序文

ランチェスター法則は、「第一法則と第二法則の2つのみ」と考えられてきた。
本文はこれに対し、第三法則が存在することを明示する。

ランチェスター法則は、F.W.ランチェスターの著作「戦闘における航空機」の 「第5章 集中の原理 /N二乗の法則」(以後、「N二乗論文」と呼称)にて説明されている。

N二乗論文は、次のように区分されている。

19 集中の原則
20 古代と現代の交戦状況の退避と防衛方法
21 近代の条件に対する研究
23 分割された力の弱さを表すグラフ
24 数学的処理法の妥当性
25 同等の力のない戦闘部隊
26 武器効率の影響
27 N二乗法則の調査結果
28 数字上の事例
29 違った効果を持つ武器の使用例
30 様々な前提
31 予想外の推論
32 歴史上の事例

(22は原書にも見当たらない。)

本文では、ランチェスター経営株式会社・竹田陽一氏が発行した日本語訳を引用する。

文中、青文字で書かれている部分は、「N二乗論文」より抜粋したものである。

なお、文中盛んに「ランチェスター」という用語が出てくるが、次のような区分でご理解いただきたい。

1)「ランチェスター」のみの場合は、法則を発見したF.W.ランチェスターを示す。
2)「ランチェスター法則」は、F.W.ランチェスターが理論立てた戦闘の法則。
3)「ランチェスター戦略」は、ランチェスター法則をビジネスに応用した競争の戦略。


第一法則と第二法則

第一法則、第二法則は、次のように説明されている。

古代は、現代の防御方法と比べて重要な違いがある。

古代は武器に対しては武器で戦っていた時、防御行為は積極的かつ直接的であり、相手の剣や斧の一撃は自分の剣や盾で受け流していた。つまり戦いはすべて「直接戦」であったのだ。

一方、近代の条件下では銃に対しては銃で立ち向かい、大砲に対しては大砲で防御している。
近代武器の防御は、相手の砲弾を自分の大砲で直接的に受けるわけではなく、「間接的戦い」になる。

つまり敵は、相手方を殺すこと以外の方法で自分自身を守ることはできないのである。

古代戦と近代戦における戦い方の違いは、歴史的にみて集中力の重要性は決して同じ内容ではない。

古代の条件下では実際の戦線にほぼ同数の兵士を連れてくる事よりも、戦略上の計画とか戦術的策略を練ることの方が難しかった。

つまり古代戦の戦いでは、いつも1人の人間が1人の人間にのみ相対していたのである。

もし仮に相手が、戦場のある一部で敵兵の2倍の兵士を集中しても、戦線が保たれている限り、現実に武器を振り回している兵士の数は、双方とも大体同じとなるであろう。

しかし、今日の条件下ではこのようなことは、全て変わって来ている。

要するに、火器という「飛び道具」を使用するようになった現代は、数の上での優勢が即時に戦力として優勢を誇ることができ、人数的に少ない方は、兵士対兵士の比でみるよりも、はるかに激しい攻撃を受けることになる。

(20 古代と現代の交戦状況の退避と防衛方法)

(近代兵器では)「戦闘力」は、兵員数の2乗に部隊の武器効率をカケたものに比例するものであると定義づけられる。

27 N2乗法則の調査結果

N二乗論文より、第一法則と第二法則の特徴を、以下にまとめる。

  第一法則 第二法則
説明 古代戦 近代戦
時代 古代 近代
使用兵器 剣、斧 火器(銃、大砲)
防御方法 直接戦(剣や盾で受け流す) 間接戦(相手を殺す)
距離 近距離 遠距離
戦闘状況 一対一 集団対集団
適応関数 一次関数 二次関数


なお、N二乗論文では、「第一法則、第二法則」と説明されているわけではない。

後に本法則を軍事やビジネス応用した研究者が、説明の順番からそう呼称しているのである。

オペレーションズリサーチでは、一次法則(The Linear Law)、二次法則(The Square Law)と呼称されている。


第二法則の成立条件

N二乗法則=第二法則が成立するには、いくつかの条件を必要とするが、「29 違った効果を持つ武器の使用例」に、その詳細が示されている。

それではここで、兵員数と戦力に違いが出る原因について考えてみよう。

1人の人間がマシンガンを使って、一定の時間に16人のライフルを持った人間を標的にすることが出来ると仮定する。

戦場で1000人の歩兵に匹敵するには、何人のマシンガンで武装した人間が必要になるか。
それは4分の1の250人になる。

この例は、戦略方法の効用と弱点をはっきり示していて大変ためになる。

基本的な前提としては、各軍の戦火は徹底的に相手軍を「狙い打ちし、集中作戦をとる」ということである。

このようにすると敵は、普通ならば4人のライフルマンに向けられるべき砲火を1人のマシンガン操縦者に集中でき、マシンガンを持った兵士は、平均的に4分の1の時間しか生き延びることが出来ない。

そして彼の短い生命の間に、一般的に思われているように16人分の働きが出来るのではなく、4人分の仕事を16倍の効率でしか実行出来ないのである。このことは方程式での計算と一敦している。

これらのことは、ボア一戦争での条件とうまく一致すると考えられる。
そしてその戦争では、個人的狙い撃ちの発砲や狙撃ということがその日の命令であった。

ポイントは「狙い打ちし、集中作戦をとる」こと。
狙い撃ちこそ、第二法則が成立する重要な条件なのである。

続いて、第二法則が成立しない条件を以下のように述べている。

一方、その地形や環境が兵員の集中を妨げる時や、射程距離の長い兵器が使用できる地域を捜したり、どこの集団に向けて発砲するかを捜している時は、集中の法則(第二法則)が成立しない。

こういう場合は、1人のマシンガン操縦者の力が、16人のライフルマンの力に等しくなる。

要するに、「狙い撃ち」できない状態では、第二法則は成立しないということである。

同じようなことは、その人間が個人に対してよりも、むしろ陣地に対して榴散弾(りゅうさんだん)を直接撃ち込んでくるときにも成立する。

そのようなことは、条件の変化とか理論から結果的に離れてしまうことの本質に注意を向ければ、うまくいくものである。

というのは、このような例外は、陸軍よりも海軍においては殆ど起こらない。
船は、常に砲兵隊員が相手の船全体を1個の標的として「狙い撃ち」する。

また飛行機について考える時、この条件は陸軍より海軍での状況とよくにていることが分かるだろう。

というのは、敵の飛行機は集合的な時より、むしろ固体となっている時の方が完全に砲兵員が「狙い撃ち」するところとなり、ここに述べて来た決まりは、応用できるものとしてとりあげる事が出来る。

何どもでてくる「狙い撃ち」という言葉に注目して欲しい。

「狙い撃ち」は、従来のランチェスター戦略では、第一法則(弱者の戦略)の条件とされていた。
しかし、原点であるN二乗論文には、まったく逆の内容が示されていた。


第三法則

本題である第三法則は、「31 予想外の推論」で説明されている。

(1人の人間がマシンガンを使って、一定の時間に16人のライフルを持った人間を標的にすることが出来ると仮定する条件で)

集中力が効果を示すためには、数の上で勝っている軍隊が相手の陣営に近付いたり、出来るだけ早く決定的な射程距離内に攻め入ることは当たり前である。

極端な例であるが、マシンガンで武装した青軍の100人が、ごく普通のライフルで武装した1200人の赤軍と対戦したとしよう。

まず最初の仮定として、双方の軍隊がある一定の前線を、ライフルの「射程距離ギリギリの所に広く拡がった」とする。

このような戦いでは、ライフルで武装した側が戦力を集中することができないので、赤軍は青軍一人に対して16人を失う。

このような条件下で戦闘が続行されるなら1200人の赤軍が敗北することは明らかである。

ランチェスターは、射程距離ギリギリで「狙い撃ち」できない場合、第二法則にはならないと述べている。

前節および本節を要約すれば、以下の通りとなる。

1) 長距離砲火の状態で
2) お互いが「狙い撃ちできない距離」で戦った場合
3) 集中力としての直接の効果はなく
4) 結果、古代の戦いと同じく、武器効率×兵数となる。 二乗効果はない。

本文は、これを「第三法則」と規定した。

以下に整理する。

  第一法則 第二法則 第三法則
説明 古代戦 近代戦 長距離砲火
時代 古代 近代 近代
使用兵器 剣、斧 火器(銃、大砲) 火器(銃、大砲)
防御方法 直接戦(剣や盾で受け流す) 間接戦(相手を殺す) 間接戦(相手を殺す)
距離 至近距離 射程内(中距離) 射程外(遠距離)
狙い撃ち   可能 不可能
戦闘状況 一対一 集団対集団 集団対集団
適応関数 一次関数 二次関数 一次関数
有効なもの 兵士数、武器効率 兵士数 兵士数、武器効率

第二法則と第三法則の根本的な違いは、「狙い撃ちができるか否か」である。
その意味で、

遠距離でない状況でも、狙い撃ちできない場合なら「第三法則」の一部とする。

1)火器を使用し
2)相手から身を隠すなど
3)「狙い撃ち」できない状況で戦う場合


予想外の推論

31 予想外の推論」では、ランチェスター戦略の常識をひっくり返す、驚きの推論が展開されている。

ライフルで武装した赤軍が進撃して短い射程距離に入って接近戦となり、敵味方の兵士が「1対1」の目標になったとすると事態は変わり、損失の出方は違ってくる。

前の方程式と条件が適用され、たとえ赤軍が残して新しい陣地を手に入れるために、実兵員の半分を失ったとしても、この戦闘では勝てる。

彼等の力は間接戦においては青軍100の2乗×16に対し600の2乗×1になるからである。

しかし、破壊力が強い近代のマシンガンでの場合、その性能が発揮されないようにするために、万難を排して近くまで近付くということは、実にむずかしいことである。

旧来のランチェスター戦略では、一般に次のような「常識」がある。

・ 弱者は第一法則的な戦いを選択し、強者は第二法則的な戦いを選択すべき。
・ 弱者は接近戦、強者は遠距離戦。
・ 弱者は狙い撃ち、強者は確率戦。

本文においては、こららに反した推論を行っている。

・強者(第二法則)は、射程距離に入って接近戦を行え。
・強者(第二法則)は、狙い撃て。

数において劣る側(弱者)は、この逆を行うべきである。
すなわち、第三法則を選択する。

・弱者(第三法則)は、射程距離外に離れて戦え。
・弱者(第三法則)は、狙い撃たれるな。(ゲリラのように、隠れて戦え)

第一法則である「古代の戦い」に関しても、ここで思慮する。

・剣や斧などの「撃たない」古代兵器で「狙い撃ち」という表現は適切でない。
・古代兵器で戦うのは接近戦というよりも、接触戦というべきである。
・古代兵器で戦う場合、隠れて戦うのは無理がある。


第四法則

ランチェスター法則は、「原則」ではない。
第一法則も第二法則も、古代の戦いと近代の戦いを考察し、「現実」を数式化したものである。

ランチェスターは「集中の原則」と「N二乗法則」という2つの異なる単語を、この論文の題名に使用した。

原題は「THE PRINCIPLE OF CONCENTRATION / THE N-SOUARE LAW」。
原則(PRINCIPLE)と法則(LAW)は、根本的に異なる。

ランチェスターは「集中の原則」と「N二乗法則」の違いを、以下のように使用したのではないか。

原則は、時の流れに無関係に永続するルールであり、
法則は、時の流れにより、変化するルールである。

第一法則と第二法則は「武器が異なることにより、ルール(数式)は変化する」ことを示唆し、第三法則は「武器を使う状況により、ルールは変化する」ことを示唆した。

ランチェスター法則が発表されて約100年を超える。
その間に武器は大きく変化した。

そこには、第四、第五の法則が存在する可能性ある。

29 違った効果を持つ武器の使用例」には、このような記述がある。

(N二乗作用ならないのと) 同じようなことは、その人間が個人に対してよりも、むしろ陣地に対して「榴散弾」を直接打ち込んでくるときにも成立する。

榴散弾は「多数の弾子を内蔵,爆発時には弾体も細片となって,弾子とともに飛散してその目的を達する」ものであり、周囲のもの多数を同時に破壊できる。(Wikipediaより

この榴散弾の究極な形が、現在の核ミサイルである。

ランチェスターに倣い、極端な例を示す。

1人の兵士が1個の核ミサイルを持ち、100人の兵士が100個の核ミサイルを持つとする。

発射された核ミサイルは途中で破壊されずに目標に達し、その巨大な破壊能力によりお互いの陣営が一瞬で吹き飛ぶという条件であるとすれば、同時にお互いが持つすべての核ミサイルを発射した場合、両陣営とも一度に兵士の数はゼロになる。

ここに、「極端に武器効率が高まった場合、武器効率がすべてとなり、兵士の数は意味を無くす」という、第四の法則が生まれる。

※ ミサイル(英: missile)は、軍事兵器の一つであり、弾頭を搭載しなんらかの誘導に従って自ら目標を攻撃する飛行装置である。ロケットやジェットエンジンなどを推進力に空中を飛行し、遠隔操縦や自律操縦によって目標に誘導される。 (Wikipediaより

超長距離であっても、高性能なミサイルはその目標を外すことはない。

核ミサイルは、一次関数にも、二次関数にも該当しない。

なお、この法則を「ランチェスター第四法則」というのは、的確な表現といえない。
「戦闘力の第四法則」が妥当であると考える。

続いて、第五法則。

そもそも、近代における武器の進化から言えば、法則数はいくらでも肥大化することが可能である。旧来の武器との違いは、本来はもっと多数の段階を経るべきかもしれない。

しかし、本文の目的は「軍事での戦闘法則を見出し、経営に生かすこと」であり、ムダに拡げるのは、この目的に反するばかりである。この「第五法則」は、経営に活かすため重要である。

第五法則の武器は「無人兵器」である。

核ミサイルは、その巨大な破壊力ゆえに、兵士数を無意味にし「武器効率が全て」にした。

「無人兵器」の個々は、巨大な破壊力を持つとは限らない。
その戦闘力は、次のような計算式になるであろう。

「戦闘力 = 武器の数 × 武器効率」

それでは、以下に5つの法則の違いを明確化する。

  第一法則 第二法則 第三法則 第四法則 第五法則
説明 古代戦 近代戦 長距離砲火 大規模破壊兵器 無人兵器
時代 古代 近代 近代 現代 近未来
使用兵器 剣、斧 火器 火器 核ミサイル 無人兵器
防御方法 直接戦 間接戦 間接戦 間接戦 間接戦
距離 至近距離 射程内 射程外 超長距離  
狙い撃ち   可能 不可能 可能 可能
戦闘状況 一対一 集団対集団 集団対集団 集団対集団 集団対集団
適応関数 一次関数 二次関数 一次関数   一次関数
有効なもの 兵士数、武器効率 兵士数 兵士数、武器効率 武器効率 武器数、武器効率

インターネット

1990年後半から始まった、インターネットによるビジネスの大きな変化。
この潮流に対処する方法を「旧来のランチェスター戦略」では説明しきれていない。

インターネット・ビジネスは、第一法則的な戦いなのか。第二法則的な戦いになるのか。
弱者にとって有利か、強者にとって有利か。

今までのビジネスよりも、はるかに遠距離の顧客を相手にできる反面で、旧ランチェスター戦略が得意とした「地域戦略」が無効にされる。

遠距離にいた見たこともないライバルが突如現れ、近隣顧客を奪う。
アマゾンは、多くの書店を廃業に追いやった。
このような状況を見れば、第二法則型で強者が有利に思える。

反面で、現実として地方の小さなメーカーが、顧客との直接販売の道を切り開き、大いに収益を上げた事例は枚挙にいとまがない。

果たして、第一法則型なのか、第二法則型なのか。

この疑問に光明を見出したのが、「第三法則」の存在である。
長距離的・集団的な戦いであるにも関わらず、弱者に有利な状況となることを説明できる。

しかし、第三法則もまた、アマゾンなどのネット企業が、わずかなうちに既存企業を追い抜き、巨大化していったその意味を明確化できない。

第一、第二、第三のランチェスター法則は、全て「兵士数」が関わっていた。
しかし、インターネットの世界では、人数はほぼ意味をなさない。

結論を言えば、「無人兵器」(第五法則)であるからだ。
また、一部の企業が圧倒的に利益を独占する様は「大量破壊兵器」(第四法則)のごとしである。

繰り返すが、無人兵器や大量破壊兵器においては、戦闘の現場で戦う兵士の数は意味をなさない。意味をなすのは、武器効率(武器性能)と武器数である。

武器効率と武器数を生み出すもの、それは「生産力と補給力」(加えて技術力)に他ならない。B.O.コープマンのランチェスター戦略モデル式でいう「戦略力」に該当する。

インターネットでは人の数ではなく、「生産力と技術力」を生み出す企業が勝利を収めてゆく。AIやビッグデータの流れは、これを更に加速させるであろう。

しかし、「無人兵器」は、巨大企業だけでなく、小さな会社にとっても大きな武器となる。
現実に、インターネットで収益を改善した小さな企業が多数存在する。

その1つが「他社にない独自商品を作るメーカー」であろう。
「他社にない独自商品」は、これを必要とする顧客を攻略する「強力な武器」となる。

インターネット以前、小さな市場(ニッチ市場)に商品販売することは、広告コスト、流通コスト、代金回収コストの肥大化により、かなり困難であった。

インターネットは、この状況を一変した。

広告コストを格段に下げ、宅配により流通コストを下げ、カード決済などで代金回収コストも下げた。 小さな会社の「強力な武器」に、強力な補給力が加わったのである。

結論を述べよう。

第一に、インターネットの世界は、第三法則と同じ理由で、弱者優位な面がある。

第二に、インターネットという無人兵器は、弱者に低コストで強者のような「武器」を提供する。


新・弱者の戦略

本論は「弱者は第一法則、強者は第二法則」という従来のランチェスター戦略に異論を唱えた。

改めて言うが、ランチェスター戦略とは「軍事における戦闘の法則」をビジネスに応用した戦略である。

しかし、ここであえて軍事ではない世界を考慮してみたい。
それは「自然に学ぶ」ということである。

ドラッカーの「イノベーションと企業家精神」には、企業家的戦略として4分類10種類の戦略が掲げられている。

以下、その4分類を引用する。

1)総力戦略(総力を持って攻撃する)
2)ゲリラ戦略(手薄なところを攻撃する)
3)ニッチ戦略(生態学的地位)
4)顧客創造戦略(変化する価値観と顧客特性)

訳は上田敦氏によるものであるが、()で囲まれている内容は「旧版の訳」である。


「総力戦略」「ゲリラ戦略」は、ランチェスター戦略と同じく、軍事をモデルとした戦略である。対して「ニッチ戦略」は、自然=生態系をモデル化した戦略なのである。

例えば、「ニッチ」をWikipediaで検索すれば、次のように書かれている。

「ニッチは、生物学では生態的地位を意味する。」

ドラッカーの原文では「Ecological niches」(エコロジカル・ニッチ)となっているので、旧訳の方が原文に忠実である。

ビジネスで日常的に語られる「ニッチ戦略」は、軍事ではなく、自然から学んだ戦略なのである。

以降、総力戦略・ゲリラ戦略など、軍事をモデル化したものをまとめて「軍事戦略」と呼称する。対してニッチ戦略など、自然をモデル化したものは「自然戦略」と呼称する。

さて、軍事戦略と自然戦略の違いは何か。ドラッカーは以下のように指摘する。

・軍事戦略は、大きな市場においていかなる地位を占めるかが問題であった。

・ニッチは小さな領域において、実質的な独占を実現することを狙いとする。

・軍事戦略は競争的戦略。 ニッチは競争に免疫になろうとし、挑戦を受けることさえないようにする。

・競争的戦略に成功したものは目立つ存在になる。

・ニッチは、決定的に重要な製品を手がけておりながら、ほとんど目立たない。

・ニッチに成功したものは、名よりも実をとる。名もない中で、贅沢に暮らす。


これを、軍事戦略と自然戦略を表形式で説明する。

  軍事戦略 自然戦略(ニッチ)
モデル 軍事 自然
目的 相手に勝つ 自分が生き残る
サイズ 大市場 小市場
競争 競争的 非競争的
存在 目立つ 目立たない
名か実か 名をとる 実をとる


軍事戦略と自然戦略は、「真逆の戦略」であると言っても過言ではない。

少し脱線して、ニッチとはどのようなものであるのか、Wikipediaより学びたい。

第一に「棲み分け」がある。
同じようなものを食べている二種類の生物があっても、(イワナとヤマメのように)少し場所をずらせることで共存する場合がある。このように、活動範囲を分けることで2種が共存することを「棲み分け」という。

第二に「食い分け」がある。
よく似た餌を求めながら、食物選択や採食法の差のある種が共存することを「食い分け」という。稲の穂先のみ食べるシマウマと、穂先を食われた茎・葉を食べるヌーのように。

上記の2つは共存する方法であるが、これに対して自然界には「競争排除」という法則があるという。

一般に同じ資源(餌や営巣)を必要とする生物同士は、一か所に長期間共存することはできない。1つのニッチを複数の種が共有することはできず、環境への適応という点で劣る種は排除される。

この過程・現象を競争排除といい、このメカニズムのことを競争排除則(ガウゼの法則)という。

ニッチとは、単に競争を避け続けることではない。
「1つのニッチを複数の種が共有することはできない」という厳しいルールが存在する。

ゆえにニッチ戦略とは「小市場の独占」を目指す戦略なのである。

1つの結論を述べたい。

従来のランチェスター戦略では「第一法則」こそが、「弱者の戦略」といわれてきた。しかし、「弱者の戦略は(軍事戦略である)ランチェスター戦略の専売特許ではない」ということである。

自然をモデル化した自然戦略。
ここにも「弱者の戦略」が存在し、「強者の戦略」も存在する。


「狙い撃ち」する弱者

以前の説明の中で「狙い撃ち」は、第二法則の必須条件であることを説明した。
ゆえに、第一法則を「狙い撃ち」と表現するのも間違いであることも説明した。

しかし、あえて言うが「狙い撃ち」は、弱者の戦略として使用可能である。

結論を言えば、

敵軍が狙い撃ちできない、第三法則状態の中で、
自軍は狙い撃ちし、第二法則の「二乗効果」を生み出すこと。

である。この事例を述べる。

さて、ドラッカーの「ゲリラ戦略」には、2つの戦略が説明されている。

「創造的模倣」と「企業家的柔道」である。
この2つは、ランチェスター戦略で言う「強者の戦略」と「弱者の戦略」に酷似している。

ランチェスター戦略での「強者の戦略」の基本戦略は「ミート」である。
ミートとは、弱者の差別化を打ち消すために、弱者を模倣することである。

ドラッカーの「創造的模倣」とは、多少意味が違うものの、やはり市場的な強者側が使用する手段であることに間違いはない。

対して「企業家的柔道」は、明らかに「弱者の戦略」である。


さて、「企業家的柔道」を、ドラッカーは次のように説明している。

・日本はアメリカに対して、企業家的柔道を仕掛け、何度も繰り返し、何度も成功を収めてきた。

・ソニー、日本の家電メーカー、MCI、スプリント、シティバンクなどの新規参入者が使用した戦略。

・企業家柔道こそ、ずば抜けてリスクが小さく、成功する公算も大きい。

・企業家柔道を使われる5つの条件 : ①傲慢さ。 ②いいとこ取り。 ③過剰な品質。 ④創業者利益の幻想。 ⑤多機能の追求。(最適化でなく、最大化を狙うこと)

・まず、どこか一箇所を確保する。 そこで十分な市場を手に入れ、他の地域に進出し、最後には全体を獲得する。

・限定された市場に最適なサービスを設計する。 常に同じ戦略を繰り返す。

・成功する要因 : ①リーダーが予期せざる成功、失敗を見過ごす、無視する。 ②リーダーが(市場シェアよりも)利益を引き上げようとする。 ③市場や産業が急速に変化している。

・企業家柔道は、常に市場志向、市場追従。 ただし、出発点は技術であっても良い。

・新規参入者は、安い価格や良いサービスだけでは十分でない。際立ったものが必要。

・企業家柔道は、手薄なところを攻撃する。


大きな市場に対応する大企業(強者)には「隙」ができる。
市場が大きいがゆえに「狙い撃ち」できなくなる。(第三法則)

対して、新規参入者(弱者)は「どこか一箇所」に定め、狙い撃ちする。(第二法則)

広すぎる市場の中を細分化し、絞り込まれた市場に「接近し、狙い撃つ」のは、
第一法則でなく「第二法則」を応用した弱者の戦略である。

少し脱線する。

ゲリラとは「予め攻撃する敵を定めず、戦線外において小規模な部隊を運用して、臨機応変に奇襲、待ち伏せ、後方支援の破壊といった、攪乱や攻撃を行う戦法、またはその戦法が用いられた戦闘を指す。」(Wikipedia)だが、

創造的模倣にしても、企業家的柔道にしても、ゲリラ戦とはいえない。
旧版の訳「手薄なところを攻撃する」も、創造的模倣には合致しない表現である。

また、企業家的柔道という表現も明らかに適切ではないだろう。

日本企業が使用したため「柔道」としたのだろうが、柔道だから大きな相手に勝てるわけではない。
日本企業が使用したのは、これが「ランチェスター戦略」であったからに間違いがない。

ドラッカーがこの事実を知らないはずもないが、「ランチェスター戦略」とは言いたくなかったのかもしれない。

脱線ついでに、「創造的模倣」も引用しよう。

・模倣であるが、最初の者よりもそのイノベーションの意味を深く理解しているがゆえに、創造的。

・(パソコンの初期において)IBMがアップルに対して行った。

・誰かが完成間近までつくりあげるのを待ち、そこで仕事に掛かる。

・短期間に顧客が望み、満足し、代価を払ってくれるものに仕上げる。直ちに標準となり、市場を奪う。

・総力戦と同じようにトップの地位を目指すが、リスクははるかに小さい。 不確定要素は明らか。

・他人の成功を利用する。 他人の発明した製品やサービスを完成させ、位置づけを行う。

・創造的模倣は、製品でなく市場から、生産者でなく顧客からスタートする。市場志向であり、市場追従。

・最初の者の顧客を奪うのでなく、彼らが生み出しながら、放っておいた市場を相手にする。

・創造的模倣は、努力を分散させる危険がある。 流れを見誤り、間違ったものを模倣する危険もある。

・(模倣の行き過ぎで)IBMはあまりに製品の種類が多く、相互に接続させることがほとんどできない。

インターネット時代において、アップルがIBMを遥かに追い抜いて行った事実を、我々は理解している。

現在は、強者も「模倣だけ」では勝てない時代に入っている。


ニッチ以外の自然戦略

自然戦略には、ニッチ以外にも「弱者の戦略」が存在する。
それが「相利共生」である。以下、Wikipediaより。

相利共生(そうりきょうせい、Mutualism)とは、異なる生物種が同所的に生活することで、互いに利益を得ることができる共生関係のことである。

ここでいう利益には、適応力や生存能力などが含まれる。同じ種内で双方が利益を得るような関係は、協力として知られる。相利共生を共生と同義とされることもあるがこれは誤りで、実際には共生というと片利共生や片害共生、寄生などが含まれる。

相利共生の代表が、ホンソメワケベラのような「掃除魚」である。
掃除魚は、他の魚の寄生虫を食べる。食べてもらう魚は、掃除魚を食べることはない。

「片利共生」と言われるものの代表はコバンザメで、大型のサメなどに吸い付き、えさのおこぼれや寄生虫、排泄物を食べて暮らす。

強者と対立するのではなく、強者につながり、利益を与えて、他の敵に対応するのである。

他にも、自然には多くの「弱者の戦略」が存在する。

たとえば、「生存コスト」という面で考慮する。

ネズミとライオンが生存競争したら、どちらが勝つであろうか。
ネズミがまともにライオンと争そえば、負けるに違いがない。

しかし、ネズミが隙間に逃げ込み、乏しいながら生き残り可能な食料(虫や木実)を得たとする。一方で、ネズミに逃げられたライオンは、食べるものが何もない。虫も草も食べることができない。

早晩、ライオンは飢え死にし、ネズミは生き残り続ける。

ライオンのような大企業は常にコスト高である。
一流の場所に居を構え、高い給与を多くの社員に支払わなければならない。高コスト体質なのである。

対するネズミは、雑食で何でも食べ、少食である。
生息領域も狭い。環境が悪くても生き残ることができる。

「生存コスト」が小さいことは、小さいゆえの強みとなる。
これを活かすのも「弱者の戦略」と言えよう。


ランチェスター戦略・イノベーション

ランチェスター法則の本質は「強いものが勝つ」という冷徹な事実である。
第一法則であろうと、第二法則であろうと「強いものが勝つ」という結論に変わりはない。

ゆえに、ランチェスター法則の原本には「弱者の戦略」や「弱者の勝ち方」など一言も書かれていない。

ランチェスター戦略の本質は「強者の立場で戦う」ことである。

こちらが小さいのであれば、小さいことが有利な方法で戦う。
こちらが小さいのであれば、「身の丈に合う」小さな市場に絞り込んで戦う。
こちらが小さいのであれば、「身の丈に合う」小さな地域に絞り込んで戦う。

これらは、「弱者の戦略」の本質は、「強者の立場で戦う」ための戦略である。

「身の丈に合う」とは、自社に最適な市場である。
自社よりも大きな企業では、生き延びることができず(十分な利益を得られない)、
自社よりも小さな企業なら、力で排除することのできる市場である。

ランチェスター戦略の本当の功績は、「弱者の戦略と強者の戦略というシンプルな理論体系を構築したこと」ではないか。

「第一法則=弱者の戦略、第二法則=強者の戦略」という軛から逃れ、ランチェスター法則のみに限定せず、自由に「弱者の戦略とは何か?」を突き詰める。

そこに「ランチェスター戦略」のイノベーションがあるのではないか。

また、もう1つ提案したい。

ランチェスター戦略に、別の経営戦略理論、特に最新の戦略理論を掛け合わせて見てはどうか。(イノベーションとは、無から有を生み出すことではなく「新結合を遂行すること」なのだから)

本文では、その実例として「ドラッカーの企業家戦略」と対比した。
ランチェスター戦略をイノベーションする考え方を提示できたのではないだろうか。


本文の最後に

本文では、ランチェスター戦略に対して、多くの異論を述べた。
しかし、本文の目的はランチェスター戦略の間違いを指摘することではない。

ランチェスター戦略の功績は、日本企業に多くの恩恵をもたらした。
日本においてランチェスター戦略を体系化し、頒布された「田岡信夫」氏の功績は計り知れない。

ドラッカーをして「企業化戦略」の一角を占めるほどに、日本の企業はランチェスター戦略をベースとして、国内外の市場を開拓した。

このような歴史的事実は変えることができない。
経営戦略理論にとって最も重要なことは、より多く実践され、より多くの成果を残したことにある。

ランチェスター戦略の功績は、大いに称えたい。

しかし、世の中は進歩・発展するものである。
その流れを止めることなどできない。

ランチェスター戦略もまた、過去の研究成果に、新しい「血」をつぎ込む必要があるのではないか。ランチェスター戦略をイノベーションすることで、より大きな発展ができるのではないだろうか。

本文は、その1つのきっかけになれば幸いである。


ゲリラ = 第一法則か? (2021/04/18 追記)

ゲリラについては、本文で何度も取り上げているが、改めてこれを取り上げたい。

ゲリラとしてすぐ思いつくのが、アメリカ軍を追い払った「ベトナム」であろう。

このベトナムでの戦いにおいて、ベトナム解放軍は第一法則通り、古代の戦いを選び、主な武器として、「剣や斧」を使用したのだろうか。

「ベトコン 武器」で検索してみると様々な画像が表示されるが、そのどれもが「銃」を持っており、剣や斧の写真は見当たらない。

ゲリラ戦であっても「銃」で戦っている。そうであるならば、第一法則とは言えない。

では、第二法則であろうか?

本文に書かれている通り、お互いに認識しあい「狙い撃ち」しあう戦いであれば、第二法則であり、結果は数の多いほうが圧倒的に有利になるはずである。

しかし、ゲリラは「狙い撃ち」されないように隠れて戦う。ゆえに、第二法則でもない。

第三法則がもっとも近いと言えるが、お互いに「狙い撃ちできない状況」というよりは、敵を狙い撃ちにすると同時に、自分は狙い撃ちされない状況で戦う。

こちら側は「第二法則」であると同時に、相手は「第三法則」状態に陥った状況で戦う。

「小が大を破る」結果となったのは、このような理由があったと考えられる。