃がれようとするときに、宗教も何もあつたものではありませぬ。  おしものこと  むかし、大阪の在、河内の八尾木の善立寺の門徒に木綿屋利右衞門といふものがあつて、その娘におしもといふものが居りました。年は僅に八つでありましたが、生れつき非常に柔和な子供で、仏教の話を聞いて普通の子供と異つた気分を出したのであります。その住職は正空といふ人でありましたが、その正空師に向ひておしもがいろいろ話をして居る中に、「自分のやうな罪の深いものは阿弥陀如来の御本願があるといつても、とてもたすかるものではないと自分は思ひます。それはどういふ訳かといふと、私は近頃お寺に参つてお説教を聴聞しますけれども、昨年の正月近所の友達と一緒に或る家に参りまして、紙燈の抽出にあつた錢を人の知らぬやうに一文盗み取つて、さうして菓子を買つて食ひました。それから間もなくお寺に參つてお賽銭が一文あつたのを拾つて又菓子を買つて食ひました。かういふ盗をするものは黒縄地獄の業だと承つたのであります。大変に自分が悪るかつたといふことを後悔をして、そこで前に取つた一文と後に取つた一文と二文仏さんの前に返しました。しかしながらさういふ悪るいことをしたものでありますからとても阿弥陀如来は自分を助けては下さるまいと思ふ、どうしたらよいでしやうか」とかう正空師に聞いたのであります。正空師も何ともいふことが出来ない、ただ念仏を申して居られた。暫らくして「いやお前が二文金を取つたといふことはまことに悪るいことに違ひないけれども、しかし幼な心にただ菓子が食ひたいために、そこにある金を取つたので阿弥陀如来の本願はさういふものも矢張り漏らさぬとあるから、その罪は恐るるには及ばぬ、悪るい事をするのがいいとは言はないけれども、しかしそれほどに慚愧すれば罪の深いものも、必ず仏はお助けになるだらう」と言つて、さうして説論せられたところが、おしもは非常に喜んでそれから喜んでお寺に参つたといふことであります。しかるにその年の十月に大地震がありまして、内の家内は殘らず家の外に出ました。ところがおしも一人は家の中に居りまして、さうして御内仏に燈明を上げて念仏を申して居つたのであります。地震が鎮まつて皆の人が家に帰つて見ると、おしもが一人仏様の前に坐つて念仏して居る、「あぶないのになぜ出なかつたか」といふと、おしもが言ふのに「定業であつたら家の外に出ても死ぬる、家の内でも死ぬる、同じ死ぬなら家の外の地べたで死ぬるより仏さんの前で死ぬることが自分には希望である」とかう言つたといふことであります。  おしもが「定業」であると言つたその「定業」の意味が、果して真実の宗教の心持であつたか、どうかといふことは、固より我々にはつきりとわかることではありまぬ。しかしながら今私がお話して居るのは、さういふ心持が大人に起きたとすると、それが果して宗教の心持で起るかどうかといふ問題であります。若し真に「我」いふものに執著しない人であれば、今ここにお話したやうな子供の心持のやうに「定業」といふ心持が出て来るものでありませう。しかしながら、それも定業といひましても、その「定業」といふものは別に存在して、それに自分が支配せられるといふやうに運命とか天命とかといふものと同じやうな者ではありませぬ。子供ではまだ考がそこまで行つて居りませぬから、ただ「定業」と言つたのでありませう。  体驗の必要  釈尊の教が宗教の意味でいかに我々の心の中にはたらくかとかう申すことを続けてお話をいたして居るのでありますが、元来、宗教に申す心のはたらきは、他の心のはたらき、たとへば道徳であるとか、或は学問であるとかといふやうな心のはたらきと全く違つたはたらきでありますから、さういふはたらきがどうして起るかといふことを説明せねばならぬのであります。私は段々とそのことにつきてお話をして行くのでありますから、続けてお聴き下さつたら、宗教がどういふ風なはたらきであるかといふことが、自から皆様におわかりになることであらうと考へるのであります。無論、普通の講釈と違いまして、私が如何なることを申しても、それが正しいか、正しくないかといふことは少しも問題ではないのであります。又それがわかる、わからなといふことも少しも問題ではないのであります。若しわからぬといふお方があつたならば、それはその人の智慧のはたらきでありますし、それからわかつたと、かう考へる人があつたら、それも同じくその人の智慧のはたらきであります。さういふやうな人間の普通の心持を離れたところに、宗教のはたらきが起るのでありますから、言葉にて説明するところを聴いて、宗教そのものがわかる筈はありませぬ。固より宗教を言葉にて説明することは出来ませぬ。私が今お話するのも、宗教といふ心持がどういふ風にして銘々の心に出で来るかといふことを説くだけのことであります。一口にして申せば、知るとか、考へるとかのはたらきではなく、それを体驗せねばならぬのであります。さうして、かやうに体驗せられたるものが、考や言葉の上に自からにしてあらはれることが宗教のはたらきとして大切のものであります。  宗教か道徳か  しかしながら、世間で宗教といいますと、それが一つの教のやうに考へられる、又教のやうに説く人もありますが、宗教といふものを一つの教と考へることはそれは大きな間違であります。宗教をば一つの教として取扱へば、結局それは道徳と全く同じことであります。固より道徳といふものは人間の生活の上には極めて必要なものでありますから、道徳の教を守らなくてはならぬといふことは申すまでもないことであります。けれども、さういふ道徳の教を守らねばならぬために起るところの苦しみはどうするか。その苦しみは道徳のために起つたものでありますから道徳によりてこれを除くことは出来ないものであります。元来が道徳の上に不徹底であることを自覚したために起るところの道徳上の苦しみでありますから、道徳ではそれを如何ともすることの出来ないのは当然のことでありませう。そこで宗教はさういふやうな人間の道徳の心持を離れ、人間の知識や思考を離れたところに自から起きて来る心持でなくてはなりませぬ。かやうに、自から起きて来るところの宗教の心持はこれを出さうと思つて出るものではありませぬ。けれども必ず出なければならぬ心持であります。  人間と宗教  宗教はかやうにして、人間が文化の生活をなして居る以上、必ず起きて来るところの心のはたらきであります。宗教のはたらきがあつてこそ、人間が道徳の世界に住んで真実の道を進んで行くことが出来るのであります。しかるに、宗教のことにつきては世間の人の考へに大きな間違いがありますから、そのことをよく理解していただくやうにと私はお話を致して居るのであります。この意味で、「釈尊の教」と題してありますが、それは釈尊が説かれた教を宗教の意味で我々が受取つて行くのにはどうすればよいかといふことを主にするのであります。 自分のものとする  釈尊の説かれたる教を宗教の意味にて受け取ると申すのは、つまり、釈尊の教を自分のものにするといふことであります。たとへば、釈尊が悪るいことをやめてよいことをしろと言はれる。釈尊の言葉が「法句経」に挙げてある内に「衆善奉行、諸悪莫作、自浄其心、是諸仏教」とあります。諸の善いことをせよ、悪るいことをすな、自からその心を浄くするのが、仏の教であると斯う説かれたのであります。釈尊の教はつまり廢悪修善の四字に帰著するのであります。そこで釈尊が悪るいことをやめて、善いことをしろと言はれるから、そこで悪るいことをやめて善いことをしようと斯う考へるのは、考としてはまことに結構なものであります。又さう考へるのが普通でありませう。しかしながら、それではそれが自分のものとはなつて居らぬのであります。すなはち現実の自分の心の相になつては居らぬのであります。ただ廢悪修善をばつとめて行ふと考へただけのことであります。釈尊が廢悪修善の教を説かれたから、それで釈尊の教の通ほりにやらうといふ考がそこにあらはれただけのことであります。釈尊が説かれた教が私のやうなものにあつても私のものとなるのは、私はどうしても悪るいことをやめることが出来ないと知るときであります。釈尊の教を聞いて、さうしてその中で自分のものになつて居るものは何であるかといへば、それは悪るいことをやめることが出来ない自分の弱いことであります。これが釈尊の教を聞いて自分の相をかへり見て知らるるところの私の有りの儘の状態であります。  理想と努力  兎も角も道徳といふものは理想といふものをちやんと置いて、それに向つて進んで行く努力でありますが、努力してもそれが実行出来ないときには何の用をもなさぬのであります。口では偉さうなことをいふことが出来ますけれども、それが行いに出て来ないのであります。行ひに出て来なければ道徳の価値は甚だ少ないものであります。理想に向つて進むところの努力はまことに結構でありますけれども、理想に対すれば我々はますます理想と遠ざかるものであるといふことを知るのであります。さういふ道徳の相に目の醒めたときに、そこに宗教といふ心のはたらきがどうしても起きなければならぬのであります。さうして、我々はこれによりて矛盾の多い道徳の世界に真実の道を進んで行くことが出来るのであります。  身体的苦行  釈尊が発心して宮城を出られてから六年程の間は非常に苦しい修行をせられたのであります。当時の印度にて行はれたる教にては、我々の心のはたらきが正しくあらはれないのは身体のためであるから、先づ身体の感覚を調へることを必要とすると考へられたので、そこで、身体のはたらき、殊に感覚を鈍くするやうな意味で、苦行といふものをやつたのであります。著るものも著ず、食ふものも食はぬといふ苦行でありますから、釈尊を始めそれをやられて、その結果はどうであつたかといふと、それはただ身体が衰弱するばかりでありまして、心のありさまは元の通ほりでありました。そこで釈尊はそんなことでは駄目だとさとられて、根本の問題に返られたのであります。根本の問題といふのは我々の心の内の問題であります。釈尊は心の外に出でて身体的の苦行をすることをやめて、自身の心の内に立ち戻り、深く考へられた結果、遂に道を得られたのであります。  成道  釈尊はかやうにして、苦行をやめて、冥想に入り、因縁の法を明かにして、遂に道を得られました。仏教の書物にはこれを釈尊の成道としてありますが、釈尊は深く心の奥底に入りて冥想せられた結果、さとりを開かれたのであります。それから六年の後に始めて自分の生れた所に帰りて、自分の親の王樣に対して自分でさとられたところの法を説かれたのであります。さうしてその説法の意味は大体「人間の世の一切のことは皆自業の果報である」といふことでありました。すなはち自から行つたことの結果を自分が受けるのであるといふことでありました。  業は離れず  自から行つた結果といふのは「業」であります。前にくわしく申した通りに、自分の心の行ひと口の行ひと体の行ひとによりてあらはれるものでありまして、これは自分に喰付いて離れないのであります。肉親のものは生きて居る間には固より非常に親密なものでありますが、若し身体がなくなつたときに、その愛情はなくなるのであります。どんな肉親のものでも死ぬるときに一処には行かぬものであります。ただ「業」のみは自分に喰附いて離れないのでありますから、我々は業によつて六道を輪廻するのであります。釈尊の当時の印度の人々の自在天といふ神が、人間を造り、世の中を造つたのでありましたが、釈尊はさういふ造物主を認めず、何物も何人も皆因果の法則によりてあらはれたのである。原因なくして結果がある訳はないと説かれたのであります。今、我々がこの世にあるといふことは、我々がどうしてもこの世に出て来なければならぬ原因といふものを持つて居つたから、それでこの世の中に出て来たので、その原因は何かといふと、それは自分の言つたことや、考へたことや、行つたことが集つて「業」となつた、その結果として我々はこの世に出て来たのであります。それが又この世で「業」をつくるために、その「業」といふものが又集つてこの後にも必ず我といふものを造るのであります。たとひこの肉身はなくなつても、「業」といふものは決して自分を離れるものではありませぬ。  一人四婦の譬  「阿含経」と申す御経は、釈尊在世の頃、その側に居つたお弟子が聞いたところを書いたものであると言はれて、仏教で一番古いお経でありますが、その中に一人四婦の譬といふものが挙げてあります。それは或る所に四人の婦を持つて居る人がありまして、その第一の婦は夫が最も愛するものでありました。立つても座つてもはたらいて居るときでも休んで居る時でも、決してその側を放したことのないほどに大変に寵愛した婦であります。欲しい著物を買つてやり、行き度い所に連れて行き、食べたいものも食べさせて、まことに寵愛究まりないものでありました。第二の婦は艱難辛苦して人を守つてまで得た婦であつて、それを側に侍らして、言葉を交して居りましたけれども、第一の婦ほどには寵愛してゐなかつた。第三の婦は時々會つて慰め合つたり、仲よく話し合つたりして居る、そして一緒に居ると互いに倦く、離れて居れば互ひに想い合つて居る仲でありました。第四の婦は殆ど下女と変らなく、すべての激しい仕事をさして凡ゆる苦しい場所に居らしめたのでありますが、しかも夫の心の儘に立ち働く、まことに殊勝なものであるけれども、それに拘らず夫から何の愛撫も受けず、やさしい言葉もかけられない、夫の意中にはこの第四の婦の存在といふものは殆どないと言つてもよろしいのでありました。ところが、或る時その人が自分の住んで居る都を去つて遠く外国に旅をしなければならぬといふことになりました。そこで第一の婦を呼んで、自分はこれから遠い外国に行かなくてはならないが、お前も私と一緒に行つてくれと言つたところが、その婦が言うのに、私はあなたと一緒に外国に行くわけには行きませぬ。そこでその夫は一番寵愛して居つた第一の婦が一緒に行かうと言はれぬのでありますから、ひどく感情を害した、けれどもどうしても夫の言ふことをきかない。「あなたがどんなに私を愛して下すつても、私はあなたと一緒に外国に行くことは嫌だ」と、どうしても行かうと言はぬ。そこで仕方がないから第二の婦に一緒に行かうと言つた。さうするとこの第二の婦も亦「私は嫌だ」と言つて夫の言ふことをきかぬので夫が言ふのには「自分がお前を得るためにはどんなに苦労したかわからぬ、それにどうして一緒に行かれないか」と言ひますと第二の婦が言ふのに「それはあなたが勝手に苦労をして自分を求めた、あなたの勝手だ、自分の方からあなたに頼んだのではない。遠い外国に行くのは嫌だ」と言つて応じませぬ。そこで仕方がないから第三の婦に一処に行かうと言つた。ところが、「私はあなたのお世話になつて居るから、この都の外れまで行きませう、それから先は嫌である」と言ふ。夫は益々その婦の無情を恨んだのでありますけれども、仕方がない。そこで第四の婦にその訳を話したところが、第四の婦が言ふのに「私は兩親の下を離れてあなたの所に仕へ申して居る身分だからどんな所にでも行きませう。苦しからうと、苦しくあるまいと、さういふことはかまひませぬ。何処までも行きませう」と斯ういふことで結局その夫は自分が可愛がつて居るところの三人の婦とは一緒に行くことが出来ないで、心に染まなかつた第四の婦を連れて外国に旅立ちすることになつたといふのであります。  人間の心  釈尊はこの話をした後に、これは譬である、その都といふのは人間の世界のことを言ふのである。遠い外国といふのは死んで行く国のことをいふのである。第一の婦といふのは人間の身体をいふのである。第二の婦といふのは人間の財産のことをいふのである。第三の婦といふのは父母や、妻子や、兄弟や親族や、友達やなどをいふのである。我々は自分の身体を一番可愛がつてゐるけれども、死ぬるときにはそれはついては来ない。それから財産といふものをも可愛がつて居るけれども、死ぬるときにはついては来ない。父や母や、妻子や兄弟や、友達やなども生きて居るときには親しくついて居るけれども、死ぬるときには一人としてついて来るものはない。第四の婦といふのは人間の心である。天下に唯一人として自分の心を寵愛すること第一の婦の如くなるものはないでありませう。しかるにこの心のみは死ぬるときにも自分について来て離れないのであると説かれたのであります。  心の愛護  そこで釈尊は「皆心を放ち意を恣にし、貪欲をつのらせ、瞋恚を燃し、正道を信ぜず、さうして命終つてから地獄に堕ち、餓鬼となつて苦しまねばならぬ、これ皆意を愛護しなかつた結果である、道を守り心を端し意を正し、愚痴の心を去り、愚痴の行をやめれば悪を行はない、悪を行はなければ殃《わざわい》を受けない、殃を受けなければ生を受けない、生れなければ老いず、死なず、遂に無為涅槃の道を得るであらう」と説かれたのであります。まことに釈尊の説かれた通ほりに、人間の世の中といふものは皆自業の果報であります。死ぬるときには何物もついては来ない、ただどこまでもついて行くのは「業」のみであります。命がある間は、身体ははたらいて居るけれども、命がなくなればたちまちに消えるのであります。けれども消えないのは業であります。さうして、その業といふものは何時までも自分といふものを傅へるものでありますから、釈尊の説かれるやうに、我々は我々の心を愛護せねばなりませぬ。  造業四種  そこで、又「業」のことにつきて、お話を致すのでありますが、古いお経に衆生が「業」を造るに四種あることが説いてあります。   「仏言衆生造業有四種。    現報。今身。作極善悪業即身受之、是名現報。    生報。今身。造業。次後身受是名生報。    後報。今身造業次後未受。至第二第三生既去。受者。    無報。猶無記等業是。」(如優婆塞戒経)  この意味は衆生が業を造るに四種ある。現報に生報に後報と無報とがそれである。現報といふのは今のこの身で以て極めて悪るい、或は極めて善い業を造つて、それでその結果をその身に受ける。それを現報といふのであります。生報といふのは、今その因を造り死後に報を受ける。今年に何か行ひをする。さうするとその次の生でその結果を受ける。それを生報といふのであります。後報といふのは、今この身体で業を造る、しかしながらそれが次の代に出て来ないで、第二、第三の生を終つた後に出て来る、これを後報といふのであります。無報といふのは結果が出るか出ないかわからぬ。さういふのを無報といふのであります。かういふ風に「業」の報を考へることは智慧の上にとどまりて、真実の意味にていふところの「業」を理解することは容易でありませぬ。  種々の業  夢窓国師の「夢中問答」の中に  「業種々ノ品アリ。現生ニヤガテムクフヲバ順現業トナヅク。次生ニムクフヲバ順生業トイフ。順生ノ後ニムクフハ、順後業ナリ。若シコノ三種ヨリモ軽業ナルハイツニテモ便宜ノ時ムクフベシ。カヤウナルヲバ不定業トナヅケタリ。軽重ニヨリテ遅速アリトイへドモ、ツクリオケル業ノムクハズシテヤムコトアルベカラズ」  と説いてありますが、これによるとその業が重いとか軽いとかによりて、遅い速いはあるが、しかしながら造つて置いた「業」の報はないといふことはないといふのであります。「業」といふものをさういふ風に説いてあるのを迂潤に見ると「業」といふものが「宿命」又は「運命」と同じやうになるのであります。「業」といふものが巳に決つて居つて、その運命の下に支配されて居ると考へねばならぬやうになるのであります。「業」といふものが自分を縛るものと考へればそれは所謂宿命であります。勿論それは我々自身が造つたにしても前世のことであるから、我々の運命といふものは決つて居ると言はねばなりませぬ。我々が今貧乏をして居る。それは前の世に人のものを盗んだ、それだから今の世に貧乏をするのであると、いふやうな考を起さねばならぬことでありませう。  前世の約束  そこで、さういふ考へを、我々が役に立てようとするときにはそれは自分の気に入らぬことを諦めるために都合がよいのであります。たとへば自分が一生懸命にはたらいて金を儲けたといふやうなときにはそれが「業報」であるとは言はないでもすむが、自分のために悪い結果があらはれたときには、それは、「前世の約束」であるといふやうなあきらめの言葉を出さなければならないのであります。又たとへば、「運がよかつた」といふ言葉は「悪るいことを逃れた」若しくは「善いことに遭ふた」といふ意味で、それは全く自分を離れたる力のやうなものを予想して、かやうに考へるのでありませう。  心の内の問題  「業」は自分で造るものであると説かるるところに動をすれば「業」を自分の心を切り離して考へるのでありますが、しかしながら、「業」といふことの真実の意味は自分の心を道徳的にながめての罪悪深重を痛感するときにあらはれる言葉でありますから、「運命」「定命」といふやうなものを、自分の心の外にあるものと考へるべきではありませぬ。元来我々の運命といふものは我々が自分で開拓しなければならぬのでありまして、どうしても、これを心の内の問題として考へねばならぬことであります。自分の造つた「業」に関して我々はどこまでもその責任を負はねばなりませぬ。しかるに、その責任を負ふのは嫌だからそこで「運命である」と諦めなければならぬといふことに結局「業」の考へからは離れるのであります。  乞食の子  大行寺信曉師の「山海里」の中に次のやうな話が載せてあります。  「あるとしの極月、雪ふりつもりたる寒夜に、大阪の日本橋を通ほりけるに乞食に施行の者と見えて、長町の方より粥遣ろ粥遣ろと呼び来る声あり、手代調市出入方ともいふべきもの五六人にて、桶に入れたる粥をにないて北へはいるに、橋のあたりに寝て居る乞食ども起き上りて、その施行を受くる、その中に、雪しるの氷りたるに身を寄せて、こごへながらに寝入たる乞食の子あり、親なるものに見えたるが、あはただしくゆすり起して、粥をもらいて食せよといふ、八九歳と見ゆるもの起き上りて、茶碗を出すに、施行の若きもの粥をすくいてその茶碗へ山もりになるほど与へておきて、急ぎ通ほりて過けるに、この小供兩手こごへてありけるにや、はからず茶碗をとりおとし、氷りたる大道にて茶碗割れて、粥は地べたへうちあくる、親はあさましき声を出してその小児のあやまりをしかりける、粥よりは茶碗をわらしたることをいましめける、子供は泣くより外のことなく、そのこぼれたる粥をすこしにてもとちいさき手にてひろい見れども詮方なく、又うづくまりていねける。ありさま見るにしのびがたく、われはそのあたりの夜店にて茶碗一つもとめ、署芋のむしたるを一廉そへてあたへ招きてかへりぬ、それ等は施行の善事をうらむるの道理にもあることあり、粥遣るさへ来たらねば、寝入りたる目をもさまさず茶碗をわらすこともなく、親の叱りもうけざるものをと思ふなるべし、これらもいかなる業因の然らしむるものともなるぞや」  乞食の子が寝むたいのを起されてお粥を貰つたのはいいけれども、手が凍へて居るから茶碗を落して壊してしまつた、親はお粥はどうでもよいが、茶碗を壊したことをひどく叱つた。若しお粥をやらうといふ慈善家がそこに来なかつたら眠むいのを起されもしないし、起きて茶碗を割らなくてもいいし、叱かられなくともいい、これも自業の果報といふべきものであらうと信曉師が説明して居られるのであります。  前業の所感  信曉師は同じ書に、又次のやうな話を載せて居られます。  「京都にて講内の法席おはり、夜ふけて丸太町をかへりけるに、その席へいでたる同行のわれよりさきへざをたつたる人に寺町あたりにて追つきけるが、その人のいへるに只今境町西へ入ところにてあはれなるものにあひたり、さだめて見たまいたるならんといふ。」  自分は何も気がつかなかつたといふと、その人が言ふのに、それは十四、五になる西国巡禮の女の子で母と二人で伊勢参宮をしてその帰へりに母親が途中で患ふて死んだ、そこでその娘が路銀も著る物も全く人に取られてなくなつてしまつてもうこの四、五日飯も食はない。  「乞食すれども、食物の施しを得ざる故今日もいまだ食せずといふをきいて、そばやあはれみて、もはや夜もふけぬればうどんもそばもうりきりて、ただ一膳賣のこりたるあり、ほどこすべしとてあたへければ、うれしげにそれを食して財布を出して今朝より七、八錢ばかりもらひたるあればこれをあたひにとりたまへとおしだす、蕎麥屋はそれにはおよばずこれは施行にするといへばそれでも賣りたまふものなるをと禮儀ただしくあつう一禮をのべて別れた。」  今日は随分寒いからあの若い乞食も寒さが身にこたへて死にはしないかと思ふと話した。信曉師はその話を説かれて、不憫だから行つて見ようと言つて又後に帰られた。  「四、五丁たちかへり見たれども、もはやそのあたりにそば賣も居ず娘の行方もしれざりければ、せんかたなく自坊へかへり、その次の夜、又その辺に法座ありてゆきけるに、その家の主人は所用ありて出たりとて施行のことはりをいはるるにつきてその用事をきけば、今朝より町内にたをれものありて先刻七ツ時分までに死きりたるやうすなりきのふよりのさむさにてこごへ死と見ゆるとの沙汰なり、年の頃をきけば、昨夜の娘に必せりあはれさ不便さ今にわすれがたし、定業とはいいながら、昨夜我に出會なば蔵屋敷へ通じてなりとも兎角して本国まで帰しやることの方便もありたるならんにと思へども、元来親子二人参宮思ひ立ち遠路を参りたる神信仰のものなれども、二人ともに他国にて倒れ死するほどの約束、大慈悲深き神慮にても救ひたまはりがたき前業の所感なれば昨夜我等に出遇はざるもよくよくこごへ死する決定業のものなるべし」  業をばかういふやうに考へるといふことは、何時の頃よりか始まつたことで、仏教の正しい考方であるやうに考へる人が多いやうでありますが、前にもしばしばお話致したやうに「業」といふことは自分の心の内の問題でありまして、心の外に「業」といふものが離れて居るのではありませぬから、他の人のすがたを見てこれを前業の所感であるなどと考へることは釈尊が説かれる業報とは相違したものでありませう。自分の業の果報を自分が受けたのであると考へるところに「業」といふのは道徳的内省の徹底したものでありますが、他人の不幸を見てあれは前世の果報だといふのは、全くそれに相異した考であります。自分が自分の行為の結果だとかう深く感ずるところに自分の生活といふものに如何なることがあつても、それに対して責任を自分が負ふといふ心持が存するのであります。如何なる場合でも、その生活の上に価値を見出すことが出来るのであります。どんな生活をしようと、そこに私の満足するだけのことがなければならぬ。たとへば貧乏すれば貧乏するところに自分に対する価値を見附けなければなりませぬ。そこに宗教といふものは大なる力を我々に与へるものであります。  八識  「業」のことにつきて大体の話を終つたのでありますから、これから八識のお話に移るのでありますが、釈尊が大慧菩薩に対して話をせられた中にこの八識のことが言はれて居るのであります。尤もこの八識は後に唯識と申す学問となりまして大層詳しく説明が出来るやうになつたのでありますが、しかし私はここにさういふことをお話致さうとするのではありませぬ。釈尊が大慧菩薩に対して話をせられたといふ八識のことは大体次の通りであります。     八識   眼識 色を見る心   耳識 声を聞く心   鼻識 香を嗅く心   舌識 味を知る心   身識 身に觸るることを熟し涼し和らか轟らしと知る心   意識 萬の見ること聞くこと乃至、見ず聞かざることを思案しつづくる無辺法界の心   末那識 凡夫の心底常に濁りて前の心は清く起るときも、我身我物といふ差別の執失せず心の奥いつとなく醉るが如くなるはこの末那識のあるによつてなり   阿頼耶識 これ一切諸法の根本なり、諸法の種子を摂して持てる心なり   (良遍阿闍梨。唯識大意に拠る)  この八識の説明は良遍阿闍梨が作られた「唯識大意」といふ書物に拠つたのでありますが、八つの識の中でその一番初めは眼の識、それから耳識、鼻識、舌識、身識、それから意識、これまでは識の名が支那の言葉に翻訳せられて、眼とか耳とか、鼻とか舌とか、身とか意とかいふ風になつて居るのであります。しかるにその次の第七識は飜訳しないで、原語その儘、末那識それから第八番目は矢張り原語その儘、阿頼耶識としてあります。第一の眼識と申すのは色を見る心であります。すべての物の形を見て行く心を眼識といふのであります。眼にものが映つて、そしてそこでその形が見えるのであります。耳識は声を聞く心、鼻識は香を嗅く心、舌識は味を知る心、身識と申すのは身体に觸るることを熱し涼し、和らか、?らしと知る心、身体にものが觸ると、それが熱いとか熱くないとか、固いとか軟いとかいふ風にそれを知つて行く心を身識と申すのであります。意識と申すのは、萬の見ること聞くこと、乃至見ず聞かざることをも思案して行く心、思案しつづくる無辺法界の心、広くこの世の中に渡つて一切のものを見たり聞いたり、又見ないものでも聞かないものでもそれを考へる心、でこの第一識から第二第三第四第五、第六といふのは普通に我々が現に持つて居る心であります。  精神現象  つまり八識といふのは我々の精神現象のことで、今日の心理学で説くと同じやうに眼の視覚、耳の聴覚、鼻の臭覚、舌の味覚、それから身識といふのは觸覚、觸れる、それからして意識といふやうに、実際の我々の精神現象を示すのであります。そこで、眼と耳と鼻と舌と、そして身体の識といふものは、我々の目の前に現はれて来る一切のものを認識するはたらきであります。目でものを見、耳で声を聞き、鼻で香を嗅ぎ、口で味を知り、身体で一切のものを觸れて知るのであります。感覚のはたらきから、尚ほ進むで知覚・観念などをも併せて眼識・耳識・鼻識・舌識・身識といふのであります。それから意識と申すのは眼・耳・鼻・舌・身識によりてあらはれたるものをそれと知るはたらきであります。さういふ六つの識といふものは、全く身体自個のはたらきでありますから、身体があればはたらいて居りますけれども、身体がなくなるとそれを全部なくなるのであります。すなはち目がなくなつたら眼識といふものはなくなる、耳がなくなつたら耳識といふものがなくなる、鼻も舌も身識も皆同じでありまして、身体があつて現はれるはたらきであります。若し身体がなくなつたならばそれは一切なくなつてしまふのであります。身体がなくなつても、その心はなくなるものでないといふことは決して仏教では説かないのであります。  末那識  かやうに、我々の精神のはたらきは、眼識と、耳識と、鼻識と、身識に意識とからあらはれて来るものであります。それだから身体があつて、始めてさういふはたらきをするのでありまして、身体がなくなつたら、我々は見ることも出来なければ、聞くことも出来ず、嗅ぐことも出来なければ味はふことも出来ず、觸ることも出来なければ、何等辨へ知ることも出来ないと説かれるのであります。これは前の六識であります。ところが第七の末那識といふものは、その心の奥にはたらくもので、前にも説かれた通ほり「末那識は凡夫の心の底常に濁つて前の心は清く起る時も我身、我物といふ差別の執失せず、心の奧いつとなく酔るが如くなる」は、全くこの末那識のはたらきによつて起ると言はれるのであります。乱れた心を我として認めるはたらきであります。つまり間違つた心、煩悩の心、それを自分に認めて行くはたらきであります。我々一切凡夫の心の奥底は何時でも濁つて居る。さうしてその心のはたらきの起きたときに自分だ、自分のものだ、かういふやうに我に執著して行く心、そのはたらきをするものが末那識であるといはれるのであります。  衝動の作用  我々は暑い時に暑いと知り、寒ければ寒いと知る、かういふやうに外界を認識して、それを自己中心に価値をつけるのであります。そこで気温が上りて暑いと感ずるとき、これを自己中心に考へて、時には苦しくなつたり、時には却て快くなつたりするのであります。或は物があるときにそれをなくすまいと思つてみたり、無いときそれをあらせたいと思つたりするところにすべてのはたらきが我といふものを中心にあらはれて来るのであります。末那識といふのはこのはたらきの根本であると言はれるのであります。これは今日の学問で言へば生きむとする衝動のはたらきであります。我々が生きて行かうとするところにかやうな衝動のはたらきが必要であります。自分が生きて行かなくてはならぬために、自分といふものを中心に何でも考へて行くのであります。そのはたらきが全く衝動のはたらきでありまして、その衝動といふものは、畢竟、自分の命を続けて行くはたらきであります。そのはたらきが末那識だといふのであります。  自己意識  かやうに自己に執著することはすなはち自己意識によるものであります。暑いとか寒いとかといふことを自分に感じて、それを自分が暑い、自分が寒いとすべて自分を中心に考へるのであります。暑いのは暑い寒い時には寒いと感ずることは赤ん坊に見らるることでありますが、しかしながらそこに自己を意識することはありませぬ。それが精神の発達が進むに從ひて、自己を知る意識があらはれるのであります。そこに我といふはたらきが起るのであります。それは衝動のはたらきで、その本は世界の生きたもののすべてにあらはれるはたらきでありますが、人間にあつてはそれが進歩して、自己意識となつてあらはれるのであります。  阿頼耶識  この自己意識があらはれるのはその根本が宇宙に存するのでありますから、仏教の説によると、それは真如があらはれるので、阿頼耶識といはるるるのであります。仏教では阿頼耶識が一切諸法の根本で、世の中の一切のものの本が阿頼耶識である、諸法の種子を摂して持てる心なりと言つてあります。阿頼耶識といふものが宇宙の一切の本であるとするのであります。たとへば目のはたらきによりて物を見る、さうしますると、それが種を阿頼耶識の中に殘す、それが「業」となるのであります。物を味はふといふことでも、物を嗅ぐといふことでも、何れにしてもその種が一つ一つ阿頼耶識の中におさめるのであります。それ故に阿頼耶識は一名を蔵識ともいふのであります。かやうに、阿頼耶識は一切のものの本となつて、さうして又一切のはたらきを起し、さうしてその種をその中に蔵めて、さうして又そのはたらきを起すものであります。良遍阿闍梨の「唯識大意」の中には「心ノ中末那識、阿頼耶識ハ絶エス生ス」と説いてあります。すなはち末那識と阿頼耶識とは何時でも絶えずあらはれるもので「意識ハ打任セテハ絶エズ、稀ニハ起ラザル時モアリ」とあります。意識といふものは普通ならばずつと続いたものでありますけれども、しかし乍ら起らないこともあるといふのであります。それから「五識ハ滅シテ起ルコト希ナリ。時ニハ起ラザルコトモアリ。是ノ如ク有為ノ諸法滅スル毎度ニ、各々気分ヲ残シ置クヲ種子ヲ薫ストハ申候也サレハ萬ノモノハ皆我身ノ中ニアル第八ノ阿頼耶識中ノ各ガ気分ニヨリ出テ心トモナリ、家トモナリ、衣服飲食トモナリ実トモナリ、天地国土山河草木トモナルナリ」と説いてあります。  三界唯一心  かやうに世の中の一切のものは皆阿頼耶識からあらはれるもので、それが天地国土山河草木になると世説かれるのでありますが、これは無論哲学的に申すのであります。さういふ風に考へると、我々の心のはたらきは阿頼耶識から生じ、さうしてそのはたらきが種子を阿頼耶識の中におくり、それが家ともなり、著物ともなり、飲食にもなるといふのであります。固より我々の心を離れて著物もあれば、飲食もあり、自分の目に見えない所にもそれがあることでありませうが、それは少しも問題はしないのであります。自分の心の中に現れて来た飲食、自分の心の中に現れて来た著物、それを問題にするのであります。仏教で「三界唯一心」と申すことはかやうな哲学的の考で六ヶ敷い問題でありますが、要するに、宗教は自分の心を問題にするものであるといふことに帰著するのであります。すなはち宗教の上から言へば、自分の心の中に現はれて来る著物、家、寶、天地国土、山河草木などが問題になるのでありまして、それは皆、阿頼耶識といふものがその根本で、それがいろいろはたらきをして、さうして造り上げるものであるといふのであります。  人の無我  そこで問題とすべきことは、人の無我とさうして法の無我といふことで、第一にこのことを心得なくてはならぬと、釈尊は大慧菩薩に対して説いて居られるのであります。釈尊は先づ八識の話をしてさうして斯ういふ風な心のはたらきであるからそこで人の無我といふことと、法の無我といふことを心得るといふことが第一必要であると説かれたのであります。人の無我といふことは、この身体を組立てて居るところの一切のものは皆「我」と「我所《ワガモノ》」といふものから全く離れたものである、しかるに智慧の足りない凡夫の心として「我」といふ心、「我所《ワガモノ》」といふ心さういふ心に執著をするのである、我々の境涯といふものは阿頼耶識から現はれて来るもので、変りづめに変つて居るのだから少しも止つて居るものではない、丁度川が流れるやうに、燈火が段々と燃えて行くやうに少しも止つて居ない、ただそれが続いて居るから、ちよつと見ると同じものがそこに始終あるやうだけれどもさうでない。かやうに自分の境涯といふものは全く阿頼耶識から出て始終変つて居るものだから、丁度人形を機械で動かして居るやうなものである。その訳を明かに知ることを、それを人の無我を知るといふのであると説かれたのであります。  法の無我  それから法の無我を知るといふのは、我々の身体も、我々の境涯も、我といふものを我がものといふやうなことに執著すべきものではないのに、執著の心が強くて、それによつて互ひに束縛してこうして自分でそれを積み集めて居るものである。我といふもの、我がものといふものに、一つの自性といふものは決してあるわけのものではない。しかるにそれを本性を持つて居るものの如くに考へて、さうして我とか我がものとかと執著の心を起すのは、全く智慧が足らぬためである。それだから、自分の心の他に何等境涯といふものは少しもないといふことを知らなくてはならぬ。それを法の無我といふのであると説かれたのであります。  心の影  釈尊がかやうに説明せられたのを聴いて、大慧菩薩は釈尊に向つて「さうすれば私の身体も私の実も、私の境涯をただ心の影に過ぎないわけでありますが、然るに世の中にはこういふものが常に変らずにあるとかう説いて見たり、或は無いとかういふ風に説いて見たり、いろいろに考へをいふ人々がありますが、それはどういうわけでありませう」と尋ねました。釈尊はその質問に応じて「心を離れて何物もある訳はない。すべてのものは皆心の影に過ぎない。それをあるものの如くに考へるのは、その人が濫りに計らふのだ、濫りに計らふことによつて無いのだ、それだから、あるといふのも無いといふのも皆その人が濫りに計らふのだ、そこで真実にこの道を求めて進まふとするならば、四つの法を明かに知るといふことが肝腎であると説かれたのであります。  四種の法  四種の法といふのは、第一はすべてのものは自分の心から現はれるものであるといふことを知ることである。世の中の一切のことは皆自分の心から出るもので、三界は唯自分の心である。第二はもの事が生じたり滅びたりするといふやうな考へを離れて総てのものは夢幻のやうなものであるといふ本当の相を知らなければならぬ、第三は自分の心の外にあるところの一切のものが自性を持つてゐないといふことをよく知らなくてはならぬ、第四にはかういふ風に世の中の相といふものを明かに知つて、さうして本当の智慧を得るやうにしなければならぬ。かう釈尊は大慧菩薩に向つて懇々と説いて居られるのであります。  心の造作  我々は自身の目のはたらきでものを見る、自身の耳のはたらきでものを聞く、自身の鼻のはたらきでものの香を知る、自身の舌のはたらきでものの味はひを知る、さうして自身の身体のはたらきで物に觸るるのであります。さうしてそれからしてそれを辨へ知るところのはたらきが起きて来るのであります。これがつまり我々の心の生活の有樣で、苦しみもそれから起り、樂しみもそれから起り、家もそれからあらはれ、著物もそれからあらはれ、一切のものが皆それから生ずるのであります。固よりかやうに我々の心のはたらきが起るのは全く因縁といふものによるので、たとへば眼識といふものも、目に觸れる縁があつて起ることであります。因縁といふものがあつて、さうしていろんなはたらきといふものをあらはし、それを末那識のはたらきによつて自分のものと考へて居るのであります。それ故に、一切のものは皆自分の心の造作するものであるとかう考へることは当然のことでありませう。  我他彼此  ところが、我々は実際さういふ風には考へないのであります。若しさういふやうに、一切のものが自分の心の造作であると考へることが出来たならば、人と自分に分けることはない筈であります。世界で自分と心が別になるわけはなく、我も他も彼此も皆一緒のものでなければならぬ筈であります。しかるに我々は世界と自分とを別のものと見て居りますから、我他彼此の考は常に強く起つて来るのであります。「心学道の話」の中に次のやうなことが書いてあります。  「仏法にも迷故三界城といふて、我といふ小さなかこひを拵へて籠るゆへに、世界のものが皆敵になりて、この身のせめ道具になる、助けらるるはずのために苦しむ、私が只今かふ道話いたすに、高く上て自慢すると、みなさまが御にくしみなさる、是がべつべつになる様で御座ります。あやまつて下から出ると人が隣んで下さる、さらばとて諂ろふたり、媚たりするのではござりません、丁度屋根屋と、井戸屋が来て、仕事して居る時、画めしの時、屋根屋にはおりてめしをくわつせいといひ、井戸やには上つてたべろといふ樣なもの、兎角我慢は人が悪むゆへ本来無東西のものに、東西南北の四方が出来て、迷ひといふものを建立したもの、夫故生れた時の赤子には此方が東、此方が西といふ事も何もない、夫故誰もにくむものがない、世界と一つもので、たつた一つの心、夫が年をとるに從ふてわる智恵といふものが出来て、おれが智恵、おれがからだ、おれが働く、おれがするおれがおれがといふものを組立て、りつぱなおれといふ城廓を構へて、四方に大敵をうけて、夜討、朝がけすこしもあくる間のないくるしみ、云々」  まことにこの通りでありませう。よく八識の説明を聞いて見ると総てのものが自分の心のはたらきによつて出来て居るのであります。さうしてその一切が自分を中心にあらはれて来るのでありますから、それは全く自分の心の影に相違ありませぬ。それを自分より区別して考へることはどうしても間違つた考であります。  真理を知らず  我々は、人の無我と法の無我といふことを知らず、自分を独立の小さいものとし、その周囲に自分でないものを置いて、さうしてそれに対して何だ蚊だと言つて、騒いで居るのであります。それは要するに真理がわからぬためであります。我々としては必ずそれがわかるやうにつとめねばならぬのでありますが、それは宗教の心のはたらきによる外はないのであります。それで今までお話したのは哲学のやうなことでありましたが、仏教で我々の心のはたらきにつきて説かれて居るところをザット説明したのであります。  大円鏡智  かくの如く八識の説明や無我の真理を聞いても、我々にはそれがわからぬのは全く我々の智慧が足らないからであります。それならば、どうして智慧を研くことが出来るか、如何にして此の如き真理を知ることが出来るやうになるかと申すと、それは到底我々の小智にては到達することが出来ぬ境地でありまして、我々は先づこの小智の世界を離れねばならぬのであります。さうして大円鏡智を得なければならぬのであります。すなはち差別の見から離れて一切平等の見をなすやうになりて、我々は始めて大円鏡智を得るのであります。  小智を棄つ  しかしながら、それは我々が考へて出来ることではありませぬ。却て我々の考をば一切放棄して「自我中心」の心のはたらきを止めるときに自から現はれて来る心のはたらきであります。私はそれが宗教に言はれるものであると信じて居るのであります。前にも度々繰返して申したのでありますが、我々の心が自己意識を離れて起つて、それが意識せられるときに、始めて宗教の心のはたらきがあらはれるもので、宗教の心のはたらきが起るときは我々は愚悪そのまま如来の智慧の中に生きて居るといふことを感知することが出来るのであります。さうして、そこに我々の小智を離れたる世界があらはれるのであります。  聖智を求む  かやうに、我々が自分の小智を離れることは、すなはち萬の法を観察して、聖智を求むるに外ならぬものであります。釈尊が大慧菩薩に向つて説かれた言葉に「菩薩は四種の法を以て道を修める。第一にすべてのものは自分の心から現はれたものと見る。三界は唯自からの心である。われとわがものを離れ、去ることも来ることもない。始めも知れぬ昔からの執著の習が薫じて顕はれたものである。されば世の種々の事物、活動、言葉、緊縛、身も実も住所も皆分別に隨てあらはれたものであると観るのである。第二、生、住、滅の見を離れること。すべての法は夢幻のようなものであると考へる。何故なら、ものは自より生せず、他より生せず、自他よりも生せぬもので、皆自分の心の分別からあらはれ、外物としての実体はないものである。巳に外物なければ識も起らぬ。かように分別の因縁によつてのみ三界があると知れば、内外すべての法は、把へるところなく、夢の如く、幻の如く、生、住、滅がない。菩薩はこのやうにさとりて生滅の見を離れる。第三に外物の無自性を考へること。すべての法は陽炎《カゲロウ》の如く、夢のようなものであると見、むかしからの無用の論議、種々の執著、虚妄の習がその因であり諸法元来皆体性なしと知るのである。第四にこの様な萬の法を観察して、聖智を求めるのである」とありますが、私が今、ここに小智を離れるといふのは、まさに此の如きことを申すのであります。  海と波  八識の説明は、かやうにして我々の心のはたらきを明かにするもので、根本の識は阿頼耶識であります。たとへば海のやうなもので、この上に他の七識の波が起ると説かれるのであります。他の七識はすべての事物に関して、丁度、風が海の水を吹くやうにはたらくものでありまして、それによつて心の海にいろいろの心の波を起すのであると見られるのであります。八識の中にても眼識と耳識と鼻識と舌識と身識の五つの識はただ眼前の事物を写すだけのことであるが、意識のはたらきによつてそれを辨へ知ることが出来るのであります。我々の虚妄の心はすなはち、これによりてあらはれるのでありますが、その虚妄の心を認めて我とするのは末那識のはたらきによるのであります。さうしてそれは前にも申したやうに、第八の阿頼耶識の上にあらはれる波のやうなものであります。  分別の見  一切の事物が皆、自分の心の分別から生れたものであると知るべき我々は虚妄の心を棄て、無用の論議から離れ、邪の見を破ぶることが出来るのであります。さういふ境地に入つて、我々はすべての分別の見を去り正しき智慧をもつて道を修むることが出来るのであります。それ故に聖智を得るといふことは分別の見を起さぬことであり、仏をおがむといふことも要するに、この分別の見を離れたる心境を指していふのであります。仏教に八識のことを説くのも、畢竟、我々の心の真実の相を知らしめむがためのもので、これによりて我々は宗教の心のはたらきをあらはすことが出来るのであります。ただこれを理論として考へるだけでは、その意義が十分に理解せられたものではありませぬ。  感報の世界  前に段々と「業」のことにつきてお話をいたしたのでありますが、それをひつくるめて申すと、仏教の考へからいふときは、現在の我々の生活といふものは、過ぎ去つた永い時代に我々自身に造つた業因と、それから現在の生活にて煩悩をあらはしつつある。それが本となつて出来上つたところの感報の世界であります。要するに、我々の世界は自分が造り上げた業の結果としてあらはれたところの世界であるといふのでありますが、我々は実際さういふ感報の世界に生活して居るのであります。さうして、その生活が、現在に於て種々の業を造るのでありますから、その業が又未来の感報を招くのであります。これを他の言葉で説明するときは、我々の意志といふものが何処までも我々の生活といふものを造り上げて行くといふことになるのであります。まことに、我々の世界は我々の意志が造り上げた世界でありまして、この意志が何処までも我々の生活を規定するものであるとかう申す意味であります。それを仏教の言葉を用いていふときは、過去の業因と現在の煩悩とによつて感報せられた世界であると、かう申すのであります。  業報身  かやうにして、我々は煩悩を原因として、さうして今の業報の世界を造り上げたのでありますから、我々のこの身体は業報身であると考へねばなりませぬ。実際、我々の自分の身体がどうして出来たものかといふことは我々にはわからぬことであります。又どうしてそれが出来るものかといふことも我々にはわかりませぬ。いくら考へても、かういふ身体が出来るといふことは我々の智慧でこれを説明することは出来ぬのであります。しかしながら、仏教の上から、宗教的にいふときには、それは全く自分の業によりてかういふ身体が出来たのであると考へることが至当であります。さうして、さう考へることによつて、始めて自分の重大なる問題が解決せられるのであります。  流転輪廻  過ぎ去つた時代に、自分が造つた業であるといふと、自分から離れて別にあるやうでありますけれども、それは決して自分から離れて別にあるものではありませぬ。今の我々の身体に、過去の業が伝はつて居るのでありますから、そこで、我々の身体といふものは我々の業が消えない限り、何時までも消えるものでないといふことは明かであります。この有様をば仏教の言葉で流転と申すのであります。流はながれる、転はころぶといふ意味でありますが、何処までも身体が流れる。それもこの世界を海にたとへて流れるといふ言葉を使ふのであります。生死の苦海に流転する。この世界を海にたとへてその苦しき海を流れるといふのであります。又別に輪廻といふ言葉がありますが、この言葉もその意味は同じことであります。車の輪のやうにクルクル一つ所を廻るといふ意味であります。流転といふのも、輪廻といふのも、同じことで、生死の海をクルクル廻るのであります。流れるといふのも車の輸の廻るといふのも同じことであります。つらつら考へて見ると如何にもさうであらうと思ふのであります。自分が何か考へる、或は何か喋る、或は何か行ふ、それは何処までも我々の生活といふものを規定して行くのでありますから、それによりて自分の生活が続いて行くのであります。何処まで行つても流転であります。何処まで行つても輪廻をするのであります。今日考へる、昨日考へた、又明日考へやうとする。これは何処まで行つても同じことで、何千年、何萬年経つてもかはることはありませぬ。又これから前、何萬年も同じ事であつたのでありませう。しかしながら、前の事はすつかり忘れてしまつて居るのであります。若しくはそれを思い出したときにはそれを流転と言はなければならぬ。輪廻と言はなければなりませぬ。  念念相続  釈尊の言葉がお経の中に書いてあるのを読んで見ると  「元来一切の世界は初めあり、終あり、生あり、滅あり、前あり後あり、有り無し、聚ることもあり、散ることもあり、起ることあり、止まることがある、相対の観念が念念相続きグルグルと往来し、種々に取り、種々に捨つる、これは皆輪廻である」  とあります。凡そこの世の中のものは、初めのあるものは必ず終りがある。生れたものは必ず死ぬる。起ることがあり、或は起るのが止むことがある、生ずることがあり、滅することがある、聚ることがあり、散ることがあるといふやうに、皆グルグルと輪廻するものであります。我々の心も全く同様で、相対の観念が念念相つぎて消えたり、あらはれたりして、輪廻するものであります。  六道輪迴  此の如く、流転輪廻のことは仏教にて重く見られて居るものでありますが、通常それは六道輪廻として説かれて居るのであります。その六道といふのは、地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人間道、天上道のことで、道といふのは我々の行くところであるから道と名づけるので、又これを六趣ともいいます。我々が赴くところであるといふ意味であります。固より我々の心が行くのでありますから精神上の問題でありますが、それを物質的に考へて我々が死んでから后に旅行するやうに考へることは非宗教的であります。俗間によくやることでありますが、死んだ人を葬むる棺の中に錢を入れて、それを六道錢といふのでありますが、これは死んでから後に行く六道の旅行の費用にする意味でありませう。これは支那から始まつたことで宗教的に六道といふことを考へるときには、決してさういふ筋合のものではありませぬ。  往生要集  先づ六道輪廻といふことにつきて仏教の書物に説いてある通ほりのことをお話することが必要であります。そこで我邦にて広く行はれたる書物を撰びて、源信僧都の「往生要集」に説いてあるところに拠りて六道のことを大体お話致しませう。第一に地獄は奈落迦《ナラカ》又は泥黎《ニリヤ》ともいひ、六道輪廻の最下層にあるもので、最悪人がその苦報を受けるところであります。地獄には八大地獄とて八つありますが、それは等活地獄、黒縄地獄、集合地獄、叫喚地獄、大叫喚地獄、焦熱地獄、大焦熱地獄、阿鼻地獄の八大地獄でありまして、皆地下にあり、最上層が等活地獄、最下層が阿鼻地獄であるとせられて居るのであります。さうして、此等の地獄に生るるものの悪業因縁並にその受るところの苛責の種類、程度、年限などは上より下に及ぶに從つて重きを加ふるものであります。  八大地獄(一)  等活地獄は地下一千由旬の処にありて、この世界にありて殺生の罪を犯したるものが堕つるところであるといふのであります。殺されたるものの如くに己も殺されさうして更に生かされては又殺される。それで等活といふのであります。人間の九十萬年が地獄の一画夜に相当し、長きものは、ここで五百年ほど生活をしなければなりませぬ。等活地獄の中の罪人は互に害心を懐き、若し適ま相見るときは獵者が鹿に逢ふたやうに、鐵の爪で互に掻きむしつて筋肉が裂け尽きて、ただ骨だけになる。さうすると獄卒が棒を持つて頭から足の先まで打擲し、或は鋭利の刀にて筋肉を割く。そこへばつ涼風が吹くと活きて本の身体になる、或は空中に声がありてこれ等の罪人を活かして故の如くせよとあればすぐに再び生きる。或は獄卒が鐵又にて地を打ち活きよといへばすなはち活きる。さうして又互に掻きむしつて肉がなくなるに至れば獄卒が息を吹き返へすやうにするといふのであります。この地獄には又十六の附属処がありまして、たとへば尿泥処とて極熱尿泥があり、罪人その中にありて熱尿を食ふ、さうすると諸虫が集りて一時にその皮を破り肉を食ひ、骨を折るといふ。これはむかし鹿を殺し鳥を殺したものの堕つるところであります。刀輸処といふは鐵壁の内に猛火が燃え、身体が觸れると砕けて芥子のやうになる。又熱鐵が雨のやうに降る、又刀林ありて利刃が雨の如くに降るといふ、これはむかし物を貪ぼり生きたるものを殺すものの堕つるところであります。  黒縄地獄は等活地獄の下にあるものであります。獄卒が罪人を熱鐵地に臥さしめ、熱鐵の縄にて縦横に身体をからめ、熱鐵斧にて縄に随つて身体を切割する。或は鋸にて解き、或は刀にて屠る。又熱鐵縄を懸けて罪人をしてその中に入らしめる。さうすると風が俄かに吹いてそれが身体にからみて肉を焼き骨を焦す。又左右に大鐵山ありて山上に鐵幢を建て、幢頭に鐵縄を張る、縄下に熱鐵を多く置き、罪人をして鐵山を負い縄の上より行かしめる、さうすると鐵?に落ちて煮て摧かれるといふ。殺生。偸盗の罪を犯したるものがこの地獄に堕つるのであります。  八大地獄(二)  集合地獄は黒縄地獄の下にあるところであります。多くの鐵山がありて、雨山が相対して居る。獄卒手に杖を執りて罪人を騙りて山間に入らしめる。さうすると、兩人が迫り来りて、身体がその間にはさまれて摧けて血が流れる。或は鐵山が空中より落ち来りて罪人を打ち砕く。或は罪人を石の上に置き、巌を以てこれを押す。或は鐵白の中に罪人を入れ、鐵杵を以てこれをつき砕く。或は大江の中に鐵鉤ありてそれが燃えて居るところへ罪人を堕とす。或は刀葉林に罪人を置きてその樹に上らしめる、その樹の葉は刀の如くにその身体を割くのであります。むかし殺生・偸盗・邪淫の罪を犯したるものがこの地獄に堕つるのであります。  叫喚地獄は衆合地獄の下にあるところであります。この地獄の獄卒は頭が金の如く、眼中から火を出し、痛色の衣を著け、手足が長大で疾く走ること風の如くである。口に悪声を出して罪人を射る、罪人憧れて頭を下げて哀願すれどもすこしも聞き入れず、或は鐵棒を以て頭を打ち、熱鐵地を走らしめ、或は熱鐵に入れて煮る。或は罪人を猛炎の鐵室の中に入れ、或は針にて罪人の口を開き洋銅を注入して五臓を焼爛せしめるといふのであります。これはむかし殺生・盜・邪淫・飲酒の戒を犯したるものが堕つるところであります。  大叫喚地獄は叫喚地獄の下にあるところであります。その苦しみの相は叫喚地獄と同じやうであるが、ただその苦しみの度が劇しく、大略これに十倍するものであります。この地獄は殺生・偸盗・飲酒・妄語の罪を犯すものが堕つるところであります。そうしてこの地獄には十六の別処がありますが、その一とつの受鋒苦にては熟鐵利針を口舌に刺して啼哭することが出来ぬ。受無辺苦にては獄卒が熱鐵鉗を以てその舌を抜き出すが、拔けば復た生じ、生ずれば復た拔く。これは妄語の果報であります。  八大地獄(三)  焦熱地獄は大叫喚地獄の下にあるところの地獄であります。獄卒が罪人を熱鐵地の上に臥さしめ、頭から足に至るまで、大熱鐵棒にて打ちて板のやうにする。或は極大熱鐵の熱の上に置きて猛炎にてこれを炙ぶる。或は大鐵串にて身体を下方より貫きて頭にとほして反覆これを炙ぶる。この地獄はむかし殺生・偸盗・邪淫・飲酒・妄語・邪見の罪を侵したるものが堕つるところであります。この地獄に堕つるときは一切の身分皆悉く燒き尽されて、復た再び生じ、生ずれば復た焼きつくされるので、これは全く邪見の果報であります。  大焦熱地獄は焦熱地獄の下にあるところの地獄であります。その苦しみの相は焦熱地獄と同じやうであるが、その苦しみがそれに比して十倍ほど劇甚であります。むかし殺生・偸盗・飲酒・妄語・邪見の罪を犯したるものが堕つるところであります。  阿鼻地獄は大焦熱地獄の下にあるところの地獄で、欲界最底の処に位し、一に無間地獄と言はれて居るのであります。この地獄に堕つる前、巳に地獄啼哭の声を聞きて悶絶し、頭面を下に、足を上に、二千年を経て地獄に堕つるものであります。この阿鼻地獄は七重の鐵城、七層の鐵網の下に十八隔ありて、刀林周匠、四角に四の銅狗ありて、眼は電の如く、牙は劔の如く、歯は刀山の如く、舌は鐵?の如く、一切の毛孔より猛火を出し、その煙臭悪く喩ふるに物なし。此の如く猛熾の火、焔をあげて来りて、罪人を刺し、皮を穿ち肉に入り筋を断ち骨を破り、またその髄に徹し、焼くこと脂燭の如くにして、全身背猛焔となるのであります。これによりて罪人が受るところの苦痛に間隙なく、ただ苦痛のために號泣する声が聞えるので罪人が居るといふことがわかるのであります。五逆(父を殺す、母を殺す、仏身より血を出す、和合僧を破る、阿羅漢を殺す)の罪を犯し、因果の道理を撥無し、大乗を誹謗するものが堕つるところがこの地獄であります。この地獄には又、十六の別処がありますが、その一つは鐵野于食処と称し、罪人の身体に火が燃えるのでありますが、これはむかし仏像を焼き、僧房を焼いたものが堕つるところであります。黒肚処といふは飢渇身を焼き自からその肉を食ふ、食へば復た生じ、生ずれば復た食ふのであります。これはむかし仏の財物を取りて食用せるものが堕つるところであります。雨山聚処といふは鐵山が落ちて罪人を打つ、これはむかし辟支仏の食を取りて自から食ふて他に与へざりしものが堕つるところであります。  餓鬼道  餓鬼道といふのは餓鬼が住むところで、二箇処ありまして、一は地の下五百由旬のところで、一は人間道と天上道との間にあるといはれて居ります。餓鬼にいろいろありますが、その一二の例を挙げますと、ある餓鬼は身体が非常に大きくて、人間の二倍位あり、顔もない、眼もない、手足は?《かなえ》の如く、焔がみちみちて自分の身体を焼くのであります。これは?身といふ餓鬼で、むかし財を貪つて人を焼き殺したものがこの報を受けるのであります。それから食吐といふ餓鬼は非常に身体が大きく、身の丈が高く、常に胸がつかへて苦しみ、それを吐かうとしても吐くことが出来ずして苦しむのであります。これはむかし夫である自分だけが美食をして妻子にはやらない、若しくは妻が夫に美食を食べさせなかつたものがこの報を受くるのであります。それから食気とは食物を得ることが出来ず、その香をかいで命をつなぐ。これはむかし、妻子などの前にて自分一人でうまいものを食つて居つたものが生るるところであります。その次に食法といふ餓鬼が居る、それは嶮岨の道を侵しても食物を求めるがそれが得られない。色は黒雲の如く、涙の流るること雨の如く、若し僧寺に至りて咒願説法の時に、此に因りて命をつなぐ。これは名利を貪ぼりて不浄の説法をしたものが生るるところであります。それから食水は水を欲して探し求むれども水が得られない。頭の髪が長くて眼が見えず、川の辺に行きてそれを渡る人の足のしづくの落ちたる残りの水を取りて僅かに咽をうるほす。これはむかし酒に水を加へて賣つたものが生るるところであります。怖望といふ餓鬼は世の人が死したる父母のために供養するときにそれを得て喰ふ、その外は喰ふことが出来ぬ、これは人が苦労して少しばかりのものを得たるをたぶらかして取つたものがこの報を得るのであります。その他いろいろの餓鬼がありますが、すべて人間の一月を以て一日一夜として五百年ほどここに生活するといふのであります。「正法念経」によれば、慣貪嫉妬のものが生れるところが餓鬼道と言はれるのであります。  畜生道  鳥、獣及び虫の類を畜生といふのであります。この畜生は害心をふくみて、小さきものは大きいものに呑まれ、弱きものは強きものにくらはれ、互に殘害して、苦しむことひるも夜もしばらくもやむときがないのであります。陸を行くものは猟師に殺され、水に住むものは漁者に殺され、牛や馬などは重荷を負はせられ笞にて打たれ、自分の心のままにはどうすることも出来ず、蚰蜒《げじげじ》の如きは闇の中に生れて闇の中に死し、蚤や虱の如きは人の身に生じて人に殺されるのであります。かやうに、いろいろの畜生は或は一時の間、或は無量劫の間、無量の苦しみを受るのであります。これは愚痴無慚にしていたづらに人の信施を受けてその施物をつくのはざるによりてこの報を受るのであります。  修羅道  修羅といふのは、常に諸天と戦いてさんざんに侵害せられ、身体を破ぶりその命を失ふのであります。毎日晝三度、夜三度の修羅の戦に、おめきさけぶ声高く百千の雷の如く互に傷つき身を破り骨を砕き、流るる血は紅の波を起す。又刀劔などが自から来たりてその身を責め、害をなす、その苦しみは実に甚しいものである。  人間道  人間道といふものには三つの相がありまして、第一は不浄の相、第二は苦しみの相、第三は無常の相であります。不浄といふは人間の身体が不淨で、五臓六腑皆不淨のものであるとせられるのであります。人間の身体は画きたる瓶に糞磯を盛りたるが如しと言はれるのであります。苦しみといふはこの身始めて生れしよりこのかた常に苦悩を受るのであります。それにいろいろの病気が起りて内苦を生じ、又寒熱に侵され、害虫に刺され、又は動物のために傷けられるやうな外苦もありまして、いろいろの苦惰にみちて居るものであります。無常といふは人の命はしばらくも止らず、水の流よりもすみやかであります、今日はながらへたりとて明日の命は保ちがたきものであります。実に無常の殺鬼は誰人をも撰ばず、この身は朝顔の露の如くに脆いものであると言ふのであります。  天上道  天上道といふのは欲界と、色界と、無色界とであります。それをくはしく説明することは略しますが、その中の?利天《とうりてん》のことを説明してその例と致しませう。この?利天に居るところの天人のありさまは、すべてのことが心にかなひて樂しみは限がないのでありますが、命の終りになると五衰のくるしみが起るのであります。すなはち一には花蔓が忽ちにしぼむ、二には天の羽衣も塵垢にけがれる、三には腋の下より汗が出る、四には両眼しばしばめまいを起し、五には本のすみかに樂まず、これを五衰といふのであります。かういふ次第で天上道から離れる苦しみは地獄の衆苦よりも甚しいのであると言はれて居るのであります。  六道の存否  かやうに「往生要集」に説かれてあるやうな六道といふものが、この世界の外に独立して存するものであるか否かといふことは多くの人々の間に、常に問題となるのであります。この世界の外に六道といふものが実際に存して、我々が死して後にそれへ行くのであると説くことは、古代の人々の信じたところでありました。しかしながら、さういふ風に信ずるといふことは宗教的には意味の尠いものでありまして、地獄や餓鬼のことを聞いて恐怖の心を起す位が関の山でありませう。「往生要集」に書いてある六道の説はまことに美妙なる文章でありまして、宗教的文芸の作品としてまことに立派なものであらうと思はれるのであります。しかしながら、かやうな六道が実際に存して居るといふことを信ずることは、まことに馬鹿げたことであります。今日のやうな科学的思考に慣れて居る人々には到底此の如き六道の存在を信ずることは出来ないことであります。  勸善懲悪  そこで、かやうな地獄、餓鬼などの説は、畢竟、勧善懲悪のために仮説せられたもので、方便のものであるといふ人もあります。しかしながら、それを勧善懲悪のための方便の説と見るときはますます宗教的の意味の尠いものになつて仕舞ふのであります。これは全く六道といふものを客観のものとしてこれを我が心の外にながめるためでありまして、さういふ風に見ては、六道といふものも架空の妄談に過ぎぬものであります。  理想なき生活  六道の説は、これを我が心の上にうつし見て、深く内観するときに、始めて重大の宗教的意味を含むで居るものであります。単純に見るときは勿論一とつの物語であります。しかしながらこの物語の中には実に重大なる宗教的の意味を含むで居るのであります。別段深く考へなくてもわかることでありますが、我々人間といふものは盲滅法界に生きて行かうとするものであります。これは生れつきの衝動若しくは本能といはれるものでありますから、その衝動又は本能のはたらきが本となつて、身体のはたらきがあらはれてその衝動を満足するやうになるのであります。口は口、目は目で、耳は耳、鼻は鼻でそれぞれ滿足するやうに、食ひたいものを食い、見たいものを見、聞きたいものを聞き、嗅ぎたいものを嗅ぎ、すべてその官能が満足するやうに生活をして行くのであります。それ故に泣いて見たり、笑つて見たり、或は喜んで見たり、腹を立てて見たりして、狂乱なる生活をして居るのであります。これを少し反省して考へるとき六道輪廻の説が認められるでありませう。何等の理想といふものを持たず、何等の統一といふものをしてゐない所謂酔生夢死の生活の相を指して六道輪廻といふのであると思ふときは、それは単純なる物語ではありませぬ。何等の反省もなく、食ひたい時に食ひ、遊び度い時に遊び、遊びたい時に遊び、さうしてただ我儘の振舞のみを常にする生活の相はまことに地獄、餓鬼、畜生の相であります。  三悪道と三善道  天上道と人間道と修羅道のこの三つのものは三善道といはれて居るのであります。地獄道、餓鬼道、畜生道の三つのものは三悪道と言はれて居るのであります。さうして天上道、人間道、修羅道の三善道は結局、我々の欲望の滿された場合をいふのでありませう。天上道は萬づの樂しみのあるところで、我々の希望といふものが満足せられるのであります。人間道は我々の希望が満足せられるやうにつとめて居るところであります。たとへば金が無くなれば人に貰ふ、貰はなければ人を騙して取る、若しくは金を持つたるものを殺してでも取るのであります。すなはち我慢我見が主に現はれるところが人間道でありませう。人間道でも天上道でも我慢といふ心のはたらきと、我見といふ心のはたらきと、自分が一番何でもよい、自分が考へたことは一番よいといふ考へを持つて生活をして行く、そこで欲望が滿足せられねば承知が出来ぬといふのでありませう。天上道は自から喜びに満つるところでありますが、人間道はさうではありませぬ。自分が何かしようと思つても他の人が邪魔をすることがある。そこで喧嘩をする、闘争をする。すなはち修羅道をあらはすのであります。三悪道の畜生道、餓鬼道、地獄道は欲望が全く碍げられて居る場合でありませう。地獄でも餓鬼でもどうすることも出来ない、どうすることも出来ないで、欲望が碍げられて仕方のないところでありますから、かういふところではたらいて居る心持といふものは所謂愚痴と我愛であります。そこで弱いものが虐められ、強いものが乱暴する、我々の世界にはさういふものが滿ち滿ちて居るのでありまして、なるたけ弱いものを虐め、小さいものを苦しめて自分だけいいことをしようといふのでありますから、まことに畜生道に住んで居ると考へねばなりませぬ。餓鬼道はもう永遠に滿されることのない欲望をあらはして居るのであります。どうしても到底滿されるものでないことにつきて満足を得むことを求める我々の苦しみの哀れと加減が餓鬼道といふことによりて示されて居るのであります。  人間の相  かういふ風に考へますと、六道を輪廻するといふことは、結局自分の心の中の相を写したものでありまして、人生五、六十年の間に現はれるところの事実として見なくてはならぬことであります。人間がこの世にあつて我見と我執とによりて生活をして居るといふことが地獄道から畜生道、餓鬼道、修羅道、人間道、天上道、それから又地獄道とグルグル廻つて居るのであります。かう考へるとき、六道輪廻といふことは我々に取りてはまことに重大の意味のあるものでありませう。  無有出離縁  罪悪深重の凡夫とか、罪悪生死の凡夫とかといふやうな言葉は、かやうな内省の上で言はれるもので、到底この六道の苦しみから出て離るることは出来ぬと考へる心持を表現したものであります。それ故に、曠劫の昔から常に没し、常に流転して、出離の縁がないものであると悲歎せねばならぬのであります。  己身に觸る。  源信僧都も亦「梵天の離欲の樂しみをうくといへども却て無間の熾燃の苦に落ちぬ、天宮に居て身より光明を放つといへども、後には黒闇地獄の中に入る、いはゆる黒縄地獄・等活地獄は焼割?剥たへまなきなり、此等の八つの地獄は常にさかむにもゆること、皆これ衆生の悪業の報ひなり、そのくるしみのありさまを、若くは画にかき、言にきき、あるひは書をよみてこれを知り思ひやるさへ忍びがたし、いはんや又己れが身にふれんをや」と言つて居られるのであります。これを一場の物語にして聞くとき、まことに忍び難く恐ろしきものでありますが、これを己れが身に觸れて考へるとき、それはまことに罪悪深重の自身の相として自分ながらみぶるいするほどであります。  闇から闇へ  六道輪廻の説は全く我々の生活の相に外ならぬものと考へるとき、我々は曠劫よりこの方常に没し、常に流転して出離の縁のあることがないといふ言葉は、いかにも深く自己を内観したるものであると言はねばなりませぬ。かういふ風にして静かに自分のこれまでやつて来たところの過去のことを考へ、さうして長い間の記憶といふものを呼び起して考へるとき、まことに我々のこれまでの生活といふものは闇いものであつたことが知られるでありませう。又未来のことを考へて見るといふとこれも闇いものであります。果しのない遠方まで闇いものでありませう。要するに六道を輪廻してさうして死んだり、生れたりして闇から闇へと行きつもどりつするものでありませう。  六道の厭相  源信僧都は更に六道の厭相を観じて、「寶積経の偈に云く、種々の悪業をつくりて財物を求め、妻子を養育してよろこび樂しむといへども、命終るとき、くるしみ身にせまれども、妻子すくふことなし、いはんや三途のおそろしき中にては妻子知音のものを見ず、馬車財寶もやがて人の物となし、三途の苦みをうくる時、たれかよく苦しみをわけてうけたるためしあらばこそ、一たび死して去りぬれば父母兄弟妻子朋友僮僕珍財一つもきたりしたしまず、ただ悪業のみ常に從ふ、乃至閻魔王罪人に告げたまはく、我少しの罪にても汝に加ゆることなし、汝自から、罪をつくりて自からここに来たれり、業報自から招きて罪に代るものなし、父母妻子を救ふことあらず、ただ自から出離の因を修すべしといへり云々。大集経の偈に、妻子珍寶及び王位も命おはる時にのぞみて、從はざるものなり、ただ戒と施と不放逸と、今世後世伴となるといへり。かくの如く、展転して悪をつくりて苦を受け、いたづらに生じ、いたづらに死して輪転きはまりなし」と説いて居られるのであります。  悪業煩惱  この前は八識のことをお話を致し、それから業のことに及び、更に進むで輪廻のことにつきて御話致したのでありますが、要するに、それは人間の思索といふものであります。我々人間の心のはたらきにつきての説明に過ぎぬものであります。我々が実際に宗教のことに志す上に於て、大切なことはさういふやうなことを考へたり、詮索することよりも、現前の我の一念を明かにすることであります。現前一念の如実の相は今現にどうであるかといふ、自身の心の相を見ることが肝要であります。仏教で悪業煩悩といふ言葉が屡々使はれて居りますが、その悪業煩悩といふ言葉は明かに現前一念の如実の相を示すものであります。  煩悩の字義  煩悩といふことは煩は煩はしいといふことであります。悩は悩むといふことであります。我々の心の有樣が煩はしくして、それによりて悩むのでありますから、それを煩悩と申すのであります。そこでかやうに、文字の意味から申せば我々の心を悩ますもの、我々の心を煩はすもの、我々の心を騒がすもの、我々の心を乱すものであるから煩悩といはれるのでありますが、それは、今現にはたらいて居る自分の心の相であります。仏教の学問の方では種々の学者がこの煩悩のことにつきて研究をして居られるのでありますが、それは煩悩といふ事柄の学問であつて、今私がお話しようといふのとは全く問題が違ふのであります。私が今お話をしようとするのは煩悩の学問ではなくして、煩悩といふ言葉で言ひ現はされて居るところの我々の今の一念の相につきてお話致すのでありますから、煩悩といふ一の事柄を外に見てそれを学問的に研究したことを申すのではありませぬ。実際に今、現にはたらいて居るところの心の内容でありますから、先を考へたり後を考へたりするのではありませぬ。  根本煩悩  法相宗の良遍上人が仮名文で書かれた書物の中に煩悩のことが説明してありますが、それによると「煩悩、是ニ六アリ、委シク開ケハ十アリ、此十ハ有情ノ身心ヲ煩ハシ悩スガ故ニ煩悩ト名ヅク」とあります。煩悩といふものには六つありて、それは衆生の身心を煩はし悩ますものであると説かれてありますが、この六つは根本煩悩と言はれ、つまり煩悩の本であるといふ意味であります。その六つはそれを開けば十になるといふのは、第六番目の煩悩を更に五つに分けますから、合せて十になるのでありますが、その六つの煩悩を根本煩悩に名づけて煩悩の本とするのであります。  貪  その六つの根本煩悩といふものにつきて一々説明がしてあります。「一ニ貪ト云ハ萬ノ物ヲ貪ボリ、有ルガ上ニモホシク拙キ心ナリ」とあります。根本煩悩の第一番目は「貪欲」が挙げてありますが、我々の現実の心の相として第一に著しきものは貪りの心であります。総てのものが欲しい。あればそれでよささうなものでありますけれども、あるが上にもなほ欲しい。又あればあるものをなくすまいと焦る、拙き心なりとあります。いい心ではありますまい。それから「貪ノ力アルハ威ヲ以テ取リ力ナキハ他ニ從テ求ム」と説いてあります。貪欲の心が強くはたらいて居るその人間が非常に力の強いものであれば、人を押しのけて取る、若し自分に力のないものは他の人に諂ふて貰ふ。相手が何か持つて居ればそれに気に入るやうなことを言つて、無心をして頼んでさうして頭を下げて求める、結局何でも自分に取込みたい、倒れれば砂を握つて起るといふ類であります。  瞋  それから「二ニ瞋ハ我ニ背クコトアレバ善事ニテモ必ズ怒ル心ナリ」とあります。これは自分を拡げやうとする心が抑へ付けられるためにあらはれる心で、腹を立てることであります。自分が拡がればいいのでありますけれども、それが思ふやうに拡がらないために腹を立てるのであります。たとへば人が何か言ふ、それがいいことであつても気に入らねば腹を立てる。忠言耳に逆ふといふことは昔から言はれたことでありますが、その通ほりに、自分の気に入らぬことでありますから、腹を立てるのであります。諂ふて自分の気に入ることを言はれれば喜ぶけれども、真実の事を言はれると快く思はれることはありませぬ。まことに浅間しい心であります。  慢  根本煩悩の第三は「三ニ慢ト云ハ我身ヲ恃ンデ人ヲ慢リ少シモ謙リ下ルコトナキ心ナリ」であります。世の中に自分ほど賢いものはないと思う心が強くして、すこしも人にへり下るといふことがないのであります。自分の智慧をたのみ、自分の力を強く信じて、他の人を馬鹿にするのであります。謙虚の心といふものが無くして、動もすれば、人の事をさばき、自分をばヒイキするのであります。たとひ口の上では「私のやうなつまらぬもの」と言つても、それが高慢の心から出る言葉でありますから、これを卑下慢といふのであります。「私のやうなつまらぬもの」といひながら、それはどこまでも自身をたのむので、かく卑下することがすなはち傲慢に外ならぬのであります。  無明  それから「四ニ無明ヲバ又ハ癡ト名ヅク。萬ノ事物ノ理ニ闇キ心ナリ」とあります。根本煩悩の第四は無明といふのでありますが、それは明りのないといふ意味であります。すなはち智慧のないといふほどの意味で、これを癡(愚癡)ともいふのであります。一切の事物の道理がわからないと説明してある通ほりに、一切の道理にくらく、すべての考が転倒して、真実のことを知ることが出来ぬのであります。お互いに、ものの道理が判りませぬ。判つたやうなことを言つて居りますけれども、その実、夢中で暮して居るのでありますから、無明といはるるに違ひないのであります。  疑  「五ニ疑ト云ハ何事ニテモ其理ヲ思ヒ定ムルコト能ハズシテ兎角ニ物ヲ疑フ心ナリ」とあります。根本煩悩の第五は疑の心であります。物の道理が判らないから、從つて何事も疑はなければならぬのであります。兎角に物を疑ふとありますとほりに、我々はこんな場合でもものを疑ふのでありますが、疑ふといふのは結局左右のはからいをすることで、親鸞聖人が言はれるやうに、「如来の御恩をば沙汰せずして我も人もよしあしをのみ申し合ふのであります。  不正見  根本煩悩の第六は不正見であります。「正しく見ず」と書いてあるとほりに、我々の考が正しくないのであります。「六ニ不正見、僻事ツヨク思ヒ定テ実ノ道理ヲ知ラザル心ナリ」とありまして、悪いことをばよいことと考へて、真実の道理がわからないのであります。「論ニハ悪見トアリ」とありまして、悪見といふのも同じことであると記されて居ります。不正見といふことも悪見といふことも同じことで、善くない、正しくない考であります。煩悩の根本をなすものはこの貪、瞋、癡、慢、疑、不正見の六つであります。  五見  六つの根本煩悩の中の第六の不正見をば更に分けて五つにするのであります。その一つは薩迦耶見といふので、これは印度の言葉で、翻訳して言へば、我見或は身見であります。我見といふのは自分といふものを考へるのであります。それは畢竟自分の身体を本として考へる不正見でありますから、身見ともいはれるのであります。「我見、又ハ身見トモ云、執著深ク、我身人ノ身、我物人ノ物トキビシク別ツ心ナリ」とあります。元来自分といふ独立のものはない筈でありますけれども、独立しては居ない筈の自分といふものをちやんとあるものの如くに考へて、そしてそれに執著をすることが深く、我身と人の身を区別する、それから我物と人の物を区別する、従つてその考が正しくないやうになるのであります。  辺執見  辺執見といふのは不正見の第二のもので、「二ニ辺執見、略シテハ辺見トモ申ス、我身ハイットナク有ランズル樣ニ思ヒ、我死ン後ハ永ク失セナンズル樣ニ思フルナリ」とあるとほりに、自分の身体に命とは何時までもあるものの如くに考へたり、或は身体が死んだら命もなくなつてしまふものの如くに考へるのは辺執見といふのであります。我身は何時でもあるやうに思ふのは有の見であり、それから我死ん後は永く失せるもののやうに思ふのは無の見といふのでありまして、それはどちらも人間の考へでありまして、正しい考ではありませぬ。  有るとか、無いとかといふ我々の正しくない考を離れたところに真実のものが有るので、有るとか、無いとかといふ我々人間の考はどうしても我々人間以上には一歩も出ることが出来ないのであります。  邪見  不正見の第三は邪見であります。邪見といふのは因果の道理を無視する考であります。因果撥無の見ともいひまして、「罪トイフ事モナシ、功徳トイフ事モナシ、地獄・餓鬼・畜生ノ果報モナシ、人間・天上・浄土・菩提ノ果報モナシト思フルナリ」と説明してありますとほりに、仏法で説かるるところの因果の法則を無視する考をいふのであります。それ故に、邪見はすなはち「是ハ三寶ヲ誹謗スル心ナリ」とあります。三寶と申すのは仏と法と僧との三つの寶でありまして、この三寶に信順せぬのを邪見といふのであります。  見取見  見取見といふのは「略シテハ見取トモイフ、是ノ如キ僻事ヲイフ人ヲ目出タク覚ルト思フ心ナリ」と説明してあります。人の考へたことを採用してそれを自分の考とするのであります。他の人の見を取る見といふ意味で見取見といふのであります。人が間違つたことを言ふ、それを正しいものと考へてそれに随順する心持をいふのであります。  戒禁取見  第五は戒禁取見といふのであります。戒禁といふのは戒律のことでありまして、その戒律を善いものとして取る考へが戒禁取見であります。「略シテ戒取トモイフ、是ハ外道ノ立タル戒ヲイミジキ禁戒ナリト思ヒ、或ハ其戒ヲ説ク人ヲ貴シト思フテ、其戒ヲ守テ後ニ身ヲ苦シムル心ナリ、世ノ中ニ外道ノ苦行トイフハ是也」婆羅門の教を奉ずる人が苦行をしなければ悟を開くことが出来ないと言つて自分の髪を抜いたり、自分の身体に火を付けたりするやうな苦しみの行をすることを禁戒といふので、それを善いものと考へてそのとほりやつて行かうとする。この戒禁取見といふものは、まとに不正見であります。  十煩悩  前に申したやうに根本の煩悩に貪・瞋・癡・疑・慢・不正見の六つある中に、その不正見を開きて我見・辺執見・邪見・見取見・戒禁取見の五つにするので、それを併せて十煩悩になるのであります。この外にも、煩悩はいろいろに数へ上げられて居りますが、これは現在、我々が皆持つて居るところの心持であります。それを十に別けて説明したのでありまして、別に煩悩といふものが存在して居るのではありませぬ。銘々の心が現にはたらいて居るところを見てそれに煩悩と名付けたのであります。  煩悩を断つ  「煩悩を断じて涅槃を得る」といふやうな言葉でありますが仏教の上で、煩悩を断じて涅槃を得るといふことがどういふ意味で使はれて居るかといふことは別に詮索しなければなりませぬけれども、今これを文字どほりに解釈して煩悩といふものを取つてしまつて、さうして涅槃を得るといふことであれば、それは我々人間には出来ることではありませぬ。若し煩悩を断つといふならばそれは我々の心を全然消失せしめなければならぬことであります。煩悩といふものは現在の我々の心の相を言ふのでありますから、それを断つといふことは取も直さず我々の心を無くせねばならぬことであります。しかし実際、我々の心に煩悩といふものが存在して居るのではなく、我々の心の全体がすなはち煩悩であります。貪る心、腹立つ心、人を侮る心、疑ふ心、愚痴の心、正しくない考へ、かういふことは現在今はたらいて居る自分の心の相の全体を示したものであります。それ故に、その煩悩を断じて、涅槃を得るといふことをその文字どほりに考へて、自分の心に煩悩があつて困るから、どうかしてその煩悩を取つてしまはうと努力しても、決してその目的を達することは出来ませぬ。煩悩といふことは、私といふことと同じであります。その私を断ちてしまふことは決して出来ないことであります。  隨煩悩  仏教の書物には六煩悩、十煩悩の外に又、隨煩悩といふものが挙げてあります。隨煩悩といふことは根本の煩悩に從ふてあらはれるといふ意味であります。結局、今まで申したのを更に細まかに別けただけのことでありますが、昔から隨煩悩といふものが説かれて居るのでありますから、序にこれを申し上げて置きます。  忿  隨煩悩は二十ほどあります。良遍上人の書かれたものに拠りて一々これを挙げてお話致しませうと思ひますが、その第一は忿であります。「忿ト云フハ腹ヲ立テ杖ヲ取テ人ヲ打ント思フホド怒ル心ナリ」とありまして、現前に見聞することにつきて腹を立てるので、何か気に入らぬときは口やかましくののしり、甚しきは手を出して相手をなぐるのであります。怒るといふのと同じことであります。  恨と悩と  第二は恨であります。  「恨トイフハ人ヲ恨ムル心ナリ、恨ヲ結ブ人ハ殘念口惜シトテ押へ忍ブコト能ハズシテ心ノ内常ニ悩ムナリ」とあります。忿の起つたとき、それを心の内にたくはへて外へ出さず、むしむしする心であります。それから第三は悩で「腹ヲ立テ人ヲ恨ムニ依テ僻ミ戻リ、心ノ中常ニ安カラズ、物ヲ言フニ、其言囂《カマビス》シクシテ険シク、鄙シク、暴ラク、腹グロク、毒々シキ心ナリ」  とあります。人を恨むによつて心の内が常に穏かでないのであります。從つてその言葉があらく、行がいやしく、腹黒く毒々しいのであります。  覆と誑と  第四は覆であります。自分がした悪るいことを人に知らせまいと思つてこれをかくすのを覆といふのであります。若し悪るいことをしたら、悪るいことをしたと懺悔すればよいのに、それをどうかして、人に知らせないやうにとかくさむとするのであります。「名利ヲ失ハンコトヲ恐レテ罪ヲ作ルヲ覆ヒ蔵クス心ナリ、罪ヲ隱ス人ハ必ズ後ニ悔ミ悲シムコトアリ」と説明してありますが、如何にもさうでありませう。それから誑、これはたぶらかすのであります。自分の都合のいいやうに人をだます。「謎トイフハ名利ヲ得ムガタメニ、心ニ異ナル謀ヲ回ラシテ矯シク徳アリト現ハス、偽ノ心ナリ、世ノ中ニ誑惑者トイフハ此心ノ増セル人ナリ」とあります。  諂と驕と  第六に「諂トイフハ人ヲ瞞マシ迷サンガタメニ、時ニ隨ヒ、事ニ觸レテ好シク方便ヲメグラシ、人ノ心ヲ取リ、或ハ我過ヲカタス心ナリ、世ノ中ニ諂曲ノモノトイフハ此心増セル人ナリ」、心になきことを曲げて人をとりこまむと巧言令色をする心であります。第七は驕で「驕トイフ、我身ヲイミジク盛ナルモノニ思フテ榮ヘヲゴリ高ブル心ナリ」とあります。自分の才能名勢などに深く執著して高ぶるもので、俗にいふうぬぼれであります。前の六煩悩の慢は他の人に対して高ぶるので、俗にいふ高慢であります。  害と嫉と慳と  隨煩悩の第八は害、第九は嫉、第十は慳でありますが「八ニ害トイフハ人ヲ哀レム心ナク、情ナキ心ナリ、世ノ中ニ慈悲性モナキモノトイフハ此心ノ増セル人ナリ」とありまして、人に対して情のない心を害といふのであります。それから「九ニ嫉トイフハ我身ノ名利ヲ求ムルガ故ニ人ノ榮へタルヲ見聞シテ深クネタマシキコトニ思ヒテ善バザル心ナリ」人のおちぶれたるを見てはそれに同情することは出来ますけれども、人の榮へたるを見ては嫉ましいといふ心が起るのが常であります。それから「十ニ慳トイフ、財寶ニ耽著シテ人ニ施ス心ナク、弥々貯ヘントノミ思フ心ナリ」金錢財寶など澤山集めてしまつてそれを人にやるまいとする心持、益々それを貯へて行かうとする心持、それが慳であります。  無慚無愧  第十一は無慚で第十二は無愧であります。「無慚トイフハ身ニモ法ニモ恥ヂズシテ善根ヲ軽シメ諸ノ罪ヲ作ル心ナリ」とありまして、自からの心に恥ぢて罪をつくることをせぬやうにするのが慚の心であるのに、それに反して自己の本分を顧みて恥ることなく、骨奉すべき聖教に照して恥づる心なく、賢人善法を軽蔑する心であります。「無愧トイフハ世間ノ見聞ニモ恥ヂズシテ諸ノ罪ヲ崇ムル心ナリ」、前の無慚といふのは、自分に対して恥づることのないのでありますが、この無愧といふのは、世間に対して恥づることのないものであります。それを併せて無慚無愧といふのであります。厚顔無恥といふのはこの類であります。  不信と懈怠と  隨煩悩の第十三は不信であります「不信トイフハ貴キ目出タキコトヲ見聞シテモ忍ビ願フ心ナクシテ穢レ濁レル心ナリ、カカル人ハ多クハ懈怠ナリ」。信じなければならぬことを信じないで、さうしてそれがためにその心が澄まず、清くならぬために懈怠の心のみが起るのであります。「懈怠ハ諸ノ善事ノ中ニ懈リ懈キ心ナリ、カカル人ハ又多ク不信ナリ」とありますが、善き事の中に居りて懈怠してよい事をしないで、唯ぐずぐずして居るのであります。  放逸と?沈と悼挙と  「放逸トイフハ罪ヲ防ギ善ヲ修スル心ナクシテ恣ニ罪ヲ造ル心ナリ」。すべて自分の心を守ることをしないで、締りのない心持を放逸といふのであります。次は?沈、これは「?沈トイフハ重ク沈ミ溺レタル心ナリ、?重トシテ目ノクラムヤウニナルナリ」何となく心の沈みてくらく重く、堪忍する心のなきをいふのであります。「十七に悼挙トイフハ動キ騒シキ心ニテ物ニノリ易クヲダテル心ナリ」。兎角心が浮動して落ちつかぬ、物に移りやすきをいふのであります。  失念と不正知と  第十八は失念であります。「失念トイフハ取リハズシ物ヲ忘ルル心ナり、斯ル人ハ多ク散乱ナリ」善いことを忘却することをいふのであります。第十九は不正知で「不正知トイフハ知ルベキコトヲ謬テ解シ、斯ル人ハ事ヲヤブリ犯ス心ナリ」。物を邪曲に解することで、それによりて戒を犯すのであります。  心乱  隨煩悩の第二十は心乱であります。「心乱トイフハ心ヲ散シ乱ス心ナリ、是故ニ散乱ト名ヅク、」とあります。心配といふのは心が所縁の境の上に一定せず、常に散乱するので、意馬心猿と言はれるのはこの心の有様であります。前の悼挙は一とつの事に対してその心が騒しいのでありますが、心乱は数多の事に於て彼此と心が移りて丁度水に画ける書のやうなもので、とりとめもなく乱れるのであります。  ?縛  煩悩といふものをかやうに区別することは仏教にありて古くから行はれることでありますが、それは屡々前にも申したやうに全く自分の心の相に外ならぬものであります。さうして、さういふ我々の心のはたらきを考へて見ると、如何にも煩はしいものであります。又一面から言へば、かやうな煩悩は自分を縛るものであります。我々はこの煩悩の心に縛ばられてどうすることも出来ぬのであります。そこで煩悩のことを別に緊縛とも名づけるのであります。畢竟するに、これは我々の智慧のはたらきによつてすべてのものに善悪・美醜・正邪の価値をつけるやうになればどうしても我々の現在の心の相を考へてこれを煩悩と言はねばならぬのであります。別に煩悩といふものが存在して、それが我々の心の中にあらはれて来るのではありませぬ。  悪業  更に、これを道徳の心の上から考へれば悪業といふべきであります。罪悪といふも同じことであります。仏教の書物には悪業煩悩といふ言葉がしばしば使はれて居るのであります。罪悪深重といふ言葉もしばしば用ひられて居ります。又煩悩具足といふ言葉も常に用いられて居ります。煩悩具足といふのは煩悩が余るだけあるといふ意味であります。  愚悪  我々の心は煩悩にみちて居るといふときは、煩悩といふものが別にあるやうに聞こえて、その煩悩を除きさへすれば後に煩悩でないものが残るやうに考へられます。これは全く煩悩といふものを客観に見て居るのであります。私が今、煩悩といふものを説明するのは、それが現前の自分の相であるといふのであります。煩悩とか繋縛とか罪悪とかと、いろいろの名称をつけることが出来るのでありますが、要するに愚悪の二字に帰著するのであります。さうして、この愚悪が全く現在の自分の相に外ならぬものであります。そこで、その愚悪の相を如何に見るかといふ実際の事項が問題になるのであります。  感覚に弄ばる  釈尊が或る日弟子を前に置いて言はれたのに、「愚痴の凡夫でも苦しみといふことと、樂しみといふことと、苦しまず、樂しまないといふこととの三つの心がはたらいて居るが、道に志すものでも矢張苦しむといふことと、樂しむといふことと、さうして苦しまず、樂しまないといふ三つの心がある」と、かういふ話をせられたところが、「それでは普通の凡夫と、悟を開くところの菩薩と、どう違いますか」と弟子が質問したところが、釈尊が言はれるのに「お前等にはわからぬだらうから、その差別を言つて聞かさう。凡そ人間の身体に感覚のはたらきがある間は苦しみといふものは誰にでも起る、そこで腹を立てることもあり、或は悲しむこともあり、或は笑ふこともあり、或は喜ぶこともあり、つまりその感覚のために弄ばるるのである。偉い人でも苦しみの起る時には苦しみが起る、樂しみの起る時には樂しみが起る。けれども、苦しみとか、樂しみが起きて来るその感覚に弄ばれるといふことが無いから、悟を開くところの菩薩は凡夫と違つて居る。」と言はれたといふことであります。これは煩悩といはれるものが起るのは生きたる人間の心のはたらきであるから、如何なる人にも同じやうに起るものであると説かれたのでありますが、まことに我々は煩悩をば自分の心の相に知るとき、それは如何ともすべからざるものであるといふことを知らねばなりません。凡夫であるから煩悩があり、仏道に志せば煩悩がなくなるものであるといふやうなことを考へてはなりません。  煩悩そのまま  そこで問題とすべきは、煩悩はそのままとして、その煩悩に動かされないやうに自己を調へて行くことであります。煩悩が、自分の心の全体であると知るときには、その煩悩を如何ともすることの出来ないことは明かであります。しかるに、どうにかして、その煩悩から離れなければならぬとて努力するのは、全く自分といふものと煩悩といふものを別に離してしまつて、さうして煩悩といふものを眺めて居るのであります。煩悩といふものを抽象してそれにつきて考へて居るのであります。今私の申すのはさういふ我々の思考でなく、現前の心の相として煩悩を見るのでありますから、それはどうすることも出来るものでないといふことが徹底してわかるべき筈であります。この場合に起きて来るのが宗教といふ特別の心のはたらきであります。その心持は言ふまでもなく安心立命の心でありまして、煩悩そのまま、苦しみから離れるところの道が開けて来るのであります。苦しみから離れるところの道が開けて来るといひましても、煩悩の外に新しい道がある訳でなく、煩悩そのものの中にそれから離れる道があるのであります。さうしてその新しい道は自然法爾に開けて来るのでありますから我々はただその不思議を仰ぐのみであります。それ故に我々としてなすべきことはその煩悩具足の相を内観するより外には何事もないのであります。前にも申したやうに煩悩といふものにつきて考へて行くのであればそこに、いろいろの考へが起り又それにつきて何とか蚊とか、種々の理屈もつきまして、煩悩といふものが討論の問題となるのであります。これまで、仏教の書物などで煩悩のことが説いてあるのを見ますと、おほかたこの類のもので、我々の心のはたらきとして見るのでなく、これを心のはたらきから離したる精神現象として説明するに過ぎないやうであります。煩悩といふものは固より我々の心のはたらきであり、それがすなはち我々の現実の相でありますけれども、これを現実の心のはたらきとして見ることなく、煩悩としてこれを我々の心から離して考ふるときは、それは客観的の現象に過ぎないものであります。客観的の現象として煩悩を見るときは、或はその煩はしさ悩ましさから免れるためにこれを除くことが第一であると考へ、或は苦行を修し、或は道徳を守ることなどによりてその目的を達せむとするに至るものであります。煩悩を断じて涅槃を得ることは恐くはむかしから多くの仏教徒が尊泰したところの教でありませう。これに反して、かくの如き煩悩は、到底これを断つことが出来ぬものであると説かれてる、その煩悩はここにいふやうな客観的の現象としてのものでありますから、煩悩を断せずして涅槃は得られると考へ、煩悩はそのままでよいと腰をすへて煩悩具足の相を厭ふ心を起さず、煩悩そのままに涅槃を得やうとする得手勝手の道に出るばかりであります。  四種の人  釈尊が祇園精舎にありて法を説いて居られたときに、波斯匿王はその噂の高きによりて、ある日釈尊の許を訪ひました。ところが釈尊はその時、波斯匿王に対して、世に四種の人があるといふことを話されました。釈尊が四種の人といはれたのは第一、冥より冥に入る人と、第二、冥より、明に入る人と人、第三、明より冥に入る人と人、第四、明より明に入る人とであります。その第一の冥より冥に入る人といふのは、卑しい家に生まれ、貧乏にして食を得ることが難く、漸く生命を支へるだけで、その姿も醜く、燈火をも得ることが出来ない有様である。かういふ境遇にありながら、今生、身にも口にも意に悪しき行をなし、心卑しく、貪にて施すことを知らず、邪見を抱き、法を敬ふ心なく、死して後には地獄に入る人であります。この種の人は暗から暗に入つて明るいところへ出ることが出来ないのであります。第二の冥より明に入る人といふのは、前に言つたやうな卑しい家に生まれ、貧乏で浅間しい境遇にありても、心が美しく、施すことを好み、法を敬い、身にも口にも意にも善い行為をして死して后に善いところに生れる人であります。第三の明より冥に入る人といふのは富豪や長者の家に生まれ、巨萬の富をかかへて、姿も美しく衣食も坐具もその他すべてのものが心に任せて得られるのである。かやうな境遇にありながら心卑しく慳貪邪見にして施すことを知らず、法を敬ふことなく、死して後に悪趣に沈むものであります。第四の明より明に入る人といふのは、前に言つたやうな善い家庭に生まれ、何事も皆その心に任せる境遇にありながら、身にも口にも意にも善いことをなし、心が崇高にして施を好み、法を敬ひ僧を貴び死して后に善い処に生れるのであります。  徳果罪報  釈尊は波斯匿王に向ひて、かやうに四種の人がこの世にあることを説き、「すべてのものは死に行く、それは皆死を以てこの世の終りとするからである。さうして、その業に從ふて功徳の果と罪悪の報とを受ける。悪しきことをなせる人は地獄へ、徳を積める人は天界へ赴もくものである、されば善きことをなして後の世にそなへよ」といふ意味のことを説かれたのであります。功徳には善い果があり、罪悪には悪い報があるといふことが因果の法則であるから、善い果を得やうとするならば功徳をつむやうにせよ、悪い報を嫌ふならばこの世にありて悪いことをしないやうにせよと言はれるのであると聴き取るのは、釈尊の説かれたことが宗教の意味であるといふことを知らずして、単にこれを修身の教と見るのであります。釈尊はどこまでも宗教の上からかやうに説かれたのでありますから、その功徳の果と罪悪の報とにつきて説かれたところは全く内観を主として、放逸を戒められたのであることを知らねばなりませぬ。釈尊が同じ祇園精舎に居られたとき、ある日、お弟子に対して「比丘等よ、私の教が他の教に勝れた点が二つある、第一には私は人々が悪をなすときに、まともに悪を見つめよと教へる、第二にはそれからその悪を厭い離れよと教へる。これが私の教が勝れたる点であると話されたのであります。これによりても内観が大切であるといふことは明かに示されて居るのであります。  三天使(一)  それから、釈尊はある晩、お弟子達をあつめて話をせられましたときに、この世には三人の天使がつかわされて来るといふことを話されました。その話は次のやうでありました。  或人がこの世で悪るいことをして地獄へ堕ちました。さうすると獄卒が荒々しくこの人の手を捉へて閻魔王の前へ引き出して申すに、「閻魔王よ、この男は人間界にありて父母をないがしろにし、師長を敬はない罪で、ここへ遣つてまゐりました、なにとぞ適当の罰を加へて下さい」と申しました。その時閻魔王はその人に向つて「汝は人間界にあつて第一の天使を見たことはないか」と問ひました。その人は「天使を見たことはありませぬ」と答へました、「それならば、汝は年が老いて腰が曲がり杖にすがつてよぼよぼとあるいて居る人を見たことはないか」「さういふ老人ならばいくらも見たことがあります」「しからば、汝はそれを見ながら、人間は老衰するものである。私ももとより老衰を免れぬ、急いで善い事をしやうとは思はなかつたか」「大王よ、私はそこへ気がつきませぬでした、まことに放逸でありました。」そこで閻魔王はその人に向つて「汝は放逸のために見るべきものを見て居りながら、なすべきことを怠つた。汝はその放逸の罪の報を受けねばならぬ、それは汝の父母がしたことでもなければ、汝の兄弟がしたことでもない、又朋友や他の人々のしたことでもない、汝自身がしたことであるから、汝がその報を受けるのである」と言いました。  三天使(二)  それから閻魔王は又、その人に向つて「汝は第二の天使を見たことはないか」と問ひました。その人は「天使を見たことはありませぬ」と答へました。そこで閻魔王は「それならば次は病気にかかつてひとりで寝起きが出来ず、自分の汚れたものの中につかつて居るものを見たことはないか」と聞きました。その人はそれに対して「さういふ病人はいくらも見ました」といひました。そこで閻魔王は「汝はさういふ病人を見ながら、自分も病気にかかるものである、達者の中に身口意の三業を浄めやうとは思はなかつたか」といひました。その人は「大王よ、私はあまりに放逸でありました。」  それから又、閻魔王はその人に向つて「汝は第三の天使を見たことはないか」と問ひました。その人は「天使を見たことはありませぬ」と答へました。「それならば、汝は死人の一日二日三日と過ぎて、身体が脹れ、膿が流れ出るやうになつたのを見たことはないか」「さういふ死人ならばいくらも見たことがあります」「汝はそれを見ながらどうしてさう放逸であつたのであるか、汝は今、その放逸の報を受けねばならぬ。それは汝の父母がしたことでもなければ兄弟や朋友や、その他の人がしたことではない、汝自身のしたことであるから汝自身がその報を受けねばならぬ」と言ひ了りて、獄卒に命じてその人を引き立てて燃えたつ竈の火の中に投げ入れさしたのであります。  三天使(三)  釈尊はこの話をお弟子達にして、さうして「比丘等よ、これが此世に使はさるる三人の天使である、この天使に呼び醒まされて放逸を離るる人は幸であり、天使を見ながらなほ醒めぬものは、長夜を悲しまねばならぬ」と教へられたのであります。釈尊が常にお弟子達に向つて言はれた言に「心を守つて居らねば身・口・意の三業を守ることが出来ぬ、身・口・意の三業を守ることが出来れば三業は欲のために汚される、三業が汚れるときはその人の死後は決して幸福である筈がない」とあるのも、全く、同じ意味で、要するところ、自身の心を内観して、まともにその心の悪るいところを見なければならぬといふことを説かれたのであります。自分といふものを、まともに見るやうにと、三人の天使が眼の前にあらはれるのであるのに、それに気がつかぬために我々は冥から冥に入るのであります。物質的に貧弱なる生活をして居りましても、精神的の生活を美しくして冥より明に入ることを期待すべきであるのに、まことに内観の足らぬといふところに気をつけねばならぬのであります。  王悪  まことに釈尊が言はれるやうに、天使は常に我々の眼前にあつて、我々に警告を与へるのでありますから、我々はそれを見て自身といふものを反省せねばならぬのであります。釈尊が又、五悪といふものを挙げて説いて居られることが「大無量壽経」に載つて居りますが、これは我々の平生の行為が仁義禮智信の五常に背いて居るといふことを指摘されたのであります。畢竟するに、世の人々がこの五悪をつつしまぬが故に生々世々流転輪廻の止むことがないといふことを説かれたのであります。ここに五悪として挙げられたるものは、これを要するに道徳に背くところの行為に外ならぬものであります。長い文章でありますけれども、なるべくその原文によりまして、その大体の意味を、ここにお話致しませうと思ひます。  一の悪  その一の悪といふは諸天人民から虫けらの類に至るまで、皆互に悪をなさうとして居る。強きものは弱いものをたほし、互に殘害し、殺戮し、又互に呑嘘して善をなすことを知らず、悪逆無道である。それがために、自然の理によりて犯すものは決して赦されず、後には必ず殃罰を受ける。さればこそ、世に貧窮下賤のもの、孤独、聾唖、愚者、狂者があり、又尊貴、豪富高才明達のものがある、これは皆宿世の業の報である。世間には常の道として牢獄があるけれどもそれを畏れて慎しむことをせず、悪をなして罪に入りてその殃罰を受けて、それを脱がれようと思ふても免れることが出来ない。これは現に目の前に見られることである。まして命壽終りて後に、その報は最も劇しく、幽冥に入り、生を転じて身を受け、丁度国の法によりて刑罰を受けると同じやうに、或は地獄に生まれ、餓鬼となり、畜生の生を受け、限りなき苦しみに沈む、その壽命は或は長く、或は短かく、魂神は自然にひとりその定めの処に趣くのである、生ずるときは独りであるが宿生に於て怨となりしものが必ず一処に生れて互に怨を報じて悪報の尽さざる間は決して離るることが出来ず、その中に展転して出づる期はない、その痛苦は言ふことが出来ぬ。かやうに因果の理といふものは自然に天地の間にあるもので、急にその報が来なくともいつかは必ず来るのである。これを一の悪といふのである。この第一の悪といはれるものは仁の道に背きたることをいふので、普ねく物を愛憐するの徳を修めないことが、一の悪とせられるのであります。  二の悪  二の悪といふは世間の人々は父子、兄弟、夫婦、親族等すべて義理なく、法度に順せず、奢侈に耽り、淫佚にして己を高ぶり恣ままなる行をなし、皆その心のままに快樂を得むことを願ひ、互に相欺き、心と口と各異にして、言念に実がなく、侫諂不忠にして、言葉巧に媚びへつらい、賢を嫉み、善を誘して、人を狂の罪に陥れる、主上は明かならずして臣下を用ひ、臣下は国政を自由にして不義をなし、種々の機関を以て偽りを構へる、たとひ忠良の臣が国の法度を踏み行ひ時の形勢を知りて忠義を尽さむとしても暗君であるために不良の臣に欺かれて忠良の臣が損害せられる。臣はその君を欺き子はその父を欺き、兄弟夫婦朋友かはるがはる相欺き、おのおの貪欲瞋恚愚癡を懐きてただ我身のためをのみ思ふことは貴賤上下皆同じやうである。欲貪のあまり、みだりに物を貪ぼりて家を破り身を亡ぼし、祖先も子孫も顧みず遂に内外の親属までにその罪を及ぼすのである。あるときは多人数集りて相共に不義をはたらき互に己れに利を得て人に害を与へむとするために遂には怨を結ぶに至る。財寶を蓄積すれども吝しみて人にこれを与へず、財寶を愛護し、貪心が深きによつて心身を苦労する。それ故に命の終るときに至りて枯みにするものがなく、独りこの世に来りて独りこの世を去り、一も隨ふものがない。かやうにして、善悪の業力によりて次第に禍福を生じ、或は、樂処にあり、或は苦毒に入る、そのときに及びて悔ゆるとも巳に及ぶものでない。世間の人々は無智にして善を見ては謗り、悪を為さむとして妄りに非法を行ふのである。さうして常に盗心を懐き、勞せずして他人の利益を我物にせむと望む、僥倖にしてその利を得ることがありても悖めて入るものは悖りて出づるものであるから忽ちにして消尽する、そこで亦これを求むるのである。義に背く悪人は我身の不正なるが故に人がその悪を知れば顏色がかはるのであるが、ひたすらにそれを畏れるのみである。遠き慮なくして事の起りてから后に悔ゆる。かやうにしてこの世にあつては国の掟に從ふて罪の報を牢獄に受ける。しかも宿世の因縁によりて、道を信ぜず、善を修めなかつた罪のために今また悪を造りて後の世に悪道に入り、三途の無量の苦しみに沈み、その中に展転して劫を重ねても脱れることが出来ぬ。これを二の悪とするのである。この第二の悪といふは義に反むくことで、宜しきに從ふて己れが分限を守ることをせず、物の修理を紊乱ずることをいふのであります。  三の悪  三の悪といふのは世の人々は相因りて共に天地の間に生活して居るのであるが、その壽命はいくばくもない。上に賢明、長者、尊貴、豪富のものが居り、下に貧窮、下賤、証劣、愚夫が居るのである。その中に不善の人がありて常に邪悪を懐き、ただ淫佚を念ひ、苦悶は胸の中に充ち、愛欲に心乱れて起居も安らかならず有るものは惜しみて与へず、もつともつと得たいと望む。美しい女にながしめをつかひ、あやしい気配を外にあらはし、己れが妻を厭ひて私かに他の女の家に入りびたりて財を費し、なすことは皆法に背むくのである。或は不良のものは一処に集まりて兵力を用ひて攻め、刃を以て劫かして遂には人を殺して物を奪ひ取る。偸盗の悪業をなさむがために、他の物に心をかけ、自己の職業を修めず、僅なる物を盗むだことから漸次に欲にからまつて大なる盗をはたらくやうになる。始めは物を盗むに恐気を生じ熱を覚へるのであるが、後には他を脅かして妻子を養ふに至り、心のままに身の樂みに耽り、或は親族のものに向ひても上下を撰ばないやうになる。家族も知人もこれを憂い苦しむのであるが、かやうのものは国の法律をも恐れることはない。かうしてその悪はあらゆる人々に認められ、日月に照され、自然の理に順ふて悪道に沈み限なき苦しみを受け、劫を重ねてもこれを免れることは出来ぬ。これを三の悪といふのである。この第三の悪とせられるのは禮のないことといふので、徳とは仁義の道を行ふにつきて節度ありてそれを身に行ひあらはすもので、要するに無禮とは我身を謙がり尊貴の人を敬ふことをせざるのをいふのであります。  四の悪  四の悪といふのは世間の人々が善を修めむと念はず、転た相教へて共に衆悪をなさしめることをいふ。二枚舌をつかい、悪口をいひ、虚妄の言を吐き綺語を使つて互に相闘乱する。善人を嫉み、賢者を毀りて私かに快しとする。両親に孝行をせず、師長を軽慢し、朋友には信なく、誠実といふものは少しもなく、自分は尊貴のものと考へて、自分のなすことは皆道にかなふて居ると信ずる。無暗に威勢をもつて他人を侵して顧みることがない。自から知ることが出来ずして、悪をなしながら恥づることをなさず、我身の力の強きに任せて人の恭敬せむことを欲し、日月神明の照覧を畏れず善をなすことを知らざるは感化することが難い。自から徳を行ふことは躄のやうであるにも拘らず、それをば当然のことと思ひて、すこしも憂罹することがなく、常に悔り誇つて居る。かやうな悪人なれども前世の福徳の力によりて、罰を免れることはありても今世に悪を造りて前世の福徳が尽くれば諸天善神は離れて依怙するところが無くなる。この命が終れば一生の造悪は悉く我身に帰し、罪業に引かれて悪趣に行くのである。これを四の悪とする。この第四の悪といふは智に背くところの悪であります。明かに善悪邪正を識別して我が行ひが人道に契ふや否やを知ることが出来ぬためにいろいろの悪事をなすに至るのであります。  五の悪  五の悪とふのは世間の人々が、懈怠にして善をなさず、又身を修め業務に精励しやうとせず、それがために一家眷属が困苦に陥る、父母それを教誨すれば目をいからし口答をなし親子が恰かも怨敵のやうである。人より物を取るにも、人に物を与へるにも節度がなく、多くの人々はそれを患へ厭ふのである。恩を報ずる心もなく、借りたる物を償ふ心もなく、かくして貧困に陥りて重ねて財を得ることが出来ない。自身のみ気儘に利を得むと計略し、それが甚しくなりて遂には他の物を奪ふに至る。さうして心のままに放蕩し、人の情を知らず、強て人を抑制せむと欲し、人の善あるを見てはこれを憎み、義なく、禮なく、自から顧みることがないから、諫めることも出来ず、家族を養ふところの資料の有無をも気にかけず、父母の恩を思はず、師友の義を存せず、心常に悪を念ひ、口常に悪を言い、身常に悪を行ふて、かつて一善もない。先聖諸仏の経法を信せず、道を行ふて世を度ることを得ることを信ぜず、善をなせば善を得べく、悪をなせば悪を得ることを信ぜずして真の人を殺し、道を修める人々の和合を乱し、父母兄弟等の家族さへもこれを害せむとする。それに親属のものもこれを悪み、死んで呉れればよいと願ふ。かくの如きは世間の人々の心が皆同様で、無智でありながら自から智ありと信じ、生の從来するところ、死の趣向するところを知らず、人に対して仁ならず、親に向つて順ならず、天地の道理に違遁する、しかもその中から僥倖を願ふて長命を求むれども、必ず死に帰せざるを得ぬのである。慈心を以てこれを教化し生死輪廻、善悪二趣の相を示してもこれを信ぜず、懇ろに語りてすこしも益がない。壽命が終らむとするときに至りて、過ぎ去りしことを顧みて後悔し、又往く先きのことを思ふて憧れても、最早及ぶべきことでない。天地の間には五道は分明にして善悪報応し、禍福相承け、身自からこれを受るので、誰人もそれに代るものはない。善人は善を行して樂より樂に入り、明より明に入る。悪人は悪を行して苦より苦に入り、冥より冥に入る。これは独り仏のみが知つて居られるのである。教へ導いても信ずるものが少ないから生死が休まず悪道が絶えないのである。これを五の悪とする。この第五の悪とするものは信に背くところの悪を誠むるのであります。仁義禮智の外に信といふものが人道の上に大切のものでありますから、この信に背くことを五の悪として、かやうに説かれたのであります。  真諦俗諦  全体、「大無量壽経」といふお経は阿難といふものに対して、阿弥陀仏の教法を説かれたものでありまして、その始めに阿弥陀仏がまだ仏に成られざりし前に、五劫の思惟と修行とによりて四十八願を成就し、永劫の修行によりてその願が成就して阿弥陀仏と成りたまひて、現に浄土にありて説法して居られるのであるから、その教法を信ずることによりて無善の凡夫が安く浄土へ參ることが出来るといふことが説いてあります。專門家の用語にて申すときはこれが真諦門といはれるのであります。それから、釈尊は弥勒菩薩に向ひて、かやうに行き易い浄土へ行くものの少ないのは、世間の人々が不急の事を争い、人道を守らず、ただ目前のことにのみ貪惜して、此世にありて王法の咎を受け、命終りて劇悪極苦の中に沈むことを説かれたので、この五悪の説教がそれであります。専門家の用語にて、これを俗諦門と申し、この教誠の通ほりを守るときは此世も安樂、未来も安樂であるのに、世の人々が動もすれば王法に背き国家の罪人となり、人倫五常の道を忘れて、禽獣に等しき行をするものが多いから、釈尊は五悪のことを説きたまひて、過去の善悪の業因によりて今生に善悪の果を感じ、今生の善悪の所作によりて来世に亦善悪の報を受るぞといふことを懇切に教へ示されたのであると、せられて、真諦と俗諦とを別ち、真諦は仏法、俗諦は王法であるといふやうな説明が広く行はれて居るのであります。  悪の直観  かういふ考へ方から見れば、真諦といふものは明かに宗教のはたらきを指すものでありますが、俗諦といはるるものは世間の道、すなはち道徳とか法令とかといふものを遵奉すべきことを説くのであるとせられるのであります。そこで真諦は真諦、俗諦は俗諦と離して別々にこれを考へ、真諦の仏法を遵奉するものは又、俗諦の王法を遵奉せねばならぬと説かれるのであります。しかしながら、かういふやうに、釈尊の説法を見ることは、宗教の心の上からいふときは甚だ迂遠なることといはねばなりませぬ。釈尊はどこまでも、内観といふことを主として説かれたのでありまして、真諦とか俗諦とかといふことを別々に離して考へられたのではないと思います。釈尊の説法は巳に前にも申したやうに阿弥陀仏の教を奉じて浄土に往生することを勧められたので、しかしながら、その勧めに応じて浄土に往く人の少ない所以を説きて、世の人々が薄俗にして不急の事を争ふことを誡め、又その平生の行為が仁義禮智信の五常に背くことを誡められたのであります。釈尊は自から言はれたやうに「悪い事をするとき、まともにその悪いことを見つめる」やうにと、五悪を説かれたのでありませう。さうしてその悪をまともに見ることによりてその悪を厭ひ離れることを勸められたのでありますから、五悪の説明は我々をして宗教の感情を起さしめるための内観の教示であると考へねばなりませぬ。  悪の厭離  五悪の説明の表面を見て、それが不仁、不義、不禮、不智、不信の悪を誡められただけのことであると見るのは、宗教のことを考へる上には、甚だ浅薄の見であると言はねばなりませぬ。固より五悪の説明の文面は、我々の行為の不良なる点を細かに列挙して、この五悪から離れ、その反対であるところの五善を修めて、この世にても安樂、未来にても安樂を期すべきであると説かれて居るには、相異ありませぬけれども、全体、釈尊がかくの如き五悪を説かれたのは浄土に往生することを勧められた後のことでありまして、しかも五悪の故に浄土に往生することの出来ぬことをも説いて居られるのでありますから、別に深く論議するまでもなく、この五悪の説明は、我々をしてその五悪を厭ひ離れしめやうとせらるるためでありませう。さうしてこの五悪を厭ひ離れるといふことは、五悪をまともに見ての後に始めて出来ることでありまして、それはすなはち道徳の心のはたらきを十分にあらはさねばならぬことであります。道徳の心のはたらきを十分にして、内観がその深刻の度を窮むるに至つたときに始めて我々はその五悪を厭ひ離れることが出来るのであります。厭ひ離れるといふことはただ五悪を嫌忌してそれを遠ざけやうと努力することをいふのではありませぬ。悪を内観して、それを如何ともすることの出来ないといふことに到達したときの心が真に五悪を厭ひ離れやうとする心でありますから、言ひかへれば、道徳の心のはたらきを十分にあらはして、さうして我々にありて道徳の実行が十分に出来ぬといふことを確実に知つたときに、我々は始めて宗教の心のはたらきをあらはすものであるといふことを示すのであります。  業報苦  以上数回に渉りてお話をいたしましたのは、要するに業報苦と名づけらるべきものであります。自分の心の浅間しい有様を深く考へてそれが全く自分の業の報であると考へるところに苦しみが起つて来るのでありますが、これは全く道徳的に深く内省して自分の言つたことや、思ふたことや、行つたことにつきてその責任を感ずるのであります。親鸞聖人が「善き心の起るも善業の催す故なり、悪事の思はせらるるも悪業の計らふ故なり、故聖人の仰せには兎の毛羊の毛の端にゐる露ばかりも、作る罪の宿業にあらずといふことなしと知るべしと候ひき」(嘆異鈔)と言はれたのも、聖人が全く自己の業報を信知せられての言葉でありませう  我想と苦  それから、釈尊は、覚りを開かれてから、始めて驕陳如、外四人のものに説教をせられました。その説教に、人間の世は四苦八苦であると説かれました。四苦と申すのは生・病・老・死であります。八苦は愛するものに別れる苦しみ、いやなものと一緒に居る苦しみ、それから求めて得られない苦しみ、それからこの身体があるために現れて来るところのいろいろの苦しみ、この四つの苦しみを前の生・病・老・死の四つの苦しみに加へて八苦といふのであります。釈尊の教によると、人生といふものは要するに苦しみである。如何なるものも苦しみでないものはないと説かれた後に、これ等の苦しみといふものは皆、我想を以て本とするものである。我想といふものがある故に、いろいろの苦しみが起るのである。それを滅しなければならぬ。さうして、この苦しみを滅するためには八つの正しい道を修めて、この苦しみの原因を除き、さうして涅槃寂靜の境に行かねばならぬといふことを詳しく説かれたのであります。  我の無常  驕陳如、外四人のものが釈尊の説教に感じて、仏門に帰し、釈尊のお弟子となつた後に、釈尊はその五人のものに向ひて「汝等比丘よ、色、受、想、行、識の五陰を以て常とするか、無常とするか、苦しみとするか、苦しみにあらずとするか、空とするか、空にあらずとするか、我があるとするか、我なしとするか」といふやうな問題を出して、その答辨を求められた。五人のものは暫らく考へてさうして言ふのに「これ等のものは全く無常であります。全く常のないものであります」と答へました。五陰といふのは一に五蘊と申して、色・受・行・想・識の五つの蘊でありますが、早くわかり易く申せばその色蘊といふのは身体で、受・行・想・識の四蘊は精神のはたらきを区別して挙げたのであります。それ故に、ここに五蘊といはれるのは要するに我々の身体と精神とを指すのであります。それを我々は「我」と名づけて居るのであります。それが無常であるか、常であるかと尋ねられたのであります。  無常苦  そこで釈尊はその五人のものに対して、無常が人間の苦しみを造るものであるといふことを説明せられました。それは我といふものは無常であるのに、その無常である我といふものをば常であると思ふところに苦しみが起るのである。一切のものは皆常一主宰のものではないのに、それが常一主宰のものであるやうに考へる。常でないものを常であらしたいのである。そこで我々人間は苦しみを造るものである。かういふやうに無常のために苦しむといふことをくわしく説かれたのであります。  還流の相  かやうに一方では業報苦が説かれ、一方では無常苦が説かれて居るのでありますが、みなさまが仏教の説教などをお聴きになるときはその無常の苦といふことが主に説かれることが知られるでありませう。今から凡そ三百年前、元禄年間に鐵眼禅師が書かれた仮名の「法語」の中に「行は遷流を義とすとて我心の生滅してうつりかはるをいふなり」とありまして、我々の心が生じたり滅したりしてうつりかはることを詳かに説いてあります。「こころに妄想のおもひあればその心刹那もとどまる事なくして、しきりにうつりかはるなり、たとへば水のながれてしばらくもとどまらざるごとく、燈火の刹那刹那にきえてまたたきの間もとどまらざるににたり、人々の朝よりゆふべにいたるまでとやかくとおもひつづけてうつりかはるところを、意をつけてよく見るべし。さながら電光石火のごとく刹那刹那にうつりかはりて、とどまる事はさらになし。一切有為まよひの法はみなこれ行蘊の遷流なれば無常にして念々にうつり生滅時々におかしてしばらくもとどまらず」とあります。  諸法実相  しかしながら微細なる生滅の、念にうつりかはることは凡夫の眼には見えませぬ。その心にかやうに生滅がある故に、その心より生じる諸法もまたうつると見えるのであります。  「円覚経に雲はやければ月はこび、船ゆけばきしうつると説きたまへるは此意なり。雲のゆく事はやければ月のうつりはとぶごとく、船の行く事すみやかなれば岸も山もうつるににたり」。  自分の方をじつとしたものとして、さうして外の方をながめますと、いかにもこの通ほりであります。船に乗つて居るけれども、船の動くといふことに気が付かなければ、どうしても陸が動くやうに思はれます。汽車に乗つて居つてもその通ほりであります。自分の動くといふことを考へなければ必ず外のものが動くやうに見えるのであります。  「我心の雲はやき故に、真如の月はとぶと見る、諾法はもとより実相にして、常にをのづから寂滅の相なれども、三世うつりかはると見、四時のとどまらざるしなを見るはみな行蘊のまよひなり」  かういふやうに鐵眼禅師は説いて居られます。  鏡の譬  鐵眼禅師はこれを鏡にたとへて  「我本心の万法をうつしてらしてその方法の差別にもあづからず、生滅にもかつてうつらざる事を鏡のたとへにてしりぬべし、まよへる人は心中にうつる影のみを見て、本心の鏡を見る事あたはず」  と説いて居られます。鏡の面にうつるものは天であれ、地であれ、花であれ、人であれ、鳥獣であれ、その他さまざまのものがうつりて刹那もとどまらざるやうなれども、その鏡の本体は天にもあらず、地にもあらず、花にもあらず、人にもあらず、鳥獣にもあらず、ただ明々として曇りのない鏡の全体であります。  自己の相  しかるに迷へる人は心中にうつる影のみを見て本心の鏡を見ることがないのであります。  「円覚経の中に六塵の縁影を自心の相とすと、ときたまふは此事なり」  と言つて鐵眼禅師は我々迷へるものが自分の相とするものは我々の六根を本として受取るところの六塵の影に外ならぬものであると説かれるのであります。六鹿と申すのは耳・目・口・鼻・舌・意の六根によりて我々が我々の問囲から受取るところのものでありまして、本心の鏡の上にうつるところの影であります。それを我々は自分の相とするのであると言はれるのであります。  真実と虚妄  鐵眼禅師が明鏡の全体といはれるのは真如のことで「真は真実にして偽妄にあらざることをあらはす、如は如常にして変易なきことを表す」と「唯識論」に説明せるところを引きて、我が本心はこの真如なることを示して居られるのであります。さうして鐵眼禅師は  「万法を天地森羅万象と見るはこれうつれる影なり。万法の全体はこれ明鏡なり。影に迷ふを凡夫といひ、鏡を見るを聖人といふ」  と言つて居られます。まことに我々の心は虚妄であるが、その中に真実にして変らないものがあるのである。しかしながらそれはわからない。わかるのはその心にうつる外のものの影である。しかるにその相を自分の心に見るから迷妄の相をあらはすのであると説かれるのであります。なるほどこれはさうでありませう。自分の心といふものは外界のものがうつつて居るのでありますが、それを自心の相と思ふから間違ふのであります。自分の心の本当の相を鏡とたとへれば我々が自分の心に思つて居るものはその心にうつつて居る影であります。すなはち我々の心の中にはたらいて居るところの真如といふものは変るものではありませぬ。ただそこにうつるところの影は外境が変れば常に変るものであります。  真如をさとる  かやうに、鐵眼禅師は我々が自心の相であると、思ふものが虚妄のものであるといふことを説き、それから「もろもろのかげは全体虚妄にして、なきものなれば、その影をはらひすててはじめて鏡を見んとおもふは、又きはめて愚人のありさまなり」と説いて居られます。六塵の縁影であるから無論虚妄であります。しかしながらそれをはらひ捨てて、さうして始めて鏡を見ようとすることは愚かなることであります。鏡があつてこそ、さういふ虚妄の相が現れて居るのに、その現れた相だけを取つてしまつて、その鏡を見ようとすることは容易でありませぬ。虚妄の相があらはれるからこそ、鏡があることがわかるのであります。しかるにその虚妄の相が汚いから取つてしまはうといふのは極めて愚なる人であります。  「花や柳のかげはうつらばうつしながら、去来もなく、色香もなき明鏡の全体をよく見るべし、これを法身となづけ真如といふ」  さう鐵眼禅師は説いて居られるのであります。これは固より禅宗の説き方でありますから、我が一心の根元にいたりて真如をさとりこれによりて大悟徹底すべきことを教へられたのであります。我々のやうな凡夫で、一心の根元にいたることの出来ないものはさういふ心持にはなれぬことでありますが、しかしながら、鐵眼禅師が説かれたる意味を推して考へますと、自分の心が汚いからと言つてその汚い心を取つてしまはうといふことは無理だといふことであります。それ故に普通の人々が考へるやうに全く煩悩を断つて涅槃を得るといふのではなく  「花や柳の影はうつらばうつしながら去来もなく色香もなき明鏡の全体をよく見るべし、これを法身となづけ、真如ともいふ」  と言はれるやうに、差別の形は有るに任せてただ平等にして一味なることをさとるべきであると教へられるのであります。  不断煩慣  我々にして自分の心を悪るいと感知するならば、それは必ず悪るくないものに対して見るからであります。元来我々が善いとか善くないとかといふ心持は互に相対立しての考でありますから、若し我々が真に悪るいといふことを感知するならばそれはよいといふことに対して悪るいといふ判断が下されるのであります。それ故に、自分が悪るいといふことを感知することそれ自身が善いことの方へ向つて居る訳であります。それ故に鐵眼禅師は「一切もろもろの煩悩は断ずる事なけれども、をのづからたえてさらになし、たとへば日の出たる時聞をのぞかんとはせざれども、そのやみをのづからなきがごとし」と説いて居られます。普通に禅宗の説教をお聞きになれば、煩悩を断ずべきことが第一に説かれるのでありますが、鐵眼禅師は臨濟宗の大家でありますけれども、単に煩悩を断てよとは言はれませぬ。真如の方より見れば一味にして差別なけれども、萬法の方より見ればさまざまの形を異にして居り、凡夫はその形に迷ふのである。その真如をさとれば一切の煩悩は断つことを要せず、たとへば日の出たるときに闇を除かむとはせざるも、その間は自から除かれるやうに、煩悩は自からにして除かれるものであると言はれるのであります。  白骨の御文章  話が少し横道に這入りましたが、又もとにかへりまして、無常といふことにつきて申し上げます。浄土真宗の門徒の方々はよく御承知の蓮如上人の御文章の中に五帖目の俗に白骨の御文章といふものに、  「夫人間の浮世なる相をつらつら観ずるに、おほよそはかなきものは、この世の始中終まぼろしのことくなる一期なり。さればいまだ萬歳の人身をうけたりといふことをきかず。一生すぎやすし、いまにいたつてたれか百年の形体をもつべきや。我やさき、人やさき、けふともしらずあすともしらず、をくれさきだつ人はもとのしづくすゑの露よりもしげし、といへり。されば朝には紅顔ありて、夕には白骨になれる身なり。すでに無常の風きたりぬればすなはちふたつのまなこたちまちにとぢ、ひとつのいきながくたえぬれば、紅顔むなしく変じて桃李のよそほひをうしなひぬるときは、六親眷属あつまりてなげきかなしめども、更にその甲斐あるべからず。さてしもあるべき事ならねばとて、野外におくりて夜半のけふりとなしはてぬればただ白骨のみぞのこれり。あはれといふも中々おろかなり。されば人間のはかなき事は老少不定のさかひなれば、たれの人もはやく後生の一大事を心にかけて阿弥陀仏をふかくたのみまいらせて念仏まうすべきものなり。あなかしこあなかしこ」  これは京都の山科の或る金持の若い娘が死んでその親が非常に悲しんで居る、その時に蓮如上人が書いてやられた手紙であるといふことでありますが、実際どうであつたかわかりませぬが、それは兎も角も人間のはかないことを示されたもので、真宗の葬式のときなどには常に朗読せられるものであります。  無常の風  無常といふことは固より一切のものに渉ることでありまして、諸行無常でありますが、この白骨の御文章にもあるやうに、無常の風来たりぬれば雙の眼忽ちに閉ぢ、一とつの息永くたえぬといふやうに人の命のはかないことに考へられるのであります。それ故に無常といへばすぐに死ねるといふことが聯想せられるやうになつたのであります。世の中の一切のものが無常でありますから、人の命も亦無常のものでありますが、生まれるといふことは喜ばしくして、死ぬることがおそろしいために、無常といふことも死ぬるといふことにのみ考へられるやうになつたのでありませう。そこで無常の風が来たりて生れたとは言はないで死ぬるときにのみ無常の風が吹くやうに思はれるやうになつたのでありませう。釈尊が説かれた無常は我といふやうな常のものはない。色・受・想・行・識の五蘊もすべて常のものではない。我といふものを始めとして、一切の法は夢、幻のやうなもので、常に遷流するものである。世の中といふものはすべてうつり変るものだと説かれたのであります。ところがそれが今申したやうに、死ぬるといふことがおろしいものだから、そこでおそろしいところへ無常の考へが這入つて来て、無常といへば直ぐに命のもろい、死ぬるといふやうなことになつたのでありませう。  淋しさ  何人でも命はおしい、何時までも生きながらへて死にたくないのでありますから、死ぬるといふことを考へるとまことに淋しとの心持に堪へられぬのであります。外のことは無常であつてもよいのでありますが、我々が一番大切にして居るところの命だけは常である方がよいのであります。そこに大きな矛盾があるのであります。その矛盾が我々には淋しとの心持になつてあらはれるのであります。そこでさういふ無常といふものを離れたいといふ心持が直ぐに起るのであります。淋しさの心持から離れてさうして、樂な心持にならうとするのであります。しかしながらそれが思ふ通ほりにならぬために苦しみが起るのであります。人間は固より死なねばならぬけれどもしかしながら死にたくないといふその心持が強いために淋しさを覚へ、そこでいろいろと煩悶するのであります。かやうに矛盾をかさねて、心を外の方へとはたらかすものでありますから、それが煩悩を造る業となり、それが又業報苦をあらはすものであります。  生死解脱  真に無常といふことの意味が明瞭にわかつたならば、存在といふものは常でないといふことが知られる筈であります。世の中の存在は一切常でないといふことが本当にわかつたならば人間がこの世に生れ出るといふことはただ一時的のものであるといふことが知られる筈であります。ただ一時的にこの世界に寄生して居るのでありまして、常住不変のものでないといふことは無論であります。何も彼も常がない。さういふ常がないといふことが本当の意味にわかつたならば、我々の命を亦全く一時的のものであります。全く一時的にこの世界に寄生して居るのでありますから、死ぬるといふことは寄生の世界を去つて本国に帰るのであります。それ故に、無常といふことが本当にわかれば生死といふものから解脱することが出来るのであります。  弥陀の国  さういふ風に考へて見れば我々は淋しさを感ずる世界から逃れ出るのではなくして、その世界から進むで行くべきであります。善導大師の言葉に「從仏道遙帰自然、自然即是弥陀国。」仏に從つてぶらぶらと自然に帰つて行かう、自然はすなはち弥陀の国であると、かういふやうに考へることは実に当然のことであります。何処から来たかわからぬものでありますけれども、弥陀の国から来たものであると考へられます。そこで仏の言はれるが儘にぶらぶらと自然に帰るのが当然でありませう。この世界といふものは如何にも迷つた世界でありますから、迷はない世界に帰るべきでありませう。それ故に本当に無常といふことが釈尊の言はれたやうな意味で知られたならば、我々はすぐに生死を解脱することが出来るわけであります。ところが、その無常が少し変挺になつて、無常といふとすぐに死ぬることの怖しさを考へ、どうしても死ななければならぬのなら、せめて死んでから後に善い所に行かうとさういふ心持を起して、それはただ煩悩が増すのみであります。それでは決して解脱するわけはないのであります。  苦悩の経驗  前にも申したやうに、我々の自心の相は外界がうつるところの影であるとして、それは我々に取つては苦悩であります。固よりこれを苦悩と感ずることは我々自心のはたらきでありますけれども、一方から見れば苦悩を起さねばならぬやうな自身及び周囲の状態によるものでありますから、与へられた苦悩であると考へることが出来ます。さうしてこの苦悩が自分の業の報ひであるといふことまで考へをすることが出来るとすれば、その苦悩の経驗といふものは我々をして苦悩する自分の相を見ることが出来るやうにとはたらくるのであります。自分の心が浅間しいものであり、罪の深いものであり、偽善のものであるといふやうなことは苦悩の経驗によりて、益々深刻に感じられる心持であります。そこで釈尊が自分は自分の業の相続をして居ると言はれたことは如何に深刻に自身の心の中を考へられた結果でなければならぬに思ひます。  有の否定  そこで、業報苦から考へても、無常苦から考へても、釈尊の説かれるやうな意味からすれば、「有」といふ考を否定しなければならぬのであります。さうしなければ、どうしても我々の心が安定をするわけはないのであります。「無常」であるものを「有常」としたいがためにいろいろの煩悩が起るのでありますから、その「有」といふ考へを取つて仕舞へばよいといふことも出来ませうが、しかしながらそれは駄目であります。それは「我」といふ主宰のものを立てて、それが「有」を取つて仕舞ふとするからであります。釈尊が諸行無常を説き諸法無我を説かれるのは「我」といふ想が主宰となりてすべてのものが常であるといふ考へから苦悩が起るのであるから、その考へを離れなければ涅槃寂靜の境に行くことは出来ぬとせられるのであります。その涅槃寂靜といふのは淋しい境ではなく、つまり靜かなのであります。  涅槃寂靜  涅槃寂靜といへば人間の苦悩が無くなつた境地でありますから、固より我々の身体が無くなつた後に始めて完全に到達せらるべきところでありますが、生きて居る時に到著せらるる筈のものであります。さうして、それは我々が有常の考へを離れてさうしてそこに感ぜらるる淋しさに親しんで行く心持であります。決してその淋しさを離れようとする心持ではありませぬ。それ故に、釈尊が涅槃を説れる時には何時でも有常の否定をして居られるのであります。我々が常であるといふ考へをなすことを否定してそこに涅槃といふ境地に達することが出来ると言はれるのであります。  愛欲の純化  「有」の否定につきて釈尊が常に説かれたところは愛欲の否定でありました。それは我々が「有常」といふことの考へは愛欲が第一でありまして、常にあらしたいといふ愛欲の心持が強くはたらくために苦悩が起るからであります。しかしながらその愛欲といふものはこれを全く捨てることが出来ないものでありますから、捨てることの出来ない愛欲を捨てようとすることは鐵眼禅師の言はれるやうに極めて愚かなことであります。愛欲を取り去れといふのではなく、欲の価値を否定するのであります。愛欲の価値を否定するによりて愛欲の純化が行はれ、煩悩が綺麗になるのであります。死を怖れて淋しさを感ずるところの心持を淋しさに親しむ心に変へるのであります。しかしながらよく考へて見るのに、愛欲を純化するといふことは、愛欲の純化が出来る世界でなければ駄目なのでありまして、我々の現在の世界でさういふことは恐らくは出来ないことでありませう。愛欲の出来る心持から考へても亦愛欲を起さしむる境遇から考へて見ても、今我々の現在の生活で愛欲から離れるといふことは無論出来ないことでありまして、その愛欲を純化するといふこともまた出来ないことでありませう。  理想の境地  愛欲を純化しやうと念願して、それが現実の世界にて成就せられぬといふことを考へるとき、我々は必ず純化の出来る世界を欲求せねばならぬのであります。さうして今申した愛欲の苦悩を深く考へれば考へるほど益々純化の出来る世界を念願することが切実であります。弥陀教といふ教はさういふ意味から起て来るのであります。そこで現実我々はこの世界で無常のために苦しみ、業報のために苦しむ、この人間の苦しみに対して人間の苦しみを離れた安樂の世界を求めるといふところにこの弥陀の教が成り立つて居るのであります。単に無常といふものの淋しさに堪へずして、淋しくない世界を求めようといふやうな貪欲の心持でなくして、現実の人間苦に面して、理想の境地にあこがれるところに、苦悩が純化せられるのであります。  諦めの世界  業報を感ずると言つても、「業」といふものが何処かにあつて、さうしてそれが前世の約束などと言つてそれを自分に切り離して、業といふものを別に考へて自から諦めるといふやうな心持は真実の宗教の心でないことはいふまでもありませぬ。又、無常と言つても、死ぬることが怖いから無常の嵐が吹くとか何とか言つて人間の命のはかないことを観ずるだけでは宗教の心にはならないのであります。釈尊の言はれたやうな心持にて、無常といふものを感じ、人生といふものは苦しみであるからその苦しみを逃れるには愛欲から離れなければならいのであるが、その愛欲から離れるといふことは愛欲を否定しなければならぬのであります。さうして愛欲を否定するところにその苦しみから逃れることが出来るのであります。よく考へて見ると、我々が愛欲を純化するといふことは我々のこの現実の世界ではこれを達することの出来ないものであります。それ故に我々は愛欲の純化が出来る世界に赴むくことを念願するのであります。しかしながらこの念願は深く無常を感じ明かに業報を感ずることによりて益々深刻になるのであります。さうしてそれは諦めの世界ではなく、諦めることを必要としない世界であります。この世界は前にも申したやうに「我」のはたらきがやみて後にあらはれる世界でありますから、自からにして到著することの出来る境地であるといふべきであります。  予想の所  かくの如き理想の境地は安樂の世界でありますが、それを、何処か善い所だらうと予想するところにそれはただその人の予想に過ぎないものでありまして、それは行つて見なければわからぬものでありませう、善い加減に信じて居つてもそれは他人に欺されて居るか、又は自分にだまされて居るに過ぎませぬ。かやうに安樂の世界が実に善い所であるといふことを自分で予想するか、空想するか、或は人の言つたことを聞いて妄信するか、何とか彼とか、胡磨化してそれで安心して居るといふことは結局安心ではなくしてせいぜい決心位の程度のものでありまして、それでは迚も宗教といふ安心立命の心持の起るわけはないのであります。  極樂往生  そこで、我々が終極に、完全に、苦悩を純化することの出来るところは、未来にありて、極樂世界であると言はねばなりませぬ。さうしてこの極樂世界は我々の理想が向ふて進むところでありますから、極樂世界が明瞭に意識せられることによつて我々はますますこれにあこがれる筈であります。それにあこがれるといふことはますます自分の浅間しいといふことを知るがためでありまして、宗教生活はこれによつてますます向上して行くのであります。元来、自分が愚かであると痛感することは愚かでないことを望むためにあらはれるのであります。又自分が悪るいものであるといふことを考へるのは悪るくないことを念願するためであります。それ故に善とか賢とかの理想に向つて行く心が極めて強い筈であります。仏教でこの理想とするところを涅槃と名づけてありますが、今ここにいふ極樂世界のことに外ならぬものであります。無常の苦しみと、業報の苦しみとを内観せしめる力が我々をして牽きて安樂の世界に赴かしめるのであります。  道徳超越  かやうに、人生が苦しみだといふのも畢竟するに道徳的に内省した結果であります。業報の苦しみ、無常の苦しみといふこともまた道徳的の内省であります。道徳的の内省からして宗教の心持へと進むのでありますが、宗教の心持としては全く道徳を超越して居るのであります。道徳と宗教はよく似たものでありますけれども、はたらきは大変に違ふのであります。道徳といふものは畢竟我々が自分の罪に対して責任を負ふ心持であります。しかしながら道徳といふものは、生れたり、病気になつたり、我々が年を取つたり、死んだりすることには責任を負はなくとも善いのであります。ところが宗教はその生・病・老・死に対してまで責任を負ふのであります。生れるといふとこの責任を負ふ、病気になるといふことも責任を負ふ、年を取るこことも、死ぬることもみな責任を負ふのでありまして、その責任を解決するところにこの現実の世界を離れて安樂の世界まで進まなければならぬのであります。そこで道徳に本づく宗教でありますけれども、宗教といふものは道徳を超越して居るのであります。  心の問題  かやうに段々と、宗教といふものにつきて、説明をいたしてまゐりますと、その根本の問題が全く自己の心にあることは十分明かになることでありませう。それ故に宗教のことを書いたものの中に「神の概念」と「心」とが重要の問題であると説いてありますが、この「心」いふことにつきて、これまでもお話したのであります。これから更に、その重要の点を挙げてお話いたそうと考へます。固より「心」の問題につきては種々の方面から議論せらるることでありますから、その全般に渉りてお話することは容易でありませぬ。それ故に、ここに私がお話致さうと思ふのは、それが宗教の説明に重要の関係を有するだけのことにとどめるのであります。  たましひ  我邦の言葉でたましひといふのは心のあるじでありまして、これを支那の文字にあらはして霊魂といたすのであります。さうして、この霊魂といふものが人々の身体の中にありて、それは見ることも出来ず、知ることも出来ぬものであるとするのが、釈尊以前、古昔の印度の人々の考へでありました。このたましひと肉体とは別々のもので、たましいが肉体に舍《やど》つて居るときには、その人が生きて居るのでありますが、若しその肉体が死亡するときはたましひはそれから離れて天上へ行くとせられたのであります。すなはち、このたましいといふものが非物質的の自我を形成して、自身を自身と知りつつ、変転する世界にありて、不変不易のものであると、釈尊以前、古代の印度の人々は考へて居つたのであります。今日我邦でも、さういふやうに思つて居る人々は澤山にあることであらうと思ひます。「古事記」や「日本書紀」などの古い記録に載せてあるところを見ますと、不思議なる心の作用が一種微妙の力若しくは物であるとして、それにタマ(身の玉)の名をつけたのであります。神の御靈といふはまさに不思議なる心のはたらきに名づけたもので、このタマは高皇産靈神、神皇産靈神の産靈によりて人々に賦与せられたものであるとせられたのであります。此の如きは学術上では霊魂創造説と名づけられるもので、人々のたましひは高天原なる神のたましひが分れて人々に取り託《つ》きたるものであると考へられたのであります。これは全く人々の肉体に神のたましひが宿れるによりて精神の作用があらはれたとするのでありまして、古代希臘の人も、又前に申すやうに古代印度の人も皆同じやうに考へて居つたのであります。それよりしてたましひが他の人に憑《つ》くとか、たましひが肉体から離れて空中に遊動するとか(離魂)、或は肉体が死滅したる後にも殘りて永久に存するとか(幽靈)といふやうな考が色々に行はれるやうになつたのであります。今日でも、なほそれと同一の考が行はれて居りまして、幽霊などを信ずる人が少なくないのであります。すこし学問のある人でもそれを信じて、たましひが写真にとれるなどと吹聴して、さうして多数の人々にそれを信じさせて居るのであります。  自我の輪廻  釈尊以前、印度の古代の人々は、かやうに自我が不変不易のものであると考へたのでありますから、その自我が輪廻して、人間は未来にその報を受けるものであるといふことが重く考へられたのであります。世の中の一切のものは無常であり、それが常に変転して居るといふことは信じて居つたのでありますが、その間にありて、たましひのみは何時までも変転するものでなく、肉体が死亡すればそれを離れて又他の肉体に移り、時としては犬にも転生し、時としては猫にも転生し、又或は鳥などにも転生して、現在の行為の果報を未来に受けるものであると考へて居つたのであります。これが釈尊以前、印度に広く行はれて居つたところの「我」の説でありました。  四法本  しかるに、釈尊は先づこの「我」の説を排斥せられたのであります。「増一阿含経」の中に  「世尊告げたまふ。梵志四人あり、ともに死を免れむとして、一人は空に上り、一人は海に沈み、一人は山に隱れ、一人は地に入りしも、皆ともに同じく死せり。この故に死を免かれむとせば四法本を思惟すべし。いかんが四となす。一切行の無常を初法本とし、一切行の苦を第二法本とし、一切法の無我を第三法本とし、滅尽を涅槃となすを第四法本となす。まさにともにこの四法本を思惟すべし、しかる所以は、すなはち苦の元本たる生老病死愁憂苦悩を脱すればなり。この故に諸の行者、方便を求めてこの四法を成すべし」  と説いてありますが、これに拠りて見ますと、世の中の一切のものは無常であります、しかるにその無常を無常と知ること能はずしてそれを有常のものとし又それを有常たらしめむとするによつて一切の事は皆苦しみを感ずるのであります。しかしながら、諸行が無常でありとすれば諸法が無我であるといふことは自明の理であります。世の中の一切の事物が常なくして変転するものであれば、すべての事物に常一主宰の我がある訳はありませぬ。すべてのものが変転する中にありてひとり自我のみが不変であるといふことは考へられぬことであります。  三法印  そこで、釈尊は、無常、諸法とを説かれたのでありますが、それに涅槃を加へて三法印と言はれて居るのであります。それは固より後の人が言ひ出したことで釈尊自身が申されたのではありませぬ。釈尊の教が段々と後の世に伝はりまして、種々の解釈が世に行はれるやうになりましてから、古い御経の中にて所謂小乗の経典は釈尊に親炙した弟子達が聴聞したことを書き集めたものであるといふことでありましても、その内に釈尊の教説でないものが混入して居るのでありますから、仏法の印が押してあれば仏教、さうでなければ仏教でないといふ意味で、法印と名づけられたものが無帝と無我と涅槃とであります。「法華玄義」に、  「釈論に云ふ諸の小乗経、若し無常・無我・涅槃の三印あれば、其説を印定し、即ちこれ仏説なり。若しこの三法印のこれに印するものなければ即ちこれ魔説なり、世の公文が印を得て信ずべきが如し、故に三法印と名づく。一に無常印。謂ふ世間生死及び一切の法、皆これ無常なり、衆生了せず、無常の法の中に於て、執りて常想をなす、この故に仏、無常を説て、この執常の倒を破す。これを無常印と名づく。二に無我印、謂ふ、世間生死及び一切の法皆これ因縁和合して有り、虚仮不実、本と我あることなし、衆生了せず、一切の法に於て総て主宰を立ててこれを執て我となす、この故に、仏、無我を説きてその著我の倒を破す。これを無我印と名づく。三に涅槃印、梵語涅槃、華に滅度と曰ふ。謂ふ一切の衆生、生死これ苦なるを知らず、而して更に惑を起し、業を造り、三界に流転す、この故に仏、涅槃の法を説き、それをして生死の苦を出離して寂滅の樂を得せしむ、これを涅槃印と名づく」  この説明は、最も簡略に又最も明瞭に無我の説を解釈したものでありませう。  無我  かやうにして、釈尊は釈尊以前、印度の人々が信じて居つた自我の説を排斥して無我の説を立てられたのでありました。さうして常に法の無我と人の無我とを説かれたのでありました。(「精神文化」第二巻第五冊一〇八頁以下參照)。その中に就きて、銘々の心のありさまにつきて無我の理を説明せられたことに関して種々の記述がありますが、釈尊が頻婆娑羅王に説かれたことが「因果経」に次のやうに載せてあります。  「大王まさに知るべし、この五陰の身は誠を以て本となし、識によるが故に意根を生じ、意根を以ての故に色を生ず、而してこの色法は生滅して住《とど》まらず大王もしよくかくのごとく観せば、すなはちよく身の無常を知り、身の無常を知らば身相を取らず、すなはちよく我と及び我所とを離れむ、もしよく色を観ずるに、我と我所とを離れずば、すなはち色の生ずるは苦の生ずるにして、色の滅するは苦の滅するなるを知らむ。もし人よくかくのごとく観ずるを名けて解となし、この観をなす能はざれば名づけて縛となす。法はもと我なく、及び我所なし、倒想を以ての故に、横に我及び我所ありと計するのみにて実の法あることなし、もしよくこの倒惑の想を断せばすなはちこれ解脱なり」  かやうにして、釈尊は五陰の身の無常なることを説きて、「我」の無いことを詳かに述べて居られるのであります。  五蘊  ここに五陰といはれるのは、一つに五蘊とも名づけられて居るのであります。「大乗広五蘊論」に  「蘊とは積聚の義なり、衆生この五法によりて、積聚して身を成し、また此身によりて有為煩悩等の法を積聚して、よく無量生死を受くるなり。又五陰と名づくるは、陰は即ち蓋覆の義なり、よく真性を蓋覆するをいふ」  とありまして、それは五つの法が積聚してこの身を成するが故にこれを五蘊と名づけるといふ意味であります。さうしてこの五つの蘊といふものにつきて、「大乗広五蘊論」に次のやうに説明してあります。  「一 色蘊 色とは即ち質礙の義なり、眼・耳・鼻・舌・身の諸根、和合積聚するが故に色蘊と名づける   二 受蘊 受とは即ち領納の義なり、六識と六塵と相応して六受和合積聚あり、故に受蘊と名づける(眼識は色塵を受け、耳識は声塵を受け、鼻識は香塵を受け、舌識は味塵を受け、身識は觸塵を受け、意識は法塵を受ける。これを六識と六塵と相応すといふ)   三 想蘊 想は即ち思想の義なり、意識と六塵と相応して六想和合積聚を成す故に想蘊と名つける(六想とは意識色に著けば色を想い、声に著けば声を想い、香に著けば香を想い、味に著けば味を想ひ、觸に著けば觸を想ひ、法に著けば法を想ふをいふ)   四 行蘊 行とは即ち遷流造作の義なり、意識に因りて諸塵を思想し、善悪の諸行を造作し和合聚積す、故に行蘊と名づく。   五 識蘊 識とは即ち了別の義なり、眼耳舌耳意六種の識を以て諸塵境上に於て照了分別し、和合聚積す、故に識蘊と名づける。  この説明によりて明かに知られる通ほりに、五蘊の第一の色蘊は物質で、すなはち肉体であります。さうして第二から第五までの四蘊は精神の作用であります。細かに申せば受蘊とは感覚、知覚及び観念などの認識機能を広く指すもので、想蘊とは思考、行蘊とは行為、識蘊とは判断の作用であると見るべきもので、総して精神の作用に属するものであります。五蘊とはこの肉体と精神とが一とつもので、それも五蘊が和合して居るときの状態であると説くのであります。  五蘊喩  「大莊厳経」に五蘊喩といふことが載せられてありますが、それは釈尊が頻婆娑羅王に関して、世間一切の法が堅実のものにあらざることを、喩へて示されたものであります。それに拠りて見ますると  色は聚沫の如し。風が水を吹くによりて沫を成すと同じやうに、衆生の色身も虚仮不実のものであるから、これを水の沫に喩へる。受は水泡の如し、水は風の動くによりて、又は物の繋るによりて、忽ちに水泡をなし、又しばらくにして没する。衆生が受るところの苦樂もまた水泡が起り又滅すること常なきに喩へる。想は陽?の如し、衆生の妄想は本と実体なく、念に因りて想を成すことこれを陽?に喩へる。行は芭蕉の如し、芭蕉はこれ危脆の物にして堅実なることがない、衆生が造るところの諸行も亦、芭蕉の虚脆にして堅実なきに喩へる。識は幻事の如し。幻術にあつて巾を幻して馬となし草木を幻して人となすが如く、衆生の識心、諸法を分別して、皆境に隨て生滅するを以て、これを 幻術の事に喩へる  のでありますが、これは五蘊がすべて堅実のものにあらずして、常に生滅するものであるといふことが示されて居るのであります。  身と心  元禄の頃に著はされたる鐵眼禅師の「仮字法語」に、五蘊のことを通俗的に説明してありますが、それには、  「五蘊といふは色・受・行・想・識の五つなり、五の品ことなりといへども、唯身と心との事なり、はじめに色といふは身なり、後の四つは心なり」  と説明して、それから五蘊のことを説いてあります。今、この「仮字法語」に説かれたるところに拠りまして、五蘊のことを、今少しく細かにお話致しませう。  色蘊  仏教にては、この身は地・水・火・風の四大をかりにあつめて、つくりたるものであると説かれて居ります。地・水・火・風は宇宙の四元素として古来印度の人々が信じて居つたものでありまして、これを四大と申すのであります。そこで我々の身体の中の皮膚筋肉及び骨盤などは四大の中の土大であります。涙や血液や粘液などの類は四大の内の水大であります。身体の温熱は火大であります。出入の息などは風大であります。この四大を離れて我身といふべきものはありませぬ。ただ今にても、命おはりて地・水・火・風が散乱すれば、ただ白骨となりて、露ほども我身とたのむべきものはありませぬ。しかるにかやうに地・水・火・風が仮に和合したる身体であるといふことを知らずして、それを我身を思ひて、千萬年も死すまじきやうに思ひて、我身ぞと堅く執著するのは我々凡夫の迷であると説かれるのであります。  受蘊  眼・耳・鼻・舌・身の五根のはたらきによりて、外界の六塵を受けおさむることを受蘊といふのであります。眼には色を受け、耳には声を受け、鼻には香を受け、舌には味を受け、身には觸を受けおさめるのでありますが、それに苦受と樂愛と捨受との三つありまして、眼・耳・鼻・舌・身の上に好まざることを受くるときは苦しみであります。それを苦受といふのであります。それから眼・耳・鼻・舌・身に於て快く樂しみなることを受るを樂受といふのであります。それから捨受といふのは苦にもあらず、樂にもあらざることを受るといふのであります。我々凡夫はこの苦受・樂受に迷ひて苦しきことは目にも見まじ、耳にも聞かじと思ひ、ただ樂なることを目にも見、耳にも聴き、鼻にも嗅ぎ、口にも味ひ、身にも觸れむとばかり思ふ故に、人をなやまし、我身を苦しめ、盗みをなし、偽をいひて、物を貪ぼり、世界のさまたげともなることをたくみて日夜に地獄の業をつくるのであります。固より苦と思ひ、樂と思ふことは苦も苦にてはなく、樂も樂にてはないのでありますが、迷ひて自から樂と思い苦と思ふのであります。さうして三界流浪の凡夫のならひとして我々はすべてこの苦樂の間をのがるることが出来ぬのであります。咲く花を見て樂しと思へば、それが散ることは苦しみであります。出る月を見て樂しめば、それが山の端に入るはかなしきことであります。逢ふことを喜べば別るることはかなしみであります。榮へたるをたのしむ人には衰ふることは苦しきことであります。貧しきものは無きに苦しみ、富めるものは有るに悩やまさる、諂ふことも苦しみであるが、驕ることもまた苦しき業であります。三界の一切の衆生はこの苦樂二受の間におぼれて遂に出ることが出来ず、生ずるを生苦といひ、年よるを老苦といひ、病むことは病苦にして、死するは死苦であります。男子にも苦しみがあれば女人にも苦しみは多いのであります。農人も苦なれば商賣も亦苦しみであります。在家のみ苦しきにはあらずして出家も亦苦しいのであります。その中にて、すこし苦しみの軽くしてやすめるを迷いて樂しみと思へるのであります。それはたとへば重き荷物を擔へる人がその荷物をおろして、樂と思ふやうなものであります。又病気を患ひたる人が治療して樂に思ふと同じく、別に樂といふべきことは無いのであるが、苦のやすまりたるを樂と思ふのであります。  想蘊  想といふのは人々の心の中に日夜あらはれるところの妄想を指すのであります。すべての人は、夜の夢ばかりが実なきもので、晝思ふことは皆、真実なりと思ふのでありますが、これは大なる誤であると説かれるのであります。迷へる人々の思ふことは、晝思ふことも、夢に同じく、すべて跡なき妄想でありますが、それを妄想と知らずして真実と思ふて居るのであります。あるひはねたみ、あるひはよろこび、あるひはかなしみ、あるひはうらむ、これみな妄想に外ならぬのであります。この妄想の夢に迷ひて、高きも賤しきも、ものを知れる人も知らざる人も、老たるも若きも、男といひ、女といひ、地獄の種をつくらぬものは無い。この妄想を夢と知らずして、それに迷ふが故に、無始曠劫のむかしよりその輪廻たへずして地獄に落ちて浮ぶPがないのであります。  行蘊  行といふは遷流の意味で、我々の心が生滅して移りかはることを行蘊といふのであります。たとへば水が流れてしばらくも止まらざるが如く、燈火の刹那刹那に消えて瞬間も止まらざると同じであります。我々が朝より晩まで、とやかくと思ひつづけて、移りかはるところを見ればまことに電光石火のやうであります。その心にかくの如く生滅あるが故にその心より生ずる諸法も亦刹那刹那にうつり行くものであります。たとへば船のゆくことが早いために岸も山もうつるが如くに思はれるので、これは山や岸がうつり行くのではなくして、乗りたる船が進み行くのであります。鐵眼禅師はこの行蘊のことを次のやうに言つて居られるのであります。  「人間に生ずれども、四大和合の色身を、我と思ひ、六塵虚妄の縁影を、心として、生老病死念々におかし、春夏秋冬時々に移り、みごりの髮たちまちに白く、花のかんばせ遂にしぼみて朝の露と消え、夕の煙とのぼる、かかる無常転変の浮世、電光石火の我身、しばらくもとどまること能はず、刹那もしづかなることなくして、水の時々に流るるが如く、ともし火の念々消ゆるに似たり、これまとしく、行蘊のすがたなり。」  識蘊  識といふは色・受・想・行の四蘊をあらはす根本となりて、三界六道を生じ、人間の身体より森羅萬象までを生ずるのであります。識といふはたとへば人寝ぶりたるが如きもので寝らざれば夢を見ることはないが、寝ぶりたる故に色々の夢を見て、種々の無きことを有るやうに見せるのであります。識といふときは幻術をなすものが、木の片などを取りていろいろの鳥けだものとなすやうなもので、まさしく生き物となりて飛び走るといへども、木の片はもとの木の片にて鳥けだものとはならず、ならずしてなれるやうに見するのは幻術の力であります。識もその如く、本心をば無明の幻術の力にて、品かはれるやうに見するものであります。  五蘊皆空  ここにお話をした五蘊のことは鐵眼禅師がその禅宗の教説の上から見られたもので、五蘊皆空なることを観ずることによりて一切の苦厄を離るるの道が示されたのであります。仏教の説にては三界唯識と申して、我々には我々の識といふものがありて、それが三界六道の迷いをつくり出すと考へるのであります。さうして、天地虚空、その中の有情・非情のさまさまのものを想ひ出すので、それは寝ぶりたるものが夢を見るやうなものであると説かれて居るのであります。五蘊もその夢であるから、本より空にして無きものであるといふことをさとりて、その理を明かに照して見れば一切の苦悩を度脱することが出来ると示されるのであります。まことにそれは道理至極のことでありませう。しかしながら、これは推理の上でいふことでありまして、我々の現実の身と心には、五蘊皆空であるとしても、なほ明かに五蘊として示されたやうに、我々の前に厳然として存在して居るのであります。それ故に、現在の事実としてこれを見るときは、我々の身と心とは全く色・受・想・行・識の五蘊が仮りに和合して居るものとするの外はありませぬ。さうして若しこの五蘊が、別々に離れるに至つたときは、そこに我々の身に心とは又、忽にして無くなつて仕舞ふのであります。かやうに五蘊が和合すれば生命があり、離散すれば生命を失ふといふ説は現時の心理学や生理学にて説くところと略ぼ同じやうな考でありまして、別にたましひといふやうなものが、五蘊を離れて別に存在してそれが何処までも永続するものであるとは説かぬことは全く同一であります。  別の我なし  釈尊は此の如くにして、その当時広く印度に行はれて居つて自我の永続の考を排斥せられたのでありました。そこでその説を聞いた頻婆娑羅王は疑を起しまして、若し「我」といふものが永続するものでないとすれば未来に果報を受くるものは誰であらうかと質しました。釈尊はこれを説明して、次のやうに言はれました。  「一切衆生の為すところの善悪及び受るところの果報は皆、我の道にあらず、また我の受にあらず、しかも今現に善悪を造作して果報を受く。大王よ、情と塵と識と、合して以て、境に於て染を生じ、累想滋繁し、この縁を以ての故に、生死に馳流し、つぶさに苦報を受るも、若し境に於て染なく、その累想を息めるときはすなはち解脱を得む。情・塵・識の三事の因縁を以て、ともに善悪を起し、及び果報を受くるのみ、更に別の我なきなり」(「因果経」)  釈尊はかやうに、我々が善悪を造ることは我々の精神の作用に外ならぬことを説かれたのであります。説明の言葉が六ヶ敷しいので、一寸わかりかねるやうでありますが、平易にこれを解釈しますれば、我々が善いとか、悪るいとかといふ事を為すのは、我々の感覚とか、感情とかといふやうな精神の作用が外界(境に名づける)の刺戟に対して反応するがためで、外界に執著(染と名づける)して、それによりて苦しみの種をつくるものである。決して別に我といふものがあつて善悪を造るのではない。何処までも現実の我々の精神の作用が外界の刺戟に応じて種々の思考を生じ、それによつて種々の善悪を造るものであるから、従つてその果報を受るものも我といふ常一主宰のものではないと言はれたのであります。いかにもさう考へるべきであらうと思ひます。  情・塵・識  それから釈尊は、例を挙げてこの情・塵・識の関係を説明して居られるのであります。それは、  「たとへば火を鑚るに、手に因りて燧を転じ、火の生ずるが如し、かの火の性は手より生ぜず、及び燧より出でず、しかもまた手を離れず、及び燧を鑚るを離れず、かの情・塵・識もまたかくのごとし」(「因果経」)  と示されたやうに、情と塵を識との三事の和合によりて善悪果報が出来るものであるといふことでありまして、世の中の事物は一切、因縁の和合によつてあらはれるものであるといふことの主張を譬喩にて説かれたのであります。すべてのものが因縁によりてあらはれるものである以上、別に我といふものがありて、独立して善悪を造り、さうしてその果報を受ることは断じて無い筈であります。  断常を離る  かやうに情・塵・識の三事の因縁によりて善悪果報ありとするときは、この三事は常に相合ふべきものでなければならぬ、若し然らざれば断絶するものであらうといふやうな考は、当然起るべき疑であります。そこで釈尊は更にそれにつきて説明して、次のやうに言はれました。  「この三事は常ならず、断ならず、何を以ての故に。合するが故に断ならず。離るるが故に常ならず。たとへば地水を縁とし、種子を因として芽葉を生ずるがごとし。種子巳に謝すれば常と名づくるを得ず、芽葉を生ずるが故に断と名づくることを得ず。断常を離るるが故に中道と名づく。三事の因縁もまたかくのごとし」(「因果経」)  たとへて申せば、柿の実が熟してその枝から落ちる、それはまさにその枝を離れたのでありますが、しかしながら実はもとより枝から生じたものであります。その実から新に生じたる柿は前の怖とは別のものでありますけれども、しかしながら前の柿の種子から生じたものであります。それ故に断にもあらず、常にもあらず、さういふ思考を離れて、現実に存するところの因縁を見ることが肝要であります。それが中道でありまして、すなはち正見であり、又正思惟であります。釈尊はかういふやうに説明して、その無我の説をば人々に対して教示せられたのであります。  作用の相続  かやうに、我いふ常一主宰のものが無いとすれば、我々が現在に造るところの善悪の果報は誰人がこれを受るものであるかといふ疑問は、すぐに起るべき筈で、この疑問を起すものは独り頻婆娑羅王ばかりではありますまい。釈尊はこれをも因縁によりて説明して居られますが、それを単簡の言葉に直して申せば、我々の精神のはたらきは身体と共に無くなるものであるが、そのはたらきの結果は何時までも永続して消えることがない。それ故に我といふ思想が起るときにはその果報はすなはちその時にあらはれるものであるといふ意味に説いて、それに業(「カルマ」)の名をつけられたのであります。(上章「業」につきての説明を参照せられよ)。この事は「優婆塞戒経」によく、平易に説明してあります。それを御参考に申し上げて置きませう。  「もし、五陰(五蘊)に業を作るも、成しおはればすなはち過ぎ、この身なほあれど、業に所依なし、衆もし依るところなくんばすなはち業なし。この身を捨ておはりて、如何ぞ報を得むといはば、この義然るべからず。何を以ての故に。一切の過業は体を待ち時を待てばなり。たとへば橘子の橘によりて生じ、初め酢く后に甜し、人この子を種うるに根茎葉花生ずるも、皆悉く酢ならず、時至りて果熟すれば酢味すなはちす。この酢味は本なくして今有るにあらず、また縁なきにあらず、すなはちこれ過去の因縁なるがごとし。身・口・意の業もまたかくのごとし、もしこの業いづこに住すといはばこの業は過去世中に住し、時を待ち器を待ちて果報を得受するなり。」  まことによく我々の善悪の果報が何時までも永く続くことを説明したものと申すべきでありませう。かやうに考へて見れば、我々の心は、もとよりたましひといふやうな独立のものがあつて、それをはたらかして居るのではなく、全く情・塵・識の因縁によりて、因と縁とが和合するときに始めてあらはれるもので、因縁が無くなればすなはち消えるものでありますが、しかしながらその心のはたらきとして造り上げたものは業として何時までも永続するものであります。それ故に、現在の心のはたらきに注意して、善くこれを調ふることをつとめねばなりませぬ。釈尊が一人四婦の譬喩を挙げての後に「天下一人の自から意を愛し、守護するものなく、皆心を放ち、意を悉にし、貪欲・瞋恚にして正道を信ぜざるなり、しかも命終の時に臨み、ただこの意のみ隨ひ去る、この故に人は自から心を端しくし、意を正しくすべし」と説かれたのも全くこの意味に外ならぬものであらうと思ひます。  意識内容  しかしながら、宗教にありて肝要とするところは「心」の相でありまして、「心」の起原や、その哲学的思索などはこれを問題とすべきものではありませぬ。さうして、通常、我々が「心」と言つて居るのは、これを今日の心理学の言葉にて言へば、意識の現象で、「心」の相といふのはすなはちその意識の内容として我々が自から認知するところのものを指すのであります。それ故に、私は「心」につきて從来の仏教の説をしらべて見ることも無益ではないと信ずるのであります。  五根の主  仏教の書籍の中で、一番古い内容を有するものは「阿含経」を始めとして、所謂小乗の経典と名づけられるものでありますが、その中には「心」につきて次のやうな説明をしてあります。  「遺教経」には「心を五根(眼・耳・鼻・舌・身)の主となす。心の畏るべきは毒蛇・悪獸・怨賊・大火より甚し。たとへば人の手に密器を執り、動転軽躁としてただ蜜のみを見て深坑を見ざるが如し」とあります。「四十二章経」には「慎しみて汝が意を信ずることなかれ、意終に信ずべからず」とあります。  かやうに、阿含時代の書物に見えたる「心」の説明は甚だ実際的のものでありまして、心を以て五根の主となし、よろしくこれを守護すべきことを説いてあるのであります。現実のままに「心」を見て、それを端しくすべきことが説かれて居るといふことが明かに認められるのであります。  心性清淨  阿合の経典に次ぎて所謂方等・般若等の経典がありますが、それは小乗に大乗との中間に位すものでありまして、それには「心」につきて、次のやうな記載があります。「一切衆生の心性はもと淨し、性もと淨きものは煩悩の諸結も、これを洗著する能はず、なほ虚空の沽汚すべからざるごとし。心性と空性と等しく二つあるなし、衆生は心性の淨きを知らざるが故に、欲・煩悩の繋縛するとことなる、如来ここに於て大悲を起し、正法を説き演べたまふはこれを知らしめんと欲するが故なり(「大集経」。「凡夫は自心を観ずるが故に、生死海中に漂ひ、諸仏・菩薩はよく心を観るが故に、生死海を渡りて彼岸に至る」(「心地観経」)  「菩薩は余事を覚るべからず、ただ自心を覚るべし。自心を覚るものはすなはち一切衆生の心を覚る。自心清浄なればすなはち一切衆生の心清浄なるを以て、自心の体性はこれ一切衆生の体性の如く、自心の離垢はこれ一切衆生の離垢のごとし」(「大壯厳法門経」)。「心性もと淨きこと水中の月の如し」(「大寶積経」)「心は境界に隨つて流る、鐵の磁石に於けるがごとし」(「入愕伽経」)  これ等の説明によりて見るときは、我々の心性は固より汚淨のものであるが、煩悩によりて汚かされて居るのであると考へられたのであります。これは現実のままに「心」の相をながめたる時代より進みて、それを思索的に見ての説明であります。  三界唯心  「心地観経」の中に「我が仏法の中には心を以て主となす、一切の諸法、心によらざるはなし」とあります。この種の唯心の説は諸書に載せられて居りますが、その二三のものを鈔録すれば次の通ほりであります。 「一切の諸法は皆、妄想より生じ、妄心を本となす。然るにこの妄心は自相なく、ただ境界によりてあり。この妄心と境界とはともに相よりて起るといへども先後なし、而してこの妄心、よく一切境界の原主となる。所以は如何、妄心によりて、法界の一相を了せざるが故に、心に無明ありと説く、この無明力の因によるが故に、妄境界を現じ、また無明の滅するに依るが故に、一切の境界滅するなり。一切の境界を了せざるが故に、境界に無明ありと説くにあらず。また境界によつて無明を生ずるにあらず、一切の諸仏は一切の境界に於て無明を生ぜざるを以てなり。また境界滅するが故に無明心の滅するにあらず、一切の境界は本よりこのかた体性自滅未だ嘗て有らざるを以てなり。この故に一切の諸法は心を本となす、一切の諸法はことごとく心と名づくべし」(「大集會正法経」)  これによりて明かに知られるやうに、世の中の一切の事物はすべて自心の分別の見るところであると説かれるのであります。それ故に、人が若し地獄の行をするときにはすなはち地獄の想がある。人が若し畜生の行をなすときにはすなはち畜生の想がある。人が若し餓鬼の行をなせばすなはち餓鬼の想がある。一切の萬物は皆、有るところがなく、ただ所作の名によりて、その思想があると説かれるのであります。これは明かに哲学的の考に外ならぬものであります。  心仏衆生  かくの如く、「阿含経」の時代にありては、「心」は現実の「心」そのままに見られたのでありましたが、それから三界唯心の教理があらはれ、更に進みて、法華・涅槃・華厳の諸経に至りましては、心と仏と衆生との三が差別なきものであるとせらるるに至つたのであります。これが所謂大乗仏教の所説であります。  「六十華巖経」に「心は工なる画師の如し、種々の五陰を画く、一切世界の中に法として造らざるものはなし。心のごとく仏もまた爾かり。仏のごとく衆生もまた然り。心、仏及び衆生とこの三は差別なし。諸仏はことごとく一切のものの心より転ずるを了知したまふ。もしよくかくのごとく解せばかの人は真仏を見る。心はまたこれ身にあらず、身もまたこれ心にあらず、一切の仏事を作し、自在、未曾有なり。もしも、三世一切の仏を知らむと欲し求めなば、かくのごとく観ずべし、一心諸の如来を造る」  しかしながら、これは固より哲学上の考でありまして、宗数の上から見ればまことに縁の遠いものであると申さねばなりませぬ。  無常印  諸行無常と、諸法無我と、涅槃寂靜との三つを合せて三法印とすることは、前にお話致した通りでありますが、それは釈尊が死なれてから后、五六百年の間は、仏教の中に、仏教でないものが混入して、どれが仏教であるか、どれが仏教でないかといふことを区別することが必要になつたために、三つの法の印といふものを説いて、この印章が捺してあれば仏教、さうでなければそれは仏教でないといふことを明かにせられたのであります。その一とつは無常印であります。このことは前にも度々お話致したやうに世の中の一切のものは皆無常であるといふことであります。無論、我々人間が生れるといふことも無常でありまして、生れてから后、寸刻も常としてとどまることはなく、始終変化して居るのであります。ところが、我々はこの無常の中に於て、常の想をなし、堅く執りて動くことのないやうにとするのであります。無常の世界にありながら有常を望むのであります。これを執常の倒見といふのであります。それ故に、仏教では諸行無常を説いて、衆生の執常の倒見を破ぶるのであります。  無我印  無我といふことにつきても、前にくわしくお話致しました通ほりに、世の中の一切のものが無常である以上は、一切のものに常一主宰の我がある筈はないのであります。一切のものが始終変化するといふのに、その内に常にかはらぬものがある訳はないのであります。しかるに、仏教以前の人々は、世の中の一切のものは常がないけれども、ただ我のみは常に存するものであると考へたのであります。釈尊はこれに反して、諸行無常の世界にありて、常住不変の我のあることは断じてないと主張せられたのであります。諸法無我印といふのはこのことを指していふのであります。釈尊の説かれたところに拠りますと、世の中の一切のものは皆因縁が和合して出来るのでありまして、因縁がなければ何物もなくなるのでありまして、決して常住不変のものがあるのではありませぬ。なるほど諸行無常であるから、世の中の一切のものは悉く皆、変化するものであるが、その中にて、ただ我のみは変化するものでなく、身体が死亡した後にも、その我(たましひ)は天上に行くものであるといふやうなことを考へたのは、釈尊以前の印度の人々の常でありました。釈尊はそれに対して強く無我の説を主張せられたのであります。それでこの印章が捺してあれば、それが仏教であるといふことになるのであります。  涅槃印  かやうに、諸行は無常であり、諸法は無我であるにも拘らず、無常の世界にありて有常を求め、無我の世界に有我を欲するために、我々人間の生活は常に苦であるのに、その理をさとらずして更に惑を起し、業を造り、三界に流転するのであります。それ故に、釈尊は涅槃の法を説き、それによりて寂滅の樂を得せしめやうとせられるのであります。涅槃印といふのはこれでありまして、この涅槃寂靜こそ宗教としての仏教の最終の目的にするところであると言はねばなりませぬ。  涅槃寂靜  三法印の中の、諸行無常と、諸法無我とにつきては、これまで巳にくわしくお話致しましたから、これから最後の涅槃寂靜のことにつきて説明いたさうと思ひます。  「法句経」に釈尊の言葉が挙げてあります中に「飢を大病となし、行を最苦となす、巳に諦かに此を知る、泥?《ないおん》最も安し」とありますが、その意味は飢餓は最大の病である。つくられたるものは最大の苦しみである。このことをあきらかに認識することが出来るものこそ泥?(涅槃)の状態に達して最大の幸福を得るのであるといふのであります。又「無病は最利。知是は最富。厚きを最友とす。泥?は最樂なり」とありますが、その意味は、無病健全なることはこの上もなき利益である。足ることを知るのは最も財産に富みたるものである。信ずることの厚きは最も親しき友であり、泥?は第一の樂であるといふことであります。又、「雑阿含経」には「貪欲、瞋恚、愚癡永く尽き、一切の煩悩永く尽くるを涅槃と名づく」と説いてあります。これ等の説明によりて見ますると、涅槃といふことは精神的自由の境地を指すもので、一切の苦悩を離れて寂滅の世界に入ることをいふのであることが窺はれるのであります。  二種涅槃界  涅槃は印度の言葉でニルヴァーナであります、これを支那の音で訳して始めは泥?と書き、後に涅槃と書くやうになつたのでありますが、これを支那の言葉に飜訳すれば滅度とか円寂とかといふ意味のものであります。その滅度といふのは煩悩を亡ぼして生死の海を度るといふことであります。円寂といふのはすなはち寂滅為樂の意味でありまして、我々の心が寂靜となり、永く清涼で、大安樂の境地に達することをいふのであります。しかしながら、かやうに、我々が一切の煩悩を絶つて寂靜の境地に到るには階段がありまして、涅槃界が二種に区別せられて居るのであります。その一は有?依涅槃界で、一は無?依涅槃界であります。  有余依涅槃  「本事経」の中に、有余依涅槃界のことにつきて次のやうに説明してあります。  「巳に阿羅漢を得て、諸漏巳に尽き梵行巳に立ち、所作巳に辨じ、巳に重擔を捨て、巳に自義を証とり巳に有結を尽し、巳に正しく解了し、心善く解脱し、巳に遍知を得、宿行を縁となし、感ずるところの諸根なほ相続して住し、諸根を為すといへども、觸を現する種々好醜の境界をよく厭捨して執著するところなく、愛恚等の結、皆永く断ずるが故に、愛恚のためにその心を纏繞せられず、諸の色、声、香、味、觸、法に於て、見、聞き、嚊ぎ、甞め、覚え、知らむを求め欲するとき眼を以て諸色を観、耳を以て諸声を聴き、鼻を以て諸香を嚊ぎ、舌を以て諸味を嘗め、身を以て諸觸を覚る、意を以て諸法を知るといへども、愛恚等の結、皆永く断ずるが故に貪欲なく、また瞋恚なし、その身相続して世に住し、未だ般涅槃せず、常に天人の為に膽仰禮拝、恭敬供養せらる、これを有余依涅槃界となす」  諸漏といふのはもろもろのけがれであります、梵行は善き行であります。精進努力によりてもろもろのけがれが尽き、善き行が出来るときには重きわづらひはなくなり、又有結と申して迷ひのきづなを断つによりて心よく解脱するのでありますから、眼・耳・鼻・舌・身・意の諸根が、はたらひても、それによりて貪欲が起ることなく、瞋恚も亦あらはれることがなくなるのであります。しかしながら、そこにはなほこの身体が殘つて居るのでありますから、これを有余依涅槃といふのであります。  無余依涅槃  無余依涅槃界のことにつきては、次の通ほりに説明してあります。  「巳に阿羅漢を得て、諸漏巳に尽き梵行巳に立ち、乃至、巳に遍知を得、今時に於て、一切の受くるところ、引因なきが故に、また希望せず、皆永く尽く滅し、畢竟寂靜、究竟清涼にして隱没して現ぜず、ただ清浄の無戯論体に由る、かくのごとき清浄無戯論体は、有といふべからず、無といふべからず、亦有亦無といふべからず、非有非無といふべからず、ただ不可施設、究竟涅槃と説くべし、これを無余依涅槃界となす」  有余依涅槃にあつては、煩悩は巳にこれを断ちたれども、その身体がなほ相続して居るから、眼・耳・鼻・舌・身・意の諸根がはたらいて、種々好醜の境界を受くるものである。しかるに、その身体が相続せずして、もろもろの所受が皆滅びて、多くの戯論が皆息むに至るものを無余依涅槃と名づけるのであります。  涅槃の相(一)  かやうに、涅槃界を有?依と無?依この二つに別けるのは、要するに、人間の身体の有ると無いとで、区別したのであると考へて差支ないのであります。人々はその智慧を研き善行を修めることによりて、もろもろの煩悩を断つことが出来るのでありますが、しかしながら、その身体がなほ相続して居りますから、もろもろの境界を感受することは巳みませぬ。それを有余(有余依を略して)涅槃と名づけるのであります。巳にその身体がなくなりて、もろもろの境界を感受することがなくなれば一切諸法の本性清浄なる境地に達するのでありますから、これを無余(無余依を略して)涅槃といふのであります。さうして、この涅槃の相につきて「金光明最勝王経」に説いてあるところによりますと、仏教にて説かれるところの涅槃の意味が善くわかるやうであります。それは大略次の通ほりであります。  「仏はあらゆる煩悩の障を断ち尽す故に、涅槃と名づける。又仏は衆生の無性と、法の無性とを了とる故に、平等なる法身を証る故に、生死を涅槃と名づける。又すべての煩悩は欲を本とし、欲から生れるものであるが、仏はこの欲を断つ故に涅槃と名づける。巳に欲を断てば一つの法も取ることはない、取らなければ去らず来らず、これを涅槃と名づける。かやうに取るところなき法身は生れず、又滅びず、言葉でのべることは出来ない、これを涅槃と名づける。又仏はあらゆる煩悩は塵の客、法性は本とさとる故に、又真如のみ真実にして、この?は皆虚妄、さうして法の実の性は真如、真如の性は如来とさとるが故に涅槃と名づける。又実の性は永く論議を離れる、さうして如来はこの実の性をさとりたまふ、これを涅槃と名づける。又不生といふことは実、生まれるといふことは妄である。愚癡は生死の海に漂よはされるが、如来の体には妄はない、これを涅槃と名づける」  これによりて見ますると、涅槃といふことは妄想の識の滅亡することを指すのであるといふことが知られるのであります。  涅槃の相(二)  涅槃の相につきて、更に次のやうな意味のことが説いてあります。  「如来には施と施の果、戒と戒の果、忍と忍の果、勤と勤の果、禅定と禅定の果、智慧と智慧の果に我と我所といふ分別が全く除かれてある。これが涅槃である。又自から愛するものは求める、求めるからいろいろの苦しみがある、如来はこれを断ちたまふ故に、そこに涅槃がある。如来は涅槃に入りたまはず、常にすぐれたる行をなしたまふ、それは生死に涅槃の平等なることをさとりたまふ故に、生死に居らず、涅槃に住らず、諸の衆生を厭ふことはない。又如来は愚なる衆生を悟らしめやうと念ふことはないが、昔の善根の力によりて、その人々の根機に随ひて自然に教へ導き救ふて窮まることがない。又如来は敬ふ念なく、常に如来に向つて訶り罵る衆生にも、又敬ひ讃《たた》へまつる衆生にも全く平等の慈悲を起したまふ。又如来には愛・憎・驕・貪等の煩悩はない、常に寂静を樂《ねが》い、欲の少きを讃《たた》へ、あらゆる心のみだれを離れたまふ。又如来は或人の富みて盛なるを見ても喜ばず、その衰へをも憂へることはない。ただこの人の正しい行を修むるを見ては大悲を以て救い、もし邪の行を修むるを見ても同じく救ふのである。如来はかやうに辺《ほとり》ない正しい行がある。これが真の涅槃の相である」  これによりて見ると、涅槃は無我であり、自在であり、求めるものがないから一切の法を得ることが出来る、又涅槃は大樂である、大樂といふのは苦もなく、樂もなく、遠く一切の煩悩を離れ、業も身も心も皆清浄であるところの境地を指していふのであることが知られるのであります。  法性の真理  かくの如き涅槃の境地は、いふまでもなく、有為の諸法は皆尽きて、無為常住の法性の真理のみになつたものであります。「唯識大意」と申す書物の中に  「無余涅槃と申すは身も心も皆ほろび失せて又いづくにも生せずして永く去り果つる也、是即有為の諸法は皆尽き失せて無為常仕の法性の真理のみにあるなり」  と説いてありますが、この説の通ほりに、無余涅槃といふのは身も心も皆無くなりて、それが再び生じないで、ただ法性の真理のみが存するやうになるのであります。それ故に、この意味からいへば、無余涅槃といふことは我々が我々の迷妄の世界から消えて再びこの迷妄の世界に生れないことを言ふのであります。我々の身と心とが、全然滅亡してただ法性のみとなつたことをいふのであります。  寂滅為樂  寂滅為樂といふことはまさに此の如き境地を指すものでありませう。しかしながら、我々がこの世界から消えて再び生れて来ぬといふことになると、それは大変にたよりのないもののやうに考へられるのであります。「唯識大意」にも、このことにつきて  「これをいみじきことにして声聞縁覚はかく成らむと願ふなり、寂滅為樂なれば、誠にこれもいみじき果なり、身も心も長く失せぬと聞けば心細きやうに覚ふるは凡夫の心の拙なくして、身を愛し生を貪ぼる煩悩に纏はれて涅槃減靜、無為常住の樂を恐れ候なり」  とあります通ほりに身もなくなり、心もなくなり、法性の真理のみとなるといふことはこの身と心とに執著して居る我々に取りてはまことに心細いことでありますから、さういふ涅槃寂靜は決して希望せらるべきものではないでありませう。  大菩提心  それから「唯識大意」には次のやうなことが説いてあります。  「若しそれ我身は失せ、世は永く絶へぬるとも、それは苦しからず、唯さなりぬれば衆生利益の徳の永く闕げなむことを心憂ければ、声聞にも、縁覚にもならじ、仏に成らむと思はむは目出度き心なるべし、是即大菩提心なり」  涅槃寂靜の境地に至りて身も心も失せて、この世は永く絶えぬのであるが、それは苦しからずとしても、それでは衆生を利益することが出来なくなるから、それで修行して声聞となり縁覚となることを望まずして、仏になることを希望するものとすれば、それは大菩提心であるから、まことにめでたき心であると説かれるのであります。これは生死の苦界に流転して、それを離るることの出来ないものの心をはかりて、身と心とが消え失せては衆生を利益することが出来ないから、仏になりて衆生を利益しやうとするならば、それは大菩提心であるからめでたき心であると説かれるのであります。さうして、大菩提心の赴くところは終局、浄土でありとすべきでありますから、仏に成らむと思ふといはれることも浄土菩提に至るといふことも、同一の意味に取られるのであります。  輪廻を願ふ  そこで「唯識大意」には更に次のやうに説いてあります。  「応さに知る、浄土菩提に至りなば、身も樂しき世にもならむずれば、そこに至らむと願ふは全く淨土菩提を願ふにはあらず、ただこれ生死輪廻を願ふなり」  いかにもさうでありませう。涅槃寂靜の境地に至るといへば、まことに寂滅の心細い感じがするのでありますが、それを浄土として、そこには常住の樂しみがあると聞いて、その浄土に赴かむことを願ふのは、決して浄土菩提を願ふのではなくして、その実、生死輪廻を願ふのであります。  「生れては何かせむ、生ずるものは必ず滅す、樂しくして何かせむ、有為の樂しみは必ず尽る期あり、浄土の樂は此世の樂に異なる故に、菩提の果は生れて至るところにあらざるが故に、されば唯、衆生濟度のために、二乗にならじ、仏にならむと思ふべきことにこそ候なれ、此心は即ち浄土に生るべき因なり、衆生濟度する間には身を失い、命を亡ぼすこと幾ばくぞ、衆生のためにはたとひ身智永く亡ぶとも厭はじ、左なくても利益だにあらば、望みとするに足りぬ、然れども、左なりなば衆生利益を事契ふまじければこそ仏になり度候けれ是を以て明かに知る菩提心なくしては浄土に生せずといふことを」  寂滅為樂といふことは、いかにも哲学じみた空漠の考のやうでありますが、しかしながら、さういふ心境に到るといふことは、大菩提心を起して仏にならむと望むことに外ならぬものでありますから、宗教的に言ふ場合には、浄土に至ると申してよろしいことでありますが、それも淨土は滅度であり、円寂であり、安樂であるからと言つて、その樂しみを目的にするときには、それは決して浄土を願ふにはあらずして、生死輪廻を願ふのであります。それ故に、言葉を換へて言へば、大菩提心なくしては、涅槃寂靜の境地に至ることは出来ぬと説かれるのであります。  無為の都  かやうにして、涅槃寂靜をば、その内容から見れば一切の煩悩を断ちたる状態でありまして、完全にその状態に達することは身体の死したる後であるべき筈であります。それ故に涅槃寂靜はこれを宗教的感情の上から考へて、ある特別の場所であるかの如くに言はれるのは無理のないことであります。支那の善導大師は善導流の念仏の開祖でありますが、その書物の中には西方寂静無為の都と名づけて、涅槃寂靜の境地を恰かも地理学的の邦土のやうに説いてあります。その外、安養の浄土とか、極樂とか、真実の報土とか、いろいろ綺麗な名称がつけられて居るのであります。そのことにつきましては今、ここでは深くお話致すことをやめまして、親鸞聖人が法性の都と言はれたことにつきて、少しくその意味のあるところをお話致しませうと思ひます。  法性の都  親鸞聖人が著はされました「唯信鈔文意」の中に、次のやうな説明があります。  「来迎トイフハ来ハ浄土へキタラシムトイフ。コレスナハチ若不生者ノチカヒヲアラハスミノリナリ、云云、スナハチ他力ヲアラハスシコトナリ。マタ来ハカヘルトイフ、願海ニイリヌルニヨリテカナラズ大涅槃ニイタルヲ法性ノミヤコへカヘルトマウスナリ、法性ノミヤコトイフハ法身トマウス如来ノサトリヲ自然ニヒラクナリ、サトリヒラクトキヲ法性ノミヤコヘカヘルトマウスナリ」  来迎といふことは、元来ならば、来り迎へるのでありますから、仏が来たりて衆生を迎へたまふのでありますが、親鸞聖人の説明によりますと、来迎といふのは我々衆生が浄土へかへることで、仏の方が待つて居られるといふ意味でありまして、これを法性の都へかへると申されるのであります。さうして、その内容から申せば、如来の本願に摂取せられて必ず涅槃のさとりを開くことを法性の都へかへるといはれるのであります。わざわざ法身とまうす如来のさとりを自然にひらく、そのさとりをひらくときを法性の都へかへるとまで説明してありますから、釈尊が涅槃寂靜といふ言葉にて言ひ現はされたる意味、同しやうな心の状態を指して居られることは疑のないことでありませう。  真実報土  親鸞聖人は又、その「三経往生文類の中に  「大経往生トイフハ如来選擇ノ本願、不可思議ノ願海、コレヲ他力トマウス、コレスナハチ念仏往生ノ願因ニヨリテ必至滅度ノ願果ヲ得ルナリ、現生正定聚ノ往ニ仕シテカナラス真実報士ニイタル、コレハ阿弥陀如来ノ往相廻向ノ真因ナルカユへニ無上涅槃ノサトリヲヒラク、コレヲ大経ノ宗トス、コノユヘニ大経往生トマウス」  と説いて居られます。ここに真実報士といはれるものが法性の都と同一の意味であることはこの説明の文句の上から見て明かなることでありませう。我々は如来の本願の力によりて必ず涅槃(滅度)のさとりをひらくことが出来るといふことを説明して必ず真実報土に至ると言はれるのであります。これを我々の心の相の上に見るときは、涅槃寂靜の状態に達したことを指していふに外ならぬのであります。無論、法性の都へかへることも、真実の報土に至ることも、死後のことでありますが、それが現在の心の上にあらはれてここに宗教のはたらきをあらはすものであります。たとへて申せば、明日・明後日はまだ来ぬ未来のことでありますが、明日・明後日のことにつきて考へるのは今日でありまして、それが常に我々の生活の上の問題であります。  欲生我国  親鸞聖人がここに大経往生といはれるのは「大無量壽経」に説かれて居るところの念仏往生の願果を得ることを言はれるのでありまして、その意味は大略次の通ほりであります。  念仏往生の願といふのは「設我得仏、十方衆生、至心、信樂、欲生我国、乃至十念、若不生者、不取正覚」といふので、十方の衆生が、心を至して、仏の命を信樂して、仏の国に生れむと欲して、仏を念ずるとき、それが生れなかつたならば自分も仏にならぬといふ願でありまして、この願が成就して巳に仏になつて居られるのであるから、十方の衆生にして念仏するものは必ずこの不可思議の本願に摂取せられて、仏の国に生れることが出来るといふのであります。さうして、この仏の国が真実の報土と名づけられて居るのであります。至心・信樂・欲生といふことにつきては別にくわしく説明を致さなければならぬのでありますが、今はこれを略して、親鸞聖人によれば、この至心といふことは我々が心を至すのではなくして、仏の心それ自身、我々の心の上にあらはれて至心となるのであり。信樂も、欲生も亦それと同じく、仏の至心のあらはれに外ならぬものであると説明せらるのであるといふことを一言して置くに止めますが、かやうに一切の心のはたらきが我々の自力のはからひを離れたるところに始めて真実の道が開けるといふことが念仏往生の願の真実の意味であります。さうしてこの心の趣くところが真実の報土であると言はれるのであります。  仏教の目的  この前に仏法の三法印と申すことをお話致しましたが、それは仏法の印形とすべきものを三つ挙げたのであります。それはその時にも申したやうに、仏教の経典の中に、小乗のお経といふものがありまして、その小乗のお経の中には仏法でないものが交つて居るといふところから、それをよりわけるために、この三つの印形が押してあればそれが仏法であり、若しこの印形が押してなければ仏法でないといふやうに、三法印といふものが説かれたのであります。さうして、その三法印と申すのは、前にも申したやうに諸行無常と、諸法無我と、涅槃寂靜との三つであります。  これまで、この三法印のことにつきてのお話を始め、涅槃寂靜のことを少しばかりお話いたしたのでありますが、これから、今少しくわしくそのことにつきてお話いたさうと思ひます。元来、仏教が宗教として如何なることを目的として居るのであるかと申しますと、それは全く涅槃寂靜の境地に赴むくことであります。言葉をかへて言へば涅槃の悟りを開くのでありまして、それが仏教の最後の目的であります。  でありますから、いくら智慧を磨いても、いくら考を立派にしても、又いくら道徳を堅固に修めても、その心が涅業寂靜の境地に至らなければ決して宗教の目的を達したものといふことは出来ないのであります。  涅槃の意義  しからば涅槃といふことは、果して如何なるものであるかといふことが第一の問題でありませう。このことにつきては巳に前にも申したので、大体の説明はすむだのでありますが、なほこのことにつきて更に説明を致して、涅槃の意義を明かにして置きたいと思ひます。それは、涅槃といふ言葉の意味でなく、又それにつきてのこれまでの所見でなく、宗教の上から見ての涅槃はどういふものであるかといふことを十分に明かに説明したいのであります。  理想の境  釈尊が四諦の真理を説かれたことは巳に前にくわしく申した通ほりでありますが、それは苦諦・集諦・滅諦・道諦の四諦であります。さうしてその第一の苦諦といふのは人生は苦しみであるといふ真理であります。我々人間には愛欲といふものがあるから、すべてに執著する心を離るることが出来ないために、人生は苦であると知らねばなりませぬ。その苦しみは我々の渇愛の心によりてこれを集めるのでありまして、苦しみといふものが独立して存在するのではありませぬ。苦しみといふものが我々の心の外にありて、それが我々の心の内へ飛び込むのではなく、外のものは如何やうにありても、我々の心がこれを苦しみにするのでありますから、これを集諦に名づけるのであります。  この苦しみと、その苦しみの原因であるところの愛欲とを滅ぼすことによりて我々は始めて涅槃寂靜の境地に達することが出来るのであります。さうして、この苦しみの原因たる愛欲を滅ぼし、苦しみを集むることがなくなるやうにするには、八正道を修めることを要すると、かう釈尊は説かれたのであります。  それ故に、涅槃とは、八正道を修むることによつて、我々の心が安樂の境地に到ることを指していふのであります。前にも申した通ほりに、もろもろの煩悩の障を断ち尽して、妄想の識が全く無くなることが、すなはち涅槃であると説かれるのであります。  かやうにして、涅槃寂靜は我々に取りて全く理想の境地であります。如何にしても煩悩の障を断つことが出来ず、妄想の識を全く無くすることの出来ない我々の現実にありては、かくの如き涅槃寂靜は全く理想として、そこに到ることを願ふべきものであります。  安樂の世界  涅槃は安樂の世界であると言はれて居ります。しかしながら、その安樂といふものは我々が日常感じて居るところの苦悩に対してあらはるべき安樂ではありませぬ。我々の世界にて苦しみと樂しみとを区別するのは、全く得手勝手に苦しみにし、或は樂しみとするので決して苦と樂がきまつて居るわけではありませぬ。今ここで涅槃といふのは苦しみの原因をなすところの愛欲を除くことによりて始めてあらはるべき世界でありますから、そこには我々の世界にあるやうな苦しみもなく、又樂しみもなく、この点から言へば人生の苦樂を超越して、苦樂の心から離れたる世界であります。涅槃寂靜の境地はかやうにして安樂の世界であります。  心の改造  安樂の世界に到るときは、もろもろの苦しみは無く、よろづの樂しみが常にあらはれるといふ場合、苦しみとか、樂しみとかといふやうなものが、その世界にありて、さういふ安樂の世界に到るのであると考へられ易いのであります。しかしながら、前にも繰返して申したやうに、苦樂は我々の心の集めつくるところでありまして、決して我々の心の外に苦樂が独立して存在するのではありませぬから、安樂の世界に到るといふことは全く我々の心が外方からの事件によりて苦樂の心をあらはすことのない状態に外ならぬのであります。  我々人間には生れるといふ事実があります。又死なねばならぬといふ事実があります。この事実は如何ともすることの出来ぬものでありますから、我々はそれに対して常に苦樂を感ずるのであります。それ故に、その事実を除くときは苦樂を感ずることはない筈でありますが、しかしながら、その自然の事実を除き去るといふことは到底我々には出来ぬことであります。それ故に、我々が苦樂を離れるといふことは、苦樂をあらはすべき心の状態を改めて外方の事実はその儘にして、それによりて苦樂をあらはすことのないやうにするに外ならぬのであります。  如実修道  かやうに考へれば、涅槃寂靜の境地に到るといふことは、現実の我々の心から言へば、全く理想の境地を願求することであります。しかもそれは釈尊が説かれるところによると、如実に八正道を修めることにのみよりてその目的は到達せらるべきものであります。さうして八正道を修めるといふことは結局、愛欲を断つといふことをその目的とするものであります。それ故に、前にもくわしく申したやうに  「諸行は無常であり、諸法は無我であるにも拘らず、無常の世界にありて有常を求め、無我の世界に有我を欲するために、我々人間の生活は常に苦であるのに、その理をさとらずして更に惑を起し、業を起し、三界に流転する」  のでありますから、釈尊は涅槃の法を説き、それによりて寂滅の樂を得せしめやうとせられるのであります。さうして釈尊の教へられるところによれば、我々が涅槃寂靜の法を得るといふことは如実に道を修めるの外にはないのであります。如実に道を修めるとき、その心の赴くところがすなはち涅槃の境であります。  愛欲の断滅  そこで、極めて平易に、又約めてこれを申せば、涅槃といふことは愛欲が無くなつた状態であります。仮に涅槃といふところをば、ある特別の国土であると推定し、その国土が何れかに存在するとして、その国土に到るときには我々には愛欲の心が全くその跡を絶つものであるとしたところで、結局、何時でも問題になるのは我々の心の状態であります。それ故に、涅槃寂靜の境地に到るといふことも、我々の心の中に愛欲が無くなる状態を指すものに外ならぬと考へることが最も至当でありませう。さうすれば、ここに実際上問題になるのは愛欲を断滅するといふ事項であります。かやうにして、仏教にありて、涅槃の悟を開くためには愛欲の断滅を第一にするといふことが強調せられ、多くの修行者はこの方面に向つて努力したのであります。  愛欲の浄化  しかしながら、愛欲は人間に免ることの出来ない本性でありますから、いかにそれを断滅しやうとしてもそれは断滅せらるべきものではありませぬ。小乗の教をする人々は愛欲を断滅するにあらざれば涅槃の境に至ることが出来ぬとして、如実に苦行を修めてその目的を達せむと努力したのであります。しかるに、大乗の仏教になりまして、さういふことは我々人間の本性を無視したものであるとして、かくの如き苦行によりて愛欲を断滅するの道に進まず愛欲その儘の相をながめて、煩悩即菩提、生死即涅槃の考が起つたのであります。煩悩が即ち菩提であり、生死が即ち涅槃であるといふことは、哲学的の考が進みて、三界は唯一心であり、心と仏と衆生とが全く一とつのものであるといふ見地から、煩悩と菩提とが、その本質に於て各別のものでないことを根拠として、煩悩を除きて菩提を得るのでなく、煩悩を転じてそのまま菩提にすることを説いたのであります。平易にこれを言へば、我々は愛欲の奴でありながら、その愛欲を浄化することによつて涅槃の境地に到ることが出来ると説かれるのであります。  愛欲の否定(一)  しからば、如何にして、愛欲を浄化すべきかと申すに、それは我々のやうな愚昧のものとしては、これを否定するより外には道がないのであります。しかしながら、ここに否定するといふのはその愛欲の価値をなくすることをいふのでありまして、愛欲を打ち消すことを指していふのではありませぬ。元来、我々は愛欲そのものに常に多大の価値を置いて居るのであります。たとへは或物が欲しい、或は或人が憎いといふやうに、愛欲の上に多大の価値を置いて居るのでありますから、そこで或物が欲しいといふきにはいかにしてもそれを得やうと努力し、他の人を突きのけてもなほこれを我物にしやうとする。また憎いと思ふときには、憎い人に対していろいろの手段を施すのであります。しかもこの愛欲は人間の自性として、到底これを断滅することは出来ませぬが、その価値を否定することは、そこに気がつけば我々にも出来るものであります。煩悩を断じて涅槃を得るといふことは到底不可能のことでありますが、煩悩を断ぜすして涅槃を得るといふことは、煩悩の否定によりて我々にも出来得ることであります。  愛欲の否定(二)  たとへば昔の高僧の中に、自分の名聞利養の心を拝がむだ方がありますが、それは名聞利養の心は煩悩の主要なるもので、仏教では、最も悪むべきものとして排斥せられて居るものであります。しかしながら、その高僧は幼若の頃に、年が長じて後に、名僧となりてその声譽を天下に檀にしやうと念願した、この名聞利養の心が本になりて、修業した結果、その地位に到達したのは全く名聞利養さまのお影であると、その煩悩の心をおがまれたのであります。ここに普通の名聞利養の心の価値は否定せられて、それが浄化せられてあらはれて居るのであります。又昔の妙好人の中には自己の煩悩に気をつけてかかる煩悩具足のものを如来さまがおたすけ下さると感謝して、煩悩の起るごとに一々それを否定して喜びの心をあらはしたものが多かつたのであります。  愛欲の否定(三)  無上菩提を獲得したのが仏であるとして、さて仏にならうといふ愛欲が起るとすれば、それは愛欲の不浄のものでありませう。明慧上人が「仏に成つて何かせむ」と言はれたのもこの辺の消息を示すものでありませう。自分のやうに愚悪のものを向上せしめて仏のやうに円満の人格にしやうとする念願は、たしかに我々の愛欲のあらはれでありませう。しかるに、我々は「何れの行も及び難いものであるから地獄は必定である」と、到底仏になることの出来ぬものであると内省するときに、仏にならうとする愛欲は浄化せられて、仏になることの出来ない自身の相を見るときに、そこに我々は涅槃寂靜の境地に到るべき道程に進むで居るものと言はねばなりませぬ。極樂に行きたいと念願して、しかしながら自身を反省すれば到底極樂に行くことの出来ぬものであると、その愛欲を否定したときに、そこにはたらくものは浄化せられたる愛欲にして、極樂を念願することであります。「極樂はたのしむと聞いて參らむと願ひのぞむものは仏にならず」して「極樂には行くことの出来ぬ自身ぞ」と、不浄なる念願を否定したものこそ、真に極樂に行くことが出来るでありませう。  後の有を受く(一)  前に有余涅槃と無余涅槃とのことをお話致しましたが、有余涅槃の方では善行を修めることによつて煩悩はこれを断つことが出来たが、その身体がなほ相続して居るためにもろもろの境界を感受することが巳まぬのであります。これに反して、無余涅槃にありては身も心も皆無くなつてそれが再び生じないで、ただ法性の真理のみが存するやうになつたのであります。この場合、釈尊は、十二因縁といふものを考へて、後の行を受くるといふことを高調して居られるのであります。そこで十二因縁につきて、先づ老死から考へて見ますると、我々人間には年を取るといふことと、死ぬるといふことと、すなはち老死があります。これは生まれるといふことから起るものでありますが、その生といふものは有といふものから起るのであります。有といふのは我々がこの世に生きて居る間に、貪欲・瞋恚・愚癡などといふやうないろいろの煩悩をつくり上げて、その結果、生死を離るることが出来ないやうになり、人間の生を受くる結果を有して居るのであります。我々は常にいろいろのことを考へ、いろいろの行をなし、さうしてそれが得手勝手のことでありますから、その結果、どうしても生死を離るることが出来なくして後の有を受るのであります。それ故に、涅槃の境地に到るものはこの後の有を受くることのないものでなければならぬのでありますが、後の有を受くることがないとすれば、すなはち再びこの世には生れぬのであります。この意味から言へば涅槃寂靜といふことは再び生れないことであります。完全に死ぬることであります。無余涅槃といふ境地は明かに此の如き状態を指して言はれるのであります。  後の有を受く(二)  そこで問題をすべきことは、後の有を受けぬといふことであれば、それは何れの場合でも後の有を受けないのでなければなりませぬ。今は有を受けて居るが、後には有を受けないといふのではその意味が甚だ不徹底であります。後の有を受けないものであれば、今でも有を受ける訳はないのであります。後の有を受けないものは立派な善行を修める人でありますが、その立派な善行の中に有を受くべき筈はないのであります。我々のやうな凡夫が後の有を受るのは平常の行が善くないからであります。それが後になりて後の有を受ることが無くなるといふことはない筈であります。若し後に至りて有を受けないといふのならば、平常からして有を受けないものでなければなりませぬ。この論理から見れば涅槃といふことは生死の苦界にありて、しかも生死の苦界に住しないといふことでなければなりませぬ。  後の有を受く(三)  我々は今、現在に後の有を受けるやうなことをして居るから、その結果として当然、後の有を受けるものであります。しかしながら、将来には後の有を受けぬやうに我々が念願するべきは、その有を受けないといふことは全くその理想でありまして、未来にさういふことを念願するだけのことであります。聖者すなはち菩薩等でありますると、有を受けるやうな種を造つて居ないから、その結果は、当然、涅槃寂靜の境に赴かるべきでありますが、我々は決してさうでありませぬ。毎日毎日有を受けるやうな、苦しみの果報を受けるやうな種ばかりを造つて居るのであります。しかるに、それに気がついて、後の有を受けないやうに念願するとしましても、それは何時でも念願であり、理想でありまして、決して現在の事実ではないのであります。さうして、その念願によりて出来るべき涅槃は決して、真実の意味にていふところの涅槃ではありませぬ。  後の有を受く(四)  無余涅槃といふものは、どこまでも後の有を受けないところに存するのであります。しかるに、我々は常に後の有を受るやうなことをして居るのであります。それ故にその結果、当然涅槃寂靜の境地に赴むくことは出来ぬのであります。ところで、我々といへども、未来に後の有を受くることのないやうにといふ希望を持つことは出来ます。希望を持つことは出来ましても、それは決して現在の事実ではありませぬ。聖者が善行を修めて後の有を受けないといふことは事実でありますから、必ずその結果はさうなるのでありますが、これに反して我々が後の有を受くるやうなことをしながら涅槃寂靜を希望するのは決して事実ではありませぬから、そこに到達しやうとするところの涅槃は、決して受けないものであるとは言はれませぬ。  寂靜の意義  かやうな次第でありますから、涅槃寂靜の境地は我々が人間の智慧を以て判断して行くべき所ではありませぬ。我々の心の状態にして考へるところの寂靜でもありませぬ。どうも我々の心が騒しくて困るから、それを静かにしやう、その静かなる状態に達したのが涅槃であるといふやうな意味の寂靜ではありませぬ。我々の現在に、後の有を受けるやうにはたらいて居るところの連続としてあらはれるところの境地ではないのであります。聖者が善行を修めてさうして到達するところが涅槃寂靜であります。それ故に、善行を修めて到達すべき涅槃寂靜の境地は、現に善行を修めるといふことと連続したものであります。それ故に、その身体が猶ほ存在して居りましても、その心が巳に煩悩を断じて居ればすなはち涅槃寂靜の境地でありますから、これを有余涅槃と言はれるのであります。  涅槃の四徳  その涅槃の境地の状態を示すために、涅槃の四徳といふことが説かれて居るのであります。涅槃の四徳といふのは常・樂・我・淨といふ四つの徳が涅槃にあるとせられるのであります。我々の世界は無常であります。どんなに考の浅い人でも世の中が無常であるといふことはわかるでありませう。けれどもその無常そのものが我々のためには苦しみとなつて居るのであります。生れるといふことも、年を取るといふことも病気をするといふことも、死ぬるといふことも、皆無常に外ならぬものでありますが、それが苦しみであります。かやうな無常の世界を離れた涅槃の境は、常であります。我々の世界は本より我々が自から造つて居るものでありますから、自分に都合のよいやうに、得手勝手に考へて、苦しみの心をあらはすのが常でありますが、この世界から離れて涅槃の境に至れば苦しみはなくなりて、安樂の世界が開ける筈であります。又我々が自分といふものを造り出して、所謂自是他非の心が起るのが常でありまして、我他彼是の差別に心を悩ますのであります。しかしながら、それは決して本当の我ではないのであります。涅槃の境に至りて我々は真に我といふものをあらはすことが出来るのであります。それから、我々の身体はまことに不浄のものでありますが、それを不淨と考へぬところにいろいろの迷があらはれるのであります。かやうにして、涅槃の境地にありては、かやうな無常、苦悩、仮我、不浄に対して常・樂・我・淨の四徳があると説かれるのであります。  四つの顛倒  まことに、我々の世界には四つの顛倒が行はれて居るのであります。我々は常でないものを見て、これを常に思い、苦しみの世界にありながら、苦しみと知らずして樂しみと感じ、仮の我を誤まつて真の我と考へ不浄のものを以て綺麗のものであるやうに思ふのであります。これを四つの顛倒と申すのであります。さうして、我々は常ならざるものを以て、これを常のものとしやうと思ひ、苦しみであるところのものを曲げて樂しみとしやうと思ひ、仮の我を以てこれを真の我としやうと思ひ、不浄のものを以てこれを清浄のものとしやうと思ふのでありますから、そこに煩悩といふものが盛にあらはれるのであります。この四つの顛倒は正に涅槃の四徳と相反するものでありまして、しかも、我々の心の常の有樣は顛倒を免れないものでありますから、我の心のはたらきを以ては到底、涅槃寂靜の境地に到ることは出来ぬのであります。  彼岸の世界  かういふ次第でありますから、宗教の感情の上からいふときは、涅槃の境地は、どうしても我々の現実の世界を離れたるものでありまして、これを彼岸の世界であるとすることは、まことに当然のことでありませう。彼岸の世界が果して何処であるかといふことは固より我々の知るところではありませぬ。しかしながら、我々が生死の苦界を離れるためにはどうしてもそこへ行かねばならぬところであります。若し釈尊の教に從ふて如実に八正道を修めることが出来るならば、その人は必ず涅槃寂靜の境地へ赴くことでありませう。それは常・樂・我・浄の四徳が備はりたるところで、それよりしてこの人間の世界へは再び生れて来ることはないのであります。それは固より現在の世界で同一のものではありませぬが、しかも決して相離れたものではありませぬ。卑近の譬喩を以て言へば明日が今日と同一のものでなくしてしかも今日の連続であると同様であります。今日は現在の世界であり、明日は彼岸の世界であります。明日はいかやうなものであるかといふことは到底我々にはわからぬことでありますが、今日の現在につづきてあらはれるものであります。我々は明日のことにつきて何事をも知ることが出来ませぬ。しかしながら現在の今日にありて、明日の必ず来るべきことを信じて疑はぬのであります。それ故に、彼岸の世界を涅槃寂靜の境地にすれば、それを極樂浄土に名づくることは至当でありませう。前にくわしく申した通ほりに涅槃寂靜の境地は、我々の煩悩が断絶せられ妄想の意識が全くなくなりたるところでありますから、それは必ず真如法性の世界であります。決して彼の燈火が消えて跡方がなくなつたやうな虚無の世界ではありませぬ。前に挙げた譬喩にて言へば、今日から見たる明日の如きものであります。明日は決して見ることの出来ぬものでありますが、今日の現在に、重要の関係を存するものであります。明日はこれを見ることが出来ぬものでありますけれども、我々が今日、生きて居るといふことが極めて大切の事実でありますから、そこで明日といふことが我々にとりて大切なるものであります。この意味に於て、極樂浄土を認むるといふことは、我々の日常の生活の上に極めて大切のものであります。  昭和六年九月十二日印刷  昭和六年九月十五日発行  (定価金一円二十錢) 東京市麹町区内山下町一丁目一番地 東洋ビルデンの四階 中山文化研究所 秋山 不二